【陰陽アイドル大戦】ハレの都にケの巨影
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【3-3】いとしの半妖
「まったくもう……」
オンバシラへと続く経路の途中。
お尻から生えた銀色の尻尾が揺らして、八上 ひかりが大きな溜め息をついた。
ひかりは川村 萌夏と共に樹京を訪れ、市街地を観光していたのだが、突然、大霊廟から溢れ出した黄泉憑きの土人形たちの襲撃に巻き込まれてしまい、舞芸者として人々たちと共に安全な場所を探すうちにここへ辿り着いたのだった。
【自然体】を使っているため、頭にぴょこんと生えた耳とふさふさの尻尾は人々の中に紛れていても全く違和感がない。
むしろ自然なくらいだ。
「土人形を倒せとまでは言わないけど、もうちょっと何とかできない?」
萌夏を腕で小突いて、不満そうな顔になるひかり。
「だって……もともとバトルなんて想定してなかったし……」
萌夏は樹京が土人形たちの襲撃を受け、街中が破壊されてもただ逃げ惑うだけで積極的に反撃しようとせず、傍観者のような態度を取っていたのだった。
舞芸者としてここは一肌脱いで欲しいところだったが、萌夏にも何か思うところがあるのかも知れない。
「逃げ惑うだけなら、誰でもできるんだから」
「……私は、普通でいたいだけ。英雄でもないし、特別な存在でも何でもない。無力なだけの……ただの舞芸者だよ」
「舞芸の道を選んだことで、もう他の人とは違うんだってこと、忘れないで」
ひかりは呆れたように言いながらも、今は逃げ惑う樹京の人々のために最善を尽くそうと、土人形へ向かって行った。
多勢に無勢、自分だけの力で何ができるのかは分からないが、罪もない人々に無益な血を流させるわけにはいかない。
舞芸者としてというよりも、一人の人間としての感情だけが今のひかりを突き動かしていた。
「皆さん、私の背後にまわってください!!」
土人形たちの猛攻によって砂埃が立ち込める中、【誰何心眼】を用いて視界を確保したひかりは、【トリックスラッシュ】を使って周囲の土人形をなぎ倒す。
「……ひかり、後ろ!!」
土人形がひかりの背後を狙って襲いかかったが、ひかりはその攻撃をすり抜けて回し身で受け止めた。
「ここで、もう終いじゃな……。最期に一目、ミヤビ様の天照舞を見たかったのう……」
予期せぬ攻撃の余波を食らった老齢の男性が、手を合わせながらその場にしゃがみこんだ。
足の怪我の具合から見て、これ以上、自力では歩けないだろう。
「わしのことは構わんでええ。お嬢ちゃんだけで逃げなされ……足手まといになる気はないからのう」
萌夏にそう告げ、男性はゆっくり目を伏せた。
「だめ……こんなところで、終わらせない……絶対!」
横倒しになっていた萌夏の猫耳が、ピンと縦に伸びる。
「【舞神召喚】!!」
天津神々を招来したひかりは、男性を避難所へと誘導させただけでなく、自分と共に舞を披露して貰う事で、人々を勇気付けた。
「何もできないのは、最初から分かってたことだけど……舞芸者としての力が、誰か1人でも守れるなら……!!」
土人形を一手に引き寄せた萌夏は、ひかりに加勢する形で【天綴の舞】を舞い、漂う瘴気を打ち祓おうと試みる。
「やっぱり萌夏は、そうでなくっちゃ!」
ひかりと共に土人形の攻撃から人々を守った萌夏。
彼らをオンバシラへと誘導する途中、不意に立ち止まる。
「……どう見られているかなんて、きっと関係ないのよね。大事なのは、自分がどうしたいか……」
晴れやかなその表情に、もう迷いはない。
萌夏とひかりはその後も、警邏の侍たちとともに人々の救助と避難への誘導を続けた。
逃げ遅れた人々が、助けを乞いながら逃げ惑っている。
そのうちでも、固まっているものは賢かった。
一人で複数の土人形に囲まれるよりも、生き残ることははるかにたやすいからだ。
だが――それは、全員が万全であればの話である。
「お、お母さん……!」
「大丈夫よ、お母さんが必ず守ってあげるからね……!」
これまで上手くやり過ごしてきた二人だったが、しかし袋小路に追い詰められてしまう。
こどもが、足を怪我しているのだ。
土人形たちを目前に、ひしと抱き合う親子……だがその頭上に、高らかな鳴き声が聞こえた。
「伏せててね!」
麒麟がいななき、その背に乗った空莉・ヴィルトールが【祈祷:白蛇水神】を繰り出す。
彼女が飛び降りるに合わせ、現れた巨大な蛇がうねり、土人形たちを次々になぎ倒していく。
そして降り注いだ雨が、こどもの怪我を見る見るうちに癒していった。
「あ、ありがとうございます……」
「いいっていいって。それよりほら、乗って!
麒麟ちゃん、ちょっとだけこの二人を乗せてってもらっていい?」
不承不承といった様子の妖獣麒麟をなだめすかし、脱出をうながす空莉。
そして彼女は、次なる救助対象の声を聞きつけ、駆け出すのであった。
(逃げ遅れたお年寄りや子供たちは、きっと怖い思いをされているに違いありません……)
そう決意を固めた表情で朧芸者の符を構えるのは、三木 里緒菜だ。呼び出した幻影の舞芸者が四人、彼女と共に混乱の街中に臨んでいる。
里緒菜がふわりと一歩を踏み出すと、二人の幻は篠笛でゆったりとした曲を演奏し始める。その音に、がれきの影で震えていた小さな子供とその祖母が恐る恐ると顔を出した。
「怖がらないで……わたしたちといっしょに行けば、大丈夫ですから……」
篠笛の音に合わせて旅巫の舞いを優雅に舞う里緒菜と、彼女に追随し舞い踊る残り二人の幻の舞芸者。その落ち着いた雰囲気に安心してか、誘われるように逃げ遅れた者達が彼女達の後を歩いていく。
オンバシラへ向け、里緒菜が非難誘導に使う道は安全な抜け道だ。皆が無事に付いて来られているか、里緒菜が先頭から細道でそっと振り返ると――そこには彼女へ向けられる笑顔や安心した顔があった。
里緒菜もほんのりと表情を和らげ、大丈夫と視線で応える。和やかな空気を纏いながら、一行はオンバシラ内部へ向かう道を少しずつ辿って行った。
都の衛士、そして舞芸者たちの活躍により、土人形たちは徐々にその数を減らしつつあった。
しかしそれでも、逃げ遅れた住民は脅威にさらされている。
「大丈夫だよー、もうすぐ門だからねー」
宝庭 シェプストはその中で、住民を伝馬に乗せて牽き、歩けるものを先導して近くの門を目指していた。
決して油断ならぬ数の人々を連れている彼女は、そのために自ら先回りをして、土人形を脚から撃つことで逃げることに傾注する。
不安がる相手には、腹が減ってはなんとやら、手製の握り飯を持たせてにこやかに励まし、怪我をしたものがいれば【祈祷:田ノ神】で癒しを施した。
道々の濃い瘴気には【神拍子】で応じつつ、シェプストはなんとか門まで人々を運ぶことができた。
しかし――その殿には、足を撃たれて憎々しげな土人形たちが、恨みがましくついてきていたのだ。
「あちゃー、みんなは先に街の外に出ててー」
そう言って伝馬の尻を叩き、住民たちに避難を促したのち、シェプストは【氷刃乱舞】で土人形に氷の刃を見舞って砕き散らし、避難する住民たちを守り通したのであった。
“炎の冠”が倒されたことによって土人形たちが脆くも崩れ去り、樹京に平穏さが戻ったのはそれから少し経ってからのことである。
「まったくもう……」
オンバシラへと続く経路の途中。
お尻から生えた銀色の尻尾が揺らして、八上 ひかりが大きな溜め息をついた。
ひかりは川村 萌夏と共に樹京を訪れ、市街地を観光していたのだが、突然、大霊廟から溢れ出した黄泉憑きの土人形たちの襲撃に巻き込まれてしまい、舞芸者として人々たちと共に安全な場所を探すうちにここへ辿り着いたのだった。
【自然体】を使っているため、頭にぴょこんと生えた耳とふさふさの尻尾は人々の中に紛れていても全く違和感がない。
むしろ自然なくらいだ。
「土人形を倒せとまでは言わないけど、もうちょっと何とかできない?」
萌夏を腕で小突いて、不満そうな顔になるひかり。
「だって……もともとバトルなんて想定してなかったし……」
萌夏は樹京が土人形たちの襲撃を受け、街中が破壊されてもただ逃げ惑うだけで積極的に反撃しようとせず、傍観者のような態度を取っていたのだった。
舞芸者としてここは一肌脱いで欲しいところだったが、萌夏にも何か思うところがあるのかも知れない。
「逃げ惑うだけなら、誰でもできるんだから」
「……私は、普通でいたいだけ。英雄でもないし、特別な存在でも何でもない。無力なだけの……ただの舞芸者だよ」
「舞芸の道を選んだことで、もう他の人とは違うんだってこと、忘れないで」
ひかりは呆れたように言いながらも、今は逃げ惑う樹京の人々のために最善を尽くそうと、土人形へ向かって行った。
多勢に無勢、自分だけの力で何ができるのかは分からないが、罪もない人々に無益な血を流させるわけにはいかない。
舞芸者としてというよりも、一人の人間としての感情だけが今のひかりを突き動かしていた。
「皆さん、私の背後にまわってください!!」
土人形たちの猛攻によって砂埃が立ち込める中、【誰何心眼】を用いて視界を確保したひかりは、【トリックスラッシュ】を使って周囲の土人形をなぎ倒す。
「……ひかり、後ろ!!」
土人形がひかりの背後を狙って襲いかかったが、ひかりはその攻撃をすり抜けて回し身で受け止めた。
「ここで、もう終いじゃな……。最期に一目、ミヤビ様の天照舞を見たかったのう……」
予期せぬ攻撃の余波を食らった老齢の男性が、手を合わせながらその場にしゃがみこんだ。
足の怪我の具合から見て、これ以上、自力では歩けないだろう。
「わしのことは構わんでええ。お嬢ちゃんだけで逃げなされ……足手まといになる気はないからのう」
萌夏にそう告げ、男性はゆっくり目を伏せた。
「だめ……こんなところで、終わらせない……絶対!」
横倒しになっていた萌夏の猫耳が、ピンと縦に伸びる。
「【舞神召喚】!!」
天津神々を招来したひかりは、男性を避難所へと誘導させただけでなく、自分と共に舞を披露して貰う事で、人々を勇気付けた。
「何もできないのは、最初から分かってたことだけど……舞芸者としての力が、誰か1人でも守れるなら……!!」
土人形を一手に引き寄せた萌夏は、ひかりに加勢する形で【天綴の舞】を舞い、漂う瘴気を打ち祓おうと試みる。
「やっぱり萌夏は、そうでなくっちゃ!」
ひかりと共に土人形の攻撃から人々を守った萌夏。
彼らをオンバシラへと誘導する途中、不意に立ち止まる。
「……どう見られているかなんて、きっと関係ないのよね。大事なのは、自分がどうしたいか……」
晴れやかなその表情に、もう迷いはない。
萌夏とひかりはその後も、警邏の侍たちとともに人々の救助と避難への誘導を続けた。
逃げ遅れた人々が、助けを乞いながら逃げ惑っている。
そのうちでも、固まっているものは賢かった。
一人で複数の土人形に囲まれるよりも、生き残ることははるかにたやすいからだ。
だが――それは、全員が万全であればの話である。
「お、お母さん……!」
「大丈夫よ、お母さんが必ず守ってあげるからね……!」
これまで上手くやり過ごしてきた二人だったが、しかし袋小路に追い詰められてしまう。
こどもが、足を怪我しているのだ。
土人形たちを目前に、ひしと抱き合う親子……だがその頭上に、高らかな鳴き声が聞こえた。
「伏せててね!」
麒麟がいななき、その背に乗った空莉・ヴィルトールが【祈祷:白蛇水神】を繰り出す。
彼女が飛び降りるに合わせ、現れた巨大な蛇がうねり、土人形たちを次々になぎ倒していく。
そして降り注いだ雨が、こどもの怪我を見る見るうちに癒していった。
「あ、ありがとうございます……」
「いいっていいって。それよりほら、乗って!
麒麟ちゃん、ちょっとだけこの二人を乗せてってもらっていい?」
不承不承といった様子の妖獣麒麟をなだめすかし、脱出をうながす空莉。
そして彼女は、次なる救助対象の声を聞きつけ、駆け出すのであった。
(逃げ遅れたお年寄りや子供たちは、きっと怖い思いをされているに違いありません……)
そう決意を固めた表情で朧芸者の符を構えるのは、三木 里緒菜だ。呼び出した幻影の舞芸者が四人、彼女と共に混乱の街中に臨んでいる。
里緒菜がふわりと一歩を踏み出すと、二人の幻は篠笛でゆったりとした曲を演奏し始める。その音に、がれきの影で震えていた小さな子供とその祖母が恐る恐ると顔を出した。
「怖がらないで……わたしたちといっしょに行けば、大丈夫ですから……」
篠笛の音に合わせて旅巫の舞いを優雅に舞う里緒菜と、彼女に追随し舞い踊る残り二人の幻の舞芸者。その落ち着いた雰囲気に安心してか、誘われるように逃げ遅れた者達が彼女達の後を歩いていく。
オンバシラへ向け、里緒菜が非難誘導に使う道は安全な抜け道だ。皆が無事に付いて来られているか、里緒菜が先頭から細道でそっと振り返ると――そこには彼女へ向けられる笑顔や安心した顔があった。
里緒菜もほんのりと表情を和らげ、大丈夫と視線で応える。和やかな空気を纏いながら、一行はオンバシラ内部へ向かう道を少しずつ辿って行った。
都の衛士、そして舞芸者たちの活躍により、土人形たちは徐々にその数を減らしつつあった。
しかしそれでも、逃げ遅れた住民は脅威にさらされている。
「大丈夫だよー、もうすぐ門だからねー」
宝庭 シェプストはその中で、住民を伝馬に乗せて牽き、歩けるものを先導して近くの門を目指していた。
決して油断ならぬ数の人々を連れている彼女は、そのために自ら先回りをして、土人形を脚から撃つことで逃げることに傾注する。
不安がる相手には、腹が減ってはなんとやら、手製の握り飯を持たせてにこやかに励まし、怪我をしたものがいれば【祈祷:田ノ神】で癒しを施した。
道々の濃い瘴気には【神拍子】で応じつつ、シェプストはなんとか門まで人々を運ぶことができた。
しかし――その殿には、足を撃たれて憎々しげな土人形たちが、恨みがましくついてきていたのだ。
「あちゃー、みんなは先に街の外に出ててー」
そう言って伝馬の尻を叩き、住民たちに避難を促したのち、シェプストは【氷刃乱舞】で土人形に氷の刃を見舞って砕き散らし、避難する住民たちを守り通したのであった。
“炎の冠”が倒されたことによって土人形たちが脆くも崩れ去り、樹京に平穏さが戻ったのはそれから少し経ってからのことである。