天に抗う人々の為のスケルツォ
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リアクション
2.世界を思う者達のコルス 1
「なぁ、†タナトス†はん?! 何でクレセントハート、増やそうとしてはるん!?」
朝霞 枢はステージ上から声を張り、†タナトス†に問いかけた。
「光ってはる方の神さんに聞いたんやけど! 何か奪っていったものがあるて、それと関係ある!?」
揺れるステージ。
風の音にかき消されながらも、声は†タナトス†に聞こえているようだった。
だが、†タナトス†は枢の問には答えず、「ライブ!」と返した。
「せっかくのステージなんだからさ、もっと僕を魅せてよ!」
ライブは聞くが、話をする気はないという態度なのか。
枢は「しゃぁないな」と呟くと、ドレスの裾を翻し、舞い始めた。
(せやったら、本気出してこか。まずはライブに勝って、それからって事やな)
ライトに照らされてキラキラと光るアメジスト。
幻惑の霧がステージの下に広がり、人々の視線が枢へと引き寄せられる。
(コロシアイなんかより……うちをアイして?)
チョコレートの甘い香りが漂い、ステージ上で優雅に佇む枢の姿に場は酔いしれる。
人の人生は短いから 精一杯生きて、精一杯恋をして 貴方を守るために
†タナトス†を見つめ、枢は甘く愛の歌「貴方に捧ぐゴスペル」を歌う。
貴方を守られるために 貴方を想うために、この世界に生まれてきた 神さまに祈って拭えない不安なら 私は貴方に祈ります
(光ってはる方の神さん、あんたはんのこと嫌てる風やなかったえ? そっちはどうなんやろ。 ……分かれた言うても自分のことやもん、嫌いやないとええなぁて、うち思うんよ)
歌に気持ちを込め、枢はメッセージを届ける。
神さまを信じられない世界なら 私は貴方に祈ります だから貴方も私に祈って これは恋するふたりの心の歌
(なぁ、うち……あんたのこと結構気にいっとるんよ。†タナトス†はんのライブ、こういうんやなくてちゃんと普通の舞台で見たかったわ)
オニキスのペンダントが光り、ステージ上で枢とその影が交差し、優雅に舞う。
すると、枢の姿は17歳の彼女の姿に代わり、†タナトス†に微笑みかけた。
沸き立つ歓声の中、ステージの向こうの†タナトス†はじっとこちらを見つめ、小さく微笑み返したように見えた。
『†タナトス†、あたしにはあなたがただの悪神には見えないの。今までの事はクレセントハートを増やすためだったんだよね? 貴方にとってクレセントハートであることはそんなに大切なの?』
剣堂 愛菜は†タナトス†に問いかけた。
彼がライブでなければ聞こうとしないのは分かっていた。
だが、それでも言いたかった。
『†タナトス†。あたしは貴方を忘れないよ。レイニィを始めとするクレセントハート達が笑えるように、あたしはクレセントハート達に手を伸ばしていく』
そして深呼吸し、愛菜は太陽の導杖をステージに立てた。
『さぁ、ライブの時間だよ』
†タナトス†を見つめる愛菜。
グルービィグラフィティが三日月を浮かび上がらせ、その周囲で惑星の影が踊る。
マイクを握りしめ、愛菜はゴスペルを歌った。
(あたしはネヴァーランドが好きだよ。でもそんなネヴァーランドも永遠じゃない。今、ネヴァーランドは変わるときが来ている。それは受け入れるよ。だけど……)
ライブが終わったら、その時が来たら、†タナトス†は答えてくれるだろうか。
何かを語ってくれるだろうか。
本気で向かい合わなければ、本気で話さなければ何も分からないままになってしまうかもしれない。
(本当にこんな変え方しかなかったの?? クレセントハートに手を伸ばすことなら今でも出来るはずなのに)
その気持は届いたのだろうか。
†タナトス†はただ黙って、小さく拍手を返してみせた。
「影のオーケストラ……悪くないじゃない」
†タナトス†のライブを見ていた楢宮 六花はそう呟いた。
宙に舞うタナトスの背後には楽器を手にしたオーケストラ隊が控えている。
彼らが奏でる音楽は人々を殺意へを誘うものだったが、それに人の心を動かす作用があり、それがある種の「人の心を魅了する力」なのは確かだった。
「今度、ライブする時に参考にさせてもらおうかな。とにかく今日は、今までの世界各地で飛び回ってきた実力、とくとご覧あれ! だよ!」
クロスベルを手にした六花が光の翼を羽ばたかせ、ステージへと舞い降りる。
今日のライブは†タナトス†のために。
ぽん、と宙に放ったカランコエの花籠が空中で舞い散り、周りながらステージの下へ落ちていった。
祈りを歌い踊る善き日に 今日の恵みと明日の幸いを願う
ベルを鳴らしながら、六花は歌う。
民らの歌声 天へ昇りて 善き声はまこと 神さえ癒す
天人である†タナトス†はこのステージを好んでくれるだろうか。
六花が彼の方を見ると、†タナトス†と彼のオーケストラは手を止め、歌に聴き入っていた。
傷つける者は来るがいい 病める者は来るがいい 心疲れて割れようと 私の元へと来るがよい
翼を大きく羽ばたかせ、六花は宙へと舞い上がった。
空の上こそが、六花のステージだ。
祈りを(祈りを)歌を(歌を) 癒しを(癒しを)救いを(救いを) 私はもたらす 私は与える 癒しの歌を天へ捧げて
くるりと宙返りして、ステージに戻る。
このステージが、†タナトス†の思い出に残るように。
六花は最後まで「天へ捧げるゴスペル」を歌いきった。
(まばゆい光のステージで空まで飛んでライブ……綺麗だけど、「病人」には不似合いです。今の†タナトス†様には暖かいオフトンでご自愛いただいて良いくらいなんですから!)
狛込 めじろはステージへと踏み出す。
影のオーケストラを従えた†タナトス†の顔色が悪いように見えて、めじろには気がかりだった。
(そう言えば【第49使徒ドイツゴシャベレェル】の名は、タナトスに貰ったものだな)
アーヴェント・ゾネンウンターガングが一歩前に出ると、【タナトスのお布団叩き隊】のステージは大きく前に広がった。
「人々を傷つけて……そこまでするのなら、何故、一人で抱え込むんだ、†タナトス†。まるで、悪でありたいかのようだ」
ステージの中央に立ち、アーヴェントは†タナトス†を見つめた。
竜巻の中、きりもみになって落ちる鳥を模したギター「疾風怒濤」を手にし、めじろが曲を奏で始める。
ムーンライトクライが奏でる穏やかな調べは、†タナトス†に心地よさを届けた。
(ねぇ、†タナトス†様。わたしは、傷つけ合う反神様派の人を別に可哀想とは思いません)
めじろはソロパートを奏でながら、†タナトス†の事を思った。
(どんなに絶望と怒りを抱いたとしても、その激情に身を任せ、無関係の他者を弑してまで生みの神様の呪殺を狙うなんて、それこそ天に唾吐くような輩は制裁されて当然だと思います。でも……いくら人数が多いからって、わざわざ殺し合いをさせる意味とは?)
自分を心配する者の存在を†タナトス†は知っているのだろうか。
彼はただ静かに、めじろの演奏に聴き入っていた。
(ピノキエでレイニィちゃんを殺そうとした時もラファエルさんを使ってたし、その次はミカエルさん。†タナトス†様は、ネヴァーランドの人を直接殺せないんでしょうか、めんどくさいだけ……? 誰かの「永遠の死」を見た者が不死性を失いクレセントハートになる。それを知ったのは、最初に悲しんだのは……†タナトス†様?)
ステージ下から歓声が沸き起こる。
アーヴェントが教会聖歌をしっとりと歌い始めると、預言者の光輪の輝きにステージは明るく照らされた。
めじろはちょっと眩しそうな顔をした。
(†タナトス†、自分は正直、君のことが心配だ)
歌いながら、アーヴェントは†タナトス†をじっと見つめた。
(あそこまで傷ついても尚、民に殺されそうになっても尚、クレセントハートを増やすことを止めようとしないということは、強い理由と信念があるということ。なら何故……? 彼が此処までするのは、クレセントハートの方が世界にあるべきものだと思っているからだろうか? それは、それこそが人のあるべき姿だと彼が思うからか)
神ではなく、「†タナトス†」を名乗り始めた彼の心の中は分からない。
だが、これ以上そんな事を続けさせていい訳がない。
「止めさせて貰う、絶対に……この歌が、想いが、少しでも君に安らぎを与えることを強く祈っている」
曲がクライマックスに近づき、めじろの背後に幽冥なる月影が浮かび上がった。
紅月の薄明かりに包まれフェードアウトする刹那、めじろは穏やかな表情を浮かべる†タナトス†を見た。
「参るな……もっとちゃんと嫌って貰える方法とかググっておくべきだったよ。人気者はつらいなぁ」
光の翼を翻し、ステージを去るアーヴェント後ろ姿に†タナトス†は静かに拍手を贈っていた。


