【陰陽アイドル大戦】その妖狐、我が母につき
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【1:立ちはだかるは赤の大虎】
「……巨大な式でございますね」
初めて見ました、と目黒 銀河は思わずと言った様子で息を吐いた。
葦原は桜稜郭。桜の丸の地下にある洞穴では、早見 迅に呼ばれて駆けつけた生徒たちが、脅威と対面していた。
本来は巨大な洞穴であるはずのその空洞が狭く感じるほどの巨体は、全長が十メートル程もあり、鋭い牙を持つ口が低い唸り声を上げる。赤黒いもやを纏ったその姿は虎のようだが、勿論本物ではなく、術によって作られた式神だ。
「銀狐が言うには、陰陽術でできた中身の無いハリボテだと言うが……」
「とてもじゃないけど、そうは見えないね」
堀田 小十郎の呟きを拾って、迅はなんとも言えない苦笑を浮べる。
話は数分ほど前に遡る。
迅の呼びかけに応じて地下へと降りた生徒たちは、洞穴へ入ってからすぐの浅い部分でどんっという地響きを聞いた。驚いて駆け出してみると、暗がりの中に蠢く影が見える。どうやら音はそこから聞こえているらしかった。
「あれは……?」
全身をもやに包まれた獣の姿に皆一瞬たたらを踏んだが、巨大な虎のような化け物は、それ以上近付いてこようとはしない。いや、近付こうとはしているのだ。しかし、軽い助走と共に駆け出そうとした途端、どんっと、何か見えない壁につぶかっているようにしてその体が押し戻されているようだ。
「結界……かな?」
その様子に迅が言うと「そうだ!」と応じる声が奥から響いてきた。
「銀狐かい?」
「そこには、俺の結界が張ってある。だが、その式相手ではそれも長くは持ちそうに無い」
迅の問いに答えて奥の方から聞こえてくる声は、普段の銀狐らしくない動揺が見え隠れしていたが、それを尋ねている場合でもない。耳を済ませている中で、銀狐の声は「恐らくそれは結界を破る為に編まれた式だ」と続ける。要石を破るほどのその強力な力の前には、銀狐の結界では数分も持たないだろう。
「中身のない陰陽術で出来たハリボテだが、外へ出すのは不味い。どうにかそいつを――!」
「銀狐、こっちも……きゃあ!」
続こうとしたその言葉を遮ったのは、此花の叫び声だ。生徒たちははっと顔色を変えて互いの顔を見合わせると、シャーロット・フルールが大きく頷く。
「ここは任せるよ! ボクたちは……」
「ああ、行ってくれ。ここは俺たちに任せろ。あんなヤツを外に出すわけには、いかねぇからな」
睡蓮寺 陽介の言葉にシャーロットは頷くと、リトルフルールの仲間たちと共に伝馬で銀狐の元へと駆けて行った。
そして――……。
「それじゃあ、ここはひとつ、虎狩りといこうじゃないか!」
シャーロットたちの後を追うようにして、銀狐のいる洞穴の奥へと向かう他の仲間たちの背中を見送り、そう言ったジュレップ・ガーリースカイの言葉に、その場へと留まった者達は頷くと共に強く自らの武器を握り締めた。
***
戦闘開始と同時に動いたのは、世良 延寿だ。
「私はみんなの笑顔を守りたい。だから、そのために戦うよ!」
地上で暮らす人たちに被害を出さないためにも、ここで式神を討伐しなければ、と決意を込め、飛び出してきた延寿を障害とみなしたのか、さきほどまで結界の外へ出ようと足掻いていた式神が、ぐるりとその身体を振り返らせた。
ぐるる、と唸り声を上げた巨体がその足を振り上げ、鋭い爪を延寿に向かって振り下ろす、が。
「そんなに遅い攻撃じゃ当たらないよ!」
体が大きい分、その動きはあまり早いほうではなく、忍者の身軽さを持つ延寿の前ではその衣服にさえ爪がかかることは無い。そうして、どしん、どしんと地響きと共に繰り出される爪の攻撃を避けて回る延寿だったが、逃げ回るばかりでは当然、式神を止めることはできない。
「行くよ!」
何度目か攻撃を避けたところで、延寿が仕掛けた。武器は両手の鉤付き鎖鎌だ。走り回りながら二つの武器を、そのリーチを使って左右から攻撃を仕掛けていく。
そんな延寿に続いて、式神へ向かって仕掛けたのは青天目 素良だ。回避中心の延寿に対して、素良は防御を中心にした動きで立ち回る。素良が気にしていたのは、ここが洞穴である、ということだ。
(下手に回避して、壁に当たって崩れて生き埋めに、なんて結末になったら……)
そして皆が傷付いたら、という怖さが素良を前へと踏み出させる。
「ほら、こっちなのら!」
そうして声を上げたが、式神のほうは自分の邪魔になるものしか反応をしないのか、素良の方を見向きもせず、攻撃を繰り返す延寿のほうばかりに目を向ける。が、もちろんその程度は素良も折り込み済みだ。
「これでも無視できるのら!?」
味方に攻撃の向かない位置へと動いてから、雷丸招来による雷の玉を式神へ向けて放った。ばちんっと音を立てる雷に、式神の目がギロリと素良を睨みつけた。狙い通りに自分を敵と認識させるのに成功させた後は、できるだけ自分へ攻撃を引き付けての土蜘蛛の熊手のブロッキングだ。とは言え、結界を力で破ったと思われる力だ。まともに受ければガードなど意味は無いのは、素良もよく理解していた。
(受けきるのじゃなくて、逸らすのら……!)
もちろん、逸らした先が壁では意味が無い。転がっている岩などへ流して衝撃を緩ませつつ、囮となって動き回る中、同様に囮役を買って出たのはジュレップだ。
「動物は炎を怖がるって言うからね! いや式神だしそこは期待してないけど!」
ジュレップは背面や側面に動き回り、視界から外れた瞬間に極火二刀によって斬りつけることで、その意識を自らへと引く。自身が予想していた通り、式神である大虎は炎に対して恐れる様子はなく、攻撃に対しても大きなダメージを受けたような気配は無かったが、ジュレップは構わず自分の方を向いた攻撃を避けつつ、振り上げら得た足が地面に落ちよう、としたタイミングを見計らって尖土遁術を放った。
地響きを上げるほどの強烈な一撃が鋭角にせり上がった地面がぶつかると、自分のその攻撃の重さによって足を大きく掬われた様子の巨体が一歩を引いた。
「よし……!」
そうしてたたらを踏んだのを見計らい、仲間達の正面を避けるように背面へと回ったジュレップは、その足を狙って刀で斬りかかった。先の一撃でジュレップを完全に邪魔者と認識したのだろう、動き回るジュレップの姿を追いかけて、式神の大きな体が洞穴で身体をくねらせて方向を変える。
巨体のせいで縦横無尽というわけにはいかないようだったが、それでも体当たりだけでも押しつぶされそうな巨体が動くのである。
動きの遅さで直撃はなんとか避けていられるが、壁にぶつかられては洞穴、ひいてはその上にある桜の丸にも影響が無いとは限らない。気をつけて立ち回ってはいたが、式神のほうはついに痺れを切らしたのか、恐ろしい牙で噛み付こうとその大きな口をジュレップに向けて突き出して突撃してきた。
「っと……やば!」
タイミング悪く、ジュレップのいるのはまさに壁側だ。挟まれる――と思った瞬間、そこへ素良が土蜘蛛の熊手で割り込んだ。
「ぐう……っ」
横からの介入で直撃を避け、牙の流れを変えるのには成功したが、その強烈な威力に無傷でとは行かずに体が吹き飛ばされて壁面へとぶつかりかけるのを、今度はジュレップのほうが受け止めるようにして防ぐ。
そうして、囮かつ壁役を担う二人が動き回っている間、それを隠れ蓑にするようにして攻撃を行っていたのはリリィ・エーベルヴァイン、そして目黒 銀河だ。
「……ふふふ、此処で斬り殺しましょうか。式神ならば遠慮も必要ありますまい」
銀河はそう言って 炎蜥蜴を構えると、暴れ続ける式神に対して目を細めた。
「せいぜい、楽しませてくださいね?」
不撓によって攻撃に備えながら、式神の意識が逸れている間に攻撃を仕掛けていくが、それらはどれも、倒そうと言う覇気の余りない、どちらかというと突付くというのにも近いものだ。あえて自分の力を出し切らないまま、ダメージとしても成り立たないような、それでいて無視できないようなしつこい攻撃を繰り返す。
神経を逆撫でる――式神にそういう感情があるかどうかは別として、そのように何度も繰り返される攻撃に、邪魔であることは認識されたようで、囮役が離れた瞬間で式神の爪が銀河を狙って振り下ろされるが、それはまだ
銀河の狙ったそれではなかった。高い攻撃を狙ったが、あまりに強すぎる攻撃はこの様子では受けきる前に自分が死にかねない。
(まだ……まだです)
そうして自らの狙い通りのタイミングが来るのを狙って攻撃を続ける銀河に対して、積極的にダメージを狙って攻めるのがリリィだ。
皆が攻撃を受けるおとりになっている中を、岩に隠れたりして様子をはかり、振り下ろされる爪や牙をかわしながら近付き、振り下ろされた爪をバスターソードによるブロッキングで防ぎながら懐へ滑り込もうとするが、式神の強力な脚力ではブロッキングで完全に防ぎきることは叶わない。吹き飛ばされないでいるのがせいぜいといった按配に、リリィは眉を寄せた。びりびりと痺れの走る腕と、仲間達と応戦している式神とを交互に見ながら「防ぐのが難しい、なら……」と、今度は銀河に意識が移った瞬間を狙って側面から素早く駆け寄ったリリィは、足の関節を狙ってツインスラッシュによる連続攻撃を放った。それで一瞬脚の動きが鈍るのに、続けて氷丸招来によって氷のつぶてを更に関節へ向かって追い討ちのようにぶつける。
「余り動かれても困る、少し大人しくする」
すると、続けざま関節へ攻撃を受けたためか、式神の前足ががくり、と傾いだ。そのまま動きを止めるかと思えば、その次の瞬間にはぐっと身体は起きて、何事もなかったかのようにその爪が生徒たちを狙ってくる。
「どうも……ダメージが通っている気がしないね」
「そんなはずないよ!」
のんびりとした声ながら、どこか焦りが滲む迅の言葉に、延寿は首を振った。
「ダメージは溜まってるはずだよ。たぶん……式神だから、痛みみたいなのが薄いんだ」
そうしてよく観察をしてみれば、身体を覆う赤黒いもやが、出来た傷の上へと吸い込まれるようにして修復をしているように見える。が、それは同時にそのもやも最初より幾らか薄くなっているように見えた。
「ダメージがちゃんと蓄積しているなら、攻撃を続けていくしかないのだぜ」
その言葉に肩を竦めて応じるのは天導寺 朱だ。接近戦は不利になるからと、距離を取って式神の上に稲妻招来で雷を落とすことで、意図的にその警戒を頭上へと向けさせて意識付けさせていると、加宮 深冬もやはり式神の爪や牙の間合いから離れたところから、投擲術による攻撃を続けていた。
どうやら攻撃者に対して反応する様子の式神が、攻撃と同時にこちらを向けば、囮役として動いているジュレップたちや攻撃を続ける朱や銀河の方へと意識が逸れた瞬間を狙ってまた別の場所へと移動する。
そうして常に式神の意識の外へとはずれながら、深冬は式神への一方的な攻撃に成功していた。卑怯なように見えなくもないが、これも立派な連携であり、戦術である。
更には、尖土遁術によって攻撃しつつ、それによってできた地面の尖状の隆起で足場を悪くさせることで、ただでさえ素早い動きの出来ない式神の動きを更に制限した。自分や仲間たちの安全を維持しやすくなったことに、一旦は安堵の息を吐いたが、油断はならない。
(もしかしたら、封印を破った何者かが隠れて洞窟のなかにいるかもしれない……)
そうして仲間たちが攻撃を続ける最中、春瀬 那智と迅もまた縦横無尽に洞穴の中を駆け回って戦っていた。ファイトクラブの時に手合わせをした経験から、お互いの手は知っている。深冬の攻撃のおかげで足場の悪さに動きを鈍らせてはいるが、その爪と牙の脅威は残ったままだ。動きが遅くても、一撃を食らったらそれでおしまいだ。
「よし、迅。虎狩りといこうぜ」
「ああ、よろしくね」
那智の言葉に迅が頷くと、巨体の式神に対して小回りの利くのを利点として、二人は同時に別方向から攻撃を仕掛けた。あえて同時ではなく、方向やタイミングをずらすことで的を絞らせないようにするのが狙いだ。
紅葉の目付へ視線を向けることでその剣筋を読ませないようにしながら、足を狙ったトリックスラッシュによって打刀を振るうと、その複雑な動きに式神が惑わされるようにその注意を向けた瞬間、迅や延寿たちが別の足へと攻撃を仕掛ける。
そしてその攻撃へと式神が注意をやった瞬間に、今度は那智のほうが彼らを隠れ蓑に動いて再び足を狙った。
(陰陽術には詳しくねーけど、気とかエネルギーの源ってのは大体心臓部にある筈だ。渾身の一撃をそこに叩き込めるように、まずはとことんまで動きを鈍らせておかねーとな)
そうして、ダメージを蓄積させていくこと暫く。
まず状況を動かしたのは朱だ。稲妻招来によって上に注意を向けさせ続け、朱の姿に反射的に上を意識するようになったタイミングで、朱は半妖の力を増幅させる殺生石の首飾りを持った手を地面に突き立てると、式神の足元から闘鬼の拳を放った。地面から突き出した拳は上に注意を向けていた式神の意表をつき、その上体を傾がせる。
「よし、効いてるのぜ!」
瞬間、 浮いた式神の腕がそれでも暴れようとして動く中、それを今度こそブロッキングで防ぎながら懐へ滑り込んだのはリリィだ。そのまますり抜けるようにして動きながら、両足の関節へ向けて氷丸招来による氷塊を叩き込んで足を止めさせると、ジュレップの尖土遁術がそこへ更に追い討ちをかけて足元を奪う。
その瞬間だ。
「今だ……!」
忍び足で岩から岩へ隠れて歩んでいた千夏 水希がその腹の下へと一気に飛び込んだ。猫の手が届きにくい場所と言えば、腹と背中、あるいは尻尾だ。飛び込んでしまえばその手は届かない筈――と狙ったとおり、爪も牙も届かないその場所に入り込まれたのに焦ったのか、暴れて逃れようとする式神が動く前に、水希の牙は、その柔らかそうな腹目掛けて突き立っていた。
怨恨砕牙の一撃は、式神の大虎ではなく、彼を作り、穢れと術を使った輩へ向けての怨嗟だ。闇は闇を、呪いは呪いを以て殺す。そんな意気を込めた一撃に、式神が暴れてその上体を大きく上げると、全身をぶるりと大きく震わせて水希を振り払おうと動く。
「……ッ、く」
それで体が浮いた水希が手を離して腹の下から逃れ、仲間達の攻撃で注意が逸れた間で再び距離を取ったが、その一連を見ていた迅は何かに気付いたように目を細めた。
「今、胴の辺り……何か反応が違ったな……」
気のせいでなければ、確かに胴に攻撃を食らった瞬間に、式神が明らかに挙動を変え、その姿がぶれたように見えたのだ。
「ということは、あそこに核がある……ってことかな」
「……なるほどね」
その呟きに、生徒たちは攻撃の方針を確かめ合うように、顔を見合わせて頷きあった。
「……巨大な式でございますね」
初めて見ました、と目黒 銀河は思わずと言った様子で息を吐いた。
葦原は桜稜郭。桜の丸の地下にある洞穴では、早見 迅に呼ばれて駆けつけた生徒たちが、脅威と対面していた。
本来は巨大な洞穴であるはずのその空洞が狭く感じるほどの巨体は、全長が十メートル程もあり、鋭い牙を持つ口が低い唸り声を上げる。赤黒いもやを纏ったその姿は虎のようだが、勿論本物ではなく、術によって作られた式神だ。
「銀狐が言うには、陰陽術でできた中身の無いハリボテだと言うが……」
「とてもじゃないけど、そうは見えないね」
堀田 小十郎の呟きを拾って、迅はなんとも言えない苦笑を浮べる。
話は数分ほど前に遡る。
迅の呼びかけに応じて地下へと降りた生徒たちは、洞穴へ入ってからすぐの浅い部分でどんっという地響きを聞いた。驚いて駆け出してみると、暗がりの中に蠢く影が見える。どうやら音はそこから聞こえているらしかった。
「あれは……?」
全身をもやに包まれた獣の姿に皆一瞬たたらを踏んだが、巨大な虎のような化け物は、それ以上近付いてこようとはしない。いや、近付こうとはしているのだ。しかし、軽い助走と共に駆け出そうとした途端、どんっと、何か見えない壁につぶかっているようにしてその体が押し戻されているようだ。
「結界……かな?」
その様子に迅が言うと「そうだ!」と応じる声が奥から響いてきた。
「銀狐かい?」
「そこには、俺の結界が張ってある。だが、その式相手ではそれも長くは持ちそうに無い」
迅の問いに答えて奥の方から聞こえてくる声は、普段の銀狐らしくない動揺が見え隠れしていたが、それを尋ねている場合でもない。耳を済ませている中で、銀狐の声は「恐らくそれは結界を破る為に編まれた式だ」と続ける。要石を破るほどのその強力な力の前には、銀狐の結界では数分も持たないだろう。
「中身のない陰陽術で出来たハリボテだが、外へ出すのは不味い。どうにかそいつを――!」
「銀狐、こっちも……きゃあ!」
続こうとしたその言葉を遮ったのは、此花の叫び声だ。生徒たちははっと顔色を変えて互いの顔を見合わせると、シャーロット・フルールが大きく頷く。
「ここは任せるよ! ボクたちは……」
「ああ、行ってくれ。ここは俺たちに任せろ。あんなヤツを外に出すわけには、いかねぇからな」
睡蓮寺 陽介の言葉にシャーロットは頷くと、リトルフルールの仲間たちと共に伝馬で銀狐の元へと駆けて行った。
そして――……。
「それじゃあ、ここはひとつ、虎狩りといこうじゃないか!」
シャーロットたちの後を追うようにして、銀狐のいる洞穴の奥へと向かう他の仲間たちの背中を見送り、そう言ったジュレップ・ガーリースカイの言葉に、その場へと留まった者達は頷くと共に強く自らの武器を握り締めた。
***
戦闘開始と同時に動いたのは、世良 延寿だ。
「私はみんなの笑顔を守りたい。だから、そのために戦うよ!」
地上で暮らす人たちに被害を出さないためにも、ここで式神を討伐しなければ、と決意を込め、飛び出してきた延寿を障害とみなしたのか、さきほどまで結界の外へ出ようと足掻いていた式神が、ぐるりとその身体を振り返らせた。
ぐるる、と唸り声を上げた巨体がその足を振り上げ、鋭い爪を延寿に向かって振り下ろす、が。
「そんなに遅い攻撃じゃ当たらないよ!」
体が大きい分、その動きはあまり早いほうではなく、忍者の身軽さを持つ延寿の前ではその衣服にさえ爪がかかることは無い。そうして、どしん、どしんと地響きと共に繰り出される爪の攻撃を避けて回る延寿だったが、逃げ回るばかりでは当然、式神を止めることはできない。
「行くよ!」
何度目か攻撃を避けたところで、延寿が仕掛けた。武器は両手の鉤付き鎖鎌だ。走り回りながら二つの武器を、そのリーチを使って左右から攻撃を仕掛けていく。
そんな延寿に続いて、式神へ向かって仕掛けたのは青天目 素良だ。回避中心の延寿に対して、素良は防御を中心にした動きで立ち回る。素良が気にしていたのは、ここが洞穴である、ということだ。
(下手に回避して、壁に当たって崩れて生き埋めに、なんて結末になったら……)
そして皆が傷付いたら、という怖さが素良を前へと踏み出させる。
「ほら、こっちなのら!」
そうして声を上げたが、式神のほうは自分の邪魔になるものしか反応をしないのか、素良の方を見向きもせず、攻撃を繰り返す延寿のほうばかりに目を向ける。が、もちろんその程度は素良も折り込み済みだ。
「これでも無視できるのら!?」
味方に攻撃の向かない位置へと動いてから、雷丸招来による雷の玉を式神へ向けて放った。ばちんっと音を立てる雷に、式神の目がギロリと素良を睨みつけた。狙い通りに自分を敵と認識させるのに成功させた後は、できるだけ自分へ攻撃を引き付けての土蜘蛛の熊手のブロッキングだ。とは言え、結界を力で破ったと思われる力だ。まともに受ければガードなど意味は無いのは、素良もよく理解していた。
(受けきるのじゃなくて、逸らすのら……!)
もちろん、逸らした先が壁では意味が無い。転がっている岩などへ流して衝撃を緩ませつつ、囮となって動き回る中、同様に囮役を買って出たのはジュレップだ。
「動物は炎を怖がるって言うからね! いや式神だしそこは期待してないけど!」
ジュレップは背面や側面に動き回り、視界から外れた瞬間に極火二刀によって斬りつけることで、その意識を自らへと引く。自身が予想していた通り、式神である大虎は炎に対して恐れる様子はなく、攻撃に対しても大きなダメージを受けたような気配は無かったが、ジュレップは構わず自分の方を向いた攻撃を避けつつ、振り上げら得た足が地面に落ちよう、としたタイミングを見計らって尖土遁術を放った。
地響きを上げるほどの強烈な一撃が鋭角にせり上がった地面がぶつかると、自分のその攻撃の重さによって足を大きく掬われた様子の巨体が一歩を引いた。
「よし……!」
そうしてたたらを踏んだのを見計らい、仲間達の正面を避けるように背面へと回ったジュレップは、その足を狙って刀で斬りかかった。先の一撃でジュレップを完全に邪魔者と認識したのだろう、動き回るジュレップの姿を追いかけて、式神の大きな体が洞穴で身体をくねらせて方向を変える。
巨体のせいで縦横無尽というわけにはいかないようだったが、それでも体当たりだけでも押しつぶされそうな巨体が動くのである。
動きの遅さで直撃はなんとか避けていられるが、壁にぶつかられては洞穴、ひいてはその上にある桜の丸にも影響が無いとは限らない。気をつけて立ち回ってはいたが、式神のほうはついに痺れを切らしたのか、恐ろしい牙で噛み付こうとその大きな口をジュレップに向けて突き出して突撃してきた。
「っと……やば!」
タイミング悪く、ジュレップのいるのはまさに壁側だ。挟まれる――と思った瞬間、そこへ素良が土蜘蛛の熊手で割り込んだ。
「ぐう……っ」
横からの介入で直撃を避け、牙の流れを変えるのには成功したが、その強烈な威力に無傷でとは行かずに体が吹き飛ばされて壁面へとぶつかりかけるのを、今度はジュレップのほうが受け止めるようにして防ぐ。
そうして、囮かつ壁役を担う二人が動き回っている間、それを隠れ蓑にするようにして攻撃を行っていたのはリリィ・エーベルヴァイン、そして目黒 銀河だ。
「……ふふふ、此処で斬り殺しましょうか。式神ならば遠慮も必要ありますまい」
銀河はそう言って 炎蜥蜴を構えると、暴れ続ける式神に対して目を細めた。
「せいぜい、楽しませてくださいね?」
不撓によって攻撃に備えながら、式神の意識が逸れている間に攻撃を仕掛けていくが、それらはどれも、倒そうと言う覇気の余りない、どちらかというと突付くというのにも近いものだ。あえて自分の力を出し切らないまま、ダメージとしても成り立たないような、それでいて無視できないようなしつこい攻撃を繰り返す。
神経を逆撫でる――式神にそういう感情があるかどうかは別として、そのように何度も繰り返される攻撃に、邪魔であることは認識されたようで、囮役が離れた瞬間で式神の爪が銀河を狙って振り下ろされるが、それはまだ
銀河の狙ったそれではなかった。高い攻撃を狙ったが、あまりに強すぎる攻撃はこの様子では受けきる前に自分が死にかねない。
(まだ……まだです)
そうして自らの狙い通りのタイミングが来るのを狙って攻撃を続ける銀河に対して、積極的にダメージを狙って攻めるのがリリィだ。
皆が攻撃を受けるおとりになっている中を、岩に隠れたりして様子をはかり、振り下ろされる爪や牙をかわしながら近付き、振り下ろされた爪をバスターソードによるブロッキングで防ぎながら懐へ滑り込もうとするが、式神の強力な脚力ではブロッキングで完全に防ぎきることは叶わない。吹き飛ばされないでいるのがせいぜいといった按配に、リリィは眉を寄せた。びりびりと痺れの走る腕と、仲間達と応戦している式神とを交互に見ながら「防ぐのが難しい、なら……」と、今度は銀河に意識が移った瞬間を狙って側面から素早く駆け寄ったリリィは、足の関節を狙ってツインスラッシュによる連続攻撃を放った。それで一瞬脚の動きが鈍るのに、続けて氷丸招来によって氷のつぶてを更に関節へ向かって追い討ちのようにぶつける。
「余り動かれても困る、少し大人しくする」
すると、続けざま関節へ攻撃を受けたためか、式神の前足ががくり、と傾いだ。そのまま動きを止めるかと思えば、その次の瞬間にはぐっと身体は起きて、何事もなかったかのようにその爪が生徒たちを狙ってくる。
「どうも……ダメージが通っている気がしないね」
「そんなはずないよ!」
のんびりとした声ながら、どこか焦りが滲む迅の言葉に、延寿は首を振った。
「ダメージは溜まってるはずだよ。たぶん……式神だから、痛みみたいなのが薄いんだ」
そうしてよく観察をしてみれば、身体を覆う赤黒いもやが、出来た傷の上へと吸い込まれるようにして修復をしているように見える。が、それは同時にそのもやも最初より幾らか薄くなっているように見えた。
「ダメージがちゃんと蓄積しているなら、攻撃を続けていくしかないのだぜ」
その言葉に肩を竦めて応じるのは天導寺 朱だ。接近戦は不利になるからと、距離を取って式神の上に稲妻招来で雷を落とすことで、意図的にその警戒を頭上へと向けさせて意識付けさせていると、加宮 深冬もやはり式神の爪や牙の間合いから離れたところから、投擲術による攻撃を続けていた。
どうやら攻撃者に対して反応する様子の式神が、攻撃と同時にこちらを向けば、囮役として動いているジュレップたちや攻撃を続ける朱や銀河の方へと意識が逸れた瞬間を狙ってまた別の場所へと移動する。
そうして常に式神の意識の外へとはずれながら、深冬は式神への一方的な攻撃に成功していた。卑怯なように見えなくもないが、これも立派な連携であり、戦術である。
更には、尖土遁術によって攻撃しつつ、それによってできた地面の尖状の隆起で足場を悪くさせることで、ただでさえ素早い動きの出来ない式神の動きを更に制限した。自分や仲間たちの安全を維持しやすくなったことに、一旦は安堵の息を吐いたが、油断はならない。
(もしかしたら、封印を破った何者かが隠れて洞窟のなかにいるかもしれない……)
そうして仲間たちが攻撃を続ける最中、春瀬 那智と迅もまた縦横無尽に洞穴の中を駆け回って戦っていた。ファイトクラブの時に手合わせをした経験から、お互いの手は知っている。深冬の攻撃のおかげで足場の悪さに動きを鈍らせてはいるが、その爪と牙の脅威は残ったままだ。動きが遅くても、一撃を食らったらそれでおしまいだ。
「よし、迅。虎狩りといこうぜ」
「ああ、よろしくね」
那智の言葉に迅が頷くと、巨体の式神に対して小回りの利くのを利点として、二人は同時に別方向から攻撃を仕掛けた。あえて同時ではなく、方向やタイミングをずらすことで的を絞らせないようにするのが狙いだ。
紅葉の目付へ視線を向けることでその剣筋を読ませないようにしながら、足を狙ったトリックスラッシュによって打刀を振るうと、その複雑な動きに式神が惑わされるようにその注意を向けた瞬間、迅や延寿たちが別の足へと攻撃を仕掛ける。
そしてその攻撃へと式神が注意をやった瞬間に、今度は那智のほうが彼らを隠れ蓑に動いて再び足を狙った。
(陰陽術には詳しくねーけど、気とかエネルギーの源ってのは大体心臓部にある筈だ。渾身の一撃をそこに叩き込めるように、まずはとことんまで動きを鈍らせておかねーとな)
そうして、ダメージを蓄積させていくこと暫く。
まず状況を動かしたのは朱だ。稲妻招来によって上に注意を向けさせ続け、朱の姿に反射的に上を意識するようになったタイミングで、朱は半妖の力を増幅させる殺生石の首飾りを持った手を地面に突き立てると、式神の足元から闘鬼の拳を放った。地面から突き出した拳は上に注意を向けていた式神の意表をつき、その上体を傾がせる。
「よし、効いてるのぜ!」
瞬間、 浮いた式神の腕がそれでも暴れようとして動く中、それを今度こそブロッキングで防ぎながら懐へ滑り込んだのはリリィだ。そのまますり抜けるようにして動きながら、両足の関節へ向けて氷丸招来による氷塊を叩き込んで足を止めさせると、ジュレップの尖土遁術がそこへ更に追い討ちをかけて足元を奪う。
その瞬間だ。
「今だ……!」
忍び足で岩から岩へ隠れて歩んでいた千夏 水希がその腹の下へと一気に飛び込んだ。猫の手が届きにくい場所と言えば、腹と背中、あるいは尻尾だ。飛び込んでしまえばその手は届かない筈――と狙ったとおり、爪も牙も届かないその場所に入り込まれたのに焦ったのか、暴れて逃れようとする式神が動く前に、水希の牙は、その柔らかそうな腹目掛けて突き立っていた。
怨恨砕牙の一撃は、式神の大虎ではなく、彼を作り、穢れと術を使った輩へ向けての怨嗟だ。闇は闇を、呪いは呪いを以て殺す。そんな意気を込めた一撃に、式神が暴れてその上体を大きく上げると、全身をぶるりと大きく震わせて水希を振り払おうと動く。
「……ッ、く」
それで体が浮いた水希が手を離して腹の下から逃れ、仲間達の攻撃で注意が逸れた間で再び距離を取ったが、その一連を見ていた迅は何かに気付いたように目を細めた。
「今、胴の辺り……何か反応が違ったな……」
気のせいでなければ、確かに胴に攻撃を食らった瞬間に、式神が明らかに挙動を変え、その姿がぶれたように見えたのだ。
「ということは、あそこに核がある……ってことかな」
「……なるほどね」
その呟きに、生徒たちは攻撃の方針を確かめ合うように、顔を見合わせて頷きあった。