【陰陽アイドル大戦】ハレの都にケの巨影
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■アルカを“炎の冠”の中から救い出せ!
(凄いな……あれだけ暴れ回っていた“炎の冠”を大人しくさせてしまうなんて)
古川 星夜の視界の向こう、舞芸者や警邏たちを翻弄し続けてきた“炎の冠”は、両手両足を地面に付ける形で動きを止めていた。溢れる瘴気は最初の時と比べほとんど見えなくなっており、今なら頭部に近付くことも容易だろう。
「よし、これでアルカを助け出せる。これも皆のおかげだ、ありがとう」
フェスタ生と共に戦っていた八咫子が礼を言い、アルカの下へ向かうべく駆け出そうとするのを、星夜が声をかけることで留める。
「なぁ、司馬。セブンスフォールの事、覚えてるか?」
「何だ、いきなり――」
急ぎたい気持ちを顔に示しつつも、無碍にすることもできず八咫子が足を止めて振り返る。
「あの時お前は確かに言ってた、「すまない、“アルカ”……。例え、この心臓が止まろうとも勝たねばならなかったのに……」ってな。つまり、お前もアルカの為なら死のうとしてたって事だろ?」
「!」
事実を指摘された八咫子の表情が固まる。
「そもそもお前ら似過ぎなんだよ、互いの事強く思い合い過ぎてるっつーか。
お前らにとって、母校はグランスタに従ってでも守りたい場所だと思う。正直、守る為に他にどうすれば良いって言われても俺にもわからない。……だけど、これだけは言える。命を懸けるのが間違いだと言うなら、お前も命懸けるなって事」
「…………」
八咫子が沈黙に沈む。アルカも八咫子も、何故だか互いの事になるとそうやって自身の命をいとも簡単に物事を為すための材料にしてしまう。
「まぁ、何にせよ……どんな状況でも、命を懸けなくてもさ。友達ぐらい、助けてこいよ。その為なら俺も、きっと皆も、手伝うからさ。……引き止めて悪かった。司馬、行って来い」
言うべきことをいい終えた星夜が背を向け、八咫子が無言のまま頭を下げると、アルカの下へ向かっていった。
「うーん……ここからだと流石に、頭部の中の浄化を手伝うのは難しいかな。それにきっとすごい瘴気だし、それは私には力不足かな」
崩れ落ちた格好の“炎の冠”を見つめ、古川 瀬里が呟く。ただその表情に、自身の力不足を嘆くような色はない。
「頭部はムリでも、他のところなら、ね。溢れてる瘴気をそのままにしておいたら、ここ一帯の環境が悪くなっちゃうし」
瀬里が両手に扇子を持ち、祓い清めるための舞を舞う準備をする。そこへアルカの下に向かう八咫子の姿が映った。
(星夜はちゃんと、言いたいことを伝えられたのかな? 私も少しでも、八咫子ちゃんの力になれたらいいな)
その思いを胸に、瀬里が舞を舞う。少しでも魅せられるようにと扇子を巧みに動かし、華やかな舞いで周囲の瘴気を祓っていく。
(……二人とも、ちゃんと話し合ってね? 君たちのどちらかが敵になるパターンはそろそろ、終わらせてほしいかな)
(……さて、ここまでは多少の予定変更はあったが、概ね予定通りだ。問題はここからだな。アルカをただ物理的に引っこ抜いただけじゃ、終わらないと思うから)
負傷したアーヴェントの介抱を仲間に託し、龍造寺 八玖斗は符の力を用いて幻の舞芸者を呼び出し、彼らに和ポップな曲を演奏させる。
(少しでもアルカに分からせてやらねえとな、一人で背負い過ぎだって事を、な)
曲に合わせ、八玖斗は叫ぶように、未だ中に居るだろうアルカに聞こえるように歌う。
知らない人 知ってる人 彼等泣かせても 守りたい大事な人
それ全部上から見下ろし 君はどんな顔してんだ?
自分だけが守れる 自分だけが救える そう信じた そのはずだった
ただ大事な人といつ話した? いつ会った? いつちゃんと声を聞いた?
そもそもあの子 守られたがった? その全ての「いつ」 いつ忘れた?
全て捨て 神になった けど大事な人も 捨てちまった
残ったのは 何もねえな
けどまだ終わってねえ 何故か分かるか?
信じる人 大事なあの子 お前をまだ 見捨てたくないさ
そんなバカばっか ここに居る だから分かれ 全て一人で背負うなバカ
目を覚ませ なんて言わねえ いい加減 八咫子の声を聞けっ!
八玖斗が歌を歌い終えるまで、“炎の冠”からの拒絶は感じられなかった。それだけ酷く痛めつけられたか、それともようやくこちらの声を聞く気になったのが、そこまでは定かではない。
(……ん? あれは八咫子か)
視界に八咫子の姿を認めた八玖斗は、彼女に向けて声を飛ばす。
「歌でも怒鳴るでもいい、思い切り言いたい事聞こえるように言ってやれ。言わないとどうなっても後悔するぞ」
仲間が開けた穴から“炎の冠”内部に突入したのは、永見 音萌香、瑠亜、あみか、瑶の四名。一行を待ち受けていたのは、ドロドロと蠢く瘴気の奔流だった。
「しっかし、この瘴気は本当に酷いポンね……。まるで水の中を進んでいるみたいだポン」
状況は決して楽ではないのだが、狸の半妖だからという理由で語尾に『ポン』を付けて話す音萌香は、沈み込みがちな状況にちょっとした笑いを提供していた。
「よっし、進みやすいように瘴気を吹き飛ばしてみましょうポン! たぬポン頼んだ……ポンよ?」
音萌香の声に、しかし目の前の幻獣は大きなあくびを一つしたきり、動こうともしない。
「……ほら、お願い、ね?」
他の仲間には見えないように、ちょっとだけ裏の顔を出しつつ再度お願いをすると、やれやれとばかりに腰を上げて陰気を集め始める。たぬポンが集めた陰気は音萌香の頭の角を介して音萌香に取り込まれ、力となる。
「うーん、きたわー! いよっし、いっけーい!」
そして、自慢にしている狸尻尾を振り回し、纏わりつこうとする瘴気を吹き飛ばしていく。
「るあちゃん、私たちも続きましょう。私たちの舞いで、この瘴気を祓いましょう」
「うん! あみかちゃん、頑張りましょう!」
あみかと瑠亜も同様に、内部の荒れ狂う瘴気を祓うべく舞の準備をする。
(アルカさん……何度かお会いしたけれど、その時のあなたはいつも悲痛なお顔に見えていた。
八咫子さんにはなれないけれど、彼女に代わって闇にさしのべる、手になりたい……!)
(アルカちゃん……貴女を助けるのはこれで二回目ですね。あの時、親友の為に走っていく姿は美しかったです。
きっと今回も親友と清白葉女学院の為……なんですよね? でも……全部一人で抱え込まなくていいんです。
大事だからこそ言えないかもしれない。けど、悲しい結果を八咫子さんが本当に望んでるんですか? そう思わないから私は、ここに集まった親友と共に貴女を助け出します!)
それぞれがアルカへの思いを胸に秘め、周囲を祓い清める舞を舞う。
暗闇に 届けこの声 舞うあなた ついえるなかれ
(アルカさん、聞こえる? この歌が。君を助けようとしている者たちの思いが)
あみかの歌声に続けて、瑶も静かに歌を歌い、周囲の瘴気を祓う。
魂を捧げ 心を捧げや
導示せ 標と為れや
苦難を焼べて
願い 掲げや
「あっ! ねえねえ、あそこじゃないかな!」
音萌香が示した先、瘴気の流れが湾曲している箇所に、眠るアルカの姿があった。
「よかった……まだ大丈夫みたいですね」
「瘴気に取り込まれない内に助け出しましょう」
瑠亜の声に皆が頷き、まず瑶が眠ったままのアルカを引き起こす。
「いまは、無理やりにでも連れていくよ。苦情なら、後で聞くから……ね?」
瑠亜とあみかの助けを借りて、二人が乗ってきた麒麟にアルカを背負わせ、先頭に音萌香、アルカを乗せた麒麟の左右をあみかと瑠亜、殿を瑶が務める布陣で、進んできた道を戻っていく。通り道は行きに比べて瘴気が迫り、進みにくくなっていたものの進めないほどではなかった。
「これも皆さんのおかげ、ですね」
「帰ったらちゃんとお礼を言わないと、ですね」
「出口が見えてきたよー!」
そして一行は無事、アルカを“炎の冠”の中から救出することに成功したのだった――。
「……う……」
眠っていたアルカの瞳が、ゆっくりと開かれる。
「……ここは……」
「ここは“炎の冠”の外だ。アルカ、お前は助けられたんだ」
八咫子と共に、アルカを乗せて連れてきた死 雲人の声がアルカに届くと、アルカはふぅ、と息を吐いて無念そうな顔を浮かべた。
「そう……私は、失敗したのね……」
それきり、アルカは黙ってしまう。次の言葉をかけ辛い状況の中、雲人がアルカへ腰を下ろし、視線を合わせるようにして声を送る。
「俺の思い違いであったなら言ってほしい。……アルカ、お前がこのような行動を取ったのは八咫子や学校のためか?」
「…………」
アルカは沈黙を保ったままだが、この状況では是と受け取るのが自然だろう。それを前提として、雲人が言葉を続ける。
「アルカ。お前は八咫子や学校のためと思っての行動かもしれないが、結局はグランスタに利用されているだけだ」
「……だからなに? なんてことをしているんだ、なんて説教でもするつもり?」
煙たがるようなアルカの態度にも、雲人は動じること無く言葉を続ける。
「考えてみろ。この方法で八咫子は、学校の関係者は、幸せなのか?」
「……それは……。幸せであるかどうかなんて、関係ないじゃない」
そう口にするアルカだが、その声に勢いはない。
「お前が犠牲になっても、決して幸せにはなれない。……八咫子、そうだろう?」
話を振られた八咫子が雲人の代わりにアルカの傍へ寄り、視線を合わせ声を発する。
「アルカ。私に言ったはずだ、『大丈夫』だと。……これがその答えなのか?」
「やっちゃん……」
問い詰めるような八咫子の視線に、アルカが耐えられず視線を外す。それ以上言葉が続くことはなく、気まずい雰囲気の中、二人の後ろから歌声が聞こえてきた。
膝を抱えて過ごす夜 当たり前にならないで欲しかった
もう一人で耐えること 慣れてしまった
『このままでいいの?』呟いた
その歌声は風華、瑠亜、あみかによるものだった。
(命を捧げるほどに頑なになった心は、簡単には変われないかもしれない)
(それでも、八咫子さんの想いを少しでも、心に一石を投じたい)
(アルカちゃん。ちゃんと親友の言葉を、聞いてあげてください)
隣に感じた優しい温もり 失うことが怖くなった
どうか届いてほしい この声 この想い
見上げると 眩しい笑顔が待っていた
信じたくても信じられない
届きはしない歯痒い距離
あなたを守りたくて走り出す
この気持ちに答えなんてない
守りたい 大切だから
遠く離れても大丈夫 あなたの事を信じているから
忘れないで 私のこと
すれ違っても分かち合おう
いつまでも変わらない
信じ合う心は奇跡を呼ぶよ
「……やっちゃん……」
歌の力がそうさせたのか、アルカが一度は逸らした視線を再び八咫子へ向ける。
「ごめん……なさい……」
そしてか細く、注意していても聞き逃してしまうような小さな声で、謝罪の言葉を述べる。
「……ああ。私も……悪かった。すまない」
そして八咫子も、アルカへ謝罪の言葉を述べる。それぞれが互いを思うあまり重ねた罪は、これだけではとても精算できるものではないかもしれない。それでもこれが最初の一歩であることは、揺るがないだろう――。
「…………ダメ、か……」
八咫子とアルカが和解の一歩を踏み出した頃、残された“炎の冠”の骸を前に、瘴気を使い果たした水希がどさり、と倒れ込む。己の許容を超える瘴気を取り込み、“炎の冠”へ注ぎ込んだところで、もはや“炎の冠”は動かない。瘴気自体は残っているのだが、それを循環させる機能が失われているのだろう。やがて瘴気も失われ、“炎の冠”はこの世界から消滅するのだろう。
(疲れた……)
起き上がる気力も湧いてこない。瘴気はしばらくすれば蘇るだろうが、それでも暫くは動きたくない。
『――母殺しの忌み子である我に、このような施しを与えるとは、な』
直後、声ならぬ声が聞こえてきた。状況的に“炎の冠”のものだろう。
「……自我を取り戻した、ってやつ? だったら自身の意志で黄泉がえり、してみない?」
『神とてそうそうよみがえれるものでもない。……だが、こうして意に反して操られるのは苦痛であった。
礼を言わせてくれ、人の子よ』
その声は、どこか温かみを感じさせるものだった。そして彼は、もうこの世界に戻ってくることは無いのだろう。
「……ひとつ、教えて。“炎の冠”は本当に、母親を焼き殺したの?」
『事実である。我は誕生の際、母親に大火傷を負わせ、結果として死なせた。そして父親に殺された』
「……それが『言い伝えられているおとぎ話』ってやつ?」
水希が知りたいのは、『本当に“炎の冠”は母親を焼き殺したのか』。それに対し“炎の冠”は『是』と答える。
『……時間のようだ』
暫く黙っていた“炎の冠”が、その言葉を最後に徐々に姿を消していく。瘴気が浄化され宙に消えていく中、その一部が水希の下へと纏わりついた。
それはまるで、母親の温もりを求める赤子のようで――。
『――――』
最期に残した言葉は、『言い伝えられているおとぎ話』にないもの。
「……ふっ」
その言葉がなんであったかは、水希の微笑が物語っていた――。
「……へえ。結界を破壊しないで“炎の冠”の自我を覚醒させたんだ。これは予想外かな」
ゲーテの呟きに、レキが反応する。
「どういうことさ?」
「君が気にしていた、俺のグランスタでの立場悪化の可能性が無くなったってことさ。俺は最善を尽くした、けれど君たちの仲間がグランスタの予想を超える実力を示した。グランスタは俺を責める以上に、フェスタを警戒するようになるだろうね」
結界の中でゲーテがふふ、と笑ったように見えた。しかしそれも一瞬のことで、次の瞬間には忽然とその場所から姿を消していた。ゲーテが姿を消すと、結界の効果も消え、ただの模様となった。
「消えた!?」
「……逃げられたか。だが、今の口ぶりから推測するに、“炎の冠”は消滅し、アルカも無事助けられたと見ていいだろう。
ここにこれ以上留まる理由も無い。帰ろう」
小十郎の声に一行が頷き、大霊廟を後にする――。
(凄いな……あれだけ暴れ回っていた“炎の冠”を大人しくさせてしまうなんて)
古川 星夜の視界の向こう、舞芸者や警邏たちを翻弄し続けてきた“炎の冠”は、両手両足を地面に付ける形で動きを止めていた。溢れる瘴気は最初の時と比べほとんど見えなくなっており、今なら頭部に近付くことも容易だろう。
「よし、これでアルカを助け出せる。これも皆のおかげだ、ありがとう」
フェスタ生と共に戦っていた八咫子が礼を言い、アルカの下へ向かうべく駆け出そうとするのを、星夜が声をかけることで留める。
「なぁ、司馬。セブンスフォールの事、覚えてるか?」
「何だ、いきなり――」
急ぎたい気持ちを顔に示しつつも、無碍にすることもできず八咫子が足を止めて振り返る。
「あの時お前は確かに言ってた、「すまない、“アルカ”……。例え、この心臓が止まろうとも勝たねばならなかったのに……」ってな。つまり、お前もアルカの為なら死のうとしてたって事だろ?」
「!」
事実を指摘された八咫子の表情が固まる。
「そもそもお前ら似過ぎなんだよ、互いの事強く思い合い過ぎてるっつーか。
お前らにとって、母校はグランスタに従ってでも守りたい場所だと思う。正直、守る為に他にどうすれば良いって言われても俺にもわからない。……だけど、これだけは言える。命を懸けるのが間違いだと言うなら、お前も命懸けるなって事」
「…………」
八咫子が沈黙に沈む。アルカも八咫子も、何故だか互いの事になるとそうやって自身の命をいとも簡単に物事を為すための材料にしてしまう。
「まぁ、何にせよ……どんな状況でも、命を懸けなくてもさ。友達ぐらい、助けてこいよ。その為なら俺も、きっと皆も、手伝うからさ。……引き止めて悪かった。司馬、行って来い」
言うべきことをいい終えた星夜が背を向け、八咫子が無言のまま頭を下げると、アルカの下へ向かっていった。
「うーん……ここからだと流石に、頭部の中の浄化を手伝うのは難しいかな。それにきっとすごい瘴気だし、それは私には力不足かな」
崩れ落ちた格好の“炎の冠”を見つめ、古川 瀬里が呟く。ただその表情に、自身の力不足を嘆くような色はない。
「頭部はムリでも、他のところなら、ね。溢れてる瘴気をそのままにしておいたら、ここ一帯の環境が悪くなっちゃうし」
瀬里が両手に扇子を持ち、祓い清めるための舞を舞う準備をする。そこへアルカの下に向かう八咫子の姿が映った。
(星夜はちゃんと、言いたいことを伝えられたのかな? 私も少しでも、八咫子ちゃんの力になれたらいいな)
その思いを胸に、瀬里が舞を舞う。少しでも魅せられるようにと扇子を巧みに動かし、華やかな舞いで周囲の瘴気を祓っていく。
(……二人とも、ちゃんと話し合ってね? 君たちのどちらかが敵になるパターンはそろそろ、終わらせてほしいかな)
(……さて、ここまでは多少の予定変更はあったが、概ね予定通りだ。問題はここからだな。アルカをただ物理的に引っこ抜いただけじゃ、終わらないと思うから)
負傷したアーヴェントの介抱を仲間に託し、龍造寺 八玖斗は符の力を用いて幻の舞芸者を呼び出し、彼らに和ポップな曲を演奏させる。
(少しでもアルカに分からせてやらねえとな、一人で背負い過ぎだって事を、な)
曲に合わせ、八玖斗は叫ぶように、未だ中に居るだろうアルカに聞こえるように歌う。
知らない人 知ってる人 彼等泣かせても 守りたい大事な人
それ全部上から見下ろし 君はどんな顔してんだ?
自分だけが守れる 自分だけが救える そう信じた そのはずだった
ただ大事な人といつ話した? いつ会った? いつちゃんと声を聞いた?
そもそもあの子 守られたがった? その全ての「いつ」 いつ忘れた?
全て捨て 神になった けど大事な人も 捨てちまった
残ったのは 何もねえな
けどまだ終わってねえ 何故か分かるか?
信じる人 大事なあの子 お前をまだ 見捨てたくないさ
そんなバカばっか ここに居る だから分かれ 全て一人で背負うなバカ
目を覚ませ なんて言わねえ いい加減 八咫子の声を聞けっ!
八玖斗が歌を歌い終えるまで、“炎の冠”からの拒絶は感じられなかった。それだけ酷く痛めつけられたか、それともようやくこちらの声を聞く気になったのが、そこまでは定かではない。
(……ん? あれは八咫子か)
視界に八咫子の姿を認めた八玖斗は、彼女に向けて声を飛ばす。
「歌でも怒鳴るでもいい、思い切り言いたい事聞こえるように言ってやれ。言わないとどうなっても後悔するぞ」
仲間が開けた穴から“炎の冠”内部に突入したのは、永見 音萌香、瑠亜、あみか、瑶の四名。一行を待ち受けていたのは、ドロドロと蠢く瘴気の奔流だった。
「しっかし、この瘴気は本当に酷いポンね……。まるで水の中を進んでいるみたいだポン」
状況は決して楽ではないのだが、狸の半妖だからという理由で語尾に『ポン』を付けて話す音萌香は、沈み込みがちな状況にちょっとした笑いを提供していた。
「よっし、進みやすいように瘴気を吹き飛ばしてみましょうポン! たぬポン頼んだ……ポンよ?」
音萌香の声に、しかし目の前の幻獣は大きなあくびを一つしたきり、動こうともしない。
「……ほら、お願い、ね?」
他の仲間には見えないように、ちょっとだけ裏の顔を出しつつ再度お願いをすると、やれやれとばかりに腰を上げて陰気を集め始める。たぬポンが集めた陰気は音萌香の頭の角を介して音萌香に取り込まれ、力となる。
「うーん、きたわー! いよっし、いっけーい!」
そして、自慢にしている狸尻尾を振り回し、纏わりつこうとする瘴気を吹き飛ばしていく。
「るあちゃん、私たちも続きましょう。私たちの舞いで、この瘴気を祓いましょう」
「うん! あみかちゃん、頑張りましょう!」
あみかと瑠亜も同様に、内部の荒れ狂う瘴気を祓うべく舞の準備をする。
(アルカさん……何度かお会いしたけれど、その時のあなたはいつも悲痛なお顔に見えていた。
八咫子さんにはなれないけれど、彼女に代わって闇にさしのべる、手になりたい……!)
(アルカちゃん……貴女を助けるのはこれで二回目ですね。あの時、親友の為に走っていく姿は美しかったです。
きっと今回も親友と清白葉女学院の為……なんですよね? でも……全部一人で抱え込まなくていいんです。
大事だからこそ言えないかもしれない。けど、悲しい結果を八咫子さんが本当に望んでるんですか? そう思わないから私は、ここに集まった親友と共に貴女を助け出します!)
それぞれがアルカへの思いを胸に秘め、周囲を祓い清める舞を舞う。
暗闇に 届けこの声 舞うあなた ついえるなかれ
(アルカさん、聞こえる? この歌が。君を助けようとしている者たちの思いが)
あみかの歌声に続けて、瑶も静かに歌を歌い、周囲の瘴気を祓う。
魂を捧げ 心を捧げや
導示せ 標と為れや
苦難を焼べて
願い 掲げや
「あっ! ねえねえ、あそこじゃないかな!」
音萌香が示した先、瘴気の流れが湾曲している箇所に、眠るアルカの姿があった。
「よかった……まだ大丈夫みたいですね」
「瘴気に取り込まれない内に助け出しましょう」
瑠亜の声に皆が頷き、まず瑶が眠ったままのアルカを引き起こす。
「いまは、無理やりにでも連れていくよ。苦情なら、後で聞くから……ね?」
瑠亜とあみかの助けを借りて、二人が乗ってきた麒麟にアルカを背負わせ、先頭に音萌香、アルカを乗せた麒麟の左右をあみかと瑠亜、殿を瑶が務める布陣で、進んできた道を戻っていく。通り道は行きに比べて瘴気が迫り、進みにくくなっていたものの進めないほどではなかった。
「これも皆さんのおかげ、ですね」
「帰ったらちゃんとお礼を言わないと、ですね」
「出口が見えてきたよー!」
そして一行は無事、アルカを“炎の冠”の中から救出することに成功したのだった――。
「……う……」
眠っていたアルカの瞳が、ゆっくりと開かれる。
「……ここは……」
「ここは“炎の冠”の外だ。アルカ、お前は助けられたんだ」
八咫子と共に、アルカを乗せて連れてきた死 雲人の声がアルカに届くと、アルカはふぅ、と息を吐いて無念そうな顔を浮かべた。
「そう……私は、失敗したのね……」
それきり、アルカは黙ってしまう。次の言葉をかけ辛い状況の中、雲人がアルカへ腰を下ろし、視線を合わせるようにして声を送る。
「俺の思い違いであったなら言ってほしい。……アルカ、お前がこのような行動を取ったのは八咫子や学校のためか?」
「…………」
アルカは沈黙を保ったままだが、この状況では是と受け取るのが自然だろう。それを前提として、雲人が言葉を続ける。
「アルカ。お前は八咫子や学校のためと思っての行動かもしれないが、結局はグランスタに利用されているだけだ」
「……だからなに? なんてことをしているんだ、なんて説教でもするつもり?」
煙たがるようなアルカの態度にも、雲人は動じること無く言葉を続ける。
「考えてみろ。この方法で八咫子は、学校の関係者は、幸せなのか?」
「……それは……。幸せであるかどうかなんて、関係ないじゃない」
そう口にするアルカだが、その声に勢いはない。
「お前が犠牲になっても、決して幸せにはなれない。……八咫子、そうだろう?」
話を振られた八咫子が雲人の代わりにアルカの傍へ寄り、視線を合わせ声を発する。
「アルカ。私に言ったはずだ、『大丈夫』だと。……これがその答えなのか?」
「やっちゃん……」
問い詰めるような八咫子の視線に、アルカが耐えられず視線を外す。それ以上言葉が続くことはなく、気まずい雰囲気の中、二人の後ろから歌声が聞こえてきた。
膝を抱えて過ごす夜 当たり前にならないで欲しかった
もう一人で耐えること 慣れてしまった
『このままでいいの?』呟いた
その歌声は風華、瑠亜、あみかによるものだった。
(命を捧げるほどに頑なになった心は、簡単には変われないかもしれない)
(それでも、八咫子さんの想いを少しでも、心に一石を投じたい)
(アルカちゃん。ちゃんと親友の言葉を、聞いてあげてください)
隣に感じた優しい温もり 失うことが怖くなった
どうか届いてほしい この声 この想い
見上げると 眩しい笑顔が待っていた
信じたくても信じられない
届きはしない歯痒い距離
あなたを守りたくて走り出す
この気持ちに答えなんてない
守りたい 大切だから
遠く離れても大丈夫 あなたの事を信じているから
忘れないで 私のこと
すれ違っても分かち合おう
いつまでも変わらない
信じ合う心は奇跡を呼ぶよ
「……やっちゃん……」
歌の力がそうさせたのか、アルカが一度は逸らした視線を再び八咫子へ向ける。
「ごめん……なさい……」
そしてか細く、注意していても聞き逃してしまうような小さな声で、謝罪の言葉を述べる。
「……ああ。私も……悪かった。すまない」
そして八咫子も、アルカへ謝罪の言葉を述べる。それぞれが互いを思うあまり重ねた罪は、これだけではとても精算できるものではないかもしれない。それでもこれが最初の一歩であることは、揺るがないだろう――。
「…………ダメ、か……」
八咫子とアルカが和解の一歩を踏み出した頃、残された“炎の冠”の骸を前に、瘴気を使い果たした水希がどさり、と倒れ込む。己の許容を超える瘴気を取り込み、“炎の冠”へ注ぎ込んだところで、もはや“炎の冠”は動かない。瘴気自体は残っているのだが、それを循環させる機能が失われているのだろう。やがて瘴気も失われ、“炎の冠”はこの世界から消滅するのだろう。
(疲れた……)
起き上がる気力も湧いてこない。瘴気はしばらくすれば蘇るだろうが、それでも暫くは動きたくない。
『――母殺しの忌み子である我に、このような施しを与えるとは、な』
直後、声ならぬ声が聞こえてきた。状況的に“炎の冠”のものだろう。
「……自我を取り戻した、ってやつ? だったら自身の意志で黄泉がえり、してみない?」
『神とてそうそうよみがえれるものでもない。……だが、こうして意に反して操られるのは苦痛であった。
礼を言わせてくれ、人の子よ』
その声は、どこか温かみを感じさせるものだった。そして彼は、もうこの世界に戻ってくることは無いのだろう。
「……ひとつ、教えて。“炎の冠”は本当に、母親を焼き殺したの?」
『事実である。我は誕生の際、母親に大火傷を負わせ、結果として死なせた。そして父親に殺された』
「……それが『言い伝えられているおとぎ話』ってやつ?」
水希が知りたいのは、『本当に“炎の冠”は母親を焼き殺したのか』。それに対し“炎の冠”は『是』と答える。
『……時間のようだ』
暫く黙っていた“炎の冠”が、その言葉を最後に徐々に姿を消していく。瘴気が浄化され宙に消えていく中、その一部が水希の下へと纏わりついた。
それはまるで、母親の温もりを求める赤子のようで――。
『――――』
最期に残した言葉は、『言い伝えられているおとぎ話』にないもの。
「……ふっ」
その言葉がなんであったかは、水希の微笑が物語っていた――。
「……へえ。結界を破壊しないで“炎の冠”の自我を覚醒させたんだ。これは予想外かな」
ゲーテの呟きに、レキが反応する。
「どういうことさ?」
「君が気にしていた、俺のグランスタでの立場悪化の可能性が無くなったってことさ。俺は最善を尽くした、けれど君たちの仲間がグランスタの予想を超える実力を示した。グランスタは俺を責める以上に、フェスタを警戒するようになるだろうね」
結界の中でゲーテがふふ、と笑ったように見えた。しかしそれも一瞬のことで、次の瞬間には忽然とその場所から姿を消していた。ゲーテが姿を消すと、結界の効果も消え、ただの模様となった。
「消えた!?」
「……逃げられたか。だが、今の口ぶりから推測するに、“炎の冠”は消滅し、アルカも無事助けられたと見ていいだろう。
ここにこれ以上留まる理由も無い。帰ろう」
小十郎の声に一行が頷き、大霊廟を後にする――。