ラスト・メドレー! ~華乱葦原/クロスハーモニクス~
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華乱葦原・2
(あたしの「音楽」は、飽くなき真理の探求の旅……)
桐山 撫子は改めて、アイドルとしての自分と向き合っていた。
(今は華乱葦原の大団円を目指そう。ファンの皆様に盛り上がって頂ける様に務めるんだ♪)
舞台袖ではウィンダム・プロミスリングが見守っていた。撫子をサポートするため、今回のライブは黒子に徹している。
「アイド……舞芸者の皆様は、この時を迎えるために頑張って来られたのよね。なら、お花見のお祭りで……祝福しないとね♪」
ふぇすた座の皆が奏でた音楽の残響が、ほどよく花見客に染み渡ったところで、ウィンダムは撫子に合図を送る。
「皆様、こんにちは! あたしは撫子☆ 桐山撫子だよ♪」
撫子が元気よく舞台に上がった。
ここ華乱葦原にも、ロックにポップスと、地球の様々な音楽ジャンルが広まってきた。
(でもね……。まだ、この世界に馴染む音楽があると思うよ!)
撫子がマイクを手に取った。歌うのは、演歌である。
演歌は以前にもお披露目したものの、その時はまだ騒乱の真っ最中であったため、歌を楽しんでいられる余裕はあまりなかった。
でも、今なら。
「焦がれるようなこの想い、葦原の自然に重ねれば、咲き乱れるは愛の華。それでは歌っていただきましょう。曲は、華・陽射し」
ウィンダムが前口上で盛り上げると、撫子はマイクに歌声を乗せた。
遥か見晴らす 蒼天の空
貴方を想う 見つめる瞳
心の鏡 素顔に映る 誠
大和曙 古の神
記憶を馳せて 贈る言霊
絆を紡ぐ 幻想の虹 架ける
旅立つ故郷 振り向けば ほら
可憐な桜 揺らめく
逢いたい あの人
魅せる 華やぐ 祭囃子に
憶えていたいから
愛唄う この身焦し
瞬き 輝き
微笑み 咲かせるなら
夢を舞う 輪廻描き
燃ゆる命火
光よ 華・陽射し
優しくも、コブシの効いた撫子の歌声に、花見客はすっかり聞き入っていた。目を閉じて、歌詞から浮かんでくる情景を想像している。
そんなオーディエンスの様子を、撫子は満足そうに見つめると、そっとマイクを置いた。
花見客が曲の余韻に浸る中。
橘 樹と宇津塚 夢佳が舞台袖でそっと囁き合う。
「盛り上がるのもいいけど、しんみりするのも桜には似合うよね」
「“楽しませる”と一口に申しましても様々ですから。わたくしなりの魅せ方で楽しませてみせましょう」
「うん。僕たちらしい舞芸をしよう」
樹がそう応えると、ステージへ上がった。
宛てもなく辺りを見回しながら、ゆっくりと横切っていく。ふらっと桜を見にやってきた男を演じているのだ。
ふいに、樹の足が一本の桜の木の前で止まる。
「なんだろう……。この木、他のと変わらないはずなのに、なぜか気になるな」
引き寄せられるように近づいて、樹はその幹に手を添えた。
そこへ、夢佳がゆらりゆらりとした足取りで近づいてくる。妖の色目でこの世のものとは思えない雰囲気を醸し出しながら。
驚く樹をよそに、うつむく夢佳の様子は寂しそうである。
「……あの、どうかしたのかな?」
樹が気づかうように話しかけた。
「桜、綺麗だよ。地面ばかり見てるのはもったいないんじゃないかな」
しかし夢佳は浮かない顔のままだ。樹はちょっと強引に彼の手を取ると、ステージ中央まで連れて行く。
「何があったのか知らないけど、ぱーっと踊ったら気分も晴れるよ。ほら、一緒に!」
春嵐の酔扇子でひらひらと春風を送りつつ、大桜の舞を踊る。酔扇子に煽られた萌ゆる若草も、小さな桜に化けて花弁を散らした。
夢佳もそっと《式神》万折蝶で、折り紙の蝶を浮遊させ、輝く粉を降り注ぐ。華やかに舞う花弁のなかを、二人は優雅に翻る。
微睡みのような刻が過ぎた。
しばらくしてから、夢佳が言った。
「ありがとうございます。一緒に踊って頂いたおかげか、気持ちが晴れやかです。たぶん、これが、成仏するということなのでしょうね」
「えっ……それってどういう……?」
樹の質問にすぐには応えず、夢佳は静かに瞼を閉じてから、やがて訥々と語りだした。
「……わたくしはこの桜の下で、友人と待ち合わせていたのです。しかし、いつまで経っても姿を見せないので、待ち続けて待ちくたびれて……気がつけば幽体になっていました」
夢佳は瞼を開き、樹を見据える。
「差し出がましいとは思いますが、お頼みしたいことがございます。わたくしの身体は今も土の中におります。死んだときの姿のままで……。それを掘り出して祈ってほしいのです」
そう告げると、夢佳は幻から醒めるようにステージから去っていった。
樹は桜の木の根に跪いた。胸に手を当てて、夢佳の未練を感じ入りながら呟く。
「魂が現世を彷徨うだけでなく、体さえも土に還らずにいるなんて。でも、こうして人に触れたことで、孤独は和らいだはずだ」
恐る恐る地面を掘るような動作に入ったところで、カットライト。一瞬の暗闇のうちに場面転換すると、先ほどの衣装から着替えた夢佳が、舞台に横たわっていた。
その姿は、全身に薄い土を纏ってなお、酔うほどに美しかった。
樹は亡骸の前で手を合わせ、静かに祈った。ほんの微かに、夢佳の頬がほころんだ気がした。
再び、ステージが暗転する。
夢佳は退場し、ひとり残った樹が舞台に立つ。
「さよなら。どうか安らかに。……たった一時でも、君は僕の友人だったよ」
沁み入るように呟くと、樹も舞台からゆっくりと去った。
幻想的な舞芸によって、咲き誇る桜がよりいっそう映えて見えた。観客たちも酒を酌み交わすペースが上がる。
そんななか、舞台袖で次の番を待つ合歓季 風華が真蛇に声を掛けた。
「こんにちは。もぶ夜刀5号・合歓季 風華です。今日この桜の下でこそ、伝えられる事があるかと思い……。真蛇さん、共に舞台に上がりませんか?」
「舞台か。まあ、やぶさかではないがね」
花見の用意から解放された真蛇が応えた。それを聞いた藍屋 あみかと行坂 貫がお面を貸してもらうよう頼むと、真蛇はいくぶん躊躇いつつも、般若面をそれぞれ手渡した。
般若面を受け取りながら、いまだ煮え切らない態度の真蛇に、貫が言った。
「お前は臆病じゃないんだから、一緒にライブくらい出来るよな? ――それにこのライブはお前じゃないと駄目なんだ、頼む」
その言葉には若干の意趣返しが含まれている。苦笑する真蛇に、貫はライブの段取りを伝えていった。
説明が一段落つくと、
「あ、あの……お二人からは大事なお話があるんです!」
思い切ってあみかが切り出す。風華に目配せすると、彼女は意を決したように小さく頷き、真蛇を正面から見据えた。
「浅学非才の身であることは承知の上で。どうか門下に加えていただければと……」
しかし時間は迫っていた。すでに彼女たちの出番は始まっている。
「お返事はこの舞台を成せたらまた」
風華はそう言って振り返ると、ステージに上った。
敢えてひとり素顔のまま舞台に立った風華は、御遣いの夢絵筆を両手に握ると、宙に夜刀の文字を描いた。
観客からはざわめきが起きた。夜刀――かつて穢ノ神の復活を画策し、葦原を混乱に陥れた仮面の陰陽師集団。決して表立って活動していたわけではないが、彼らの名を知る者たちから、徐々に波紋が広がっていく。
般若面をつけたあみかも舞台に立つと、アイスフィールドによる氷の粒を撒いた。あくまでも桜を引き立てるよう、控えめに。
雪に桜。ふたつの季節が重なり合うステージに、貫が飛燕単衣紙を細雪にして添える。
「我らが夜刀の理想。舞芸にて表して魅せようと思います。とくとお楽しみください」
貫の口上に、客席は静まり返った。これまでにない緊張感が走る。
つづけざま貫は幻月夜の御神渡りで、舞台を月夜に変えた。ステージに張られた水面に月が反射する。
淡い月光の中、あみかが月神楽の奉杖を振った。月と星の金属飾りがきらめくと、神秘的で、穏やかで、どこか懐かしさも感じさせる音色が響いた。
(夜刀として生き、内心で共感を覚えてた人たち……。今、どのようにお過ごしでしょうか)
あみかは奉歌高唱を心の限り歌う。神に捧げる歌声が光の粒になる。
(たとえ間違ったやり方をしてしまったとしても、信じたものを押し殺して生きていくのはとても辛いはずです。……私は真蛇さんとも知り合うことができ、今いっしょの皆さんと歩いてこれたことを誇りに思います。だから、舞台を通じて、蔑ろにされる人を減らせるように……!)
自然の美しさを感じさせるように、歌を囃子雪月花に乗せた。心の原風景を呼び起こすようなリズムに、いつしか観客たちも警戒を解き、耳を澄ませている。
すると、風華が陽気・陽怪変化を発動した。想いを込めて、自ら般若面を幻出させる。
夜刀としての姿に変身した風華は、再び炎の絵筆を構えると、桜の花弁を描き舞う。
「コレならお前も知ってるよな」
貫も花の舞を披露しながら、真蛇に言った。
「夜刀があの戦いでアイドルを応援するために生まれた舞だ。こうして俺たちで踊るなんて、洒落てるだろ?」
「……今では夜刀も、この桜のように散り散りになってしまったがな」
少しセンチメンタルに呟く真蛇。そんな彼の手を引くと、貫はステージの中央に躍り出た。
ここまできたら真蛇も覚悟を決めたようだ。二人の陰陽師は連携しながら舞い、桜の花びらで舞台を彩る。
真蛇と動きを合わせながら、貫は術を行使して七色巨人乱レ紙を撒いた。
雪と月と花――そこに虹が架かる。折り重なる自然の美しさ。それは夜刀の理想たる『原初の葦原』に通じるものがあった。
あみかの歌声と相まって、七色の光はさらに輝く。まるで、夜と、安息と、人と神とをつなぐ架け橋のように。
観客たちは夜刀のライブに見入っていた。心の奥底から湧き上がる、不思議な感覚に身を震わせた。
やがて月夜が明ける。一泊を置いて、風華が告げた。
「私どもは夜刀。この葦原の原初へ歩む者」
言い終えるタイミングで、貫と真蛇が悪華鳳凰を放つ。飛び回る灼熱の鳥にそれぞれ乗り、彼らは鮮やかにステージを降りた。
去り際に、貫が灼熱の鳥を翻し、巻き起こした風で紙吹雪を飛ばす。雪と虹の輝きは弾け、見ていた者の心のなかだけに残った。
舞台では桜だけがいつまでも散り続けていた。
「真蛇さん。この度の舞台、如何でしたか? そして、その……」
弟子入りの可否を問うため、舞台袖で風華が詰め寄った。真蛇は少し気まずそうに視線を外した。
無言で向かい合う二人の間に入り、貫が言葉を継ぐ。
「夜刀のやり方はたしかに拙かったかもしれない。だが、そこに至った思いは間違ってないと俺は思うから。夜刀であることを誇れるような葦原にしたいんだ。……いっそ夜刀座とか立ち上げたら面白いんだがな」
「夜刀はすでに各地へ散り、私の指揮のもとで諜報活動を行っている有り様だ。あまり目立つわけにはいかんのだよ」
真蛇はそう応えてから、言葉を継いだ。
「……だが、名乗りたければ勝手に名乗るがいい。弟子入りも勝手にしたまえ」
それだけ告げると、真蛇は踵を返して歩きはじめた。
去っていく彼の背中に向けて、貫が言った。
「なら好きに名乗らせてもらうぞ。俺たちは夜刀だ。お前がしてきたことを、肯定してやる」
(あたしの「音楽」は、飽くなき真理の探求の旅……)
桐山 撫子は改めて、アイドルとしての自分と向き合っていた。
(今は華乱葦原の大団円を目指そう。ファンの皆様に盛り上がって頂ける様に務めるんだ♪)
舞台袖ではウィンダム・プロミスリングが見守っていた。撫子をサポートするため、今回のライブは黒子に徹している。
「アイド……舞芸者の皆様は、この時を迎えるために頑張って来られたのよね。なら、お花見のお祭りで……祝福しないとね♪」
ふぇすた座の皆が奏でた音楽の残響が、ほどよく花見客に染み渡ったところで、ウィンダムは撫子に合図を送る。
「皆様、こんにちは! あたしは撫子☆ 桐山撫子だよ♪」
撫子が元気よく舞台に上がった。
ここ華乱葦原にも、ロックにポップスと、地球の様々な音楽ジャンルが広まってきた。
(でもね……。まだ、この世界に馴染む音楽があると思うよ!)
撫子がマイクを手に取った。歌うのは、演歌である。
演歌は以前にもお披露目したものの、その時はまだ騒乱の真っ最中であったため、歌を楽しんでいられる余裕はあまりなかった。
でも、今なら。
「焦がれるようなこの想い、葦原の自然に重ねれば、咲き乱れるは愛の華。それでは歌っていただきましょう。曲は、華・陽射し」
ウィンダムが前口上で盛り上げると、撫子はマイクに歌声を乗せた。
遥か見晴らす 蒼天の空
貴方を想う 見つめる瞳
心の鏡 素顔に映る 誠
大和曙 古の神
記憶を馳せて 贈る言霊
絆を紡ぐ 幻想の虹 架ける
旅立つ故郷 振り向けば ほら
可憐な桜 揺らめく
逢いたい あの人
魅せる 華やぐ 祭囃子に
憶えていたいから
愛唄う この身焦し
瞬き 輝き
微笑み 咲かせるなら
夢を舞う 輪廻描き
燃ゆる命火
光よ 華・陽射し
優しくも、コブシの効いた撫子の歌声に、花見客はすっかり聞き入っていた。目を閉じて、歌詞から浮かんでくる情景を想像している。
そんなオーディエンスの様子を、撫子は満足そうに見つめると、そっとマイクを置いた。
花見客が曲の余韻に浸る中。
橘 樹と宇津塚 夢佳が舞台袖でそっと囁き合う。
「盛り上がるのもいいけど、しんみりするのも桜には似合うよね」
「“楽しませる”と一口に申しましても様々ですから。わたくしなりの魅せ方で楽しませてみせましょう」
「うん。僕たちらしい舞芸をしよう」
樹がそう応えると、ステージへ上がった。
宛てもなく辺りを見回しながら、ゆっくりと横切っていく。ふらっと桜を見にやってきた男を演じているのだ。
ふいに、樹の足が一本の桜の木の前で止まる。
「なんだろう……。この木、他のと変わらないはずなのに、なぜか気になるな」
引き寄せられるように近づいて、樹はその幹に手を添えた。
そこへ、夢佳がゆらりゆらりとした足取りで近づいてくる。妖の色目でこの世のものとは思えない雰囲気を醸し出しながら。
驚く樹をよそに、うつむく夢佳の様子は寂しそうである。
「……あの、どうかしたのかな?」
樹が気づかうように話しかけた。
「桜、綺麗だよ。地面ばかり見てるのはもったいないんじゃないかな」
しかし夢佳は浮かない顔のままだ。樹はちょっと強引に彼の手を取ると、ステージ中央まで連れて行く。
「何があったのか知らないけど、ぱーっと踊ったら気分も晴れるよ。ほら、一緒に!」
春嵐の酔扇子でひらひらと春風を送りつつ、大桜の舞を踊る。酔扇子に煽られた萌ゆる若草も、小さな桜に化けて花弁を散らした。
夢佳もそっと《式神》万折蝶で、折り紙の蝶を浮遊させ、輝く粉を降り注ぐ。華やかに舞う花弁のなかを、二人は優雅に翻る。
微睡みのような刻が過ぎた。
しばらくしてから、夢佳が言った。
「ありがとうございます。一緒に踊って頂いたおかげか、気持ちが晴れやかです。たぶん、これが、成仏するということなのでしょうね」
「えっ……それってどういう……?」
樹の質問にすぐには応えず、夢佳は静かに瞼を閉じてから、やがて訥々と語りだした。
「……わたくしはこの桜の下で、友人と待ち合わせていたのです。しかし、いつまで経っても姿を見せないので、待ち続けて待ちくたびれて……気がつけば幽体になっていました」
夢佳は瞼を開き、樹を見据える。
「差し出がましいとは思いますが、お頼みしたいことがございます。わたくしの身体は今も土の中におります。死んだときの姿のままで……。それを掘り出して祈ってほしいのです」
そう告げると、夢佳は幻から醒めるようにステージから去っていった。
樹は桜の木の根に跪いた。胸に手を当てて、夢佳の未練を感じ入りながら呟く。
「魂が現世を彷徨うだけでなく、体さえも土に還らずにいるなんて。でも、こうして人に触れたことで、孤独は和らいだはずだ」
恐る恐る地面を掘るような動作に入ったところで、カットライト。一瞬の暗闇のうちに場面転換すると、先ほどの衣装から着替えた夢佳が、舞台に横たわっていた。
その姿は、全身に薄い土を纏ってなお、酔うほどに美しかった。
樹は亡骸の前で手を合わせ、静かに祈った。ほんの微かに、夢佳の頬がほころんだ気がした。
再び、ステージが暗転する。
夢佳は退場し、ひとり残った樹が舞台に立つ。
「さよなら。どうか安らかに。……たった一時でも、君は僕の友人だったよ」
沁み入るように呟くと、樹も舞台からゆっくりと去った。
★★★
幻想的な舞芸によって、咲き誇る桜がよりいっそう映えて見えた。観客たちも酒を酌み交わすペースが上がる。
そんななか、舞台袖で次の番を待つ合歓季 風華が真蛇に声を掛けた。
「こんにちは。もぶ夜刀5号・合歓季 風華です。今日この桜の下でこそ、伝えられる事があるかと思い……。真蛇さん、共に舞台に上がりませんか?」
「舞台か。まあ、やぶさかではないがね」
花見の用意から解放された真蛇が応えた。それを聞いた藍屋 あみかと行坂 貫がお面を貸してもらうよう頼むと、真蛇はいくぶん躊躇いつつも、般若面をそれぞれ手渡した。
般若面を受け取りながら、いまだ煮え切らない態度の真蛇に、貫が言った。
「お前は臆病じゃないんだから、一緒にライブくらい出来るよな? ――それにこのライブはお前じゃないと駄目なんだ、頼む」
その言葉には若干の意趣返しが含まれている。苦笑する真蛇に、貫はライブの段取りを伝えていった。
説明が一段落つくと、
「あ、あの……お二人からは大事なお話があるんです!」
思い切ってあみかが切り出す。風華に目配せすると、彼女は意を決したように小さく頷き、真蛇を正面から見据えた。
「浅学非才の身であることは承知の上で。どうか門下に加えていただければと……」
しかし時間は迫っていた。すでに彼女たちの出番は始まっている。
「お返事はこの舞台を成せたらまた」
風華はそう言って振り返ると、ステージに上った。
敢えてひとり素顔のまま舞台に立った風華は、御遣いの夢絵筆を両手に握ると、宙に夜刀の文字を描いた。
観客からはざわめきが起きた。夜刀――かつて穢ノ神の復活を画策し、葦原を混乱に陥れた仮面の陰陽師集団。決して表立って活動していたわけではないが、彼らの名を知る者たちから、徐々に波紋が広がっていく。
般若面をつけたあみかも舞台に立つと、アイスフィールドによる氷の粒を撒いた。あくまでも桜を引き立てるよう、控えめに。
雪に桜。ふたつの季節が重なり合うステージに、貫が飛燕単衣紙を細雪にして添える。
「我らが夜刀の理想。舞芸にて表して魅せようと思います。とくとお楽しみください」
貫の口上に、客席は静まり返った。これまでにない緊張感が走る。
つづけざま貫は幻月夜の御神渡りで、舞台を月夜に変えた。ステージに張られた水面に月が反射する。
淡い月光の中、あみかが月神楽の奉杖を振った。月と星の金属飾りがきらめくと、神秘的で、穏やかで、どこか懐かしさも感じさせる音色が響いた。
(夜刀として生き、内心で共感を覚えてた人たち……。今、どのようにお過ごしでしょうか)
あみかは奉歌高唱を心の限り歌う。神に捧げる歌声が光の粒になる。
(たとえ間違ったやり方をしてしまったとしても、信じたものを押し殺して生きていくのはとても辛いはずです。……私は真蛇さんとも知り合うことができ、今いっしょの皆さんと歩いてこれたことを誇りに思います。だから、舞台を通じて、蔑ろにされる人を減らせるように……!)
自然の美しさを感じさせるように、歌を囃子雪月花に乗せた。心の原風景を呼び起こすようなリズムに、いつしか観客たちも警戒を解き、耳を澄ませている。
すると、風華が陽気・陽怪変化を発動した。想いを込めて、自ら般若面を幻出させる。
夜刀としての姿に変身した風華は、再び炎の絵筆を構えると、桜の花弁を描き舞う。
「コレならお前も知ってるよな」
貫も花の舞を披露しながら、真蛇に言った。
「夜刀があの戦いでアイドルを応援するために生まれた舞だ。こうして俺たちで踊るなんて、洒落てるだろ?」
「……今では夜刀も、この桜のように散り散りになってしまったがな」
少しセンチメンタルに呟く真蛇。そんな彼の手を引くと、貫はステージの中央に躍り出た。
ここまできたら真蛇も覚悟を決めたようだ。二人の陰陽師は連携しながら舞い、桜の花びらで舞台を彩る。
真蛇と動きを合わせながら、貫は術を行使して七色巨人乱レ紙を撒いた。
雪と月と花――そこに虹が架かる。折り重なる自然の美しさ。それは夜刀の理想たる『原初の葦原』に通じるものがあった。
あみかの歌声と相まって、七色の光はさらに輝く。まるで、夜と、安息と、人と神とをつなぐ架け橋のように。
観客たちは夜刀のライブに見入っていた。心の奥底から湧き上がる、不思議な感覚に身を震わせた。
やがて月夜が明ける。一泊を置いて、風華が告げた。
「私どもは夜刀。この葦原の原初へ歩む者」
言い終えるタイミングで、貫と真蛇が悪華鳳凰を放つ。飛び回る灼熱の鳥にそれぞれ乗り、彼らは鮮やかにステージを降りた。
去り際に、貫が灼熱の鳥を翻し、巻き起こした風で紙吹雪を飛ばす。雪と虹の輝きは弾け、見ていた者の心のなかだけに残った。
舞台では桜だけがいつまでも散り続けていた。
「真蛇さん。この度の舞台、如何でしたか? そして、その……」
弟子入りの可否を問うため、舞台袖で風華が詰め寄った。真蛇は少し気まずそうに視線を外した。
無言で向かい合う二人の間に入り、貫が言葉を継ぐ。
「夜刀のやり方はたしかに拙かったかもしれない。だが、そこに至った思いは間違ってないと俺は思うから。夜刀であることを誇れるような葦原にしたいんだ。……いっそ夜刀座とか立ち上げたら面白いんだがな」
「夜刀はすでに各地へ散り、私の指揮のもとで諜報活動を行っている有り様だ。あまり目立つわけにはいかんのだよ」
真蛇はそう応えてから、言葉を継いだ。
「……だが、名乗りたければ勝手に名乗るがいい。弟子入りも勝手にしたまえ」
それだけ告げると、真蛇は踵を返して歩きはじめた。
去っていく彼の背中に向けて、貫が言った。
「なら好きに名乗らせてもらうぞ。俺たちは夜刀だ。お前がしてきたことを、肯定してやる」