ラスト・メドレー! ~レジェンドスターズ~
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心よ届け
「『ヒロイック・ソングス!』を、みんなで描こう♪ 終焉の島を! 無事に地球へ届けるよ!」
桐山 撫子はそう宣言すると、花子を連れ立ち舞台に向かって駆け出した。
撫子の舞台を支えるため、ウィンダム・プロミスリングも演出の準備を始める。
これからライブをする、たくさんのアイドルたちの支えになれるようにと、芽里衣 ねむみも舞台袖に控えていた。
自らの音楽を飽くなき真理の探究の旅と捉える撫子は、このライブに強い思いを抱いていた。隣に並び立つ花子を見つめ、、
「さて、木 花子ちゃん! 貴方は……確実に……頼もしくなっていると思うよ? 物事の進歩は……じっくりと……確実に進む方が……在り方じゃないかな? 今も未来も『純粋なソロアイドル』が不在なのは寂しく思ってね。うん、花子ちゃんには、可能性があると……あたしは思う」
その思いを口にする。どれほどの輝きを持っていても容易には届かない場所が、芸能界には確かに存在する。撫子はその場所に立ち続けようとする花子に期待を込め、応援を約束するのだった。
そしていよいよ、ライブが始まった。撫子の言葉に何かを悟ったのか、花子もいつも以上に熱意を込めて歌う。
「貴方の触れる指先に 心伝えて
曇り無き真実 確かな鼓動へ
今を 生きて
眠った 温もりを 覚えている?
春風の暖かさ 共に感じ
未来への希望 忘れていたね
路は切り拓くよ 贈りたい歌
Your Story My Dream」
裏でウィンダムが、撫子と花子の歌をサポートする。やがて、曲の終わりが近づいた。
「輝く翼を描いて 暗闇照らす
灯る勇気は 導く明日へ 世界を紡いでく
貴方の触れる指先に 心伝えて
曇り無き真実 確かな鼓動へ
Your Dream」
ついに曲が終わったが、撫子はその場を動こうとしない。その様子に不安を感じた花子が話かけようとした時、
「皆様、桐山 撫子は……この機会で、表舞台を降ります。あたしは……自らの筆を折る事は……まだ! できません!!」
客席に向かって撫子が叫んだ。そして聞いて驚く花子に向かって、撫子はいつか歌詞を書かせてほしいと告げる。そのまま、吹っ切れたように晴れやかな表情を浮かべ、撫子はステージを去っていった。
「うーん……花子ちゃんに歌詞を提供できる機会……祈るしかないわ。あぁ……真面目に無理は利かないのよ。多分……お疲れ様……の一言で十分よ」
遅れて舞台を降りた後、何と声をかければ良いのか戸惑う花子へこっそり伝えるウィンダム。それで花子の気持ちも落ち着いたようだった。
(撫子は……本当にお疲れさま。まだ……予定は残っているけど……筆が折れるのは……最悪の事態ね。花子ちゃん……ありがとう) 最後に撫子に別れを告げて去っていく花子を見て、ウィンダムは心からの感謝を向けた。こうしてアイドルとしての撫子はひとまずのエンディングを迎えたが、それでもまだ物語は続いていく。この先もずっと撫子に寄り添えたらと、ウィンダムは祈っていた。
早々に大きな出来事があったが、アイドルたちのライブはまだ始まったばかり。
次にステージに向かったのは、レイ・トレード。
「終焉の島を地球に届ケル。もちろん、それが自分らの一番の目的ってのは分かってるヨ~」
神妙な表情で握った拳を見つめ、自身に語りかけるように言葉を発すると、
「しかし、悪と対峙デスか……。これはまさに、オレのための大舞台デスね!」
次の瞬間には表情を一変させ、『シンク・ザ・Sinセカイ』の曲を受けながら昂った気持ちをパフォーマンスに込め始めた。まるで二つの心があるかのように、レイの表情はくるくる変化する。そんなレイの目指すアイドル像は、『悪を律し、今を生きる者たちへの戒めとする、獄卒のようなアイドル』。ともすれば奇抜さばかりが先行しそうな目標だが、今回のライブのイメージとの親和性は高いのかもしれない。
「まずは悪への怒り、ぶつけるネ~!」
言うや否や、ステージに出現させたオルトゴーストへ猛追をかけると、続けて発動したのは岩戸隠しのサプライズ。レイから放たれる強烈な殺気が、悪しき魂に見立てたオルトゴーストに破壊をもたらそうとする姿が、観客に根源的な恐怖を想起させる。
瞬く間に観客の視線を釘付けにしたレイだが、その表情がふっと和らぐ。
「さて、お次は――怖がらせちゃった方、ゴメンナサイ。甘~いドルチェをドウゾ!」
ドルチェのように甘い声色でささやくと、再びオルトゴーストを出現させる。そしてまたもゴーストに向かって進み出るが、今度は破壊せずにすり抜けていくような動きをする。レイの様子を不思議そうに見つめていた観客たちだったが、あるものを見て歓声を上げ始める。
それは甘い誘惑で現れたお菓子の数々。ゴーストの周りに散りばめられたお菓子の一つを手に取りながら、レイは観客に微笑んだ。
「償いとは、死すことに非ずデス。罪を背負い続けて、生き続けるコトこそが、罰なんデス。……そのためにも、美味しいものを食べまショウ! ……まぁ、幻デスけど」
レイの生み出したお菓子も、このひと時も甘い幻に過ぎない。与えられた夢から醒めた時、それぞれがどんな思いでその先を生きるのか。レイのライブは、ともすればとても残酷なのだということを、今はレイだけが知っている。
「こんな自分を、悪と見る人もいるでショウ。まぁ、仕方ないデスね。……でも、悪を以て悪を制すってのも、アリかもネ~。裁く覚悟も、裁かれる覚悟も、自分はいつでもできてるヨ」
去り際に呟かれたその言葉は、果たして誰に向けられたものか。その答えを知る者はいない。
(世界を食べるゲートは怖いけどひとまず置いといて……ライブで島を地球に降ろす……相変わらず凄いわね……)
舞台に立ち、アポロンズフィールドでライブの下準備を終えたクロティア・ライハは、呆れとも感心ともつかぬ思いを抱いていた。
『そんなことより、早く僕と踊ってよ! 僕はずっともどかしい思いしてたんだからね』
すると、まるでクロティアの心を読み取ったかのような声が空間を震わす。側で待機しているナレッジ・ディアを見つめるも、今の声は自分ではないというように首を振っている。
それは天使と悪魔の協奏曲によって出現させた、クロティアに似た姿が発した言葉だった。その姿にプライと名付けたのはクロティア自身だが、発動のために事前に用意しておいた台詞とは言え、まるで本当に心を通わせたかのような反応した相手に目を丸くしてみせる。同時にそれを微笑ましい気持ちで受け入れると、ライブの開始を宣言する。クロティアの声に反応し、プライも元気な返事をした。
『オッケークロティア、ナレッジ、僕の力、魅せてあげる!』
二人に対しナレッジも首肯を返すと、
(ゲートですか……ナレッジのセンサーではうまく解析できませんが……なんだか戦いばかりなデータが出てきますね……安定させて、開いてもいいのでしょうか……?)
最終的には専門家に任せるという結論を出しつつも、やはり一抹の不安を抱えながら、ハルモニアチューニングで周囲の芸器に最適化を施していく。だが、その不安は異世界用ゲーム機から流れ始めた音楽を聴きとった瞬間から吹き飛んでしまったらしい。
ラインリズムを巧みに動かしながら、ナレッジは可愛らしく踊り始めた。
『ゲームの曲は二面性がある曲ね、サビで魅惑な闇的な感じが強調されてる感じの曲だね』
プライは曲の雰囲気を掴んだのか、そう言ってクロティアに笑いかける。プライの笑顔を向けられたクロティアも、ライブが始まってからずっと楽しそうに笑っていた。
その二人に微笑ましさを感じていたナレッジだったが、島の降下速度のことを思い出したのか、スムースバラディアを使って観客のリラックスを促していく。
『前半の最初は僕が後ろで歌って、クロティア、ナレッジが明るく前で踊って、次は僕とナレッジでスタイリッシュに踊って、クロティアが歌う感じ』
ナレッジのサポートを全面的に信頼しているような素振りで踊り続けるプライは、曲の流れに沿ってフォーメーションを自在に変えていく。そして曲は、満を持してサビに差し掛かる。
「サビでは私とプライが踊る感じだね、ナレッジはバックでサポートをお願い」
その直前にすかさず指示を出したクロティアは、自身でもタッチ&フィーバーを使ってサビの盛り上がりを後押ししていく。指示を受けたナレッジは後方に下がり、ラインリズムとレーザーリズムの操作に専念し始めた。
『サビは魅惑な闇か……クロティアは苦手そうだから僕がしっかり演出しないとね』
クロティアとナレッジのコンビネーションの合間に、曲の分析をするような動きをするプライに対し、
「そういえば私闇属性のアピール殆ど持ってないや……」
思わずそんな呟きを返すクロティア。その声を聞いていたかのように、
『うーん、島の速度がそこまでなら僕がセクシーに踊ればいいだけだけど……やばそうなら僕とクロティアの衣装をはだけさせて一緒に踊ろうか、絡み合うように踊れば、背徳的な感じにがかなり闇っぽいかな?』
プライはクロティアの衣装にちょっかいを仕掛けるのだった。
「なんで衣装乱すの!? うう、でも落下速度コントロールのために頑張って踊るよ……」
男性客からの歓声が大きくなった気がするが、気のせいだと自分をごまかし、最後まで踊り切ったクロティア。
「これで島がなんとかなるといいけど……」
恥ずかしそうに呟くと素早く衣装を直し、あっという間に袖に引っ込んでいった。
アイドルたちのライブは、さらに盛り上がっていく。
キング・デイヴィソンは、それを観客に交じって見つめていた。
体調がすぐれず、手伝えるような状態になかったキングは、それでも終焉の島の未来と仲間たちの活躍を見届けたかったようだ。キングをそこまで動かした動機は、自身もまたアイドルの一人という気持ちに由来するものかはわからない。
恐らく誰が聞いたとしても、サボっているわけではないと苦笑を交えつつ、
「芸能界の島が地球に降り立った歴史的瞬間を観測しているだけさ」
と、はぐらかそうとするのだろう。手ごろな場所に腰を落ち着けたキングは、心地よい陽気を身に浴びながら、会場をさらに盛り上げていくアイドルたちを眺めていた。
(でも、皆本当にお疲れ様)
(どんどん世界を食べていくようなものをライブで直接動かすって緊張感すごいけど、頑張ろう)
非常に素直な感想を心の内に呟いていたのは、橘 樹。アイドルと言えども一人の人間、至極まっとうな意見である。
しかし、それだけで終われないのがアイドルの宿命。この一大事に立ち向かうため、自分にできるパフォーマンスを考え抜いて、結論をはじき出すのだった。
(悪に対峙する正統派のライブは僕には難しそうだし、色んなアプローチがあった方がいいみたいだから、少し変則的な内容を考えてみようかな)
樹はステージに上がると、はじめに琥珀の記憶からエレメントを召喚する。エレメントの歌声が響き渡り、その声は観客を次々と魅了していく――と思いきや。
「さわりっていうのは話の要点、歌で言うサビだ。Aメロのことじゃないぞ!」
突然の説教じみた歌詞に、観客がどよめく。どういうことかと樹を見つめる観客が増え始めるが、樹は全く意に介さないような態度でファイル「X」で電気に干渉すると、エレメントが歌っていた歌詞に関する詳細な解説を画像で上げていく。
「ちょっと何よこれ、バグってんの? 全然ライブが見れないんだけど――」
「ライブが見れる? 『見られる』だ。大事な『ら』を忘れるな!」
想定外のパフォーマンスを見せつけられた観客が上げた声に、うっかりエレメントの歌声が鋭い指摘をする。意図していない出来事に、思わず樹はクスリとした。
そう、これは間違いなく樹のパフォーマンスである。悪に対峙するためのライブとして、辿り着いたテーマは『日本語のありがちな間違いを指摘する歌』。
(言葉は生き物って言うし、誤用と変化の線引きも難しいし、かなり意見が割れるテーマだと思うんだよね)
テーマもさることながら、アイドルの歌や踊りなどのパフォーマンスを期待していた観客側としては、色々と意見の分かれる演目だろう。だが、そうすることで終焉の島の降下速度に変化を与えられるのでは――そう考えてのライブだった。
「許せない乱れはまだまだあるが、多すぎるから割愛……割愛っていうのは惜しみながら省略することだ、不要なものをばっさり切り捨てるって意味じゃないからな!」
エレメントの歌声が最後の指摘をしたところで、樹が観客に向き直る。そして、ステージを見上げる一人一人を見つめるようにしながら、このテーマを選んだ意味を伝えて締めくくった。
「『間違い』を『悪』と捉えるかどうかは別にして、言葉についての『元々はこうだったけど、今はこう使われることもある』みたいな話って純粋に面白いと思うんだよね。ゲートを何とかするためのライブではあるけど、見てる人にも色々考えて楽しんでほしいな」
さざ波のようなざわめきが、会場を満たしている。
無数の瞳が空のステージを見つめる中、天地 和は駆け出していた。
その姿を認め、観客たちが注目しようとした瞬間、ステージの照明が一斉に消える。その暗がりに目が慣れてきたころ、ステージには崩れた麻雀牌の山が積み上げられており、傾奇麻雀仁句を着こなした和が、山の中から牌を一つ拾い上げた。
(わたしが麻雀アイドルとして活動する上で、いちばん気にしてたのが『どうやって麻雀のアングラなイメージを乗り越えるか』だったんだよね)
和の内心が反映したか、手の中の牌を見つめるその姿は、さながら義理人情を忘れた博徒を憎む女親分のよう。
(でも、イカサマ上等のダークな駆け引きが麻雀の醍醐味! って人ももちろんいるわけで、それに対するわたしの答えが――『イカサマの技術でも魅せるライブ』!)
自身の気持ちにつき動かされるようにして朧芸者の符を掲げ、和はステージ上に悪の博徒に扮した幻の舞芸者を呼び出す。それを皮切りに始まったライブで、音ゲーコンボの手早さの要領で牌の山を積みなおした和は、博徒たちにマージャン勝負を挑みかけるようにポーズを決める。博徒たちはその勝負を受けて立ち、ステージ上で熱いバトルが始まった。
初めこそ順調に打っていた和だが、博徒たちのイカサマで徐々に旗色を悪くする。それを視覚的にアピールするように、カエルムへの帰還でその身が吹き飛ばされたような演出を加えていく。観客の多くは麻雀のルールに詳しくないため、その世界観はわかりづらい。また、アクア麻雀牌がステージ上の朧芸者の動きに合せ牌を動かしているということも、ステージの様子を見ればすぐに思いつくことだ。和のテーマはかなり独特で、演出方法も初めて見るようなものではない――にも関わらず、吹き飛ばされてなお、勝負を降りずに舞い戻ってきた和へ大いに感情移入した観客は、大きな声援で出迎えるのだった。
勝負はいよいよ大詰めになり、パーティートラップが卓上の牌を一気に吹き飛ばす。これで勝負はチャラになってしまった――誰もがそう思っている中、和は卓に残された希望を集めて並べ、高らかな勝利宣言を行うのだった。
「国士無双……役満!」
数の栄誉を称えるように、フロラリア・イマーゴの花びらが舞い散った。
「『悪に対峙するイメージ』のライブで、終焉の島を下に降ろすことができるけど、あんまり早く急降下しすぎると機材が壊れちゃう……でいいんだよね?」
【リトルフルール】の虹村 歌音は舞台袖で仲間と状況を確認しあう。そして急に閃いたかのように目を輝かせると、仲間に向けて提案をした。
「それなら、『正義と悪の一大決戦』で長く白熱したバトルを繰り広げるヒーローライブを繰り広げちゃおう! 力がうまいこと拮抗すれば、島をゆっくりと降ろすことができるはず!」
歌音の案に、ウィリアム・ヘルツハフトもうなずきを示す。
「求められるのは『正義』と『悪』が拮抗するようなライブ。今回の『ヒーローライブ』はまさにうってつけと言えるだろう」
そこにシャーロット・フルールも、元気良く応じてみせる。
「ほうほう、悪に対峙する正義? のイメージで落下するんだね。でも、一気に落ちすぎも困ると……よし分かった! それならボクがブレーキになるんだよ☆ 落下するイメージの逆、正義に対峙する悪。魔王ちゃんを演じるって訳だね♪」
「なるほどです、悪と正義なんですね……ってシャロちゃん!? 僕は正義側なのですか!!?」
ライブのテーマを聞き、普段の自分のイメージを思い返した奏梅 詩杏は、間違いなく自身も悪の側だと思っていたが、シャーロットの言葉に素っ頓狂な声を出す。
「くっ……本来は闇の魔導師なので少々……いえ、とてもとても腑に落ちないのですけど……与えられた役割はきっちりこなすのですよ!」
それでも、結局は仲間の流れに追従してみせた。
そして一連の流れを黙って聞いていたアレクス・エメロードは、魔王シャーロットの従者という配役に当然の流れというような反応を見せ、大人しく従うのだった。
「ま、魔界だろうが地獄だろうがマスターが行くとこなら着いてくけどな」
また、正義側のパーティとして花子も召喚された。こうしてウィリアムを勇者に据え、歌音が僧侶、詩杏が魔法使い、花子が戦士という配役で決定したのだった。
配役が全て決まった【リトルフルール】のヒーローライブは、3段構成。アレクスが誰ガ為ノ墓標で展開した墓標を、さながら古城のように見立てた光景の中、勇者ウィリアムと魔王シャーロットによるバトルで幕が開き、ステージはいきなりラストバトルさながらの盛り上がりを見せていた。
「くっくっく、ここまで来たか勇者ウィリアムよ。だが、その快進撃もここまでだっ♪」
どことなく気の抜けるような声と裏腹に、陽気・陽怪変化と魔王少女の巻物で、ドロンとその姿を愛らしくも手強そうな魔王に変じたシャーロット。嵐渦のオーディンも発動し、圧倒的な存在感を勇者たちに示す。
「こいよ勇者ども。魔王様とその右腕が相手してやらぁ。この城がてめぇらの墓場だ!」
魔王の従者アレクスも吼え、オディールの呪いで生やした禍々しい翼で羽ばたきながら勇者たちを牽制する。続けてヒュドラーの鎖で会場を覆い、観客の不安と興奮を増幅させながら、君の側にいる誰かを発動し、その影で魔王を援護していく。
対するウィリアムも、スペクタクル・バトルショウや剣戟の声で迫真の演技を見せ、覇王の境地で向上したシャーロットの攻撃へ果敢に反撃していく。
だが、次第にウィリアムは圧され始める。そんな勇者を援護するように、僧侶歌音が陽だまりのサンギータで癒しを施し、戦士花子が勇者を鼓舞するように立ち回る。
さらにエクストラチェンジで星のエフェクトに囲まれ登場した魔法使い詩杏が、ブルーステラ・クロスを振り上げ魔王に挑んでいく。やがて詩杏が放ったドビュッシーの五線譜が魔王に隙を生じさせ、そこをすかさずウィリアムのヒートインパクトで襲いかかり、魔王はついに敗れた――かのように思われた。
「しかし、それはさらなる絶望の序章でしかなかった」
まるでモノローグのような語り口で、シャーロットは不敵に笑う。その側には、影をかき消され鎖を砕かれながらも、懸命に魔王の側に控えようとするアレクス。
「魔王様、俺の魂をお使いください」
振り絞るように出された声にうなずいた魔王シャーロットは、従者アレクスとDF.エコーオブコスモスでユニゾンし、真の姿を発揮したように演出する。併せてアレクスの無形の怪物が、会場を黒い霧で覆い尽くした。その霧が晴れた後に現れたのは、パラノイアノクターンの黒い翼をはためかせる魔王シャーロットだった。魔王の翼が舞い散った後には、万魔夜行から生まれた妖怪や、罰待つ罪から作られた怪物が出現する。
歪の華を纏い、無数に思える軍勢を従えるその姿は、まるで黒の天使。魔王シャーロットと従者アレクスは、オディールの呪いで再び空を蹂躙し、勇者たちを待ち受ける。
だが、ここで諦めるようでは正義の名折れ。魔法使い詩杏がブルーステラ・クロスからエンディングラッシュを繰り出し、魔王の軍勢を減らしていく。戦士花子もそれに続き、勇者ウィリアムの援護をする。そこへ突如、ウィンターファンファーレが響き渡る。その音色で周囲の気を引いた詩杏は、エタニティシャインの光で一気に闇を打ち払うのだった。
「これぞ、《光の守り人》の本領です!」
当初は渋っていたとは思えないほどのノリの良さで、魔法使い詩杏はその力を発揮する。
同時に、クライマックスモードを発動した僧侶歌音も力を開放する。ヴェイン・オブ・ルーラーを発動した歌音は、白き翼で魔王の翼に対抗する。その光景は、黒の天使と白の天使の一大決戦。魔王シャーロットは何とか打ち破ろうとするも、援護する詩杏と花子にも抑え込まれ、とうとう闇を塗り替えられてしまった。
そして魔王シャーロットと従者アレクスが地に墜ちた時、勇者ウィリアムのジャスティス・バーストがその身に放たれた。
勇者の攻撃で、地面に膝をつく魔王と従者。
「だが、真の戦いはこれからだ」
それでも、魔王は笑っていた。輝の天龍を発動したシャーロットは、その身を依り代にした炎の龍を召喚した。それを以って第3形態とした魔王は、
「我と同じ高みに昇るか人の子よ。よかろう、その思い上がり叩き潰してくれる!」
そう叫ぶと、炎のブレスで勇者たちを蹂躙する演技を披露する。そして黒龍の右手には、アレクスがあなたに贈る白昼夢で見せた、握りつぶされそうな地球の姿があった。
こんなおぞましいことがあってはならない――しかし黒龍の強大さに、戦士花子は恐怖を感じ、思わず仲間に目を向ける。そこには、それでも諦めることを良しとしない僧侶歌音の姿があった。
翠風の光雨で輝く雨を降らせた歌音は、続いてエタニティシャインで会場を光で満たしていく。その光の演出に合わせるように、ウィリアムが輝の天龍で白き天龍としての変貌を演出した。
世界はついに、黒龍と白龍の一騎打ちに委ねられる。『éclair~雷の騎士~』のメロディをバックに、歌音、詩杏、花子が固唾を飲んで見つめる中、2匹の龍は激しく激突する。2匹とも満身創痍の状態で争い続けていたが、ついに白龍が嘆きのような咆哮を残して敗北。勝利を確信した黒龍は、右手の地球を握りつぶそうとする。
その時、白龍の中から勇者ウィリアムが現れ、最後の力を振り絞ってエンディングラッシュ繰り出し、黒龍の首を斬り落とす。勇者の魂をかけた一撃に、今度こそ魔王シャーロットは力尽き、そのまま無限のルミノシティで自身を光芒に変えたシャーロットは光になって消え去る演出で去っていく。終いにアレクスのあなたに贈る白昼夢が、眩い光の後に一面の花畑を描いてみせた。
一つの壮大な物語が幕を下ろした後、あまりにリアルで臨場感のある戦闘に会場は若干呆気にとられた様子があったものの――やがて割れんばかりの拍手が起こるのだった。
アイドルたちが送るステージの数々を、小羽根 ふゆはライブビューイング用の設備の近くでずっと見守っていた。
機材の設備事情に詳しいわけではないが、今回は裏方として自分の仕事を全うしたいと考えたようだ。
(ライブビューイング用の機材が壊れるくらいならまだいいんだけど、うっかり盛り上がりすぎて(?)島が盛大に落下しましたとか、それが怖くて失敗しました、ってわけにもいかないよね……そうなったときは島にいる私もただじゃすまないから、気にするだけ損な気もするけど)
シャレにもならないことを考えながら、ふゆは聖歌庁のスタッフと降下速度の状況を確認しあう。
そして、次々にステージでライブを披露するアイドルたちに向けてホログラムドローンを飛ばし、時には、
「もうちょっと盛り上がってもいいよ!」
と発破をかけてみせ、また時には、
「ちょっとやりすぎ!」
と声をかけてクールダウンを図るように指示を出していった。その姿はまるでADのようで、ライブが進むほどに様になっていくようだった。
さらに聖歌庁のスタッフが機材の調整や管理に専念できるように、機敏な動作で場をまとめ上げていくふゆ。
細やかな気配りを目にした秋太郎は、普段は寡黙な口を開いて、ふゆにねぎらいの言葉をかける。
予期せぬ言葉に照れ笑いを浮かべたふゆだったが、秋太郎をはじめとしたスタッフの期待に、さらに応えようとまい進するのだった。
「ステージとの情報共有や調整――つなぎは私にお任せだよ!」
「『ヒロイック・ソングス!』を、みんなで描こう♪ 終焉の島を! 無事に地球へ届けるよ!」
桐山 撫子はそう宣言すると、花子を連れ立ち舞台に向かって駆け出した。
撫子の舞台を支えるため、ウィンダム・プロミスリングも演出の準備を始める。
これからライブをする、たくさんのアイドルたちの支えになれるようにと、芽里衣 ねむみも舞台袖に控えていた。
自らの音楽を飽くなき真理の探究の旅と捉える撫子は、このライブに強い思いを抱いていた。隣に並び立つ花子を見つめ、、
「さて、木 花子ちゃん! 貴方は……確実に……頼もしくなっていると思うよ? 物事の進歩は……じっくりと……確実に進む方が……在り方じゃないかな? 今も未来も『純粋なソロアイドル』が不在なのは寂しく思ってね。うん、花子ちゃんには、可能性があると……あたしは思う」
その思いを口にする。どれほどの輝きを持っていても容易には届かない場所が、芸能界には確かに存在する。撫子はその場所に立ち続けようとする花子に期待を込め、応援を約束するのだった。
そしていよいよ、ライブが始まった。撫子の言葉に何かを悟ったのか、花子もいつも以上に熱意を込めて歌う。
「貴方の触れる指先に 心伝えて
曇り無き真実 確かな鼓動へ
今を 生きて
眠った 温もりを 覚えている?
春風の暖かさ 共に感じ
未来への希望 忘れていたね
路は切り拓くよ 贈りたい歌
Your Story My Dream」
裏でウィンダムが、撫子と花子の歌をサポートする。やがて、曲の終わりが近づいた。
「輝く翼を描いて 暗闇照らす
灯る勇気は 導く明日へ 世界を紡いでく
貴方の触れる指先に 心伝えて
曇り無き真実 確かな鼓動へ
Your Dream」
ついに曲が終わったが、撫子はその場を動こうとしない。その様子に不安を感じた花子が話かけようとした時、
「皆様、桐山 撫子は……この機会で、表舞台を降ります。あたしは……自らの筆を折る事は……まだ! できません!!」
客席に向かって撫子が叫んだ。そして聞いて驚く花子に向かって、撫子はいつか歌詞を書かせてほしいと告げる。そのまま、吹っ切れたように晴れやかな表情を浮かべ、撫子はステージを去っていった。
「うーん……花子ちゃんに歌詞を提供できる機会……祈るしかないわ。あぁ……真面目に無理は利かないのよ。多分……お疲れ様……の一言で十分よ」
遅れて舞台を降りた後、何と声をかければ良いのか戸惑う花子へこっそり伝えるウィンダム。それで花子の気持ちも落ち着いたようだった。
(撫子は……本当にお疲れさま。まだ……予定は残っているけど……筆が折れるのは……最悪の事態ね。花子ちゃん……ありがとう) 最後に撫子に別れを告げて去っていく花子を見て、ウィンダムは心からの感謝を向けた。こうしてアイドルとしての撫子はひとまずのエンディングを迎えたが、それでもまだ物語は続いていく。この先もずっと撫子に寄り添えたらと、ウィンダムは祈っていた。
早々に大きな出来事があったが、アイドルたちのライブはまだ始まったばかり。
次にステージに向かったのは、レイ・トレード。
「終焉の島を地球に届ケル。もちろん、それが自分らの一番の目的ってのは分かってるヨ~」
神妙な表情で握った拳を見つめ、自身に語りかけるように言葉を発すると、
「しかし、悪と対峙デスか……。これはまさに、オレのための大舞台デスね!」
次の瞬間には表情を一変させ、『シンク・ザ・Sinセカイ』の曲を受けながら昂った気持ちをパフォーマンスに込め始めた。まるで二つの心があるかのように、レイの表情はくるくる変化する。そんなレイの目指すアイドル像は、『悪を律し、今を生きる者たちへの戒めとする、獄卒のようなアイドル』。ともすれば奇抜さばかりが先行しそうな目標だが、今回のライブのイメージとの親和性は高いのかもしれない。
「まずは悪への怒り、ぶつけるネ~!」
言うや否や、ステージに出現させたオルトゴーストへ猛追をかけると、続けて発動したのは岩戸隠しのサプライズ。レイから放たれる強烈な殺気が、悪しき魂に見立てたオルトゴーストに破壊をもたらそうとする姿が、観客に根源的な恐怖を想起させる。
瞬く間に観客の視線を釘付けにしたレイだが、その表情がふっと和らぐ。
「さて、お次は――怖がらせちゃった方、ゴメンナサイ。甘~いドルチェをドウゾ!」
ドルチェのように甘い声色でささやくと、再びオルトゴーストを出現させる。そしてまたもゴーストに向かって進み出るが、今度は破壊せずにすり抜けていくような動きをする。レイの様子を不思議そうに見つめていた観客たちだったが、あるものを見て歓声を上げ始める。
それは甘い誘惑で現れたお菓子の数々。ゴーストの周りに散りばめられたお菓子の一つを手に取りながら、レイは観客に微笑んだ。
「償いとは、死すことに非ずデス。罪を背負い続けて、生き続けるコトこそが、罰なんデス。……そのためにも、美味しいものを食べまショウ! ……まぁ、幻デスけど」
レイの生み出したお菓子も、このひと時も甘い幻に過ぎない。与えられた夢から醒めた時、それぞれがどんな思いでその先を生きるのか。レイのライブは、ともすればとても残酷なのだということを、今はレイだけが知っている。
「こんな自分を、悪と見る人もいるでショウ。まぁ、仕方ないデスね。……でも、悪を以て悪を制すってのも、アリかもネ~。裁く覚悟も、裁かれる覚悟も、自分はいつでもできてるヨ」
去り際に呟かれたその言葉は、果たして誰に向けられたものか。その答えを知る者はいない。
(世界を食べるゲートは怖いけどひとまず置いといて……ライブで島を地球に降ろす……相変わらず凄いわね……)
舞台に立ち、アポロンズフィールドでライブの下準備を終えたクロティア・ライハは、呆れとも感心ともつかぬ思いを抱いていた。
『そんなことより、早く僕と踊ってよ! 僕はずっともどかしい思いしてたんだからね』
すると、まるでクロティアの心を読み取ったかのような声が空間を震わす。側で待機しているナレッジ・ディアを見つめるも、今の声は自分ではないというように首を振っている。
それは天使と悪魔の協奏曲によって出現させた、クロティアに似た姿が発した言葉だった。その姿にプライと名付けたのはクロティア自身だが、発動のために事前に用意しておいた台詞とは言え、まるで本当に心を通わせたかのような反応した相手に目を丸くしてみせる。同時にそれを微笑ましい気持ちで受け入れると、ライブの開始を宣言する。クロティアの声に反応し、プライも元気な返事をした。
『オッケークロティア、ナレッジ、僕の力、魅せてあげる!』
二人に対しナレッジも首肯を返すと、
(ゲートですか……ナレッジのセンサーではうまく解析できませんが……なんだか戦いばかりなデータが出てきますね……安定させて、開いてもいいのでしょうか……?)
最終的には専門家に任せるという結論を出しつつも、やはり一抹の不安を抱えながら、ハルモニアチューニングで周囲の芸器に最適化を施していく。だが、その不安は異世界用ゲーム機から流れ始めた音楽を聴きとった瞬間から吹き飛んでしまったらしい。
ラインリズムを巧みに動かしながら、ナレッジは可愛らしく踊り始めた。
『ゲームの曲は二面性がある曲ね、サビで魅惑な闇的な感じが強調されてる感じの曲だね』
プライは曲の雰囲気を掴んだのか、そう言ってクロティアに笑いかける。プライの笑顔を向けられたクロティアも、ライブが始まってからずっと楽しそうに笑っていた。
その二人に微笑ましさを感じていたナレッジだったが、島の降下速度のことを思い出したのか、スムースバラディアを使って観客のリラックスを促していく。
『前半の最初は僕が後ろで歌って、クロティア、ナレッジが明るく前で踊って、次は僕とナレッジでスタイリッシュに踊って、クロティアが歌う感じ』
ナレッジのサポートを全面的に信頼しているような素振りで踊り続けるプライは、曲の流れに沿ってフォーメーションを自在に変えていく。そして曲は、満を持してサビに差し掛かる。
「サビでは私とプライが踊る感じだね、ナレッジはバックでサポートをお願い」
その直前にすかさず指示を出したクロティアは、自身でもタッチ&フィーバーを使ってサビの盛り上がりを後押ししていく。指示を受けたナレッジは後方に下がり、ラインリズムとレーザーリズムの操作に専念し始めた。
『サビは魅惑な闇か……クロティアは苦手そうだから僕がしっかり演出しないとね』
クロティアとナレッジのコンビネーションの合間に、曲の分析をするような動きをするプライに対し、
「そういえば私闇属性のアピール殆ど持ってないや……」
思わずそんな呟きを返すクロティア。その声を聞いていたかのように、
『うーん、島の速度がそこまでなら僕がセクシーに踊ればいいだけだけど……やばそうなら僕とクロティアの衣装をはだけさせて一緒に踊ろうか、絡み合うように踊れば、背徳的な感じにがかなり闇っぽいかな?』
プライはクロティアの衣装にちょっかいを仕掛けるのだった。
「なんで衣装乱すの!? うう、でも落下速度コントロールのために頑張って踊るよ……」
男性客からの歓声が大きくなった気がするが、気のせいだと自分をごまかし、最後まで踊り切ったクロティア。
「これで島がなんとかなるといいけど……」
恥ずかしそうに呟くと素早く衣装を直し、あっという間に袖に引っ込んでいった。
アイドルたちのライブは、さらに盛り上がっていく。
キング・デイヴィソンは、それを観客に交じって見つめていた。
体調がすぐれず、手伝えるような状態になかったキングは、それでも終焉の島の未来と仲間たちの活躍を見届けたかったようだ。キングをそこまで動かした動機は、自身もまたアイドルの一人という気持ちに由来するものかはわからない。
恐らく誰が聞いたとしても、サボっているわけではないと苦笑を交えつつ、
「芸能界の島が地球に降り立った歴史的瞬間を観測しているだけさ」
と、はぐらかそうとするのだろう。手ごろな場所に腰を落ち着けたキングは、心地よい陽気を身に浴びながら、会場をさらに盛り上げていくアイドルたちを眺めていた。
(でも、皆本当にお疲れ様)
(どんどん世界を食べていくようなものをライブで直接動かすって緊張感すごいけど、頑張ろう)
非常に素直な感想を心の内に呟いていたのは、橘 樹。アイドルと言えども一人の人間、至極まっとうな意見である。
しかし、それだけで終われないのがアイドルの宿命。この一大事に立ち向かうため、自分にできるパフォーマンスを考え抜いて、結論をはじき出すのだった。
(悪に対峙する正統派のライブは僕には難しそうだし、色んなアプローチがあった方がいいみたいだから、少し変則的な内容を考えてみようかな)
樹はステージに上がると、はじめに琥珀の記憶からエレメントを召喚する。エレメントの歌声が響き渡り、その声は観客を次々と魅了していく――と思いきや。
「さわりっていうのは話の要点、歌で言うサビだ。Aメロのことじゃないぞ!」
突然の説教じみた歌詞に、観客がどよめく。どういうことかと樹を見つめる観客が増え始めるが、樹は全く意に介さないような態度でファイル「X」で電気に干渉すると、エレメントが歌っていた歌詞に関する詳細な解説を画像で上げていく。
「ちょっと何よこれ、バグってんの? 全然ライブが見れないんだけど――」
「ライブが見れる? 『見られる』だ。大事な『ら』を忘れるな!」
想定外のパフォーマンスを見せつけられた観客が上げた声に、うっかりエレメントの歌声が鋭い指摘をする。意図していない出来事に、思わず樹はクスリとした。
そう、これは間違いなく樹のパフォーマンスである。悪に対峙するためのライブとして、辿り着いたテーマは『日本語のありがちな間違いを指摘する歌』。
(言葉は生き物って言うし、誤用と変化の線引きも難しいし、かなり意見が割れるテーマだと思うんだよね)
テーマもさることながら、アイドルの歌や踊りなどのパフォーマンスを期待していた観客側としては、色々と意見の分かれる演目だろう。だが、そうすることで終焉の島の降下速度に変化を与えられるのでは――そう考えてのライブだった。
「許せない乱れはまだまだあるが、多すぎるから割愛……割愛っていうのは惜しみながら省略することだ、不要なものをばっさり切り捨てるって意味じゃないからな!」
エレメントの歌声が最後の指摘をしたところで、樹が観客に向き直る。そして、ステージを見上げる一人一人を見つめるようにしながら、このテーマを選んだ意味を伝えて締めくくった。
「『間違い』を『悪』と捉えるかどうかは別にして、言葉についての『元々はこうだったけど、今はこう使われることもある』みたいな話って純粋に面白いと思うんだよね。ゲートを何とかするためのライブではあるけど、見てる人にも色々考えて楽しんでほしいな」
さざ波のようなざわめきが、会場を満たしている。
無数の瞳が空のステージを見つめる中、天地 和は駆け出していた。
その姿を認め、観客たちが注目しようとした瞬間、ステージの照明が一斉に消える。その暗がりに目が慣れてきたころ、ステージには崩れた麻雀牌の山が積み上げられており、傾奇麻雀仁句を着こなした和が、山の中から牌を一つ拾い上げた。
(わたしが麻雀アイドルとして活動する上で、いちばん気にしてたのが『どうやって麻雀のアングラなイメージを乗り越えるか』だったんだよね)
和の内心が反映したか、手の中の牌を見つめるその姿は、さながら義理人情を忘れた博徒を憎む女親分のよう。
(でも、イカサマ上等のダークな駆け引きが麻雀の醍醐味! って人ももちろんいるわけで、それに対するわたしの答えが――『イカサマの技術でも魅せるライブ』!)
自身の気持ちにつき動かされるようにして朧芸者の符を掲げ、和はステージ上に悪の博徒に扮した幻の舞芸者を呼び出す。それを皮切りに始まったライブで、音ゲーコンボの手早さの要領で牌の山を積みなおした和は、博徒たちにマージャン勝負を挑みかけるようにポーズを決める。博徒たちはその勝負を受けて立ち、ステージ上で熱いバトルが始まった。
初めこそ順調に打っていた和だが、博徒たちのイカサマで徐々に旗色を悪くする。それを視覚的にアピールするように、カエルムへの帰還でその身が吹き飛ばされたような演出を加えていく。観客の多くは麻雀のルールに詳しくないため、その世界観はわかりづらい。また、アクア麻雀牌がステージ上の朧芸者の動きに合せ牌を動かしているということも、ステージの様子を見ればすぐに思いつくことだ。和のテーマはかなり独特で、演出方法も初めて見るようなものではない――にも関わらず、吹き飛ばされてなお、勝負を降りずに舞い戻ってきた和へ大いに感情移入した観客は、大きな声援で出迎えるのだった。
勝負はいよいよ大詰めになり、パーティートラップが卓上の牌を一気に吹き飛ばす。これで勝負はチャラになってしまった――誰もがそう思っている中、和は卓に残された希望を集めて並べ、高らかな勝利宣言を行うのだった。
「国士無双……役満!」
数の栄誉を称えるように、フロラリア・イマーゴの花びらが舞い散った。
「『悪に対峙するイメージ』のライブで、終焉の島を下に降ろすことができるけど、あんまり早く急降下しすぎると機材が壊れちゃう……でいいんだよね?」
【リトルフルール】の虹村 歌音は舞台袖で仲間と状況を確認しあう。そして急に閃いたかのように目を輝かせると、仲間に向けて提案をした。
「それなら、『正義と悪の一大決戦』で長く白熱したバトルを繰り広げるヒーローライブを繰り広げちゃおう! 力がうまいこと拮抗すれば、島をゆっくりと降ろすことができるはず!」
歌音の案に、ウィリアム・ヘルツハフトもうなずきを示す。
「求められるのは『正義』と『悪』が拮抗するようなライブ。今回の『ヒーローライブ』はまさにうってつけと言えるだろう」
そこにシャーロット・フルールも、元気良く応じてみせる。
「ほうほう、悪に対峙する正義? のイメージで落下するんだね。でも、一気に落ちすぎも困ると……よし分かった! それならボクがブレーキになるんだよ☆ 落下するイメージの逆、正義に対峙する悪。魔王ちゃんを演じるって訳だね♪」
「なるほどです、悪と正義なんですね……ってシャロちゃん!? 僕は正義側なのですか!!?」
ライブのテーマを聞き、普段の自分のイメージを思い返した奏梅 詩杏は、間違いなく自身も悪の側だと思っていたが、シャーロットの言葉に素っ頓狂な声を出す。
「くっ……本来は闇の魔導師なので少々……いえ、とてもとても腑に落ちないのですけど……与えられた役割はきっちりこなすのですよ!」
それでも、結局は仲間の流れに追従してみせた。
そして一連の流れを黙って聞いていたアレクス・エメロードは、魔王シャーロットの従者という配役に当然の流れというような反応を見せ、大人しく従うのだった。
「ま、魔界だろうが地獄だろうがマスターが行くとこなら着いてくけどな」
また、正義側のパーティとして花子も召喚された。こうしてウィリアムを勇者に据え、歌音が僧侶、詩杏が魔法使い、花子が戦士という配役で決定したのだった。
配役が全て決まった【リトルフルール】のヒーローライブは、3段構成。アレクスが誰ガ為ノ墓標で展開した墓標を、さながら古城のように見立てた光景の中、勇者ウィリアムと魔王シャーロットによるバトルで幕が開き、ステージはいきなりラストバトルさながらの盛り上がりを見せていた。
「くっくっく、ここまで来たか勇者ウィリアムよ。だが、その快進撃もここまでだっ♪」
どことなく気の抜けるような声と裏腹に、陽気・陽怪変化と魔王少女の巻物で、ドロンとその姿を愛らしくも手強そうな魔王に変じたシャーロット。嵐渦のオーディンも発動し、圧倒的な存在感を勇者たちに示す。
「こいよ勇者ども。魔王様とその右腕が相手してやらぁ。この城がてめぇらの墓場だ!」
魔王の従者アレクスも吼え、オディールの呪いで生やした禍々しい翼で羽ばたきながら勇者たちを牽制する。続けてヒュドラーの鎖で会場を覆い、観客の不安と興奮を増幅させながら、君の側にいる誰かを発動し、その影で魔王を援護していく。
対するウィリアムも、スペクタクル・バトルショウや剣戟の声で迫真の演技を見せ、覇王の境地で向上したシャーロットの攻撃へ果敢に反撃していく。
だが、次第にウィリアムは圧され始める。そんな勇者を援護するように、僧侶歌音が陽だまりのサンギータで癒しを施し、戦士花子が勇者を鼓舞するように立ち回る。
さらにエクストラチェンジで星のエフェクトに囲まれ登場した魔法使い詩杏が、ブルーステラ・クロスを振り上げ魔王に挑んでいく。やがて詩杏が放ったドビュッシーの五線譜が魔王に隙を生じさせ、そこをすかさずウィリアムのヒートインパクトで襲いかかり、魔王はついに敗れた――かのように思われた。
「しかし、それはさらなる絶望の序章でしかなかった」
まるでモノローグのような語り口で、シャーロットは不敵に笑う。その側には、影をかき消され鎖を砕かれながらも、懸命に魔王の側に控えようとするアレクス。
「魔王様、俺の魂をお使いください」
振り絞るように出された声にうなずいた魔王シャーロットは、従者アレクスとDF.エコーオブコスモスでユニゾンし、真の姿を発揮したように演出する。併せてアレクスの無形の怪物が、会場を黒い霧で覆い尽くした。その霧が晴れた後に現れたのは、パラノイアノクターンの黒い翼をはためかせる魔王シャーロットだった。魔王の翼が舞い散った後には、万魔夜行から生まれた妖怪や、罰待つ罪から作られた怪物が出現する。
歪の華を纏い、無数に思える軍勢を従えるその姿は、まるで黒の天使。魔王シャーロットと従者アレクスは、オディールの呪いで再び空を蹂躙し、勇者たちを待ち受ける。
だが、ここで諦めるようでは正義の名折れ。魔法使い詩杏がブルーステラ・クロスからエンディングラッシュを繰り出し、魔王の軍勢を減らしていく。戦士花子もそれに続き、勇者ウィリアムの援護をする。そこへ突如、ウィンターファンファーレが響き渡る。その音色で周囲の気を引いた詩杏は、エタニティシャインの光で一気に闇を打ち払うのだった。
「これぞ、《光の守り人》の本領です!」
当初は渋っていたとは思えないほどのノリの良さで、魔法使い詩杏はその力を発揮する。
同時に、クライマックスモードを発動した僧侶歌音も力を開放する。ヴェイン・オブ・ルーラーを発動した歌音は、白き翼で魔王の翼に対抗する。その光景は、黒の天使と白の天使の一大決戦。魔王シャーロットは何とか打ち破ろうとするも、援護する詩杏と花子にも抑え込まれ、とうとう闇を塗り替えられてしまった。
そして魔王シャーロットと従者アレクスが地に墜ちた時、勇者ウィリアムのジャスティス・バーストがその身に放たれた。
勇者の攻撃で、地面に膝をつく魔王と従者。
「だが、真の戦いはこれからだ」
それでも、魔王は笑っていた。輝の天龍を発動したシャーロットは、その身を依り代にした炎の龍を召喚した。それを以って第3形態とした魔王は、
「我と同じ高みに昇るか人の子よ。よかろう、その思い上がり叩き潰してくれる!」
そう叫ぶと、炎のブレスで勇者たちを蹂躙する演技を披露する。そして黒龍の右手には、アレクスがあなたに贈る白昼夢で見せた、握りつぶされそうな地球の姿があった。
こんなおぞましいことがあってはならない――しかし黒龍の強大さに、戦士花子は恐怖を感じ、思わず仲間に目を向ける。そこには、それでも諦めることを良しとしない僧侶歌音の姿があった。
翠風の光雨で輝く雨を降らせた歌音は、続いてエタニティシャインで会場を光で満たしていく。その光の演出に合わせるように、ウィリアムが輝の天龍で白き天龍としての変貌を演出した。
世界はついに、黒龍と白龍の一騎打ちに委ねられる。『éclair~雷の騎士~』のメロディをバックに、歌音、詩杏、花子が固唾を飲んで見つめる中、2匹の龍は激しく激突する。2匹とも満身創痍の状態で争い続けていたが、ついに白龍が嘆きのような咆哮を残して敗北。勝利を確信した黒龍は、右手の地球を握りつぶそうとする。
その時、白龍の中から勇者ウィリアムが現れ、最後の力を振り絞ってエンディングラッシュ繰り出し、黒龍の首を斬り落とす。勇者の魂をかけた一撃に、今度こそ魔王シャーロットは力尽き、そのまま無限のルミノシティで自身を光芒に変えたシャーロットは光になって消え去る演出で去っていく。終いにアレクスのあなたに贈る白昼夢が、眩い光の後に一面の花畑を描いてみせた。
一つの壮大な物語が幕を下ろした後、あまりにリアルで臨場感のある戦闘に会場は若干呆気にとられた様子があったものの――やがて割れんばかりの拍手が起こるのだった。
アイドルたちが送るステージの数々を、小羽根 ふゆはライブビューイング用の設備の近くでずっと見守っていた。
機材の設備事情に詳しいわけではないが、今回は裏方として自分の仕事を全うしたいと考えたようだ。
(ライブビューイング用の機材が壊れるくらいならまだいいんだけど、うっかり盛り上がりすぎて(?)島が盛大に落下しましたとか、それが怖くて失敗しました、ってわけにもいかないよね……そうなったときは島にいる私もただじゃすまないから、気にするだけ損な気もするけど)
シャレにもならないことを考えながら、ふゆは聖歌庁のスタッフと降下速度の状況を確認しあう。
そして、次々にステージでライブを披露するアイドルたちに向けてホログラムドローンを飛ばし、時には、
「もうちょっと盛り上がってもいいよ!」
と発破をかけてみせ、また時には、
「ちょっとやりすぎ!」
と声をかけてクールダウンを図るように指示を出していった。その姿はまるでADのようで、ライブが進むほどに様になっていくようだった。
さらに聖歌庁のスタッフが機材の調整や管理に専念できるように、機敏な動作で場をまとめ上げていくふゆ。
細やかな気配りを目にした秋太郎は、普段は寡黙な口を開いて、ふゆにねぎらいの言葉をかける。
予期せぬ言葉に照れ笑いを浮かべたふゆだったが、秋太郎をはじめとしたスタッフの期待に、さらに応えようとまい進するのだった。
「ステージとの情報共有や調整――つなぎは私にお任せだよ!」