ラスト・メドレー! ~レジェンドスターズ~
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闇が漏れ出す
退廃と闇の世界に君臨し、“皇帝”ノーマは陰鬱に笑っている。
そして今はまだ可能性として存在する世界を現実のものとするため、己の臣下たちに命令を下した。
侵略者たるアイドルを撃退せよ、クロノスを打倒せよと。
セブンスフォールの危機を救うために集ったアイドルたちにノーマやレーヴェ、クロシェルを任せると、天鹿児 神子は他の臣下の相手を受け持つために立ち向かう。
「聞こえます、聞こえます。地球様の声が、アイドルのサポートをしてあげなさいと」
心の内側から聞こえてくるお告げに、神子はさらに意識を集中させる。と、ここで神子の神聖な時間を遮るように、皇帝の臣下が斬りかかってくる。
祈りの途中に、なんて無粋な――神子は攻撃してきた相手を睨みつけ、戦いを始めた。力のあるアイドルをインペス・ファシナーレで支援すると、向かってくる敵に対しては尖土遁術で攻めていく。
だが、セブンスフォールに親和しない身では、世界の恩恵を十分に受けられないようで、神子の予想よりもダメージが少ないようだ。後方に控えた方が良いと判断した神子は、マナ・バレットを放ちながら前線から遠ざかっていく。
なおも近づく敵を手裏剣で牽制し、それでも距離を取れなかった敵へは鍛造のスクロールの剣で迎撃していく。辛くも前線から下がることのできた神子は、後はアイドルたちのサポートに徹するのみと考え、攻撃と支援を使い分け、順調に臣下を打倒していった。
やがて一帯の様子が落ち着くと、神子は空を見上げて静かに手を合わせる。そして、誰に妨げられることなく感謝を捧げるのだった。
「地球様ありがとうございました。全ては地球様の導きのおかげです。地球様、感謝いたします」
アーヴェント・ゾネンウンターガングは他の臣下に目もくれず、ひたすら戦場を駆け抜けていた。
目的はただ一つ、クロシェルの意思を知ることだけだ。その思いが縁をつないだか、アーヴェントは間もなくクロシェルとの邂逅を果たした。異界の剣を握り、ノーマを守るように立つ姿は、現実と同様に騎士のような立ち姿。
(悪魔に打ち勝ち、未来のない世界を変える力を現実のクロシェルは求めた。彼はノーマも出し抜くつもりだったそうだが、このクロシェルは皇帝となったノーマとも共にある。出し抜く隙がないのか、意志を奪われているのか、それとも望んでか)
クロシェルの様子を見るに、レーヴェとは異なり正気を保っているようだ。仮に望んでノーマに協力しているとしたら、かつてトリオと称されたものの一人として世話を焼きたい気持ちがある。逆に望まぬ協力関係にあるのなら、自分たちアイドルが力になれるはず――目の前に立つ術装騎士の闘気を受け止めたアーヴェントは、言葉を尽くす代わりに二振りの剣を抜いた。
「騎士同士、戦えばきっと答えはわかる……勝負だ」
全力で行く。その気迫とともに鞘から解放された剣の名は、炎剣グリームニルと雷剣ハールバルズ。かつてクロシェルが振るったものと同じ剣を選んだのは、アーヴェントなりの敬愛の証である。
まずは自らが先制で斬りかかり、互いの剣を交わしていく。続けて、エクセキューショナーズセンスで急所を確実に狙っていく。二振りの剣が纏う勇猛さと荒々しさで、アーヴェントは息つく間もないほどの攻勢を見せつけた。
しかし、防御ばかりに甘んじるクロシェルではない。ノーマを奥へ逃がすように立ち回ると、アーヴェントの攻撃は最小限の動きで受け止めた。転じる反撃は豪快でありながら、アーヴェントの積極攻勢の隙を油断なく伺っていた。
クロシェルの動きを見て、やはり勢いだけでは相手が務まらないと感じたアーヴェントだが、それくらいは織り込み済みである。剣と剣を打ち鳴らしながら、アーリーアタックの布石にシェル・ライアットを準備する。あえて急所狙いの攻撃を続けることで剣筋を読みやすくさせ、自身も相手の癖を見抜こうと集中力を発揮していく。そして互いの頭上で剣が火花を散らせた瞬間、足元に仕込んでいたシェル・ライアットを起動させた。割れた球体から焼け付く熱風と燃える礫がまき散らされ、クロシェルの動揺を誘う。
その隙をついてアーヴェントが仕掛けるのは、バスター・クロスファング。現実の世界でクロシェルが編み出した技が、アーヴェントの振るう炎と雷の剣より放たれる。
「大切な者があるのなら、この技、破ってみせろ!」
アーヴェントの一撃はクロシェルの鎧を確かに捉え、砕くように振りぬかれたように見えた。だが――。
「もう俺に大切なものなんてねぇ!!」
クロシェルの力任せの反撃が、アーヴェントの威力を強引に削ぐ。前半の強引ともいえる攻勢が、予想よりも体力を消耗させたせいだろうか。クロシェルの方も荒い息が戻らずに苦しんでいる様子だが、アーヴェントとて即座に攻め込める状態ではなかった。
だが、剣を交えたアーヴェントには気づいたことがある。このクロシェルは復讐に囚われている。ノーマは、そのために利用しているだけなのだと。
――お互い、今はこれ以上の戦いは不可能だ。形勢の立て直しが必要と判断したアーヴェントとクロシェルは、睨みあったまま剣を収めた。そしてすぐに姿を消そうとするクロシェルに向かって、アーヴェントは咄嗟に声をかける。
「なあクロシェル。君、アイドルにならないか?」
予想外の問いかけに、束の間、無言になったクロシェルだったが、
「…………出会い方が違ってれば、そんなこともあったかもな」
そう言い捨てると、今度こそ姿を消したのだった。
(ああ、そういえば『クロシェル』にこの質問をするのは2回目だ)
そして誰もいなくなった戦場で、アーヴェントはナイト・レクイエムを口ずさんでいた。
「最悪の可能性のノーマ達……あなた達はここで、止めます……!」
口火を切った水鏡 ルティアとイシュタム・カウィルの前には、レーヴェを従えたノーマが立ちはだかっている。隣には既に戦闘を経たのだろうか、傷ついたクロシェルも立っていた。
それぞれに視線を向けた後、まずルティアは満身創痍のクロシェルに話しかける。
「クロシェルさんに……聞きたい事があります……。リンアレルさんとは……仲良く、兄妹として過ごしてはいないのですか……? 過ごそうと思っていないのですか……?」
そうだとしたら、これほど悲しいことはないとルティアは感じる。自分の良く知る世界での二人を見たことがあるから、余計に悲しみは深いようだ。
「あいつは馬鹿で……今の俺にとっては邪魔にしかならねえ存在だ」
吐き捨てるような口ぶりと裏腹に、わずかな動揺をにじませて答えるクロシェル。明確に害したという言葉を出さない辺り、恐らくはどこかに幽閉しているのだろう。わざわざ幽閉という手段を取ったところに、ルティアはクロシェルが妹に向ける情のようなものを感じ取った。
クロシェルは、これ以上は会話を続けるつもりはないようで、ノーマを一瞥すると立ち去ってしまう。今は傷の回復を最優先に考えたようだ。
その場に残ったノーマを見て、イシュタムは警戒を続けながらも考え込んでしまう。
(あったかもしれない可能性の一つの故郷か……)
目の前に広がる光景の、何と悲惨なことか。そんな光景を前に、この世界の自分はどんな行動をとったのだろうか――だが、考え込むのはここまで。今は一刻も早く、こうなるきっかけを作った相手を倒さねばならないと気持ちを切り替える。
隣では、神獣覚醒で成長した幼生神獣の背にルティアが乗っている。イシュタムもその背に跨ると、ノーマとの決戦に乗り出した。
ノーマたちの至近にまで迫ったルティアは、スカイハイで攻撃を繰り返す。レーヴェに乗ったノーマは、ルティアの攻撃を軽々とかわし、からかうような笑い声を立てる。状況を打開すべく、イシュタムはレーヴェに飛びつこうとしながらドラケンストゥーガ放つ。不安定な体勢からの攻撃だったため、致命傷には程遠い。だが、多少はノーマを動揺させたらしく、皇帝は慌てて距離を置く。その代わりにイシュタムは地面へ真っ逆さまに落ちようとしたが、間一髪でルティアが受け止めた。
イシュタムを確保したルティアは、もう一度ノーマたちに近づき、王の神獣幻詩で光の息吹を放った。現実世界の王の神獣レーヴェの勇猛さと暴威を再現する攻撃に、この世界のレーヴェが低く唸る。その隙をつき、イシュタムはウェポン・スローで武器を投げつけていく。このまま畳みかければ、レーヴェを抑えられるはず――ルティアとイシュタムは、レーヴェへの攻撃を加速させる。
だが、黒く輝くブレスが二人をまとめて襲い、力を失ったルティアとイシュタムは地面へと落ちた。
「よくやったぞ、レーヴェ……くひひっ」
地面に横たわるルティアとイシュタムを見下ろした皇帝は、嘲笑を浮かべていた。
ノーマの側には、多少は怪我から回復したクロシェルが合流していた。クロノスを見つけ次第に叩くため、戦力を厚くしているようだ。
そこへ立ちはだかったのは、千夏 水希。ルシフェルの手で自身の影を無数の手へと変えると、レーヴェを地面に落とそうとする。ノーマはレーヴェに指示を送ろうとしたが、『陛下。後ろです』という何者かのメッセージが唐突に飛び込んできたため、一瞬だけ気を取られ動きを止めてしまう。その瞬間、ルシフェルの手はレーヴェを越えてノーマに及び、今度こそ地面へ落そうとした。クロシェルは加勢に入ろうとしたが、不調で思うように体が動かない。ノーマたちにとっては間の悪いことに、そこへ他のアイドルたちも駆けつけ、完全に分断されてしまった。
だが、ノーマも執念を見せる。咄嗟にレーヴェの足を掴むと、ルシフェルの手とレーヴェの力を拮抗させるようにして、無傷で地上に着地した。
これには水希も感心したような声を漏らしたが、
「私もそれなりに手数は用意してやったぞ?」
そう言うと支配者の愉悦を発動する。
「残念だがお前を助ける連中じゃないぜ」
そして地上には水希の呼び出したしもべの幻影が沸き上がり、ノーマへ一斉に襲い掛かった。対するノーマは、今度こそレーヴェに指示を送ると、しもべ達を黒く輝くブレスの一息で蹴散らしてしまう。しかし、その間に深淵の迷い蝶を忍ばせていた水希は、青く輝く鱗粉でノーマの行動を阻害した。
そこへパラノイアノクターンの風で追い打ちし、さらなるダメージと毒を与えようとしたが、レーヴェを巻き込むことにためらいが生じたか、追撃には勢いがなかった。その間に毒から立ち直ったノーマが、水希へウィザードの魔法で反撃する。それを凌いだ水希は、独善の触手でノーマを絡めとろうとした。足元一点を狙った攻撃が功を奏したのか、ノーマの意識が足元に逸れたのに気づいた水希は、一息でノーマに近寄るとダークネス・バグベアを発動した。
闇色の疑似生物がノーマを襲っている隙に、水希はダークスター・ブレードで斬りかかろうと力を込める。だが、そこへレーヴェが割り込んできて、水希を弾き飛ばした。レーヴェの不意打ちとダークスター・ブレードの反動により、水希には立ち上がる力が残されていない。
「はっ……よくやった方だって褒めてやるよ!」
動けなくなった水希を睥睨したノーマは、レーヴェに跨り再び空へと飛翔した。
(ひどいの、ひどいの……心もある、レーヴェさんを操り人形さんみたくしちゃうなんて。嫌なの、許せないの。絶対……ノーマさんの支配を解いて、理性を取り戻させるの)
操り人形のように皇帝の手足となって動くレーヴェを見て、リーニャ・クラフレットは胸が締め付けられるようだった。
ノーマに話を聞かせてもらいたい気持ちもあるが、今は何よりレーヴェを最優先に考えるのだった。
「さ、おいで? 【幼生神獣】さん」
リーニャは囁くように言うと、炎の神獣幻詩で体を大きくする。今回は一緒に戦ってもらうから頑張ろう。そんな気持ちを込めて、リーニャは神獣の背を撫でた。そして自身もギフテッドレイジにリセント・サラマンダの炎を纏わせ、準備を整えた。
前方にノーマたちを見つけたリーニャはノーマを指さし、神獣に炎の息吹を吐かせる。炎の方向に注意を向かせたリーニャは、神獣を可能な限りノーマたちに近づけさせると、その背から勢いよく飛び降り距離を取ってからソング・オブ・フューリーを発動する。リーニャの体は見る見るうちに神獣へと変化し、変化の余波がノーマたちへダメージを与える。その姿のままレーヴェへ向かったリーニャは、幼生神獣にはノーマへ組み付くように指示する。
「んっとね、レーヴェさん。これは私のわがままなんだけど……あなたが今のままなのはすっごいやなの。だから、引きずり落とさせてもらうね?」
幼生神獣がノーマへ吐いた炎の息吹を背に、リーニャはレーヴェを巻き添えに地上へと飛び込んだ。
炎を纏った自身の爪が、レーヴェに食い込んでいるのがはっきり見える。今だけ我慢してほしいと心の中で叫びながら、リーニャはレーヴェをさらに抑え込む。ノーマの近くにいたままでは、気っとレーヴェは正気に戻らない。そう思ったリーニャは、必死にレーヴェを遠くへ引き離そうとする。
「ねえ、ノーマさんの方なんて見ないで? 今、貴方と戦ってるのは私なの。そんなにそっちばっかり見てたら、ダメなんだよ!」
ノーマの元へ戻ろうとするようにもがくレーヴェに、リーニャは声を張り上げる。幼生神獣も主人の期待に応えようと、ノーマを相手に一生懸命に食らいついている。
「レーヴェさんのばーか!! なんで洗脳されちゃってるの!! レーヴェさんはそんな洗脳に負けちゃうようなヒトだったの?!」
幼生神獣が健闘する様とレーヴェへの思いにこみ上げる感情を抑えきれず、リーニャは声を震わせた。そしてなおも言い聞かせるように、レーヴェに言葉かけていくが、その思いがレーヴェを動かすより前に幼生神獣が倒されてしまう。そして地面に横たわった姿に気を取られたリーニャも、レーヴェの攻撃を受け後を追うように地面に倒れた。
かつてクロノスを守り、そしてノーマとも戦った経験のある世良 延寿は、今回もまたクロノスの力になれるように、ノーマを止める力となれるようにと願い赴いていた。
「大丈夫だよ、クロノス。今回も私たちが、絶対に世界を守ってみせるからね!」
すっかりか弱くなったクロノスを前に、延寿ははつらつとした声をかける。その声に、心なしかクロノスの表情が明るくなった気がした。隣にいるはくまも、延寿に期待を向けている。
やがて近づいてくるのは、レーヴェに乗って地上を見下ろすノーマの姿。先制とばかりにヴェントエッジでかまいたちを起こした延寿は、トリッキーラッシュで怒涛の攻撃を仕掛ける。その姿は、まるで嵐のように激しくノーマたちを斬りつけていく。それによって高度が下がってきたのを見た延寿は、両手を地面につけて火遁蘇芳緋柱の術をお見舞いする。
次々と放たれる攻撃に、ノーマは段々といら立ちを募らせる。レーヴェに指示を与え、その息吹で延寿を足止めしようとするが、身軽な延寿はひらりと避けていく。
ならば――企みを思いつき「くひひ」と不気味に笑ったノーマ。その笑みに不穏を感じた延寿だが、優勢なのは自分の方だと感じ、
「今回も私たちの勝ちだね、ノーマ!」
と、追撃を仕掛けようとする。ノーマもそれを迎撃するように魔法を放ったように見えたのだが、それは延寿をすり抜け後方へ向かっていく。その先にいるのは、クロノス。
クロノスを守ろうとはくまが動くが、それより先に延寿は駆け出し、ノーマの攻撃へ自ら飛び込む。受け身も何もなく攻撃を受けた延寿は、がくりとその場に崩れ落ちた。これで邪魔する者は何もない。特徴的な笑い声を上げながら、ノーマはクロノスへにじり寄る。はくまがノーマをきっと睨んだが、全く意に介していないようだ。
とうとうクロノスが一巻の終わりを悟ったとき、新たな勢力が出現した。
それは大層、心のにぎやかな二人組だった。
(あり得たかもしれない姿……ノーマ陛下!? もしやこの世界でクロちゃんと!? いけません、それはいけませんわ。殿方&殿方のドエロイックソングスエクスタシーになってしまうことだけはなんとしても阻止しなければ……!)
【逆ハーは甘え】のロレッタ・ファーレンハイナーは、その場にクロちゃんことクロシェルの姿がないことを確認しつつ、当面の敵をノーマと認めて油断なく警戒する。
(べ、別に私は? そういうのに興味あるわけ? ないのですけれども? もし肯定されてしまえばノーマ陛下側に付きたくならなくもないのですけれど。私の理想は掛け算が逆! 解釈違いも悪くはないのですけれども、けれども!! でもとりあえずはクロノス様を守ることに命を燃やしましょう)
――油断なく警戒する真剣な表情の裏でこんなことを考えているのだから、本当に油断ならないのはどちらか疑問がぬぐい切れない。
同じく駆け付けた狛込 めじろもノーマを静かに睨みつけていたが、
(えっ。えーと、これはノーマくんの思い通りになってたら有り得たかもしれない結末で、つまりは彼の深層心理での望みなわけで) 急にハッとした表情になる。
(ノーマくん、『数多の神獣達を従えるクロちゃんに守られたいの』とか『ボクのためにレーヴェがこんなに怒ってくれるなんて……(きゅん)』とか、ホントはそういうのをお望みだったんですね? 夢男子だったんですね?! クロノマですかノマクロですかkwsk!)
ノーマの野望に違和感や矛盾を見つけたり、はたまたレーヴェへの革新的な説得を思いついたりしたのかと期待したが、全然そんなことはなかった。
(そしてノーマくん、『はくまくんのお隣のコ』が気になるってもしかして……? こ、この節操無し! 羽がついてれば何でもいいんですか?! ホワイトちゃんははくまくんのお嫁さんだからダメですよ。大体、『セブンスの皇帝』より『カラハリの女王』の方が響きがえっちでしょうが!)
何の根拠もないが揺るがない確信を得て、めじろはノーマへの敵意を最大にする。それはノーマがかつて感じたことのない、名状しがたい敵意だった。
ロレッタとめじろの脳内に手の施しようのない澱みを感じ取ったのか、クロノスとはくまは二人から離れたい気持ちを抑えるのに精いっぱい。一方、悪魔らしく人の澱んだ性癖を面白いと取ったノーマは、二人を煽るように上空へ飛んで距離を取った。
だが、中身は残念でもやることはやるのが【逆ハーは甘え】である。
「クロノス様、守りはどうかわたくしにお任せを」
ロレッタはそう言うと、ハートオブナイトとシールドオブフェイスを展開して、クロノスを守るように前に立つ。
「はくまくん、ホワイトちゃんを守りますよ!」
ちっちゃくて可愛いホワイトちゃんを、僭称皇帝ケモナー野郎に渡してはなりません――もはや揺るぎない確定事項としてノーマにレッテルを張っためじろは、一番槍は頂いたとばかりに岩戸隠しのサプライズを発動すると、ノーマが怯んだ隙を縫って豹子頭を大地に突き刺した。そして無数の旗槍が周囲に飛び出していく中で独善の触手を展開し、ノーマたちが容易に近づけないように守りを固めた。
それでも強引に攻撃を決行するノーマだが、バラノスコラールを構えたロレッタの守りにも阻まれ、さらにカウンターを受けてしまう。
ノーマが手をこまねいている間に、蹂躙するダークロードを発動し空中を駆けあがっためじろは、ノーマとレーヴェに対抗するように幻魔のスクロールから悪魔の幻を呼び出す。悪魔の幻は、レーヴェにまとわりつくようにブレスを放ち始めた。
「下での防御は任せましたロレッタさん!」
レーヴェとノーマを強引に引き離しためじろは、ロレッタに鋭く叫んでニヴルヘイムの淡光を発動する。辺りが一瞬で氷点下の世界に変化し氷柱が生まれると、地上に落ちようとするノーマと上空のレーヴェ、双方へ平等に落下する。その攻撃は味方をも巻き込みかねないものだったが、地上のロレッタがクロノスをしっかりガードしていた。
地上に落とされた報復か、ノーマの怒りはめじろへの攻撃に変換される。だが、めじろのディストーション・バーストによって相殺されてしまった。自分でも原理が良くわからない技に頼るなんて……ノーマを見下ろすめじろの目が、無様だとでも言うように細く弧を描く。
「どんな気持ちなんですか? 自分の得意技で三日天下を潰されるのって……あはは!」
めじろの技は現実でのノーマに教わったものだが、それで満足せず研鑽を積んできた自負があるのだ。師匠を越えてこその弟子でしょうと、めじろは高笑いをした。
今の状況では圧倒的に分が悪いと感じたノーマだったが、レーヴェが悪魔の幻を振り払ったのを見て取ると、再び余裕を取り戻す。レーヴェに乗って一旦離脱をとも考えたが、その前に一矢報いてやろうとクロノスを視界に捉える。めじろの攻撃の影響で、今なら守りが薄くなっているだろうと考えて、ディストーション・ブロウを放った。
その時、ロレッタの詠唱が周囲に響いた。
「己が身体は何の為。我が魂と共に往くは何の為?
海を渡り島国で見た風は。輝く昼の流れ星。
故に光が輝きが。一目惚れした流れ星が。
誰かに傷つき消えてしまうというのであれば。
この想いは勇気を讃えるウタと昇華し。
この身の全てを捧げてでも、友となり壁となりましょう。
いつ朽ち果てようとも、わたくしは構いませんわ。
皆様のウタが、アイドルの祝福が。末永く昼の空を照らせるように。
この背に闇を背負い、闇と共に歩み、喜んで死地へと向かいましょう。
盾の者よ、またの名を我が剣よ。あなたも共に来てくださいますわよね?
守護者の名において命ず。顕現せよ! 乳盾(アテナ)!」
厳かな声とともに現れたのは、おっぱいアテナの双盾。さらにバラノスコラールまで構え、双盾どころかクアトロシールドを展開したロレッタの守りに阻まれ、ノーマの攻撃はクロノスに届くことなく霧散した。
ノーマは今度こそレーヴェに乗り、一時撤退を決意した。その様子に気づいてはいるが、【逆ハーは甘え】の戦法はあくまで防御が主体。めじろもロレッタも、無理をしてまで深追いすることはしなかった。
無事に守り切ったクロノスたちを見て、二人は達成感をにじませる。一方のクロノスたちは守ってもらったことに感謝を告げるも、ロレッタの盾の形状に複雑な表情を浮かべていた。
退廃と闇の世界に君臨し、“皇帝”ノーマは陰鬱に笑っている。
そして今はまだ可能性として存在する世界を現実のものとするため、己の臣下たちに命令を下した。
侵略者たるアイドルを撃退せよ、クロノスを打倒せよと。
セブンスフォールの危機を救うために集ったアイドルたちにノーマやレーヴェ、クロシェルを任せると、天鹿児 神子は他の臣下の相手を受け持つために立ち向かう。
「聞こえます、聞こえます。地球様の声が、アイドルのサポートをしてあげなさいと」
心の内側から聞こえてくるお告げに、神子はさらに意識を集中させる。と、ここで神子の神聖な時間を遮るように、皇帝の臣下が斬りかかってくる。
祈りの途中に、なんて無粋な――神子は攻撃してきた相手を睨みつけ、戦いを始めた。力のあるアイドルをインペス・ファシナーレで支援すると、向かってくる敵に対しては尖土遁術で攻めていく。
だが、セブンスフォールに親和しない身では、世界の恩恵を十分に受けられないようで、神子の予想よりもダメージが少ないようだ。後方に控えた方が良いと判断した神子は、マナ・バレットを放ちながら前線から遠ざかっていく。
なおも近づく敵を手裏剣で牽制し、それでも距離を取れなかった敵へは鍛造のスクロールの剣で迎撃していく。辛くも前線から下がることのできた神子は、後はアイドルたちのサポートに徹するのみと考え、攻撃と支援を使い分け、順調に臣下を打倒していった。
やがて一帯の様子が落ち着くと、神子は空を見上げて静かに手を合わせる。そして、誰に妨げられることなく感謝を捧げるのだった。
「地球様ありがとうございました。全ては地球様の導きのおかげです。地球様、感謝いたします」
アーヴェント・ゾネンウンターガングは他の臣下に目もくれず、ひたすら戦場を駆け抜けていた。
目的はただ一つ、クロシェルの意思を知ることだけだ。その思いが縁をつないだか、アーヴェントは間もなくクロシェルとの邂逅を果たした。異界の剣を握り、ノーマを守るように立つ姿は、現実と同様に騎士のような立ち姿。
(悪魔に打ち勝ち、未来のない世界を変える力を現実のクロシェルは求めた。彼はノーマも出し抜くつもりだったそうだが、このクロシェルは皇帝となったノーマとも共にある。出し抜く隙がないのか、意志を奪われているのか、それとも望んでか)
クロシェルの様子を見るに、レーヴェとは異なり正気を保っているようだ。仮に望んでノーマに協力しているとしたら、かつてトリオと称されたものの一人として世話を焼きたい気持ちがある。逆に望まぬ協力関係にあるのなら、自分たちアイドルが力になれるはず――目の前に立つ術装騎士の闘気を受け止めたアーヴェントは、言葉を尽くす代わりに二振りの剣を抜いた。
「騎士同士、戦えばきっと答えはわかる……勝負だ」
全力で行く。その気迫とともに鞘から解放された剣の名は、炎剣グリームニルと雷剣ハールバルズ。かつてクロシェルが振るったものと同じ剣を選んだのは、アーヴェントなりの敬愛の証である。
まずは自らが先制で斬りかかり、互いの剣を交わしていく。続けて、エクセキューショナーズセンスで急所を確実に狙っていく。二振りの剣が纏う勇猛さと荒々しさで、アーヴェントは息つく間もないほどの攻勢を見せつけた。
しかし、防御ばかりに甘んじるクロシェルではない。ノーマを奥へ逃がすように立ち回ると、アーヴェントの攻撃は最小限の動きで受け止めた。転じる反撃は豪快でありながら、アーヴェントの積極攻勢の隙を油断なく伺っていた。
クロシェルの動きを見て、やはり勢いだけでは相手が務まらないと感じたアーヴェントだが、それくらいは織り込み済みである。剣と剣を打ち鳴らしながら、アーリーアタックの布石にシェル・ライアットを準備する。あえて急所狙いの攻撃を続けることで剣筋を読みやすくさせ、自身も相手の癖を見抜こうと集中力を発揮していく。そして互いの頭上で剣が火花を散らせた瞬間、足元に仕込んでいたシェル・ライアットを起動させた。割れた球体から焼け付く熱風と燃える礫がまき散らされ、クロシェルの動揺を誘う。
その隙をついてアーヴェントが仕掛けるのは、バスター・クロスファング。現実の世界でクロシェルが編み出した技が、アーヴェントの振るう炎と雷の剣より放たれる。
「大切な者があるのなら、この技、破ってみせろ!」
アーヴェントの一撃はクロシェルの鎧を確かに捉え、砕くように振りぬかれたように見えた。だが――。
「もう俺に大切なものなんてねぇ!!」
クロシェルの力任せの反撃が、アーヴェントの威力を強引に削ぐ。前半の強引ともいえる攻勢が、予想よりも体力を消耗させたせいだろうか。クロシェルの方も荒い息が戻らずに苦しんでいる様子だが、アーヴェントとて即座に攻め込める状態ではなかった。
だが、剣を交えたアーヴェントには気づいたことがある。このクロシェルは復讐に囚われている。ノーマは、そのために利用しているだけなのだと。
――お互い、今はこれ以上の戦いは不可能だ。形勢の立て直しが必要と判断したアーヴェントとクロシェルは、睨みあったまま剣を収めた。そしてすぐに姿を消そうとするクロシェルに向かって、アーヴェントは咄嗟に声をかける。
「なあクロシェル。君、アイドルにならないか?」
予想外の問いかけに、束の間、無言になったクロシェルだったが、
「…………出会い方が違ってれば、そんなこともあったかもな」
そう言い捨てると、今度こそ姿を消したのだった。
(ああ、そういえば『クロシェル』にこの質問をするのは2回目だ)
そして誰もいなくなった戦場で、アーヴェントはナイト・レクイエムを口ずさんでいた。
「最悪の可能性のノーマ達……あなた達はここで、止めます……!」
口火を切った水鏡 ルティアとイシュタム・カウィルの前には、レーヴェを従えたノーマが立ちはだかっている。隣には既に戦闘を経たのだろうか、傷ついたクロシェルも立っていた。
それぞれに視線を向けた後、まずルティアは満身創痍のクロシェルに話しかける。
「クロシェルさんに……聞きたい事があります……。リンアレルさんとは……仲良く、兄妹として過ごしてはいないのですか……? 過ごそうと思っていないのですか……?」
そうだとしたら、これほど悲しいことはないとルティアは感じる。自分の良く知る世界での二人を見たことがあるから、余計に悲しみは深いようだ。
「あいつは馬鹿で……今の俺にとっては邪魔にしかならねえ存在だ」
吐き捨てるような口ぶりと裏腹に、わずかな動揺をにじませて答えるクロシェル。明確に害したという言葉を出さない辺り、恐らくはどこかに幽閉しているのだろう。わざわざ幽閉という手段を取ったところに、ルティアはクロシェルが妹に向ける情のようなものを感じ取った。
クロシェルは、これ以上は会話を続けるつもりはないようで、ノーマを一瞥すると立ち去ってしまう。今は傷の回復を最優先に考えたようだ。
その場に残ったノーマを見て、イシュタムは警戒を続けながらも考え込んでしまう。
(あったかもしれない可能性の一つの故郷か……)
目の前に広がる光景の、何と悲惨なことか。そんな光景を前に、この世界の自分はどんな行動をとったのだろうか――だが、考え込むのはここまで。今は一刻も早く、こうなるきっかけを作った相手を倒さねばならないと気持ちを切り替える。
隣では、神獣覚醒で成長した幼生神獣の背にルティアが乗っている。イシュタムもその背に跨ると、ノーマとの決戦に乗り出した。
ノーマたちの至近にまで迫ったルティアは、スカイハイで攻撃を繰り返す。レーヴェに乗ったノーマは、ルティアの攻撃を軽々とかわし、からかうような笑い声を立てる。状況を打開すべく、イシュタムはレーヴェに飛びつこうとしながらドラケンストゥーガ放つ。不安定な体勢からの攻撃だったため、致命傷には程遠い。だが、多少はノーマを動揺させたらしく、皇帝は慌てて距離を置く。その代わりにイシュタムは地面へ真っ逆さまに落ちようとしたが、間一髪でルティアが受け止めた。
イシュタムを確保したルティアは、もう一度ノーマたちに近づき、王の神獣幻詩で光の息吹を放った。現実世界の王の神獣レーヴェの勇猛さと暴威を再現する攻撃に、この世界のレーヴェが低く唸る。その隙をつき、イシュタムはウェポン・スローで武器を投げつけていく。このまま畳みかければ、レーヴェを抑えられるはず――ルティアとイシュタムは、レーヴェへの攻撃を加速させる。
だが、黒く輝くブレスが二人をまとめて襲い、力を失ったルティアとイシュタムは地面へと落ちた。
「よくやったぞ、レーヴェ……くひひっ」
地面に横たわるルティアとイシュタムを見下ろした皇帝は、嘲笑を浮かべていた。
ノーマの側には、多少は怪我から回復したクロシェルが合流していた。クロノスを見つけ次第に叩くため、戦力を厚くしているようだ。
そこへ立ちはだかったのは、千夏 水希。ルシフェルの手で自身の影を無数の手へと変えると、レーヴェを地面に落とそうとする。ノーマはレーヴェに指示を送ろうとしたが、『陛下。後ろです』という何者かのメッセージが唐突に飛び込んできたため、一瞬だけ気を取られ動きを止めてしまう。その瞬間、ルシフェルの手はレーヴェを越えてノーマに及び、今度こそ地面へ落そうとした。クロシェルは加勢に入ろうとしたが、不調で思うように体が動かない。ノーマたちにとっては間の悪いことに、そこへ他のアイドルたちも駆けつけ、完全に分断されてしまった。
だが、ノーマも執念を見せる。咄嗟にレーヴェの足を掴むと、ルシフェルの手とレーヴェの力を拮抗させるようにして、無傷で地上に着地した。
これには水希も感心したような声を漏らしたが、
「私もそれなりに手数は用意してやったぞ?」
そう言うと支配者の愉悦を発動する。
「残念だがお前を助ける連中じゃないぜ」
そして地上には水希の呼び出したしもべの幻影が沸き上がり、ノーマへ一斉に襲い掛かった。対するノーマは、今度こそレーヴェに指示を送ると、しもべ達を黒く輝くブレスの一息で蹴散らしてしまう。しかし、その間に深淵の迷い蝶を忍ばせていた水希は、青く輝く鱗粉でノーマの行動を阻害した。
そこへパラノイアノクターンの風で追い打ちし、さらなるダメージと毒を与えようとしたが、レーヴェを巻き込むことにためらいが生じたか、追撃には勢いがなかった。その間に毒から立ち直ったノーマが、水希へウィザードの魔法で反撃する。それを凌いだ水希は、独善の触手でノーマを絡めとろうとした。足元一点を狙った攻撃が功を奏したのか、ノーマの意識が足元に逸れたのに気づいた水希は、一息でノーマに近寄るとダークネス・バグベアを発動した。
闇色の疑似生物がノーマを襲っている隙に、水希はダークスター・ブレードで斬りかかろうと力を込める。だが、そこへレーヴェが割り込んできて、水希を弾き飛ばした。レーヴェの不意打ちとダークスター・ブレードの反動により、水希には立ち上がる力が残されていない。
「はっ……よくやった方だって褒めてやるよ!」
動けなくなった水希を睥睨したノーマは、レーヴェに跨り再び空へと飛翔した。
(ひどいの、ひどいの……心もある、レーヴェさんを操り人形さんみたくしちゃうなんて。嫌なの、許せないの。絶対……ノーマさんの支配を解いて、理性を取り戻させるの)
操り人形のように皇帝の手足となって動くレーヴェを見て、リーニャ・クラフレットは胸が締め付けられるようだった。
ノーマに話を聞かせてもらいたい気持ちもあるが、今は何よりレーヴェを最優先に考えるのだった。
「さ、おいで? 【幼生神獣】さん」
リーニャは囁くように言うと、炎の神獣幻詩で体を大きくする。今回は一緒に戦ってもらうから頑張ろう。そんな気持ちを込めて、リーニャは神獣の背を撫でた。そして自身もギフテッドレイジにリセント・サラマンダの炎を纏わせ、準備を整えた。
前方にノーマたちを見つけたリーニャはノーマを指さし、神獣に炎の息吹を吐かせる。炎の方向に注意を向かせたリーニャは、神獣を可能な限りノーマたちに近づけさせると、その背から勢いよく飛び降り距離を取ってからソング・オブ・フューリーを発動する。リーニャの体は見る見るうちに神獣へと変化し、変化の余波がノーマたちへダメージを与える。その姿のままレーヴェへ向かったリーニャは、幼生神獣にはノーマへ組み付くように指示する。
「んっとね、レーヴェさん。これは私のわがままなんだけど……あなたが今のままなのはすっごいやなの。だから、引きずり落とさせてもらうね?」
幼生神獣がノーマへ吐いた炎の息吹を背に、リーニャはレーヴェを巻き添えに地上へと飛び込んだ。
炎を纏った自身の爪が、レーヴェに食い込んでいるのがはっきり見える。今だけ我慢してほしいと心の中で叫びながら、リーニャはレーヴェをさらに抑え込む。ノーマの近くにいたままでは、気っとレーヴェは正気に戻らない。そう思ったリーニャは、必死にレーヴェを遠くへ引き離そうとする。
「ねえ、ノーマさんの方なんて見ないで? 今、貴方と戦ってるのは私なの。そんなにそっちばっかり見てたら、ダメなんだよ!」
ノーマの元へ戻ろうとするようにもがくレーヴェに、リーニャは声を張り上げる。幼生神獣も主人の期待に応えようと、ノーマを相手に一生懸命に食らいついている。
「レーヴェさんのばーか!! なんで洗脳されちゃってるの!! レーヴェさんはそんな洗脳に負けちゃうようなヒトだったの?!」
幼生神獣が健闘する様とレーヴェへの思いにこみ上げる感情を抑えきれず、リーニャは声を震わせた。そしてなおも言い聞かせるように、レーヴェに言葉かけていくが、その思いがレーヴェを動かすより前に幼生神獣が倒されてしまう。そして地面に横たわった姿に気を取られたリーニャも、レーヴェの攻撃を受け後を追うように地面に倒れた。
かつてクロノスを守り、そしてノーマとも戦った経験のある世良 延寿は、今回もまたクロノスの力になれるように、ノーマを止める力となれるようにと願い赴いていた。
「大丈夫だよ、クロノス。今回も私たちが、絶対に世界を守ってみせるからね!」
すっかりか弱くなったクロノスを前に、延寿ははつらつとした声をかける。その声に、心なしかクロノスの表情が明るくなった気がした。隣にいるはくまも、延寿に期待を向けている。
やがて近づいてくるのは、レーヴェに乗って地上を見下ろすノーマの姿。先制とばかりにヴェントエッジでかまいたちを起こした延寿は、トリッキーラッシュで怒涛の攻撃を仕掛ける。その姿は、まるで嵐のように激しくノーマたちを斬りつけていく。それによって高度が下がってきたのを見た延寿は、両手を地面につけて火遁蘇芳緋柱の術をお見舞いする。
次々と放たれる攻撃に、ノーマは段々といら立ちを募らせる。レーヴェに指示を与え、その息吹で延寿を足止めしようとするが、身軽な延寿はひらりと避けていく。
ならば――企みを思いつき「くひひ」と不気味に笑ったノーマ。その笑みに不穏を感じた延寿だが、優勢なのは自分の方だと感じ、
「今回も私たちの勝ちだね、ノーマ!」
と、追撃を仕掛けようとする。ノーマもそれを迎撃するように魔法を放ったように見えたのだが、それは延寿をすり抜け後方へ向かっていく。その先にいるのは、クロノス。
クロノスを守ろうとはくまが動くが、それより先に延寿は駆け出し、ノーマの攻撃へ自ら飛び込む。受け身も何もなく攻撃を受けた延寿は、がくりとその場に崩れ落ちた。これで邪魔する者は何もない。特徴的な笑い声を上げながら、ノーマはクロノスへにじり寄る。はくまがノーマをきっと睨んだが、全く意に介していないようだ。
とうとうクロノスが一巻の終わりを悟ったとき、新たな勢力が出現した。
それは大層、心のにぎやかな二人組だった。
(あり得たかもしれない姿……ノーマ陛下!? もしやこの世界でクロちゃんと!? いけません、それはいけませんわ。殿方&殿方のドエロイックソングスエクスタシーになってしまうことだけはなんとしても阻止しなければ……!)
【逆ハーは甘え】のロレッタ・ファーレンハイナーは、その場にクロちゃんことクロシェルの姿がないことを確認しつつ、当面の敵をノーマと認めて油断なく警戒する。
(べ、別に私は? そういうのに興味あるわけ? ないのですけれども? もし肯定されてしまえばノーマ陛下側に付きたくならなくもないのですけれど。私の理想は掛け算が逆! 解釈違いも悪くはないのですけれども、けれども!! でもとりあえずはクロノス様を守ることに命を燃やしましょう)
――油断なく警戒する真剣な表情の裏でこんなことを考えているのだから、本当に油断ならないのはどちらか疑問がぬぐい切れない。
同じく駆け付けた狛込 めじろもノーマを静かに睨みつけていたが、
(えっ。えーと、これはノーマくんの思い通りになってたら有り得たかもしれない結末で、つまりは彼の深層心理での望みなわけで) 急にハッとした表情になる。
(ノーマくん、『数多の神獣達を従えるクロちゃんに守られたいの』とか『ボクのためにレーヴェがこんなに怒ってくれるなんて……(きゅん)』とか、ホントはそういうのをお望みだったんですね? 夢男子だったんですね?! クロノマですかノマクロですかkwsk!)
ノーマの野望に違和感や矛盾を見つけたり、はたまたレーヴェへの革新的な説得を思いついたりしたのかと期待したが、全然そんなことはなかった。
(そしてノーマくん、『はくまくんのお隣のコ』が気になるってもしかして……? こ、この節操無し! 羽がついてれば何でもいいんですか?! ホワイトちゃんははくまくんのお嫁さんだからダメですよ。大体、『セブンスの皇帝』より『カラハリの女王』の方が響きがえっちでしょうが!)
何の根拠もないが揺るがない確信を得て、めじろはノーマへの敵意を最大にする。それはノーマがかつて感じたことのない、名状しがたい敵意だった。
ロレッタとめじろの脳内に手の施しようのない澱みを感じ取ったのか、クロノスとはくまは二人から離れたい気持ちを抑えるのに精いっぱい。一方、悪魔らしく人の澱んだ性癖を面白いと取ったノーマは、二人を煽るように上空へ飛んで距離を取った。
だが、中身は残念でもやることはやるのが【逆ハーは甘え】である。
「クロノス様、守りはどうかわたくしにお任せを」
ロレッタはそう言うと、ハートオブナイトとシールドオブフェイスを展開して、クロノスを守るように前に立つ。
「はくまくん、ホワイトちゃんを守りますよ!」
ちっちゃくて可愛いホワイトちゃんを、僭称皇帝ケモナー野郎に渡してはなりません――もはや揺るぎない確定事項としてノーマにレッテルを張っためじろは、一番槍は頂いたとばかりに岩戸隠しのサプライズを発動すると、ノーマが怯んだ隙を縫って豹子頭を大地に突き刺した。そして無数の旗槍が周囲に飛び出していく中で独善の触手を展開し、ノーマたちが容易に近づけないように守りを固めた。
それでも強引に攻撃を決行するノーマだが、バラノスコラールを構えたロレッタの守りにも阻まれ、さらにカウンターを受けてしまう。
ノーマが手をこまねいている間に、蹂躙するダークロードを発動し空中を駆けあがっためじろは、ノーマとレーヴェに対抗するように幻魔のスクロールから悪魔の幻を呼び出す。悪魔の幻は、レーヴェにまとわりつくようにブレスを放ち始めた。
「下での防御は任せましたロレッタさん!」
レーヴェとノーマを強引に引き離しためじろは、ロレッタに鋭く叫んでニヴルヘイムの淡光を発動する。辺りが一瞬で氷点下の世界に変化し氷柱が生まれると、地上に落ちようとするノーマと上空のレーヴェ、双方へ平等に落下する。その攻撃は味方をも巻き込みかねないものだったが、地上のロレッタがクロノスをしっかりガードしていた。
地上に落とされた報復か、ノーマの怒りはめじろへの攻撃に変換される。だが、めじろのディストーション・バーストによって相殺されてしまった。自分でも原理が良くわからない技に頼るなんて……ノーマを見下ろすめじろの目が、無様だとでも言うように細く弧を描く。
「どんな気持ちなんですか? 自分の得意技で三日天下を潰されるのって……あはは!」
めじろの技は現実でのノーマに教わったものだが、それで満足せず研鑽を積んできた自負があるのだ。師匠を越えてこその弟子でしょうと、めじろは高笑いをした。
今の状況では圧倒的に分が悪いと感じたノーマだったが、レーヴェが悪魔の幻を振り払ったのを見て取ると、再び余裕を取り戻す。レーヴェに乗って一旦離脱をとも考えたが、その前に一矢報いてやろうとクロノスを視界に捉える。めじろの攻撃の影響で、今なら守りが薄くなっているだろうと考えて、ディストーション・ブロウを放った。
その時、ロレッタの詠唱が周囲に響いた。
「己が身体は何の為。我が魂と共に往くは何の為?
海を渡り島国で見た風は。輝く昼の流れ星。
故に光が輝きが。一目惚れした流れ星が。
誰かに傷つき消えてしまうというのであれば。
この想いは勇気を讃えるウタと昇華し。
この身の全てを捧げてでも、友となり壁となりましょう。
いつ朽ち果てようとも、わたくしは構いませんわ。
皆様のウタが、アイドルの祝福が。末永く昼の空を照らせるように。
この背に闇を背負い、闇と共に歩み、喜んで死地へと向かいましょう。
盾の者よ、またの名を我が剣よ。あなたも共に来てくださいますわよね?
守護者の名において命ず。顕現せよ! 乳盾(アテナ)!」
厳かな声とともに現れたのは、おっぱいアテナの双盾。さらにバラノスコラールまで構え、双盾どころかクアトロシールドを展開したロレッタの守りに阻まれ、ノーマの攻撃はクロノスに届くことなく霧散した。
ノーマは今度こそレーヴェに乗り、一時撤退を決意した。その様子に気づいてはいるが、【逆ハーは甘え】の戦法はあくまで防御が主体。めじろもロレッタも、無理をしてまで深追いすることはしなかった。
無事に守り切ったクロノスたちを見て、二人は達成感をにじませる。一方のクロノスたちは守ってもらったことに感謝を告げるも、ロレッタの盾の形状に複雑な表情を浮かべていた。