天歌院玲花全国反省ツアー
リアクション公開中!

リアクション
■2-2.自由と脱出
「あーっ! もう、うまく行きませんわね! もっとばーっとやってすっと渡れないものかしら!」
あるグループが大会を満喫している一方で、玲花の方はといえば難航しているとしか言いようがなかった。力押しばかりでDマテリアルを柔軟に動かすことを知らない玲花は、水中での移動に手こずりきっていた。
とはいえ流石は天歌院玲花、自身がうまく動かせないことを巧みに誤魔化し、“王者としての余裕”といった具合に大会の観客の目を欺いていたのであった。
――とはいえ、ずっとそのままというわけではなかった。
『てんかりんじゃん! こりゃあデュエってもらうしかないじゃんよ!』
などとテンションの上がりきった観客たちに絡まれてしまう。
「これは脱出ゲームなのだから、わたくしに構わず先に進んではいかがかしら?」
などと言う彼女の言葉も聞かず、同意もなく仕掛けようとする観客。内心困り果てる彼女のもとに、
「……とう! 必殺! ドラグーンフリズアタック!!」
炎を纏った突進を観客のDマテリアルへと炸裂させるフライホエールの姿があった。彼の名は龍崎 宗麟――またの名を正義の竜人リントヴルム。クサティムイカップでも優秀な成績を残した男である。
「大丈夫か?」
「あ、あなたは……」
「俺は正義の竜人リントヴルム。……トップアイドルに返り咲こうとする君の意志に、心を打たれたものだ!」
ヒーロースーツに身を包む彼は、自身の力をアピールするかのように決めポーズをとる。まさにお約束とも言える彼の登場に、少しばかり緊張を緩める玲花。
「リントヴルム……。あなたが、わたくしを助けてくれると?」
彼女の言葉にうなずこうとした時、
「俺も居るのぜ――ッ!」
更に、上空から声が響き渡った。見上げれば逆光の中、ヴァリアブルボードが浮遊していることがわかる。そこから華麗に飛び降りたのはグラサンをかけた天導寺 朱であった。
「迷えるDマテ使いよ。俺はさすらいのマテリアライザー、Dマテ名人なのぜ……!」
「Dマテ名人……あ、あの噂の!」
「いえ、わたくし、マテリアライザーに覚醒した人は一人しかいないと聞き及んでいるのですが……」
バレバレなDマテ名人。乗っかるリントヴルム。呆れる玲花。しかしそんなことは気にせず、風を起こすかのように手を広げた朱は、大仰な仕草で玲花に指を向けた。
「てんかりん。君がうまくDマテリアルを扱えないのは、君の心のせいなのぜ」
「心……?」
「そう。Dマテは道具じゃない。身体の一部だと思うのぜ」
彼の言葉は精神論に近いものであり技術的なものではない。しかしそれは玲花が天才であり――必ずDマテリアルを使いこなしてくれるという信頼からなるものだ。
それでもすぐにうまくいくはずはない。試しにDマテリアルに集中してみるが、どうにもこれが難しい。何かキッカケさえあれば、と思う朱であったが、そのチャンスは思っていたより早くやってきた。
「あれ? まだこんなところに居たんだ」
背後から降りかかったのは挑発的な言葉だ。渋谷 柚姫は肩をすくめながら、いかにも余裕です、といったような素振りで歩み寄る。
「あなたもずいぶん余裕ですわね」
「“宝さがし”が面白くてね。……ほら!」
彼女の従える小鳥状のDフレームが、この脱出ゲームに関わるいくつかの“鍵”を見つけたようであった。
一方の玲花は未だにそういったものを見つけてはいない。こうなってしまえば、ぐうの音も出ないのは仕方がないことだ。
「これじゃあレイカ、脱出もできないんじゃない? ……なんてね、冗談冗談。レイカだったら脱出ぐらいできるよね」
「当然でしょう? ……わたくしの名にかけて、必ずやりとげて見せますわ!」
玲花の気丈な言葉を、柚姫は待っていたと言わんばかりに手を叩いた。
「それなら、脱出できなかったらファンクラブの名前を『てんかりん党』……ちぢめて『かりんとう』にするとか。……どう?」
「…………」
絶句する玲花の肩を叩いて、柚姫は歩き出す。ちょっと意地悪しすぎたかなと舌を出しながらも、
「望むところですわ! わたくし……負けませんから!」
などと強がる玲花の言葉に、少しだけスッキリするのであった。
「……リントヴルム! Dマテ名人! わたくしに付き合ってもらってもよろしくて!?」
「もちろん。ヒーローは、本気で変わりたいと思う者の味方だ! 俺も仲間たちにそうしてもらったように、苦しいこと、厳しいことから君を守り支えよう!」
玲花はぐっと拳を握りしめて脱出ゲームに挑んだ。それは亀のような歩みであったが、少しずつ、少しずつ彼女は成長していった。
そんな彼女がより大きな一歩を踏み出せるようになったのは、道中で出会ったキング・デイヴィソンによるアドバイスも大きかった。
「玲花。君にはまだ思い切りが足りない」
「なんですって?!」
柚姫の言葉以来、ずいぶんと努力を重ねてきた玲花である。マーメイドフィンによる泳ぎ方も分からなかった頃に比べればずいぶんと成長したつもりであった。
拳を震わせる玲花に向かって、彼は手を鋭く突き出しそこからゆるりと――ポーズを取ったのだ。
「羞恥心を捨て、マテリアルになりきるんだ。最初は演技でもいい。めいっぱい楽しんでみよう」
「……楽しむ?」
それはキングなりの“プロデュース”であった。そしてそれは実に玲花の水にあっていたといえる。次々とポーズを決めるキングに、それに合わせてポージングする玲花。
「さすがは天歌院玲花! 最高だ! 決まってるよ!」
玲花も言われた通りに“楽しむ演技”をしたにすぎない。しかしキングのポーズと言葉につられるうち、だんだんにそのテンションがノってきたのである。
そもそも心と身体がうまくリンクしていなかった玲花。それが柚姫の発破によって動き出し、そして今、キングのアドバイスによってDマテリアルへと伝わりだした。
「今なら……いける気がしますわ!」
彼女とともに、Dマテリアルもイキイキと動き出す。
「そう、そうだ。本当に大切なのは、自分を信じる心だ! さあ、自信を持って前に……最高の結末へ!」
リントヴルムの声が響く。名人も安心したかのように陰から見守るだけとなった。
――そうして、大会は終わる。結果から言えば、彼女の記録はさんざんだったと言える。タイムは後ろから数えた方が早いぐらい、大会は別のフェスタ生へと持っていかれた。
当然だ、仕方ない、と玲花は言い訳したくなかった。何人もの人に支えられて得た結果だ。かつてはDマテリアルを低俗なおもちゃと馬鹿にしていたが、それでも、決して侮ってはいけないものだったのに。
「“あの”海藤キョウヤと競り合うことすらできませんでしたわね」
かつて自身の分身を倒した相手たち。ブリリアントレイカの力がないというだけでこうも差が開いてしまった。
「よう、伊集院……いや、天歌院だったか? おつかれさまだな」
悔しさに震える彼女のもとに水鏡 彰が現れる。
「……名前まで間違えて。わたくしを笑いにきましたの?」
「いや。――ちょっと俺に付き合わないか」
ぐっと表情を押し殺し、髪をかきあげる玲花。そんな彼女に、彰は親指で空を指し示した。
彼ら二人は、Dマテリアルを使ってどこまでも高く飛び上がっていく。彰がダイブしたのは、
「こいつが、お前さんの分身にトドメを刺したFx06ヴァルキュリアさ。良いシルエットしてるだろ? 調整には苦労したぜ」
そう。かつて分身玲花を撃ち落としたDマテリアル。自身の夢を阻んだそれを、彼女はかつておもちゃだと笑った。けれど不思議と、今は別の笑いがこみ上げてくるようだった。
どこまでも空を駆け抜けていく。自分たちしか居ない孤独な空。しかし、
「なあ、玲花。Dマテはたしかにおもちゃだ。けど、相棒はお前に、俺たちに、こんな景色を見せてくれるんだ」
眼下に広がるのは大会の舞台セット。まるでちっぽけで、けれど、そこかしこに見える観客たちの姿がたしかに見えた。玲花が負けて悔しがっているものも、楽しかったと手を振るものも居る。
ああ、と彼女の瞳が滲んだ。それを知るものはこの大空の他に居ない。彼女は一度、先を征くヴァルキュリアの背に視線を向けた後、
「ありがとうございました――!」
ただ一度だけ、地上に向けて、誰にも聞こえぬ感謝の言葉を叫んだのだった。
「あーっ! もう、うまく行きませんわね! もっとばーっとやってすっと渡れないものかしら!」
あるグループが大会を満喫している一方で、玲花の方はといえば難航しているとしか言いようがなかった。力押しばかりでDマテリアルを柔軟に動かすことを知らない玲花は、水中での移動に手こずりきっていた。
とはいえ流石は天歌院玲花、自身がうまく動かせないことを巧みに誤魔化し、“王者としての余裕”といった具合に大会の観客の目を欺いていたのであった。
――とはいえ、ずっとそのままというわけではなかった。
『てんかりんじゃん! こりゃあデュエってもらうしかないじゃんよ!』
などとテンションの上がりきった観客たちに絡まれてしまう。
「これは脱出ゲームなのだから、わたくしに構わず先に進んではいかがかしら?」
などと言う彼女の言葉も聞かず、同意もなく仕掛けようとする観客。内心困り果てる彼女のもとに、
「……とう! 必殺! ドラグーンフリズアタック!!」
炎を纏った突進を観客のDマテリアルへと炸裂させるフライホエールの姿があった。彼の名は龍崎 宗麟――またの名を正義の竜人リントヴルム。クサティムイカップでも優秀な成績を残した男である。
「大丈夫か?」
「あ、あなたは……」
「俺は正義の竜人リントヴルム。……トップアイドルに返り咲こうとする君の意志に、心を打たれたものだ!」
ヒーロースーツに身を包む彼は、自身の力をアピールするかのように決めポーズをとる。まさにお約束とも言える彼の登場に、少しばかり緊張を緩める玲花。
「リントヴルム……。あなたが、わたくしを助けてくれると?」
彼女の言葉にうなずこうとした時、
「俺も居るのぜ――ッ!」
更に、上空から声が響き渡った。見上げれば逆光の中、ヴァリアブルボードが浮遊していることがわかる。そこから華麗に飛び降りたのはグラサンをかけた天導寺 朱であった。
「迷えるDマテ使いよ。俺はさすらいのマテリアライザー、Dマテ名人なのぜ……!」
「Dマテ名人……あ、あの噂の!」
「いえ、わたくし、マテリアライザーに覚醒した人は一人しかいないと聞き及んでいるのですが……」
バレバレなDマテ名人。乗っかるリントヴルム。呆れる玲花。しかしそんなことは気にせず、風を起こすかのように手を広げた朱は、大仰な仕草で玲花に指を向けた。
「てんかりん。君がうまくDマテリアルを扱えないのは、君の心のせいなのぜ」
「心……?」
「そう。Dマテは道具じゃない。身体の一部だと思うのぜ」
彼の言葉は精神論に近いものであり技術的なものではない。しかしそれは玲花が天才であり――必ずDマテリアルを使いこなしてくれるという信頼からなるものだ。
それでもすぐにうまくいくはずはない。試しにDマテリアルに集中してみるが、どうにもこれが難しい。何かキッカケさえあれば、と思う朱であったが、そのチャンスは思っていたより早くやってきた。
「あれ? まだこんなところに居たんだ」
背後から降りかかったのは挑発的な言葉だ。渋谷 柚姫は肩をすくめながら、いかにも余裕です、といったような素振りで歩み寄る。
「あなたもずいぶん余裕ですわね」
「“宝さがし”が面白くてね。……ほら!」
彼女の従える小鳥状のDフレームが、この脱出ゲームに関わるいくつかの“鍵”を見つけたようであった。
一方の玲花は未だにそういったものを見つけてはいない。こうなってしまえば、ぐうの音も出ないのは仕方がないことだ。
「これじゃあレイカ、脱出もできないんじゃない? ……なんてね、冗談冗談。レイカだったら脱出ぐらいできるよね」
「当然でしょう? ……わたくしの名にかけて、必ずやりとげて見せますわ!」
玲花の気丈な言葉を、柚姫は待っていたと言わんばかりに手を叩いた。
「それなら、脱出できなかったらファンクラブの名前を『てんかりん党』……ちぢめて『かりんとう』にするとか。……どう?」
「…………」
絶句する玲花の肩を叩いて、柚姫は歩き出す。ちょっと意地悪しすぎたかなと舌を出しながらも、
「望むところですわ! わたくし……負けませんから!」
などと強がる玲花の言葉に、少しだけスッキリするのであった。
「……リントヴルム! Dマテ名人! わたくしに付き合ってもらってもよろしくて!?」
「もちろん。ヒーローは、本気で変わりたいと思う者の味方だ! 俺も仲間たちにそうしてもらったように、苦しいこと、厳しいことから君を守り支えよう!」
玲花はぐっと拳を握りしめて脱出ゲームに挑んだ。それは亀のような歩みであったが、少しずつ、少しずつ彼女は成長していった。
そんな彼女がより大きな一歩を踏み出せるようになったのは、道中で出会ったキング・デイヴィソンによるアドバイスも大きかった。
「玲花。君にはまだ思い切りが足りない」
「なんですって?!」
柚姫の言葉以来、ずいぶんと努力を重ねてきた玲花である。マーメイドフィンによる泳ぎ方も分からなかった頃に比べればずいぶんと成長したつもりであった。
拳を震わせる玲花に向かって、彼は手を鋭く突き出しそこからゆるりと――ポーズを取ったのだ。
「羞恥心を捨て、マテリアルになりきるんだ。最初は演技でもいい。めいっぱい楽しんでみよう」
「……楽しむ?」
それはキングなりの“プロデュース”であった。そしてそれは実に玲花の水にあっていたといえる。次々とポーズを決めるキングに、それに合わせてポージングする玲花。
「さすがは天歌院玲花! 最高だ! 決まってるよ!」
玲花も言われた通りに“楽しむ演技”をしたにすぎない。しかしキングのポーズと言葉につられるうち、だんだんにそのテンションがノってきたのである。
そもそも心と身体がうまくリンクしていなかった玲花。それが柚姫の発破によって動き出し、そして今、キングのアドバイスによってDマテリアルへと伝わりだした。
「今なら……いける気がしますわ!」
彼女とともに、Dマテリアルもイキイキと動き出す。
「そう、そうだ。本当に大切なのは、自分を信じる心だ! さあ、自信を持って前に……最高の結末へ!」
リントヴルムの声が響く。名人も安心したかのように陰から見守るだけとなった。
――そうして、大会は終わる。結果から言えば、彼女の記録はさんざんだったと言える。タイムは後ろから数えた方が早いぐらい、大会は別のフェスタ生へと持っていかれた。
当然だ、仕方ない、と玲花は言い訳したくなかった。何人もの人に支えられて得た結果だ。かつてはDマテリアルを低俗なおもちゃと馬鹿にしていたが、それでも、決して侮ってはいけないものだったのに。
「“あの”海藤キョウヤと競り合うことすらできませんでしたわね」
かつて自身の分身を倒した相手たち。ブリリアントレイカの力がないというだけでこうも差が開いてしまった。
「よう、伊集院……いや、天歌院だったか? おつかれさまだな」
悔しさに震える彼女のもとに水鏡 彰が現れる。
「……名前まで間違えて。わたくしを笑いにきましたの?」
「いや。――ちょっと俺に付き合わないか」
ぐっと表情を押し殺し、髪をかきあげる玲花。そんな彼女に、彰は親指で空を指し示した。
彼ら二人は、Dマテリアルを使ってどこまでも高く飛び上がっていく。彰がダイブしたのは、
「こいつが、お前さんの分身にトドメを刺したFx06ヴァルキュリアさ。良いシルエットしてるだろ? 調整には苦労したぜ」
そう。かつて分身玲花を撃ち落としたDマテリアル。自身の夢を阻んだそれを、彼女はかつておもちゃだと笑った。けれど不思議と、今は別の笑いがこみ上げてくるようだった。
どこまでも空を駆け抜けていく。自分たちしか居ない孤独な空。しかし、
「なあ、玲花。Dマテはたしかにおもちゃだ。けど、相棒はお前に、俺たちに、こんな景色を見せてくれるんだ」
眼下に広がるのは大会の舞台セット。まるでちっぽけで、けれど、そこかしこに見える観客たちの姿がたしかに見えた。玲花が負けて悔しがっているものも、楽しかったと手を振るものも居る。
ああ、と彼女の瞳が滲んだ。それを知るものはこの大空の他に居ない。彼女は一度、先を征くヴァルキュリアの背に視線を向けた後、
「ありがとうございました――!」
ただ一度だけ、地上に向けて、誰にも聞こえぬ感謝の言葉を叫んだのだった。