ラスト・メドレー! ~レジェンドスターズ~
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聖歌庁の動きに慌ただしさを感じる。終焉の島が地球に降りる時が近いのだろうか。
周囲のざわめきに何らかの変化を感じ取ったのは、春瀬 那智。見れば、周りのアイドルたちも何がしかの予感がし始めているようだった。
「変わったゲートだし、もうちょい様子見てからって思ってたけど……他の世界をどんどん食っていくなら、さすがにこのままってわけにはいかねーよな。芸能界での最後の大仕事、バッチリ決めてやろうぜ、ジュネ」
胸騒ぎを抑え込み、那智はいつも通りの様子で話しかける。ジュヌヴィエーヴ・イリア・スフォルツァもまた、変わらぬ穏やかさでそれに応えた。
「あのゲートの向こうには、どのような世界が――音楽が待っているのでしょうか。行ってみたいような、少し不安なような……不思議な気持ちですわ。けれど、騎士様と一緒なら、きっとこれからもどんな困難も乗り越えられると思います。ですから……ええ、参りましょう、騎士様」
最後に顔を見合わせうなずいた二人は、大勢の人々が待ち受けているステージへと上がった。
二人が伝えたいテーマは、『悪をも受け入れ、心を繋げるライブ』。自分と異なる考えをする相手を無闇に悪と決めつけ戦うのではなく、手を差し伸べ理解しあう勇気も必要だと訴えたいのだ。
今回のテーマも、そのための手段としてミュージカル形式を提案したのもジュヌヴィエーヴの方だった。
配役は、那智が冷たい氷に心を閉ざした悪魔、ジュヌヴィエーヴが慈愛の歌姫となっている。
(今回のテーマはわたくしが提案したもの。精一杯、やり遂げないといけませんわね)
ジュネらしいと受け入れてくれた騎士様のためにも――。ジュヌヴィエーヴは心を落ち着けるように短く息を吸うと、星紡ぎの竪琴を奏でる。同時にシュネームジークで会場に雪を降らせ、悪魔の心に寄り添おうとする。
ジュヌヴィエーヴの演奏に合わせ、氷の森のジゼルで氷の森を作り出した那智は、悪魔の心情をなぞらえるように歌姫から遠ざかり、ステージの上をステップしていく。
「今更温かい世界になど 行けはしない
俺に構うな 放っておいてくれ」
心を閉ざした悪魔は、冷え切った言葉を歌姫にぶつける。歌声に合わせてパール・ファングが光り、悪魔は氷の森にそびえる大樹の陰へと潜んでしまった。
「どうか恐れないで
どうか一人で寂しい場所へ行かないで」
それでも悪魔に寄り添おうと、歌姫は言葉を重ねていく。ヴィゾーヴニルの嘶きで翼を生やしたジュヌヴィエーヴは空へと舞い上がり、竪琴を奏でながらグロリアスクラウンから呼び出したアンサンブルたちと歌い続ける。歌姫の気持ちに悪魔の心が揺らいだのか、氷の木々が少しずつ溶けていき、いつしか氷の森は完全に消えていった。
氷の森がなくなっても聞こえ続ける歌声に、とうとう悪魔は伏せていた顔を上げて、歌姫に手を伸ばす。なおも躊躇いや戸惑いを感じさせるその腕に、歌姫も優しく手を差し伸べた。
「本当にそこに居場所があるのなら
今一度信じよう 君の歌を」
歌姫を信じた悪魔を演じる那智は、ここで幽冥なる月影を使って自分の姿を消えたように見せかける。その間に牙を外すと、火鼠の衣を靡かせ、アマテラスの吊灯篭を手にしながら再登場する。そして歌姫の歌声に応えるように、また自身の歓喜を表すように吊灯篭を振り回し、ウズメの律動のダイナミックな踊りを見せていく。そこへヒートインパクトも合わさると――そこに冷たい氷に心を閉ざした悪魔の姿はなく、一人の騎士だけがいた。
「本当にここが始まりだと言うのなら
手を取っていこう 君と共に」
「新しい世界を 共に生きましょう
これは氷と炎の物語」
騎士と歌姫の歌声が重なると、歌姫は騎士の胸へと飛び込もうとする。騎士は吊灯篭を投げ捨て、その身をしっかりと抱きとめた。同時に陽だまりのサンギータによる花々が出現し、幼生神獣のムジカが二人を祝福するように空を飛び回るのだった。
(氷で鎖された心を温かな歌声で溶かした歌姫の勝ち――めでたしめでたし、ってな)
二人の物語に感動を抑えきれない観客を見つめ、那智はジュヌヴィエーヴを労うように肩を抱いていた。
(そもそもアンラさんの呼び出し始めたイドラさんって、どこに住んでいたのかしら)
【キラキラ】の氷華 愛唯は、ふとそんなことを考える。
隣にいた小鈴木 あえかが、急に考え込んだ様子に気づいてじっと見つめていた。
あえかに何でもないというように笑いかけながらも、愛唯はもう少しだけ思考を掘り下げることにしてみる。不安定なゲートは『もともとそこにあった』ものではないか、イドラはそこから少しずつ出てきたのではないか、ゲートが元からあったからこそ、アンラとイドラは仲良くなれたのではないか――。
この考察が正しい保証はない。しかし、そう思った以上は果たしたい理想があるのだ。考えていたことをあえかに伝えた愛唯は、最後に最も大切な気持ちを口にする。
「きっとこのゲートの安定はアンラさんの『懐かしい場所』を守ることにつながるんじゃないのかな? 思い出を守るのはわたしの理想で、目指すべき希望だから、これは守り切らないといけないね」
愛唯の話を静かに聞いていたあえかは、その願いを優しく受け止めた。
「愛唯さんの言うとおり、思い出は守ってあげたいと思います。島を安全に地上に降ろすことは仕方が無いことですが、やっぱり都落ちのような印象が強くて、聖歌庁で肩身の狭い思いをしているバビプロさん達やファンの人達はガッカリすると思います」
ステージから見下ろす人々は、こんなにも暖かくて生き生きとしている。彼らならきっと、【キラキラ】の想いを受け止めてくれるはずだ。愛唯はあえかと、駆け付けた花子と視線を交わした後、ありったけの思いを込めたライブを始めた。
「だから聞いてほしいの、『いまを抱きしめて』」
校長の命がこもったエレガット:スレイプニルの音色が、会場全体に響いていく。花子の心がこもった歌声と、愛唯の世界の全てに込めた愛情に共鳴するかのようにして、止められないラブソングの幻が空へと舞い上がっていく。
あえかもキズナ・エフェクトで出現させたうさぎの幻で、観客の愛する気持ちを高めていく。一方で島の中でも特徴のありそうな岩に目をつけると、ママからの天啓です! とハサミを使って島から切り離そうと試みる。天啓の内容は『元にあった場所で悪の希望として在り続けなさい』。終焉の島がカリスマで浮いているなら、スキルを応用して切り離すことが可能ではないかと思ったあえかだったが、思う通りにはいかなかったようだ。
だが、その様子を眺めていたアンラが、くすりと笑い岩を浮かせてあえかをそっと手助けする。ただし、「お持ち帰りは厳禁よ」との条件付きだが。
あえかは手振りで感謝を伝えると、アルカイック・リンクスで上昇し、切り離された岩へと寄り添った。そしてプリンセスヘッドセットを通じてライブビューイングを確認し、次のパフォーマンスをするためのタイミングを計り始めた。
ステージ上では、愛唯と花子のライブが続いていたが、それもいよいよ大詰め。
(すべては『音』を世界に満ちさせるため。新たなゲートと世界をつなぐため。そしてわたしの『音』を覚えてもらうために)
島の全てへの祝福と、島の未来への希望となるように、愛唯がエタニティシャインを発動する。花火のような光が次々に起こり、会場を眩く照らしていく。
上空で様子を確認していたあえかが、蹂躙するダークロードで生み出したノイズを惑星を囲む輪のようにし、その輪をなぞるように無限のルミノシティで軌跡を描いていくことで星環を持つチャンネルのように仕立てる。そして覇王の境地であえかが島へと向かっている間に、ステージでは愛唯が観客に向けて新しいチャンネルのように見立てた岩を指さして、悪のともし火は絶えておらず、終焉の島と上空に輝くものは親子のように寄り添えるのだと伝え、悪を容認する心を促そうとする。観客たちが見上げた先には、あえかが固定したいつまでも輝くものの光が灯っていた。
あえかが誰を思ってその灯火を掲げたかは、それを見る人々にきっと伝わっただろう。
【DreamerS】の藍屋 あみかは、ステージに立つ直前の高揚感の中で、芸能界にまつわる騒動を振り返っていた。
(神様の世界にも善悪があり、その中で小さな人としてできることを。アンラさんやバビプロの行動も、世界の破滅など暴力を除けば間違いはなかったはずです。方向の違う芸能への不寛容に始まり、序列をつけ排斥し、行き場のない悲嘆が怒りに、そして世界そのものを……と。私にも苦手なものはありますし、それは人というか意思の数だけあるはず)
だからこそ、排斥の一歩先を見て向かい合っていくライブを繋ぎにしたいと、あみかは願う。
その気持ちは藍屋 むくも同じだったのだろう。あみかに笑いかけると、
「島をちゃんと地球に……ライブでお手伝いできるなら、一番。そして、むくもわるいことについてちゃんとかんがえられるようになりたいんだ」
今の素直な気持ちを言葉にした。
むくの言葉を聞いていたノーラ・レツェルも、今一度、自分の考えと向き合う。
正義も悪も、見る人によっていくらでも変わるもの。だから勧善懲悪などありえないし、一歩引いた視点を持ったり寄り添ってみることで、理解は深められるはずだと。
「同じ価値観の人なんていない。同じ視点だって実は難しい。だから、その人毎の距離感の詰め方でアンラちゃんへ向けたライブを行いたいねぇ」
ノーラは、いつもは伏し目がちな瞳を仲間に向けると、いつもと同じのんびりした口調で話すのだった。
「悪だからと断じ、滅するのではなく、対話と抱擁、そして相互理解が大切なんだと思います」
アニー・ミルミーンも、はっきりと自分の気持ちを口にする。悪の全てを否定する意味はなく、尊敬できる部分はそのままに、ともに高め合うことだってできるはずという思いを、パフォーマンスに込めようと決意した。
(ラスト・ヒロイックソングスのあの日、アンラさんに届かなかった手を思い至ったのは悪の芽ともいえる己の弱さ、羨み、虚栄心、不寛容……色々浮かびます)
過ぎし日の後悔に、顔を曇らせるのは合歓季 風華。しかし、だからこそ思う。
「見つめ排斥でなく歩み寄る演目で島を運ぶ助力を。『ヒロイックソングス・コンティニュー』とでも言うべきやり残しを果たし新たな一歩に……」
風華の表情が曇っていることを察した天草 燧は、本当は慰めを口にしようとしていた。しかし、その口から告げられた決意を聞いたことで、代わりに別の思いを口にした。
「神々の世界にも善悪があると示されたけれど、僕らはその線引きをこれまで以上に知ったわけでもなく。今も善悪は視点や基準の置き場で変わりうるから、その人の悪に対して歩み寄る可能性を作れる演目で臨めれば良いね。そしてネムさんが向き合う自己像は僕にも懐かしい物」
だからこそ、今まで『共犯者』として及ばなかった事と今から出来る事を。自らの立場をそう名乗る少年は、柔らかく笑っていた。
進む道は一緒でも、それぞれのペースや考えで歩んでいく。それが【DreamerS】の個性であり、テーマとなる。あえて誰かが口に出さなくても、心のどこかで思いを共有した仲間とのライブが始まろうとしていた。
「この大舞台が無事運びましたら、改めて手をとってくださいませんか? その……いち友人としまして」
自分たちを見つめる様子に目を留めた風華が、ライブを始める前にアンラへ手を差し出し挨拶をする。
「…………ライブを見てから考えてあげるわ」
風華をまっすぐ見つめてアンラは言うと、ステージ全体を眺めるようにして視線を外す。風華は無言でうなずくとアジールコードを展開。メンバーに向かって手を差し出せば、その手に5人の手が重なった。その同意のもと、品格と落ち着きある振る舞いで臨めるように準備を整えた。
最初のパフォーマンスはアニーから。キューブ・グループを自身と対峙するように浮かせると、それに触れようと手を伸ばす。するとキューブはまるで拒絶するかのような動きを見せながら、不協和音を鳴らし始める。
それに思わず手を引っ込めそうになる仕草をしながらも、アニーは拒絶することも服従させるようなこともしない。
(アンラさんの行動も、全てを否定することはないって思います。善も悪も、その人の想い次第でどのようにも判断できることですしね。アンラさんにはアンラさんの想いがあってのことだったんですよね)
アニーは自らの演出に心情を重ね、キューブの音に合わせるようにハミングしながら触れ合おうとする。すると、徐々に声と音が重なり始めた――まるで、互いに尊重しわかり合えたかのように。
その音に合わせるように、ノーラがヴィゾーヴニルの嘶きで舞台に降り立ちコーラスし、あみかも神獣翔歌で成長した幼生神獣ファーブラの背で歌いながら降りてくる。むくも潮騒のアフェクシアを通じて、調和の表現を手伝う。
そして最後のハーモニーで、異質な相手との相互理解を表現しきったアニーは、キューブの音をスムースバラディアで落ち着いたものにすると、次の仲間へとライブを託した。
ライブのつなぎを担うのは、あみかとむくたち。あみかがブルー・デイジーによる踊りを披露すると、むくは自身とお揃いの心結のミラージュウェイに≪星獣≫小さな羽を生やした≪星獣≫ウェスペルの背に乗り、サンライトスマイルを披露する。
淑やかさと可憐さを見事に調和させたパフォーマンスに、観客の心もほぐされる。そして、ライブは風華へとつながれた。
ここまで機材の調子をホークアイとコアチェックで確認し、仲間の歌を≪聖具≫金糸紡ぎの御光とピクシートーンでサポートしていた燧も、風華のサポートに専念するようだ。舞台の演出のためにシュネームジークで雪を降らせると、むくもウィンターファンファーレでその手伝いをした。
そして、あみかとむく、燧の歌う『ヒロイックソングス!』のメロディを背に、天使と悪魔の協奏曲でもう一人の自分を出現させた風華。己の弱さや悪の芽の代弁者として振る舞う自分との、歌劇のような掛け合いが始まった。
「いつの願いだったでしょう。貴女のようにと」
分身は歌う。
「そして貴女は光浴び。唯見上げるのみの私がいて」
歌いながら手を伸ばしたかと思えば、さっと身を翻す。
「けれど放ってくれなくて。微笑みの中に収めようとして」
かと思えば、試すように再び手を伸ばした。風華はその目を見つめて聞き届けようと、雪の中を進もうとする。そして、その手が届こうとした瞬間、
「貴女は私を。本当は見て見ぬふりだったと言うのに」
分身はそう歌い、風華たちの間には、あみかの生み出したアイススカルプチャーの氷の壁が出現した。
風華は一呼吸の間を置き、陽気:妖翼を背に負うと、氷の壁に飛び込んで砕く。そして壁の向こうの分身に、ついに手を届かせるのだった。
「ごめんなさいね。どうか……」
消え入るような呟きに、分身への感謝を込めた風華。思いの表現として、ノーラが止められないラブソングでハートの幻を空へ送り、バード・ブーケを放り投げて花弁を舞い散らせた。温かな空間で、風華は分身の姿を抱きしめるようにしながら陽気・陽怪変化を発動する。煙に紛れて分身の姿を消し、両面宿儺絵巻物によって姿を変えた。風華の変身に合わせ、燧が≪聖具≫金糸紡ぎの御光で光の十字を降らせていく。
「……どうかこれからは。共に」
風華はそう言うとユリティア・ファーセストを一振りし、現れたアンサンブルたちに声をかけ、手を添え、愛のためのヴァーディで庭園に作り替えた舞台で歌い始める。その光景へファーブラに乗ったあみかも歌を添え、アニーも爛漫のクロスコードを纏い、キューブと一緒に踊るように周っていく。そして燧の光徒の唱導による幻が、見守るように包んでいた。
そして風華の大舞台も終わり、あみかとむくの踊りやアピールが終わると、今度はノーラが現れた。
舞台の中央で天火明命の目覚めの光球を出現させたノーラは、アンラとの対話を試みる。太陽のように眩くも暖かな光は、以前は溶かしきることの出来なかったアンラの心、考えを溶かし話してもらえるように訴えるようだった。ノーラには、アンラの厭世的にも享楽的も感じられる発言が気がかりで、ましてや芸能神としての在り方、生き方を示すチャンネルを手放してもいいなんて生半可な覚悟じゃないと思っている。少しでもアンラが秘めた思いを話してくれることを、ノーラは切に願った。
そして今度はハトホルの子守歌を歌い、会場全体を優しい癒しの空間へと変えていく。
聞きたいことは山ほどある、言いたいことだってたくさんある。だが、今は主張する時ではなく、アンラが話しやすい状況にすることが大切だと考えたのだ。
仲間の気持ちが届くようにと、あみかが巡り想歌のクロイスターを広げてコーラスをする。むくも潮騒のアフェクシアの音を添え、心を届けようとする。アニーも爛漫のクロスコードを纏って、キューブと一緒に気持ちをアピールする。風華も天使の翼を生やしたアンサンブルたちと歌い、ノーラに願いを託した。
皆の後押しを受けたノーラは、優しくアンラに語りかけるのだった。
「アンラちゃんはこのゲートをどうしたいのか、教えて欲しいなぁ」
【DreamerS】のライブを見届けたアンラは言った。
「あなた達なら、このゲートを私以上に“面白く”してくれるって……信じてみただけよ?」
そして、【DreamerS】に向かって手を差し伸べるのだった。
気づけば、空の色はすっかり変わっていた。自分たちのライブに夢中で、時間が経つのを忘れていたようだ。周囲を見渡し、アイドルたちは思った。
終焉の島は、もう間もなく地球にたどり着くだろう。いよいよ、最後のライブも始まろうとしていた。
(島が落ちるだとか不思議なゲートが世界を喰らうだとか……大変なこと、いっぱい起きてる。で、私にできることを考えてみたらこれだけかなって)
何となく終わりを予感しているような観客の様子を、【アンラと一緒に歌いたい!】の御空 藤は舞台袖から見つめる。そして、自分だけに聞こえる大きさで、決意を声に出した。
「笑顔にするよ。みんなちょっとは不安だろうし……そんな不安も全部吹き飛ばすような歌を歌うよ」
そして、藤はステージに向かった。そこから見えるのは、ライブを期待する顔や、早くもライブの終わりを惜しむ顔……表情は様々でも、皆がみんな、ステージに注目していた。その観客を前にして、藤はもう一つの目的のためにマイクを取った。
「……また、私の手を取ってくれる? アンラ。」
過去の出来事で、アンラは確かに藤の手を取ってくれた。だが、あの時に果たせなかったことが心残りだった。それは、それこそが【アンラと一緒に歌いたい!】。
あの日と同じように差し出した藤の手を――アンラは再び取る。その手を見つめた藤はふわりと笑うと、軽く手を握り返すのだった。
(悪に対峙するイメージで下に降りていくらしーけど、対峙とか趣味じゃなくってさ。近づき寄り添って、手を伸ばすよ。アンラのカリスマが悪となるなら、私はそれに寄り添う歌になりたい)
思いを胸に、藤はマイクを力強く握る。
「今日のテーマは『悪さえ笑顔にするライブ』! じゃあ観客のみんな、アンラ、準備はオーケー?」
客席は大盛り上がりで受け入れる。アンラの方だって、もちろん準備オーケーだ。
小春びよりを手にした藤は、ピクシーソングで優しい歌声を紡いでいく。自身の歌声だけでなくアンラの歌声も届くようにと、藤花鳴響で咲かせた花で反響させる。咲き乱れた花々は、二人を優しく包み込むようだった。
「みーんな笑顔になってよね! ほらほら、一緒に歌お!」
一番楽しいのはこれからというように叫んだ藤は、アンラと一緒に一番の笑顔とキラーチューンでさらに盛り上げながら、エタニティシャインで会場に光を灯していく。そして心も体も悪のカリスマへと寄り添うようにして、歌を続ける。正義でも悪でも笑顔になりたい気持ちは同じはず。観客と一緒になって歌いながら、藤は心からそう信じた。
「……今日はありがと。すっごく楽しかったよ、アンラ!」
ステージも会場もライブの興奮が覚めない中、藤はとびきりの笑顔を向けてアンラを抱きしめる。光に包まれた光景は、あの日と同じ。
「ここまで似せてくるなんて、よほど心残りだったのね」
仕方ないという感じで言いつつも、アンラは笑顔で藤を受け入れた。
(アンラはまだ、この世界を輝けないもので溢れてるって思ってるかな?)
アンラのぬくもりを感じながら、藤は思う。だとしても、藤には何度だってこう言う覚悟があるのだ。
「いったじゃん。何度だって笑顔の為に、私達が歌うから」
何度だって、そう伝えてみせるのだと、藤はまた笑った。
そしてアンラに打ち明けた。だから、また一緒に歌おうと。
その時、ライブでの盛り上がりとはまた違うざわめきが、会場を塗り替えていく。
「島は無事、地球に降りた」
部下からの連絡を受け取った秋太郎はアイドルたちに向かって、淡々と結果を報告するのだった。
周囲のざわめきに何らかの変化を感じ取ったのは、春瀬 那智。見れば、周りのアイドルたちも何がしかの予感がし始めているようだった。
「変わったゲートだし、もうちょい様子見てからって思ってたけど……他の世界をどんどん食っていくなら、さすがにこのままってわけにはいかねーよな。芸能界での最後の大仕事、バッチリ決めてやろうぜ、ジュネ」
胸騒ぎを抑え込み、那智はいつも通りの様子で話しかける。ジュヌヴィエーヴ・イリア・スフォルツァもまた、変わらぬ穏やかさでそれに応えた。
「あのゲートの向こうには、どのような世界が――音楽が待っているのでしょうか。行ってみたいような、少し不安なような……不思議な気持ちですわ。けれど、騎士様と一緒なら、きっとこれからもどんな困難も乗り越えられると思います。ですから……ええ、参りましょう、騎士様」
最後に顔を見合わせうなずいた二人は、大勢の人々が待ち受けているステージへと上がった。
二人が伝えたいテーマは、『悪をも受け入れ、心を繋げるライブ』。自分と異なる考えをする相手を無闇に悪と決めつけ戦うのではなく、手を差し伸べ理解しあう勇気も必要だと訴えたいのだ。
今回のテーマも、そのための手段としてミュージカル形式を提案したのもジュヌヴィエーヴの方だった。
配役は、那智が冷たい氷に心を閉ざした悪魔、ジュヌヴィエーヴが慈愛の歌姫となっている。
(今回のテーマはわたくしが提案したもの。精一杯、やり遂げないといけませんわね)
ジュネらしいと受け入れてくれた騎士様のためにも――。ジュヌヴィエーヴは心を落ち着けるように短く息を吸うと、星紡ぎの竪琴を奏でる。同時にシュネームジークで会場に雪を降らせ、悪魔の心に寄り添おうとする。
ジュヌヴィエーヴの演奏に合わせ、氷の森のジゼルで氷の森を作り出した那智は、悪魔の心情をなぞらえるように歌姫から遠ざかり、ステージの上をステップしていく。
「今更温かい世界になど 行けはしない
俺に構うな 放っておいてくれ」
心を閉ざした悪魔は、冷え切った言葉を歌姫にぶつける。歌声に合わせてパール・ファングが光り、悪魔は氷の森にそびえる大樹の陰へと潜んでしまった。
「どうか恐れないで
どうか一人で寂しい場所へ行かないで」
それでも悪魔に寄り添おうと、歌姫は言葉を重ねていく。ヴィゾーヴニルの嘶きで翼を生やしたジュヌヴィエーヴは空へと舞い上がり、竪琴を奏でながらグロリアスクラウンから呼び出したアンサンブルたちと歌い続ける。歌姫の気持ちに悪魔の心が揺らいだのか、氷の木々が少しずつ溶けていき、いつしか氷の森は完全に消えていった。
氷の森がなくなっても聞こえ続ける歌声に、とうとう悪魔は伏せていた顔を上げて、歌姫に手を伸ばす。なおも躊躇いや戸惑いを感じさせるその腕に、歌姫も優しく手を差し伸べた。
「本当にそこに居場所があるのなら
今一度信じよう 君の歌を」
歌姫を信じた悪魔を演じる那智は、ここで幽冥なる月影を使って自分の姿を消えたように見せかける。その間に牙を外すと、火鼠の衣を靡かせ、アマテラスの吊灯篭を手にしながら再登場する。そして歌姫の歌声に応えるように、また自身の歓喜を表すように吊灯篭を振り回し、ウズメの律動のダイナミックな踊りを見せていく。そこへヒートインパクトも合わさると――そこに冷たい氷に心を閉ざした悪魔の姿はなく、一人の騎士だけがいた。
「本当にここが始まりだと言うのなら
手を取っていこう 君と共に」
「新しい世界を 共に生きましょう
これは氷と炎の物語」
騎士と歌姫の歌声が重なると、歌姫は騎士の胸へと飛び込もうとする。騎士は吊灯篭を投げ捨て、その身をしっかりと抱きとめた。同時に陽だまりのサンギータによる花々が出現し、幼生神獣のムジカが二人を祝福するように空を飛び回るのだった。
(氷で鎖された心を温かな歌声で溶かした歌姫の勝ち――めでたしめでたし、ってな)
二人の物語に感動を抑えきれない観客を見つめ、那智はジュヌヴィエーヴを労うように肩を抱いていた。
(そもそもアンラさんの呼び出し始めたイドラさんって、どこに住んでいたのかしら)
【キラキラ】の氷華 愛唯は、ふとそんなことを考える。
隣にいた小鈴木 あえかが、急に考え込んだ様子に気づいてじっと見つめていた。
あえかに何でもないというように笑いかけながらも、愛唯はもう少しだけ思考を掘り下げることにしてみる。不安定なゲートは『もともとそこにあった』ものではないか、イドラはそこから少しずつ出てきたのではないか、ゲートが元からあったからこそ、アンラとイドラは仲良くなれたのではないか――。
この考察が正しい保証はない。しかし、そう思った以上は果たしたい理想があるのだ。考えていたことをあえかに伝えた愛唯は、最後に最も大切な気持ちを口にする。
「きっとこのゲートの安定はアンラさんの『懐かしい場所』を守ることにつながるんじゃないのかな? 思い出を守るのはわたしの理想で、目指すべき希望だから、これは守り切らないといけないね」
愛唯の話を静かに聞いていたあえかは、その願いを優しく受け止めた。
「愛唯さんの言うとおり、思い出は守ってあげたいと思います。島を安全に地上に降ろすことは仕方が無いことですが、やっぱり都落ちのような印象が強くて、聖歌庁で肩身の狭い思いをしているバビプロさん達やファンの人達はガッカリすると思います」
ステージから見下ろす人々は、こんなにも暖かくて生き生きとしている。彼らならきっと、【キラキラ】の想いを受け止めてくれるはずだ。愛唯はあえかと、駆け付けた花子と視線を交わした後、ありったけの思いを込めたライブを始めた。
「だから聞いてほしいの、『いまを抱きしめて』」
校長の命がこもったエレガット:スレイプニルの音色が、会場全体に響いていく。花子の心がこもった歌声と、愛唯の世界の全てに込めた愛情に共鳴するかのようにして、止められないラブソングの幻が空へと舞い上がっていく。
あえかもキズナ・エフェクトで出現させたうさぎの幻で、観客の愛する気持ちを高めていく。一方で島の中でも特徴のありそうな岩に目をつけると、ママからの天啓です! とハサミを使って島から切り離そうと試みる。天啓の内容は『元にあった場所で悪の希望として在り続けなさい』。終焉の島がカリスマで浮いているなら、スキルを応用して切り離すことが可能ではないかと思ったあえかだったが、思う通りにはいかなかったようだ。
だが、その様子を眺めていたアンラが、くすりと笑い岩を浮かせてあえかをそっと手助けする。ただし、「お持ち帰りは厳禁よ」との条件付きだが。
あえかは手振りで感謝を伝えると、アルカイック・リンクスで上昇し、切り離された岩へと寄り添った。そしてプリンセスヘッドセットを通じてライブビューイングを確認し、次のパフォーマンスをするためのタイミングを計り始めた。
ステージ上では、愛唯と花子のライブが続いていたが、それもいよいよ大詰め。
(すべては『音』を世界に満ちさせるため。新たなゲートと世界をつなぐため。そしてわたしの『音』を覚えてもらうために)
島の全てへの祝福と、島の未来への希望となるように、愛唯がエタニティシャインを発動する。花火のような光が次々に起こり、会場を眩く照らしていく。
上空で様子を確認していたあえかが、蹂躙するダークロードで生み出したノイズを惑星を囲む輪のようにし、その輪をなぞるように無限のルミノシティで軌跡を描いていくことで星環を持つチャンネルのように仕立てる。そして覇王の境地であえかが島へと向かっている間に、ステージでは愛唯が観客に向けて新しいチャンネルのように見立てた岩を指さして、悪のともし火は絶えておらず、終焉の島と上空に輝くものは親子のように寄り添えるのだと伝え、悪を容認する心を促そうとする。観客たちが見上げた先には、あえかが固定したいつまでも輝くものの光が灯っていた。
あえかが誰を思ってその灯火を掲げたかは、それを見る人々にきっと伝わっただろう。
【DreamerS】の藍屋 あみかは、ステージに立つ直前の高揚感の中で、芸能界にまつわる騒動を振り返っていた。
(神様の世界にも善悪があり、その中で小さな人としてできることを。アンラさんやバビプロの行動も、世界の破滅など暴力を除けば間違いはなかったはずです。方向の違う芸能への不寛容に始まり、序列をつけ排斥し、行き場のない悲嘆が怒りに、そして世界そのものを……と。私にも苦手なものはありますし、それは人というか意思の数だけあるはず)
だからこそ、排斥の一歩先を見て向かい合っていくライブを繋ぎにしたいと、あみかは願う。
その気持ちは藍屋 むくも同じだったのだろう。あみかに笑いかけると、
「島をちゃんと地球に……ライブでお手伝いできるなら、一番。そして、むくもわるいことについてちゃんとかんがえられるようになりたいんだ」
今の素直な気持ちを言葉にした。
むくの言葉を聞いていたノーラ・レツェルも、今一度、自分の考えと向き合う。
正義も悪も、見る人によっていくらでも変わるもの。だから勧善懲悪などありえないし、一歩引いた視点を持ったり寄り添ってみることで、理解は深められるはずだと。
「同じ価値観の人なんていない。同じ視点だって実は難しい。だから、その人毎の距離感の詰め方でアンラちゃんへ向けたライブを行いたいねぇ」
ノーラは、いつもは伏し目がちな瞳を仲間に向けると、いつもと同じのんびりした口調で話すのだった。
「悪だからと断じ、滅するのではなく、対話と抱擁、そして相互理解が大切なんだと思います」
アニー・ミルミーンも、はっきりと自分の気持ちを口にする。悪の全てを否定する意味はなく、尊敬できる部分はそのままに、ともに高め合うことだってできるはずという思いを、パフォーマンスに込めようと決意した。
(ラスト・ヒロイックソングスのあの日、アンラさんに届かなかった手を思い至ったのは悪の芽ともいえる己の弱さ、羨み、虚栄心、不寛容……色々浮かびます)
過ぎし日の後悔に、顔を曇らせるのは合歓季 風華。しかし、だからこそ思う。
「見つめ排斥でなく歩み寄る演目で島を運ぶ助力を。『ヒロイックソングス・コンティニュー』とでも言うべきやり残しを果たし新たな一歩に……」
風華の表情が曇っていることを察した天草 燧は、本当は慰めを口にしようとしていた。しかし、その口から告げられた決意を聞いたことで、代わりに別の思いを口にした。
「神々の世界にも善悪があると示されたけれど、僕らはその線引きをこれまで以上に知ったわけでもなく。今も善悪は視点や基準の置き場で変わりうるから、その人の悪に対して歩み寄る可能性を作れる演目で臨めれば良いね。そしてネムさんが向き合う自己像は僕にも懐かしい物」
だからこそ、今まで『共犯者』として及ばなかった事と今から出来る事を。自らの立場をそう名乗る少年は、柔らかく笑っていた。
進む道は一緒でも、それぞれのペースや考えで歩んでいく。それが【DreamerS】の個性であり、テーマとなる。あえて誰かが口に出さなくても、心のどこかで思いを共有した仲間とのライブが始まろうとしていた。
「この大舞台が無事運びましたら、改めて手をとってくださいませんか? その……いち友人としまして」
自分たちを見つめる様子に目を留めた風華が、ライブを始める前にアンラへ手を差し出し挨拶をする。
「…………ライブを見てから考えてあげるわ」
風華をまっすぐ見つめてアンラは言うと、ステージ全体を眺めるようにして視線を外す。風華は無言でうなずくとアジールコードを展開。メンバーに向かって手を差し出せば、その手に5人の手が重なった。その同意のもと、品格と落ち着きある振る舞いで臨めるように準備を整えた。
最初のパフォーマンスはアニーから。キューブ・グループを自身と対峙するように浮かせると、それに触れようと手を伸ばす。するとキューブはまるで拒絶するかのような動きを見せながら、不協和音を鳴らし始める。
それに思わず手を引っ込めそうになる仕草をしながらも、アニーは拒絶することも服従させるようなこともしない。
(アンラさんの行動も、全てを否定することはないって思います。善も悪も、その人の想い次第でどのようにも判断できることですしね。アンラさんにはアンラさんの想いがあってのことだったんですよね)
アニーは自らの演出に心情を重ね、キューブの音に合わせるようにハミングしながら触れ合おうとする。すると、徐々に声と音が重なり始めた――まるで、互いに尊重しわかり合えたかのように。
その音に合わせるように、ノーラがヴィゾーヴニルの嘶きで舞台に降り立ちコーラスし、あみかも神獣翔歌で成長した幼生神獣ファーブラの背で歌いながら降りてくる。むくも潮騒のアフェクシアを通じて、調和の表現を手伝う。
そして最後のハーモニーで、異質な相手との相互理解を表現しきったアニーは、キューブの音をスムースバラディアで落ち着いたものにすると、次の仲間へとライブを託した。
ライブのつなぎを担うのは、あみかとむくたち。あみかがブルー・デイジーによる踊りを披露すると、むくは自身とお揃いの心結のミラージュウェイに≪星獣≫小さな羽を生やした≪星獣≫ウェスペルの背に乗り、サンライトスマイルを披露する。
淑やかさと可憐さを見事に調和させたパフォーマンスに、観客の心もほぐされる。そして、ライブは風華へとつながれた。
ここまで機材の調子をホークアイとコアチェックで確認し、仲間の歌を≪聖具≫金糸紡ぎの御光とピクシートーンでサポートしていた燧も、風華のサポートに専念するようだ。舞台の演出のためにシュネームジークで雪を降らせると、むくもウィンターファンファーレでその手伝いをした。
そして、あみかとむく、燧の歌う『ヒロイックソングス!』のメロディを背に、天使と悪魔の協奏曲でもう一人の自分を出現させた風華。己の弱さや悪の芽の代弁者として振る舞う自分との、歌劇のような掛け合いが始まった。
「いつの願いだったでしょう。貴女のようにと」
分身は歌う。
「そして貴女は光浴び。唯見上げるのみの私がいて」
歌いながら手を伸ばしたかと思えば、さっと身を翻す。
「けれど放ってくれなくて。微笑みの中に収めようとして」
かと思えば、試すように再び手を伸ばした。風華はその目を見つめて聞き届けようと、雪の中を進もうとする。そして、その手が届こうとした瞬間、
「貴女は私を。本当は見て見ぬふりだったと言うのに」
分身はそう歌い、風華たちの間には、あみかの生み出したアイススカルプチャーの氷の壁が出現した。
風華は一呼吸の間を置き、陽気:妖翼を背に負うと、氷の壁に飛び込んで砕く。そして壁の向こうの分身に、ついに手を届かせるのだった。
「ごめんなさいね。どうか……」
消え入るような呟きに、分身への感謝を込めた風華。思いの表現として、ノーラが止められないラブソングでハートの幻を空へ送り、バード・ブーケを放り投げて花弁を舞い散らせた。温かな空間で、風華は分身の姿を抱きしめるようにしながら陽気・陽怪変化を発動する。煙に紛れて分身の姿を消し、両面宿儺絵巻物によって姿を変えた。風華の変身に合わせ、燧が≪聖具≫金糸紡ぎの御光で光の十字を降らせていく。
「……どうかこれからは。共に」
風華はそう言うとユリティア・ファーセストを一振りし、現れたアンサンブルたちに声をかけ、手を添え、愛のためのヴァーディで庭園に作り替えた舞台で歌い始める。その光景へファーブラに乗ったあみかも歌を添え、アニーも爛漫のクロスコードを纏い、キューブと一緒に踊るように周っていく。そして燧の光徒の唱導による幻が、見守るように包んでいた。
そして風華の大舞台も終わり、あみかとむくの踊りやアピールが終わると、今度はノーラが現れた。
舞台の中央で天火明命の目覚めの光球を出現させたノーラは、アンラとの対話を試みる。太陽のように眩くも暖かな光は、以前は溶かしきることの出来なかったアンラの心、考えを溶かし話してもらえるように訴えるようだった。ノーラには、アンラの厭世的にも享楽的も感じられる発言が気がかりで、ましてや芸能神としての在り方、生き方を示すチャンネルを手放してもいいなんて生半可な覚悟じゃないと思っている。少しでもアンラが秘めた思いを話してくれることを、ノーラは切に願った。
そして今度はハトホルの子守歌を歌い、会場全体を優しい癒しの空間へと変えていく。
聞きたいことは山ほどある、言いたいことだってたくさんある。だが、今は主張する時ではなく、アンラが話しやすい状況にすることが大切だと考えたのだ。
仲間の気持ちが届くようにと、あみかが巡り想歌のクロイスターを広げてコーラスをする。むくも潮騒のアフェクシアの音を添え、心を届けようとする。アニーも爛漫のクロスコードを纏って、キューブと一緒に気持ちをアピールする。風華も天使の翼を生やしたアンサンブルたちと歌い、ノーラに願いを託した。
皆の後押しを受けたノーラは、優しくアンラに語りかけるのだった。
「アンラちゃんはこのゲートをどうしたいのか、教えて欲しいなぁ」
【DreamerS】のライブを見届けたアンラは言った。
「あなた達なら、このゲートを私以上に“面白く”してくれるって……信じてみただけよ?」
そして、【DreamerS】に向かって手を差し伸べるのだった。
気づけば、空の色はすっかり変わっていた。自分たちのライブに夢中で、時間が経つのを忘れていたようだ。周囲を見渡し、アイドルたちは思った。
終焉の島は、もう間もなく地球にたどり着くだろう。いよいよ、最後のライブも始まろうとしていた。
(島が落ちるだとか不思議なゲートが世界を喰らうだとか……大変なこと、いっぱい起きてる。で、私にできることを考えてみたらこれだけかなって)
何となく終わりを予感しているような観客の様子を、【アンラと一緒に歌いたい!】の御空 藤は舞台袖から見つめる。そして、自分だけに聞こえる大きさで、決意を声に出した。
「笑顔にするよ。みんなちょっとは不安だろうし……そんな不安も全部吹き飛ばすような歌を歌うよ」
そして、藤はステージに向かった。そこから見えるのは、ライブを期待する顔や、早くもライブの終わりを惜しむ顔……表情は様々でも、皆がみんな、ステージに注目していた。その観客を前にして、藤はもう一つの目的のためにマイクを取った。
「……また、私の手を取ってくれる? アンラ。」
過去の出来事で、アンラは確かに藤の手を取ってくれた。だが、あの時に果たせなかったことが心残りだった。それは、それこそが【アンラと一緒に歌いたい!】。
あの日と同じように差し出した藤の手を――アンラは再び取る。その手を見つめた藤はふわりと笑うと、軽く手を握り返すのだった。
(悪に対峙するイメージで下に降りていくらしーけど、対峙とか趣味じゃなくってさ。近づき寄り添って、手を伸ばすよ。アンラのカリスマが悪となるなら、私はそれに寄り添う歌になりたい)
思いを胸に、藤はマイクを力強く握る。
「今日のテーマは『悪さえ笑顔にするライブ』! じゃあ観客のみんな、アンラ、準備はオーケー?」
客席は大盛り上がりで受け入れる。アンラの方だって、もちろん準備オーケーだ。
小春びよりを手にした藤は、ピクシーソングで優しい歌声を紡いでいく。自身の歌声だけでなくアンラの歌声も届くようにと、藤花鳴響で咲かせた花で反響させる。咲き乱れた花々は、二人を優しく包み込むようだった。
「みーんな笑顔になってよね! ほらほら、一緒に歌お!」
一番楽しいのはこれからというように叫んだ藤は、アンラと一緒に一番の笑顔とキラーチューンでさらに盛り上げながら、エタニティシャインで会場に光を灯していく。そして心も体も悪のカリスマへと寄り添うようにして、歌を続ける。正義でも悪でも笑顔になりたい気持ちは同じはず。観客と一緒になって歌いながら、藤は心からそう信じた。
「……今日はありがと。すっごく楽しかったよ、アンラ!」
ステージも会場もライブの興奮が覚めない中、藤はとびきりの笑顔を向けてアンラを抱きしめる。光に包まれた光景は、あの日と同じ。
「ここまで似せてくるなんて、よほど心残りだったのね」
仕方ないという感じで言いつつも、アンラは笑顔で藤を受け入れた。
(アンラはまだ、この世界を輝けないもので溢れてるって思ってるかな?)
アンラのぬくもりを感じながら、藤は思う。だとしても、藤には何度だってこう言う覚悟があるのだ。
「いったじゃん。何度だって笑顔の為に、私達が歌うから」
何度だって、そう伝えてみせるのだと、藤はまた笑った。
そしてアンラに打ち明けた。だから、また一緒に歌おうと。
その時、ライブでの盛り上がりとはまた違うざわめきが、会場を塗り替えていく。
「島は無事、地球に降りた」
部下からの連絡を受け取った秋太郎はアイドルたちに向かって、淡々と結果を報告するのだった。