天歌院玲花全国反省ツアー
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リアクション
■1-1.おふくろの味を求めて
食神都市オーサカ。圧倒的な力で人々を従え、料理人たちに数々の料理を作らせてきた天歌院玲花は当然、調理のことなど何も知らないアイドル――というわけではない。彼女も覇権を取るために様々な努力を続けてきた人物であり、当然、その中にはバラエティでもお約束の“料理番組”のため、その技術はしっかりと抑えていた。
しかし。
「おふくろの味……なんてふわっとしたテーマで、どうすればおいしくなるのかさっぱり分かりませんわぁーッ!」
そう、天歌院玲花はこれまで“おふくろの味”というものを食べたことがない。知識としておふくろの味にカレーや肉じゃがといった家庭料理がベターな選択肢であることは理解していたが、ただ漫然と料理を作ってあの黒角オオジカを満足させられるかといえば――。
「だいじょーぶ! そのためのボクたち、だよ! レイカちゃん!」
そんな悩みを振り切るかのように、シャーロット・フルールを筆頭とした【リトルフルール】の四人が鮮やかに調理場へと躍り出た。
「あなたたち……」
肩を震わせる玲花の視線を尻目にシャーロットがくるくると踊るようにステップを踏んだ。彼女の踏みしめた大地から、みるみるうちに生命の大樹がそびえ立つ。色とりどりの野菜や果実、そして穀物すら実らせるそれは、この場においては非常に強力な支援となる。
とはいえ、当然それだけではない。彼女たちは玲花におふくろの味を教えるためにきたのだから。そうして最初に調理場へ立ったのはアレクス・エメロードだ。
「まあ、俺もお袋の味なんて分からねぇが、分かるやつらのサポートはできる」
彼の担当は“ごはん”だ。大樹から収穫した太陽コメは、土鍋を通して絶妙な熱を通され炊かれることになる。思い返すのは、アレクスという人物が“始まった”日。あの日に差し出された手と、その日に食べた料理の暖かさはいつだって思い出すことができる。
「俺はあの日からシャロの道具だ。だから俺にとっちゃ……ああ、いや。なんでもねえ。つまり俺は最強の道具――包丁として、フルールの思いってやつを伝える手助けをするってことだ!」
それがなんであろうとアレクスは手を抜くことはない。それは彼が仲間を信じているからであり、そしてその仲間のために出来る限りのことをしてやりたいと真摯に思うからこそであった。
一方で、果物や火焔マトンを前に意識を集中させていたのはウィリアム・ヘルツハフトだ。雑念を払い研ぎ澄ますようにして食材と向き合う彼は、アレクスとはまた違う方向で今回の調理に向き合っていた。
彼の行なう作業はただの下拵えだ。材料を切り、下味をつけ、次の工程へと繋ぐ。実際に料理を作るのは虹村 歌音の役目である。レシピを提案するのは歌音であり、つまりおふくろの味を再現するのは彼ではない。
だが、
「裏を返せば、俺の工程は“手本”にしやすいということだ」
彼の工程はどこまでも技術の領域だ。ただ唯々諾々と作るのではなく、食べる者と調理方法を想定して食材の切り方を工夫し、後のために予め下味をつけておく。
一口に言ってしまえば実に簡単な話だが、単純に真似ができるものでもない。それでも“おふくろの味”というあやふやなものではなく、ただ、相手に合わせてアレンジを加えるというノウハウだった。
「……! なるほど。おふくろの味はつまり家庭の味。家族に合わせて工夫するもの……ということですわね?」
「一つの側面としては、だがな」
例外はある。だが、それが彼なりの表現であった。そしてその工夫は歌音に材料を渡す際にも遺憾なく発揮されている。
「次だ」
「ありがとう、ウィルさん!」
歌音が材料を受け取るたびに、くつくつと音を立てる鍋から立ち上る芳醇な香りはより複雑さを増していく。ウィリアムの行なう下拵えは優先度の高い順を適切に見極めて行なっていた。それはすなわち調理に無駄がないということであり、食材の味を最大限に引き出すために必要なことである。
そうして彼女のかき回す鍋の中では野菜が、果物が、じっくりと煮込まれていく。そうして鍋の中で食材の甘みが渾然一体となり、これに特製スパイスを加えていけば――。
漂う香りは慣れ親しんだそれ。彼女が作っていたのは、子供のためにたっぷりの果物と野菜でまろやかに仕立てた虹村家特製のフルーツカレーである。隠し味にと加えた虹色クリームは、一層このカレーのまろやかさを増している。
あとはアレクスの炊いたきらめくかのような艶のあるコメにルーを回しかければ、黄金に輝かんとばかりの暖かみのあるカレーライスの完成である。
「うーん、いい匂い! ボクも負けてはいられないよね!」
シャーロットも食材を生み出すだけで終わりではない。オモイデ草をたっぷり練り込んで作ったパイ生地で、アレクスの刻んでくれた食材を包んで焼けば、彼女にとっても思い入れの強い最高のパイ――妖精印のフルールパイが完成する。
「ボナペティ♪」
二つの料理、カレーライスと妖精パイ。いずれも彼女たちにとって特別な思い出のある料理である。
「……いただきますわ」
意を決して、というわけではないが。一瞬の逡巡の後に口へと運んでみれば、口の中でキャンパスが広がるかのように鮮やかな味わいが広がっていく。それを、どう言い表したらいいかは非常に難しかったが、どこか包み込むような暖かみがあったのは確かだ。
「これは……」
「うん。かのんちゃんのママは子供でも食べやすいようにって、まろやかなカレーを考えたんだね。ボクのママは、ボクにおっきくなってほしいってそう願ってこのパイを作ったんだ」
それは食べてもらう誰かに向けた思いが詰まった料理。ただレシピ通りに作ったわけではない試行錯誤の証だろう。
「……おいしかったですわ、みなさん。けれど、わたくしが作るべきはこの二品……どちらでもない、のですわね?」
「いえーす、たぶんそーいうことぞよ☆」
シャーロットフルールの振る舞う料理でなにかに気づいた玲花。それに同意するように宇津塚 倖々葉の声が降り掛かった。
「俺もおふくろの味ってわかんない。でも、そーいうのってふつーの料理だよね」
そう言いながら彼はいくつもの食材を取り出してみせる。色とりどりの野菜たちに、市販のカレールー。何の変哲もないカレーライスを作るつもりなのは明らかだ。
その野菜のきらめきからして普通の食材とは言い難い。しかし、その調理は丁寧なだけで、ルーの箱に書かれているようなありふれたレシピによるものだった。
彼の瞳には喜びと楽しみが宿っている。食べた人が笑顔になるように、と、そんな願いが料理を輝かせるのだ。
「はぴはぴ☆ はぴらきらりん☆☆ クッキング☆☆☆ さっ、めしあがれー!」
最後に自分で調合を考えたミックススパイス――ガラムマサラを加えてひと手間かけたカレーが出来上がる。これを食べた黒角オオジカは、にわかに声を上げて喜んだ。つまりこの料理には多分に正解が含まれているということにほかならない。
これを口に含んだ玲花も、いつの間にか笑顔がほころぶかのようだった。自分で市販のルーを使って作っただけではこうはなるまい。おふくろの味の奥深さに思いを馳せれば、倖々葉のウィンクと視線がぶつかるのであった。
その一方で、橘 樹も黒角オオジカに振る舞うべく調理に手を付けていた。
「他の人と違って、思い出の一品……ってわけでもないんだけど」
苦笑しながら作り始めたのはだし巻き卵だ。酒好きだった母親のレパートリー……その中から今のこの状況に一番合いそうな料理をチョイスする。母親の作る様を思い出しながら忠実に、忠実に。
「あ、でもそうだな。……シカって草食だよね?」
忠実を目指しながらも、思いつきでアレンジを加えていく。それは自己満足ではなく、食べさせる相手を具体的に想定しているからの行為に他ならない。ほうれん草を加えた卵液は緑が差し色となって一層鮮やかさを増していた。
――卵はね、完全に固まる前。半熟ぐらいで巻くのがコツよ。
なんて母親の言葉を思い出し少しばかり口元を緩めていたが、それでも、その集中力が途切れることはなかった。
「はい、どうぞ」
かつおの香り漂うだし巻き卵。それを食べやすいように切り分けて、オオジカへとそっと差し出す樹。オオジカは躊躇することなくそれを口に入れ、実においしそうに何度も咀嚼する。その光景を見て、玲花もまた何かを掴めそうな感覚を懐いていた。
食神都市オーサカ。圧倒的な力で人々を従え、料理人たちに数々の料理を作らせてきた天歌院玲花は当然、調理のことなど何も知らないアイドル――というわけではない。彼女も覇権を取るために様々な努力を続けてきた人物であり、当然、その中にはバラエティでもお約束の“料理番組”のため、その技術はしっかりと抑えていた。
しかし。
「おふくろの味……なんてふわっとしたテーマで、どうすればおいしくなるのかさっぱり分かりませんわぁーッ!」
そう、天歌院玲花はこれまで“おふくろの味”というものを食べたことがない。知識としておふくろの味にカレーや肉じゃがといった家庭料理がベターな選択肢であることは理解していたが、ただ漫然と料理を作ってあの黒角オオジカを満足させられるかといえば――。
「だいじょーぶ! そのためのボクたち、だよ! レイカちゃん!」
そんな悩みを振り切るかのように、シャーロット・フルールを筆頭とした【リトルフルール】の四人が鮮やかに調理場へと躍り出た。
「あなたたち……」
肩を震わせる玲花の視線を尻目にシャーロットがくるくると踊るようにステップを踏んだ。彼女の踏みしめた大地から、みるみるうちに生命の大樹がそびえ立つ。色とりどりの野菜や果実、そして穀物すら実らせるそれは、この場においては非常に強力な支援となる。
とはいえ、当然それだけではない。彼女たちは玲花におふくろの味を教えるためにきたのだから。そうして最初に調理場へ立ったのはアレクス・エメロードだ。
「まあ、俺もお袋の味なんて分からねぇが、分かるやつらのサポートはできる」
彼の担当は“ごはん”だ。大樹から収穫した太陽コメは、土鍋を通して絶妙な熱を通され炊かれることになる。思い返すのは、アレクスという人物が“始まった”日。あの日に差し出された手と、その日に食べた料理の暖かさはいつだって思い出すことができる。
「俺はあの日からシャロの道具だ。だから俺にとっちゃ……ああ、いや。なんでもねえ。つまり俺は最強の道具――包丁として、フルールの思いってやつを伝える手助けをするってことだ!」
それがなんであろうとアレクスは手を抜くことはない。それは彼が仲間を信じているからであり、そしてその仲間のために出来る限りのことをしてやりたいと真摯に思うからこそであった。
一方で、果物や火焔マトンを前に意識を集中させていたのはウィリアム・ヘルツハフトだ。雑念を払い研ぎ澄ますようにして食材と向き合う彼は、アレクスとはまた違う方向で今回の調理に向き合っていた。
彼の行なう作業はただの下拵えだ。材料を切り、下味をつけ、次の工程へと繋ぐ。実際に料理を作るのは虹村 歌音の役目である。レシピを提案するのは歌音であり、つまりおふくろの味を再現するのは彼ではない。
だが、
「裏を返せば、俺の工程は“手本”にしやすいということだ」
彼の工程はどこまでも技術の領域だ。ただ唯々諾々と作るのではなく、食べる者と調理方法を想定して食材の切り方を工夫し、後のために予め下味をつけておく。
一口に言ってしまえば実に簡単な話だが、単純に真似ができるものでもない。それでも“おふくろの味”というあやふやなものではなく、ただ、相手に合わせてアレンジを加えるというノウハウだった。
「……! なるほど。おふくろの味はつまり家庭の味。家族に合わせて工夫するもの……ということですわね?」
「一つの側面としては、だがな」
例外はある。だが、それが彼なりの表現であった。そしてその工夫は歌音に材料を渡す際にも遺憾なく発揮されている。
「次だ」
「ありがとう、ウィルさん!」
歌音が材料を受け取るたびに、くつくつと音を立てる鍋から立ち上る芳醇な香りはより複雑さを増していく。ウィリアムの行なう下拵えは優先度の高い順を適切に見極めて行なっていた。それはすなわち調理に無駄がないということであり、食材の味を最大限に引き出すために必要なことである。
そうして彼女のかき回す鍋の中では野菜が、果物が、じっくりと煮込まれていく。そうして鍋の中で食材の甘みが渾然一体となり、これに特製スパイスを加えていけば――。
漂う香りは慣れ親しんだそれ。彼女が作っていたのは、子供のためにたっぷりの果物と野菜でまろやかに仕立てた虹村家特製のフルーツカレーである。隠し味にと加えた虹色クリームは、一層このカレーのまろやかさを増している。
あとはアレクスの炊いたきらめくかのような艶のあるコメにルーを回しかければ、黄金に輝かんとばかりの暖かみのあるカレーライスの完成である。
「うーん、いい匂い! ボクも負けてはいられないよね!」
シャーロットも食材を生み出すだけで終わりではない。オモイデ草をたっぷり練り込んで作ったパイ生地で、アレクスの刻んでくれた食材を包んで焼けば、彼女にとっても思い入れの強い最高のパイ――妖精印のフルールパイが完成する。
「ボナペティ♪」
二つの料理、カレーライスと妖精パイ。いずれも彼女たちにとって特別な思い出のある料理である。
「……いただきますわ」
意を決して、というわけではないが。一瞬の逡巡の後に口へと運んでみれば、口の中でキャンパスが広がるかのように鮮やかな味わいが広がっていく。それを、どう言い表したらいいかは非常に難しかったが、どこか包み込むような暖かみがあったのは確かだ。
「これは……」
「うん。かのんちゃんのママは子供でも食べやすいようにって、まろやかなカレーを考えたんだね。ボクのママは、ボクにおっきくなってほしいってそう願ってこのパイを作ったんだ」
それは食べてもらう誰かに向けた思いが詰まった料理。ただレシピ通りに作ったわけではない試行錯誤の証だろう。
「……おいしかったですわ、みなさん。けれど、わたくしが作るべきはこの二品……どちらでもない、のですわね?」
「いえーす、たぶんそーいうことぞよ☆」
シャーロットフルールの振る舞う料理でなにかに気づいた玲花。それに同意するように宇津塚 倖々葉の声が降り掛かった。
「俺もおふくろの味ってわかんない。でも、そーいうのってふつーの料理だよね」
そう言いながら彼はいくつもの食材を取り出してみせる。色とりどりの野菜たちに、市販のカレールー。何の変哲もないカレーライスを作るつもりなのは明らかだ。
その野菜のきらめきからして普通の食材とは言い難い。しかし、その調理は丁寧なだけで、ルーの箱に書かれているようなありふれたレシピによるものだった。
彼の瞳には喜びと楽しみが宿っている。食べた人が笑顔になるように、と、そんな願いが料理を輝かせるのだ。
「はぴはぴ☆ はぴらきらりん☆☆ クッキング☆☆☆ さっ、めしあがれー!」
最後に自分で調合を考えたミックススパイス――ガラムマサラを加えてひと手間かけたカレーが出来上がる。これを食べた黒角オオジカは、にわかに声を上げて喜んだ。つまりこの料理には多分に正解が含まれているということにほかならない。
これを口に含んだ玲花も、いつの間にか笑顔がほころぶかのようだった。自分で市販のルーを使って作っただけではこうはなるまい。おふくろの味の奥深さに思いを馳せれば、倖々葉のウィンクと視線がぶつかるのであった。
その一方で、橘 樹も黒角オオジカに振る舞うべく調理に手を付けていた。
「他の人と違って、思い出の一品……ってわけでもないんだけど」
苦笑しながら作り始めたのはだし巻き卵だ。酒好きだった母親のレパートリー……その中から今のこの状況に一番合いそうな料理をチョイスする。母親の作る様を思い出しながら忠実に、忠実に。
「あ、でもそうだな。……シカって草食だよね?」
忠実を目指しながらも、思いつきでアレンジを加えていく。それは自己満足ではなく、食べさせる相手を具体的に想定しているからの行為に他ならない。ほうれん草を加えた卵液は緑が差し色となって一層鮮やかさを増していた。
――卵はね、完全に固まる前。半熟ぐらいで巻くのがコツよ。
なんて母親の言葉を思い出し少しばかり口元を緩めていたが、それでも、その集中力が途切れることはなかった。
「はい、どうぞ」
かつおの香り漂うだし巻き卵。それを食べやすいように切り分けて、オオジカへとそっと差し出す樹。オオジカは躊躇することなくそれを口に入れ、実においしそうに何度も咀嚼する。その光景を見て、玲花もまた何かを掴めそうな感覚を懐いていた。