ディアグラータの異界回廊
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リアクション
■ゾロール、決着の時
「獅子、というからにはボクみたいな小兎も全力で狩ってほしいな。
油断してると――兎に首を飛ばされるよ!」
アルネヴ・シャホールの挑発するような言葉と同時に、ゾロールへ無数の火球が迫る。
「この程度で俺を倒せると思うなぁ!」
何度も受けた攻撃だけあって、三度の傷を受けつつもゾロールの対応はまったく遅れることがなかった。直撃する火球のみを弾き、小さな火球の直撃は無視して、炎の海の中を駆けたゾロールがアルネヴに迫り、四刀攻撃“暴剣”を繰り出す。
激しい打撃音が響き、何かが割れるような音がして、アルネヴが後方に吹き飛ばされる。その状態にありながら、しかし表情は笑っていた。
「むっ!?」
アルネヴに視線を向けていたゾロールは、足元から噴き出す吹雪への反応が遅れた。吹雪をまともに浴びる形になり、視界も奪われる。
「砕こうとする力が強いほど、ボクの氷は深く鋭く突き刺さる!!」
ゾロールが視界を取り戻した時には、アルネヴは魔法の準備を完了していた。再度降り注ぐ無数の火球は、一度目に受けたものよりも熱量が増大しており、加えて直前に吹雪を浴びたことで、少なからずゾロールの動きも鈍っていた。
「ぐおおぉぉ!!」
小さな火球だけでなく、大きな火球の直撃を受け、ゾロールが苦悶の表情を見せる。
「炎と水の力を操るのは英雄ドラグリウスだけじゃない。
その胸に新たな名を……冷たき焔の王、アルネヴの名を刻め!!」
「言うのがこのタイミングになってしまったが……クロシェル、おかえり。信じていた」
「ふん、感動もへったくれもないな。……けどま、悪かねぇ。
この前のフェスではまぁ、それなりのモンは見せてもらった。お次は腕っぷしを見せてもらおうか」
「ああ、見ていてくれ。……願わくば、君に認められ、君と友人になりたい」
「そいつはてめぇの腕次第、ってトコだな。クソみてぇな話はこれで終いだ」
アーヴェント・ゾネンウンターガングとクロシェルのやり取りが終わったところで、大盾を二つ装備した格好のロレッタ・ファーレンハイナーが二人の元にやって来た。
「お二人が自由に戦えるよう、必ずお守りいたしますわ。さぁ、二人とも準備はよろしいでしょうか?」
「あぁ、行こう。力を見せ……そして、彼の胸中を聞かせてもらおう」
「はい。彼も神獣であったというのであればこそ。全力で向き合い対峙することこそ、最大の敬意になるに違いありませんわ」
三者が得物を構え、そして音もなく、声もなく、共に駆け出す。
先行するはロレッタ。ドラグーンの気を放ちつつ盾の二刀流という変則的な装備に、ゾロールも意識をそちらへ振り向けざるを得なくなった。
「ふふっ、かかってきてはいかが? その十字傷を卍傷にしてさしあげますわ!」
「貴様……!」
ならばそうさせてもらおうとばかり、ゾロールは攻撃をロレッタへ集中させる。流石に四刀攻撃は背中の一本ずつをアーヴェントとクロシェルに向けているためしてこなかったが、それでも二刀を自分へ引きつけているこの状況は上々、とロレッタは考えていた。
(反撃など構うものか! まずはこの腕を取る!)
向かって左側の背中から生える腕の斬撃を、片方の剣で受け流す。そこからもう片方の剣で斬りつけつつ、先程受けに使った剣も攻撃に使ってダメージを与えていく。いかな鋼のような強度と耐久力を誇るゾロールの肉体も、数度の斬撃を食らって徐々に機能の低下を起こしつつあった。
「おのれぇぇ! ドラグリウスの真似をする憎き者共よ!!」
半ば強引にアーヴェントとクロシェルを振りほどき、おそらくこれが最後であろう四刀攻撃“暴剣”を繰り出す。
「まだそのような力を残しているのは、流石、ですわね。……ですがわたくしにもお二人を守るという絶対防御の意思がございます。
一つの盾で止められるものが、二つの盾で止められないはずがございません!」
ロレッタがゾロールの眼前に割り込み、二つの盾で四刀を防ぐ。背中からの二刀は本来の威力を出せておらず、どうしても攻撃のタイミングがズレるため、防いでいる間に四刀が同時に迫るタイミングができる。
「今ですわ!」
そのタイミングを狙い、ロレッタがそれぞれの盾をぶつけて相殺を図る。普段なら二刀を弾かれても残りの二刀があるのだが、ちょうど四刀を弾かれる形になり、腕の根元が露呈する隙を晒すことになった。
「行くぞ!」
力を高め、アーヴェントとクロシェルが地面を蹴ってゾロールに肉薄する。
「おおおおぉぉぉ!!」
ゾロールも咆哮を放ちながら迎撃しようと試みるが、二人の剣がゾロールの腕の根元に到達するのが一瞬、速かった。
「君が悪魔でいることは、望んだことなのか!?」
ゴトン、とゾロールの腕が落ち、握られていた剣が地面に落ちて耳障りな音を響かせる。続けて残りの一刀でそれぞれ、背中の腕も切り落とし、これでゾロールは完全に攻撃の手段を失った。
「……見事……だ……」
最後に自らを打ち倒した者への称賛を送り、ゾロールはゆっくりと地面に落ちていった――。
「さて、お望み通り首を刎ねて溶岩に放り込んでやりてぇところだが……」
クロシェルがチラ、と視線を向けた先には、千夏 水希の姿があった。
「……どうせ消滅するんだ、わざわざ手をかけてやる必要もねぇ。好きにしろ」
クロシェルが背を向け、その場を立ち去る。代わりに水希が進み出、ゾロールの腕の届く範囲――既にすべての腕は切り落とされていたが――に近付き、一言、発する。
「私達が……翼あるものや人間が、何をしたっていうんだ?」
それはゾロールから、事の真相を聞き出すための手法。
(結局いつだって、私達は無知過ぎた。本当の敵を探すには、ひとつひとつ知っていかないといけない)
ゾロールが反応するかどうかは、わからない。けれどゾロールはノーマほどややこしくなさそうに水希の目には映った。
獅子の頭に鎧を纏わぬ姿。自分の力に自信を持っていて、誇り高いタイプ。
四本の腕、二本の腕では足りない、何か強い目的や意思の現れ。
ライブを見ない、聞く耳もたない、正義は我にあり。
とても執念深く激しい気性。元翼もつもの
そしてこの地。罪人を落すディアグラータの底。禁足地に入り口のある異界回廊。
死ぬことも、出ることもできず、ウタに生殺与奪を握られ、一方的に踏み込まれる場所。
まるで牢獄、流刑地、反省部屋。
それらを考慮し、そして戦士である『怒り』の感情に反応させるような一言を選んで、このタイミングで放つ。
「……俺は、声を聞いた。そうだ……あれは『天啓』だった」
ゾロールからもたらされたのは、核心の言葉だった。水希は予想外の反応を受けつつ、もしかしたらゾロールは元々、素直な性格であったのだろうかと推測する。
「私は何も知らないから。教えて欲しい、悪魔の正義を。私の本当の敵は誰なんだ」
ならばと、水希は聞きたいことを率直に告げる。
「俺は俺のやりたいようにやった……羽を腕と剣に変え、存分に強さを誇った。
だが……それで何か意味があったかといえば……おそらく、なかった。声の通りだった……」
ゾロールの足が、ボッ、と火を起こす。その火は徐々に登っていき、火の先は灰も残さず消えていた。
「俺は心の奥底で、俺を倒してくれる相手を求めていた……意味のない生に終わりを告げてくれる者をな……。
……気をつけろ……声に惑わされるな……たとえ神の声であったとしても……」
そこまで言い終えたところで、ゾロールの肉体は完全に消滅した。後にはゾロールが振るっていた剣のみが残される。
「……ウタは、嫌いだよな。でも唄うよ」
剣を集め、その前に膝を着き、水希が歌うは鎮魂のウタ。
今ここにゾロールは斃れ、フェスタ生はディアグラータに橋頭堡を築いたのだった――。
「獅子、というからにはボクみたいな小兎も全力で狩ってほしいな。
油断してると――兎に首を飛ばされるよ!」
アルネヴ・シャホールの挑発するような言葉と同時に、ゾロールへ無数の火球が迫る。
「この程度で俺を倒せると思うなぁ!」
何度も受けた攻撃だけあって、三度の傷を受けつつもゾロールの対応はまったく遅れることがなかった。直撃する火球のみを弾き、小さな火球の直撃は無視して、炎の海の中を駆けたゾロールがアルネヴに迫り、四刀攻撃“暴剣”を繰り出す。
激しい打撃音が響き、何かが割れるような音がして、アルネヴが後方に吹き飛ばされる。その状態にありながら、しかし表情は笑っていた。
「むっ!?」
アルネヴに視線を向けていたゾロールは、足元から噴き出す吹雪への反応が遅れた。吹雪をまともに浴びる形になり、視界も奪われる。
「砕こうとする力が強いほど、ボクの氷は深く鋭く突き刺さる!!」
ゾロールが視界を取り戻した時には、アルネヴは魔法の準備を完了していた。再度降り注ぐ無数の火球は、一度目に受けたものよりも熱量が増大しており、加えて直前に吹雪を浴びたことで、少なからずゾロールの動きも鈍っていた。
「ぐおおぉぉ!!」
小さな火球だけでなく、大きな火球の直撃を受け、ゾロールが苦悶の表情を見せる。
「炎と水の力を操るのは英雄ドラグリウスだけじゃない。
その胸に新たな名を……冷たき焔の王、アルネヴの名を刻め!!」
「言うのがこのタイミングになってしまったが……クロシェル、おかえり。信じていた」
「ふん、感動もへったくれもないな。……けどま、悪かねぇ。
この前のフェスではまぁ、それなりのモンは見せてもらった。お次は腕っぷしを見せてもらおうか」
「ああ、見ていてくれ。……願わくば、君に認められ、君と友人になりたい」
「そいつはてめぇの腕次第、ってトコだな。クソみてぇな話はこれで終いだ」
アーヴェント・ゾネンウンターガングとクロシェルのやり取りが終わったところで、大盾を二つ装備した格好のロレッタ・ファーレンハイナーが二人の元にやって来た。
「お二人が自由に戦えるよう、必ずお守りいたしますわ。さぁ、二人とも準備はよろしいでしょうか?」
「あぁ、行こう。力を見せ……そして、彼の胸中を聞かせてもらおう」
「はい。彼も神獣であったというのであればこそ。全力で向き合い対峙することこそ、最大の敬意になるに違いありませんわ」
三者が得物を構え、そして音もなく、声もなく、共に駆け出す。
先行するはロレッタ。ドラグーンの気を放ちつつ盾の二刀流という変則的な装備に、ゾロールも意識をそちらへ振り向けざるを得なくなった。
「ふふっ、かかってきてはいかが? その十字傷を卍傷にしてさしあげますわ!」
「貴様……!」
ならばそうさせてもらおうとばかり、ゾロールは攻撃をロレッタへ集中させる。流石に四刀攻撃は背中の一本ずつをアーヴェントとクロシェルに向けているためしてこなかったが、それでも二刀を自分へ引きつけているこの状況は上々、とロレッタは考えていた。
(反撃など構うものか! まずはこの腕を取る!)
向かって左側の背中から生える腕の斬撃を、片方の剣で受け流す。そこからもう片方の剣で斬りつけつつ、先程受けに使った剣も攻撃に使ってダメージを与えていく。いかな鋼のような強度と耐久力を誇るゾロールの肉体も、数度の斬撃を食らって徐々に機能の低下を起こしつつあった。
「おのれぇぇ! ドラグリウスの真似をする憎き者共よ!!」
半ば強引にアーヴェントとクロシェルを振りほどき、おそらくこれが最後であろう四刀攻撃“暴剣”を繰り出す。
「まだそのような力を残しているのは、流石、ですわね。……ですがわたくしにもお二人を守るという絶対防御の意思がございます。
一つの盾で止められるものが、二つの盾で止められないはずがございません!」
ロレッタがゾロールの眼前に割り込み、二つの盾で四刀を防ぐ。背中からの二刀は本来の威力を出せておらず、どうしても攻撃のタイミングがズレるため、防いでいる間に四刀が同時に迫るタイミングができる。
「今ですわ!」
そのタイミングを狙い、ロレッタがそれぞれの盾をぶつけて相殺を図る。普段なら二刀を弾かれても残りの二刀があるのだが、ちょうど四刀を弾かれる形になり、腕の根元が露呈する隙を晒すことになった。
「行くぞ!」
力を高め、アーヴェントとクロシェルが地面を蹴ってゾロールに肉薄する。
「おおおおぉぉぉ!!」
ゾロールも咆哮を放ちながら迎撃しようと試みるが、二人の剣がゾロールの腕の根元に到達するのが一瞬、速かった。
「君が悪魔でいることは、望んだことなのか!?」
ゴトン、とゾロールの腕が落ち、握られていた剣が地面に落ちて耳障りな音を響かせる。続けて残りの一刀でそれぞれ、背中の腕も切り落とし、これでゾロールは完全に攻撃の手段を失った。
「……見事……だ……」
最後に自らを打ち倒した者への称賛を送り、ゾロールはゆっくりと地面に落ちていった――。
「さて、お望み通り首を刎ねて溶岩に放り込んでやりてぇところだが……」
クロシェルがチラ、と視線を向けた先には、千夏 水希の姿があった。
「……どうせ消滅するんだ、わざわざ手をかけてやる必要もねぇ。好きにしろ」
クロシェルが背を向け、その場を立ち去る。代わりに水希が進み出、ゾロールの腕の届く範囲――既にすべての腕は切り落とされていたが――に近付き、一言、発する。
「私達が……翼あるものや人間が、何をしたっていうんだ?」
それはゾロールから、事の真相を聞き出すための手法。
(結局いつだって、私達は無知過ぎた。本当の敵を探すには、ひとつひとつ知っていかないといけない)
ゾロールが反応するかどうかは、わからない。けれどゾロールはノーマほどややこしくなさそうに水希の目には映った。
獅子の頭に鎧を纏わぬ姿。自分の力に自信を持っていて、誇り高いタイプ。
四本の腕、二本の腕では足りない、何か強い目的や意思の現れ。
ライブを見ない、聞く耳もたない、正義は我にあり。
とても執念深く激しい気性。元翼もつもの
そしてこの地。罪人を落すディアグラータの底。禁足地に入り口のある異界回廊。
死ぬことも、出ることもできず、ウタに生殺与奪を握られ、一方的に踏み込まれる場所。
まるで牢獄、流刑地、反省部屋。
それらを考慮し、そして戦士である『怒り』の感情に反応させるような一言を選んで、このタイミングで放つ。
「……俺は、声を聞いた。そうだ……あれは『天啓』だった」
ゾロールからもたらされたのは、核心の言葉だった。水希は予想外の反応を受けつつ、もしかしたらゾロールは元々、素直な性格であったのだろうかと推測する。
「私は何も知らないから。教えて欲しい、悪魔の正義を。私の本当の敵は誰なんだ」
ならばと、水希は聞きたいことを率直に告げる。
「俺は俺のやりたいようにやった……羽を腕と剣に変え、存分に強さを誇った。
だが……それで何か意味があったかといえば……おそらく、なかった。声の通りだった……」
ゾロールの足が、ボッ、と火を起こす。その火は徐々に登っていき、火の先は灰も残さず消えていた。
「俺は心の奥底で、俺を倒してくれる相手を求めていた……意味のない生に終わりを告げてくれる者をな……。
……気をつけろ……声に惑わされるな……たとえ神の声であったとしても……」
そこまで言い終えたところで、ゾロールの肉体は完全に消滅した。後にはゾロールが振るっていた剣のみが残される。
「……ウタは、嫌いだよな。でも唄うよ」
剣を集め、その前に膝を着き、水希が歌うは鎮魂のウタ。
今ここにゾロールは斃れ、フェスタ生はディアグラータに橋頭堡を築いたのだった――。