天歌院玲花全国反省ツアー
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リアクション
■3-2.自分らしくあるために
今、まさに天歌院玲花としての原点に立ち返ろうとしている彼女は、舞台を降りてなおパフォーマンスを続けようと試みていた。
しかし、いかにモデルとして大成していたとはいえ大本としてオタクという文化を小馬鹿にしていた彼女である。ただ一人のアイドルとして、この撮影会で完璧なアピールを行なうことは難しい。
「くっ……なかなか難しいですわね。こうかしら!?」
いまいち萌えない感じの仮想体を披露する玲花であるがうまくいかない。
「萌えとは奥の深いもの、ということですわね……」
勝手の違うアピールに悪戦苦闘する彼女のもとに、
「それでは、こういうのはいかがですかてんかりんさん!」
ばばん、と一人……いや、二人の少女が降り立った。萌えの正道を行く魔法少女スタイルに身を包んだ氷華 愛唯と、撮影の補助を行おうとしている小鈴木 あえかの二人である。
愛唯は玲花に自身のものとは違う魔法少女衣装のデザインを見せた。
「これは……」
「てんかりんさんと一緒に撮影をしたくて。……魔法少女は心のかたち、一度、馬鹿にせずにやってみませんか?」
今の玲花に断る選択肢はない。何度でもなんでもトライあるべし、である。
「ええ。魔法少女ルナ・ドリームパレス! わたくしもあなたのように、輝いてみせましょう!」
愛唯のものよりも大人びた、玲花のために用意された衣装。愛唯は自分たちと玲花の間に大きな差はないとそう信じていた。想いは歪められてしまったけれど、その向き合い方は真っ直ぐであったと。だからこそ、この衣装が似合うと愛唯は確信していた。
撮影会を進めていけば、やはり彼女の予想は大枠で当たっていたのだろうと実感する。あえかもまたカメラの向こうで汗ばんだ手を握りしめた。
――そろそろ仕掛け時ですかね。
撮影会の熱も高まった頃、張り巡らせていた“ノイズ”を起動した。
「……ノイズですって!?」
広場に巻き付く不吉の鎖。今まで明るいムードで撮影が行われていたこの会場も俄然ざわつき始めた。
鎖から滲むようにして黒い影が立ち上る。それはまるで化物のような姿でもって観客と、玲花たちを威圧する。
警戒から武器を構えようとする二人。仕掛け人であるあえかに対して無警戒な玲花は、ムネーモシュネーの瞳を発動させようとするが――。
「このようなもの……愛唯とわたくしならば、あっと言う間に払ってみせますわ!」
――不発。タイミングが悪かったか、玲花は愛唯と手を合わせて歌い、このノイズを振り払った。
「……! ふぅー……でも、目的は果たせ……ましたかね?」
あえかが安堵するその先では、二人の“魔法少女”が手を打ち合わせてノイズを払えた事実を喜んでいる。かつてのトラウマを払うことはできなかったが、それでも二人の笑みには代えがたいものだった。
魔法少女のコスプレという経験を経て、玲花はまた一段と心の枷を緩めることに成功した。一度根付いた先入観というのは簡単には拭えないものであったが、着実に、彼女と、彼女を支えようというアイドルたちの努力によって少しずつ演技がこなれてきたといえる。
そして玲花は一つのことを覚えた。誰かに頼る――とまで言うと彼女は否定してしまいそうだが、つまり、餅は餅屋ということだ。モデルにせよアイドルにせよ、プロデューサーやファッションデザイナーの協力は不可欠である。
「よし、ノってきましたわ! 他に何か、わたくしにコスプレ? してほしい題材はありますかしら!」
そう。そういって高らかに声をあげれば、次々とリクエストが飛んでくる。そんな中、何か強烈な意志を玲花は感じた。
「そこのあなたがた!」
声に応じて現れたのは剣堂 愛菜と深郷 由希菜の二人であった。彼女たちはいずれもフェスタ生であることが共通項であったが、もう一つ共通することがあった。それは、
「…………それは、本。ですの?」
二人はストーリーテラーであったことだ。そして、自身の作品に触れてほしいという目的を持っていた。
「……」
一瞬の沈黙の後、彼女は大きく手を広げて、
「タイム!」
叫んだ。そう、コスプレをするだけで済ませたくない彼女は、慌てて舞台袖へ引っ込んだのだ。彼女は台本読みのために培った速読術によって二つの作品を読破、さきほどのやりとりがなかったかのように思えるほどの優雅さで現れた。
彼女が最初に選んだ衣装は『アイドルはダンスから』。愛菜の作品に登場する主人公の少女だった。その作品は玲花のためだけに書かれたものであり、理想だけは高い高飛車なお嬢様が、一見小さく頼りない女の子とぶつかり合う話。
愛菜と二人で撮影のためのポージング……という名のダンスレッスンが始まった。見下していたものに負け、その相手からダンスを教わる。その構図は、かつての自分と今の自分を思わせるものだ。
だが、作品からは――そしてなにより愛菜の瞳から、侮辱の色は感じない。この作品の意図を読むために、玲花はとにかく愛菜のダンスに追いすがる。
撮影会という時間はダンスレッスンには短すぎる。しかし、それでも、彼女は諦めなかった。諦めなかったからこそ、ようやくその意図を理解する。
「言ってくれますわね!」
そう。努力は一日にして成らない。これまでの経験が彼女の成長へと変化する。そして、トップアイドルとして努力する過去があったからこそ……今、過酷なポージングであっても決めることができたのだ。
指をびしりと愛菜へと突きつければ、彼女は満面の笑顔を玲花へ向ける。
――おめでとう。その言葉とともに、二人はハイタッチした。
「ふふ、感動的でしたわね」
「当然でしょう? わたくしも日々進化しているのですわ。……あなたは、そう。ナユキでいいのよね」
そう。由希菜の今の姿は作品の中に出て来るお助け魔女?ナユキそのものだ。しかし彼女は愛菜とは違い、作中の登場人物になってほしいというわけではなかった。
「ええ。ただ私(わたくし)がどのような人間であるかを知っていただけたら、と」
笑みを浮かべながら彼女は、自身の足元を駆け回っていた星獣、ぽめぽめを抱き上げる。そのまま大正時代のような背景を生み出した彼女は、玲花と二人で書生ルックで落ち着きあるスタイルの撮影会を始めた。
「差し出がましい言葉になりますが」
お助け魔女?を名乗る彼女は、撮影会を続けながら密やかに玲花へと囁く。
「仮想体とは理想の現れ。けれど、こうなりたいと思う気持ちだけが理想ではありません。『今』の積み重ね、それが未来のあなたを。……私を、作るのですから」
妙な言い回し。しかし、その違和感よりも早く、彼女はことさら玲花の耳に口を寄せた。
「実は、あなたの口調を少しマネしてるの。お嬢様口調って意外に難しいね?」
振り向けば既にナユキは笑顔のままに撮影へと戻っていた。お助け魔女?の名の通り、どこか謎めきつつも一つの答えを得たような気分になる玲花であった。
今、まさに天歌院玲花としての原点に立ち返ろうとしている彼女は、舞台を降りてなおパフォーマンスを続けようと試みていた。
しかし、いかにモデルとして大成していたとはいえ大本としてオタクという文化を小馬鹿にしていた彼女である。ただ一人のアイドルとして、この撮影会で完璧なアピールを行なうことは難しい。
「くっ……なかなか難しいですわね。こうかしら!?」
いまいち萌えない感じの仮想体を披露する玲花であるがうまくいかない。
「萌えとは奥の深いもの、ということですわね……」
勝手の違うアピールに悪戦苦闘する彼女のもとに、
「それでは、こういうのはいかがですかてんかりんさん!」
ばばん、と一人……いや、二人の少女が降り立った。萌えの正道を行く魔法少女スタイルに身を包んだ氷華 愛唯と、撮影の補助を行おうとしている小鈴木 あえかの二人である。
愛唯は玲花に自身のものとは違う魔法少女衣装のデザインを見せた。
「これは……」
「てんかりんさんと一緒に撮影をしたくて。……魔法少女は心のかたち、一度、馬鹿にせずにやってみませんか?」
今の玲花に断る選択肢はない。何度でもなんでもトライあるべし、である。
「ええ。魔法少女ルナ・ドリームパレス! わたくしもあなたのように、輝いてみせましょう!」
愛唯のものよりも大人びた、玲花のために用意された衣装。愛唯は自分たちと玲花の間に大きな差はないとそう信じていた。想いは歪められてしまったけれど、その向き合い方は真っ直ぐであったと。だからこそ、この衣装が似合うと愛唯は確信していた。
撮影会を進めていけば、やはり彼女の予想は大枠で当たっていたのだろうと実感する。あえかもまたカメラの向こうで汗ばんだ手を握りしめた。
――そろそろ仕掛け時ですかね。
撮影会の熱も高まった頃、張り巡らせていた“ノイズ”を起動した。
「……ノイズですって!?」
広場に巻き付く不吉の鎖。今まで明るいムードで撮影が行われていたこの会場も俄然ざわつき始めた。
鎖から滲むようにして黒い影が立ち上る。それはまるで化物のような姿でもって観客と、玲花たちを威圧する。
警戒から武器を構えようとする二人。仕掛け人であるあえかに対して無警戒な玲花は、ムネーモシュネーの瞳を発動させようとするが――。
「このようなもの……愛唯とわたくしならば、あっと言う間に払ってみせますわ!」
――不発。タイミングが悪かったか、玲花は愛唯と手を合わせて歌い、このノイズを振り払った。
「……! ふぅー……でも、目的は果たせ……ましたかね?」
あえかが安堵するその先では、二人の“魔法少女”が手を打ち合わせてノイズを払えた事実を喜んでいる。かつてのトラウマを払うことはできなかったが、それでも二人の笑みには代えがたいものだった。
魔法少女のコスプレという経験を経て、玲花はまた一段と心の枷を緩めることに成功した。一度根付いた先入観というのは簡単には拭えないものであったが、着実に、彼女と、彼女を支えようというアイドルたちの努力によって少しずつ演技がこなれてきたといえる。
そして玲花は一つのことを覚えた。誰かに頼る――とまで言うと彼女は否定してしまいそうだが、つまり、餅は餅屋ということだ。モデルにせよアイドルにせよ、プロデューサーやファッションデザイナーの協力は不可欠である。
「よし、ノってきましたわ! 他に何か、わたくしにコスプレ? してほしい題材はありますかしら!」
そう。そういって高らかに声をあげれば、次々とリクエストが飛んでくる。そんな中、何か強烈な意志を玲花は感じた。
「そこのあなたがた!」
声に応じて現れたのは剣堂 愛菜と深郷 由希菜の二人であった。彼女たちはいずれもフェスタ生であることが共通項であったが、もう一つ共通することがあった。それは、
「…………それは、本。ですの?」
二人はストーリーテラーであったことだ。そして、自身の作品に触れてほしいという目的を持っていた。
「……」
一瞬の沈黙の後、彼女は大きく手を広げて、
「タイム!」
叫んだ。そう、コスプレをするだけで済ませたくない彼女は、慌てて舞台袖へ引っ込んだのだ。彼女は台本読みのために培った速読術によって二つの作品を読破、さきほどのやりとりがなかったかのように思えるほどの優雅さで現れた。
彼女が最初に選んだ衣装は『アイドルはダンスから』。愛菜の作品に登場する主人公の少女だった。その作品は玲花のためだけに書かれたものであり、理想だけは高い高飛車なお嬢様が、一見小さく頼りない女の子とぶつかり合う話。
愛菜と二人で撮影のためのポージング……という名のダンスレッスンが始まった。見下していたものに負け、その相手からダンスを教わる。その構図は、かつての自分と今の自分を思わせるものだ。
だが、作品からは――そしてなにより愛菜の瞳から、侮辱の色は感じない。この作品の意図を読むために、玲花はとにかく愛菜のダンスに追いすがる。
撮影会という時間はダンスレッスンには短すぎる。しかし、それでも、彼女は諦めなかった。諦めなかったからこそ、ようやくその意図を理解する。
「言ってくれますわね!」
そう。努力は一日にして成らない。これまでの経験が彼女の成長へと変化する。そして、トップアイドルとして努力する過去があったからこそ……今、過酷なポージングであっても決めることができたのだ。
指をびしりと愛菜へと突きつければ、彼女は満面の笑顔を玲花へ向ける。
――おめでとう。その言葉とともに、二人はハイタッチした。
「ふふ、感動的でしたわね」
「当然でしょう? わたくしも日々進化しているのですわ。……あなたは、そう。ナユキでいいのよね」
そう。由希菜の今の姿は作品の中に出て来るお助け魔女?ナユキそのものだ。しかし彼女は愛菜とは違い、作中の登場人物になってほしいというわけではなかった。
「ええ。ただ私(わたくし)がどのような人間であるかを知っていただけたら、と」
笑みを浮かべながら彼女は、自身の足元を駆け回っていた星獣、ぽめぽめを抱き上げる。そのまま大正時代のような背景を生み出した彼女は、玲花と二人で書生ルックで落ち着きあるスタイルの撮影会を始めた。
「差し出がましい言葉になりますが」
お助け魔女?を名乗る彼女は、撮影会を続けながら密やかに玲花へと囁く。
「仮想体とは理想の現れ。けれど、こうなりたいと思う気持ちだけが理想ではありません。『今』の積み重ね、それが未来のあなたを。……私を、作るのですから」
妙な言い回し。しかし、その違和感よりも早く、彼女はことさら玲花の耳に口を寄せた。
「実は、あなたの口調を少しマネしてるの。お嬢様口調って意外に難しいね?」
振り向けば既にナユキは笑顔のままに撮影へと戻っていた。お助け魔女?の名の通り、どこか謎めきつつも一つの答えを得たような気分になる玲花であった。