邪神と妖狐と桜の城
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■華乱葦原、花の舞――銀狐と絢狐の再会に、祝福と祈りを込めて――(1)
時を同じくして――
桜稜郭の中心に位置する天守、桜の丸では、大規模な舞芸大会が始まろうとしていた。
離れた場所では、仲間達がこの場を守るために死闘を繰り広げている。
だが、その事実をこの晴れ晴れしい舞台に持ち込むことは決してあってはいけない。
せっかくの『ハレの気』に、必ずや暗い影を落としてしまう。
舞芸大会に集ったアイドル達は、精一杯、己の舞芸を魅せることに専念する。
開演直前のざわつきの中、日下部 穂波はこっそりと微笑んでいる。
舞台袖に立っている、銀狐を見ているのだ。
(あぁ……耳がぴこぴこしてる。ああ見えて、興奮してるのか?)
「なんだ?」
かんの鋭い銀狐は穂波の視線を感じ、じろりと睨んできた。
「ボクはその……出番待ちだよ」
「そうだった。お前が一番を買って出てくれたんだっけ。ありがとう、よろしく頼む」
「うん。ちょうど今から、始めるつもりだよ」
「そうだ。お前なら、ちょうどいい。お願いがあるんだが……」
穂波はうなずき、銀狐の話に耳を傾ける。
そして傾けつつ……。
(あ……また耳がぴこぴこしてる……油断するとつい動いちゃうのかも)
「むふふ」
「なんだ? 何がおかしい」
「ううん? なんでも。じゃあ行ってくるね!」
これから彼に起こるハッピーな展開を想像すると、穂波はますます笑みはこぼれた。
そして穂波は、舞台に立った。
まず最初に朧芸者の符を用いて芸者達を呼び出し、演奏と共に歌を披露する。
堂々と演じられていくのは、天下御免の和風ラブソング。
♪ あなたと会えた時、ぼくの心は目覚めたんだ
♪ 君との出会いは、ぼくに色をくれたんだ
♪ あの桜の色を、今も覚えている。
♪ 夏の海は、いっしょに砂浜で遊んだね
♪ 秋の山は紅に染まり、冬の雪原でいっしょにはしゃいだ。
♪ 君は今も、覚えている?
明るく楽しい恋の曲を、観客達は楽し気に聞いている。
これから始まる舞芸大会への期待も、自然と高まっていく。
拍手が受けながら、穂波は舞台の右上を指さした。
「さてさて! こちらにご注目下さい」
舞台の袖にいた銀狐が、魔法陣の描かれた符を飛ばす。
符は光りながら空気に溶け、薄い光の魔法陣となってそこに留まった。
「皆さん。あちらは、ハレの気がどのくらい集まっているか一目で判る魔法陣。
そうですね……『計り』みたいなものです。
ハレの気が集まれば集まるほど、魔法陣はくっきりと光り輝いていきます。
これから行われる舞芸大会で、ハレの気はどんどんたまり、
この地を守るために眠ってくれている絢狐さんに、届いていくでしょう」
穂波は足元を見下ろした。
自分達の足の下……地下深くに、絢狐はいるのだ。
「……」
観覧席がほんの少しの間しんとなった。
この地のこれまでの歴史を思い起こし、観客である民は、それぞれの思いに浸った。
穂波の明るい声は、しんとなった雰囲気を一気に打破する。
「この場にハレの気が満ち満ちた時、魔法陣は強烈に輝きます。
そのときこそが、絢狐さんが本当に目覚める瞬間なのです」
「みんなで騒いで楽しんで、絢狐様をたたき起こそうぜ!」
観覧席から威勢のいい声が飛んでくる。
その観覧席は、その声に賛同する暖かく大きな拍手に包まれた。
「さぁ、次からは本命たちのご登場。みんな、いっぱい楽しんでね!」
舞台に飛び出してきたのは、明るく元気な世良 延寿。
にっこり笑った延寿は、開口一番、遊び人の前口上で観客席を盛り立てる。
「それじゃ、みんなで楽しく踊って、絢狐様をお迎えしよう!」
元気よく手を振りあげると、観客は手を振り返したり「おー!」と言って延寿と同じように手を振りあげた。
延寿が手に巻けたクラッピングベルは、しゃんしゃんしゃんと音を立て、キラキラと光っている。
「踊りはね? こんな感じだよっ」
花模様の華舞浴衣を現代的に大胆に着崩した延寿は、浴衣をひらめかせ、得意の宙がえりを披露。
「あっ……今のはみんなはやんなくてよくって……この踊りを、やるの!」
延寿は、鼻歌まじりに楽しそうに踊り出す。
「ふん♪ ふん♪ ふん♪ みんなの明るい笑顔でもって♪」
しゃん しゃん しゃん
踊れば踊るほど、着崩した浴衣の裾がひらひら舞って、かわいい足もちらちら見えて、それは可愛らしい。
「らん♪ らん♪ らん♪ 絢狐様を、お迎えしましょう♪」
しゃん しゃん しゃん
延寿の踊りは、大桜の舞。
桜稜郭の巷で編み出された踊りなので、観客達の多くにとってなじみ深いものだった。
ちなみに今日の延寿は思っていることがそのまま鼻歌になっており、素直な気持ちがまっすぐ観客に伝わっている。
「るん♪ らん♪ らん♪ みんなでこうして踊るのは♪」
しゃん しゃん しゃん
延寿につられて身体をゆすっていた観客達は、次々に立ち上がり、その場で踊り出す。
しゃん しゃん しゃん
「楽しいですよ、絢狐様♪」
一人で舞台にいるのがもどかしく、
「えいっ♪」
延寿は観覧席に飛び降りると、さらにその場は賑やかに湧いた。
「えっさ♪ えっさ♪ らん♪ らん♪」
しゃん しゃん しゃん しゃん
延寿は観覧客と手を取り合って踊った。
(絢狐様も、この踊りの輪に、入ろうよ! 楽しいよ?)
そう、心の中で語りかけながら。
皆が楽しい笑顔になって、大桜の舞は終演した。
「絢狐様が戻ってきたら、またみんなで一緒に踊ろうね!」
浴衣の裾をひらめかせ、延寿は観客達に笑顔で手を振った。
いきなり観覧席にARANAMI☆舵燻でダイブしたのは、天地 和だった。
型破りなアピールに観客達は度肝を抜かれたが、和が芸格を所持していたため、結果的にはなかなかの好感触となった。
和の手には、アイドル活動に欠かせないアイテム『高級麻雀セット』。
「この舶来モノの『麻雀』は、縁起がいいことでも知られているよ! 誰か、我こそはって者はいるかー!?」
彼女はそれを高く掲げ皆に見せる。
今日のハレの日に縁起のいいことをしたい観客は多く、あちこちで手が上がった。
「じゃあ皆さん、舞台へどうぞー!」
大勢希望した場合に備え舞台にはごくごく普通の麻雀セットがいくつか用意してあった。
さらに麻雀のルール説明冊子、和の著書「天地和のたのしい麻雀」まで支度してある準備の良さだ。
「ちなみにみんなは、見た目が綺麗ならそれでツモ(アガリ)ってことでもオッケー! 気楽にいこう♪」
始めて触れる麻雀牌の感触や、デザインの美しさに感心している者も多い。
中には和の説明をろくに聞かず、牌にも触れず、「天地和のたのしい麻雀」を読みふける者が複数存在していた。
未来の麻雀アイドルが独特の感性で書いたその著書は、溢れ過ぎるほどの麻雀愛に彩られており、購入を希望した者がいたとかいないとか……。
和の麻雀舞芸(ライブ)が始まった。
和は和が舞神召喚で呼び出した舞芸を愛する天津神々と共に、一卓一卓に顔を出していく。
「わたしの麻雀は点数や勝ち負けよりも、どれだけ魅せるかを重視するよ!
例えばツモ切り! わたしのツモ切りは……こう!」
手首のスナップを利かせた和が、大きくきびきびとした動作で牌を捨てれば、舞芸を愛する神々は、そのスナップをさらに素晴らしく見せるよう舞い踊る。
「みんなは見た目が綺麗ならオリジナル役とか作ってもオッケーだからね」
「うんうん、綺麗……ってゆかそれ、だ、大三元じゃん! え、ドラドラ……裏ドラまで!! すごい、大勝ちだよ!」
誰かが大当たりすれば天津神々はこぞって集まって祝福の舞いを踊り、勝った者を大いに称える。
「……朝を象徴する白(ハク)よ、その一端を卓上に示せ!」
「この、名のある陰陽師が書いた符のように美しい文字の並び! これこそが、字一色(ツーイーソー)」
「それは緑一色(リューイーソー)を狙えるよ! 雀卓に、吹け、草原の風!」
和は言葉や解説で麻雀を盛り立て、神々は舞で、麻雀中――特に対局中の人々を盛り立てた。
麻雀に参加した者達は、(ルールはさておいて)対局の楽しさや迫力、歓声した牌の美しさ、牌に触れる楽しさ等を知ることができたという。
あらあら泣いちゃって……
ちび狐のくせに、本当に負けず嫌いなんだから。
え? もう一回?
そうね、じゃあ次は、花札で勝負しましょうか。
勝負事が好きなんて、やっぱり男の子ね。
花札は初めてだったっけ?
それじゃあ、教えてあげましょうね。
「銀狐さん、私たちと一緒に舞台を作ってくれませんか?」
藍屋 あみかと、ノーラ・レツェルは銀狐にそう申し出た。
「判った。行こう」
銀狐がなかなか素直にうなずいた。
今日という日への覚悟もあるだろうが、舞芸者としての彼の成長ぶりもうかがい知れる。
「ふぇすた座の皆と舞芸をするのは久々だな」
「そういえば、ぼくとあみかちゃんが共演するのも、久しぶりだねぇ」
「ええ。久しぶりの共演で嬉しいですね」
そんな和気あいあいとした中、3人は舞台へ向かった。
炎と氷の協奏曲、相反するものが織り成すものを表現したい――ノーラとあみかは、その思いでこのライブを構成した。
まずはあみかが『神供の宵弧月琴』を奏でる。
芸格を所持しているあみかから箔を感じ、観客は自然と視線が熱くなっている。
♪~
ひとしきり奏でた後、あみかはアイススカルプチャーの魔法を使い、ステージに氷像を出現させた。
氷像といっても人や動物ではなく「門」の形状をしている。
つまり「氷の門」だ。
銀狐が氷の門の前に立ち、指先で宙に輪を描き陰陽の術を唱えると、門のまわりがぐるり一周、炎に囲われた。
次にノーラが『石楠花(しゃくなげ)と蝶の大扇』を開いた。
幻想的な柄の大扇は常に輝き、ふちから光の粒が散っている。
炎のそばを浮遊している光の粒は、まるで火の粉のように見える。
あみかは大火の舞を激しく踊り、全身に炎を纏う。
その姿にて、氷の門に近づいたり退いたりの動きを織り交ぜ舞い続ける。
炎と氷が近づき離れる様の表現だった。
「炎は熱く身を焦がし……
けれど(近づく距離によっては)ひとを暖めるものでもあるんです」
朧芸者の符を使い幻の舞芸者達を呼び出せば、現れた舞芸者達はあみかを盛り立てて舞う。
炎を纏ったあみかと対照的に、ノーラは妖術を使って自分の足元の周りに小さな氷の花を咲かせる。
手にしている提灯に灯りをともせば、蝶の羽ばたきの影が見え。
そしてノーラが語る。
「氷は冷たくて、硬質的。
そんなイメージだけど、光を当てると輝き出すんだ……!」
足回りの氷の花は提灯の優しい光を浴び、反射して幻想的にきらきら輝いた。
そしてあみかとノーラは炎の輪に踏み入り、氷の門に触れた。
アイススカルプチャーの魔法で作られたものは、触れると一瞬で砕けキラキラと光を放ちながら消える。
だから氷の門も一瞬で消え、それに合わせて銀狐が炎の輪を消去した。
~♪
あみかが弓を演奏しながら、心を込めて伸びやかに奉歌高唱を歌い始める。
歌声は光の粒のようになり、キラキラと辺りを漂いすうっと消えていく。
~♪
降り注ぐ光の粒の中。
ノーラが、楽しい雰囲気で大桜の舞を踊る。
それは桜稜郭の巷で編み出された踊り。
さきほど延寿と共にそれを踊った観客達は、なじみあるその踊りに再び触れて、頬がゆるむ。
「懐かしいな。俺も母上と、これを踊った気がする――」
銀狐はぽつりとつぶやき、懐から小さな折り紙をいくつも取り出した。
陰陽の術によって折り紙はひとりでに折れ鶴となり、今ひとときだけ、輝きを放ちながらその場を飛び周る。
~♪
水虎の衣をまとっていたノーラが踊り出せば、爽やかな水音が聞こえる。
水遊び、川遊び、船遊び……人々はおのおのの水場での出来事に思いを馳せる――
~♪
石楠花と蝶の大扇と、揚羽の導きの提灯。
ノーラは、夢妖の宴技によって、二つの芸器を手に舞っている。
どちらも思い出深い芸器だった。
もちろんノーラは芸器をただ手にしているだけではなく、それを駆使して、観客達を自分達の舞芸の世界へ引き込んでいる。
「お前達、箔がついたな」
踊りの合間に、銀狐が珍しくそんなことを言ってきた。
「それはあなたも同じです、銀狐さん」
「うん、ぼくもそう思うなぁ」
「俺はそんなに……変わってないと思うが?」
あみかとノーラは目を合わせ微笑んだ。
この1年。
たくさんのことがあったが、全てがいい思い出になって、ノーラの中にしっかり残っている。
(絢狐さんと銀弧くんも過ごしていく中で、悲しい事もあっただろうけれど、きっと楽しい事が多かったはず。
この舞を見て、その想いを思い出してくれたら……)
思いを胸に、ノーラは大桜の舞を踊る。
(真蛇さん、輝夜さん。どうか無事でいてください。この舞で、歌で届けられるものがありますように……)
歌いながら、あみかはせつに願った。
観客達は今にも踊り出しそうだ。
魔法陣も、どんどん輝きを増している。
お祭り、水遊び……楽しい思い出。
人ごみでは必ず迷子になるから、手をつなぐ。
かわいい、かわいい、小さい手。
じゃぶじゃぶ遊ぶ川岸は、いつもきらきら輝いてた。
きらきら、きらきら、輝いてた。
清楚な緋色の袴姿で空花 凛菜がやって来た。
「皆さん、こんにちは!」
凛菜は、清らかで安らかな天意の舞を、雅やかに舞い始める。
芸格を所持している凛菜から箔を感じ、観客は自然と視線が熱くなっている。
注目がぐっと集まる中、凛菜は華のかんばせを使ってにこりと微笑んだ。
「おぉぅ……」
観覧席が、骨抜きにされた者たちのため息で溢れる。
そんな中、凛菜がとうとうと語り出す。
「今日の舞芸大会は、偉大な陰陽師の絢狐様にお目覚めいただく為の、舞芸を捧げるお祭りです。
絢狐様は長きにわたって塞ノ門からの瘴気を封じてくださっていました。
此度、塞ノ門の問題が解決したことでお目覚めいただくことが可能となりました!
ご存知の方が多いかも知れませんが、絢狐様は陰陽師の銀狐様のお母様でもいらっしゃいます。
絢狐様に晴れやかにお目覚めいただいて、
お2人の再会が叶うよう私たちは精一杯の舞芸を捧げる心積もりです。
観客の皆さんにも応援いただけたらとても心強いです」
舞芸を開始した凛菜が神通天幕を広げると、辺り一帯の風景が、神々しい雲海と光芒が満たす空に変化した。
この神々しい光景を作った凛菜に、観客は特別な感銘を抱かずにいられない。
そして凛菜は舞神召喚を使い、舞芸を愛する天津神々を召喚した。
♪~
凛菜は友人からの贈り物、天之鳥笛を吹いた。
曲は持ち歌の『秋の調べ』。
華乱葦原の秋祭りをイメージして、伝統的な風情と賑やかさをMIXした良曲だ。
♪~
舞神召喚で現れた天津神々は、凛菜の芸を、息をぴったり合わせて盛り立てる。
神々しさと雅やかさ、そしてかわいさ満載の凛菜の舞芸は大喝采の中終了。
凛菜は優雅にお辞儀をして、舞台を降りて帰った。
川村 萌夏と八上 ひかりは事前に台本を作りネタ合わせも終え、準備万端の漫才を始める。
「今日の主役はなんといっても銀狐さんと絢狐さんでしょう。皆さん、本日は本当に、おめでたいことですね」
「そうそう。狐と言えば、ちょっといいお話がありますっけ」
演じるのは、狂言の『釣り狐』を題材にした漫才。
本来中世の日本が舞台だが、それを舞台を華乱葦原に変更し、登場人物も今日のこの日にふさわしいものにアレンジしている。
「昔々、ある所に腕の良い猟師がおりました。
彼の作った罠で、母狐を釣り取られた子狐は、
母親を取り戻そうとその猟師の伯父の僧侶に化けて、彼の小屋に行きました」
会話の主導を握るのは、ツッコミ役のひかり。
ひかりはそこまで語ると、萌夏をちらっと見た。
「あ、そうか。わたしが銀狐役だね?
ちょっと待って? いまつんつんスかしたした顔になるから、えーとえーと……こんな、感じ?」
ボケ役の萌夏は、ファストアクトと演技の知識で、絶妙のボケと確かな演技力を披露。
「違う違う。銀狐さんじゃなくって、子狐ちゃんだって」
すかさずひかりが、手にしていた高座扇子でぱしんと萌夏の肩を叩き、キレキレツッコミ。
「てゆか本人目の前にして『つんつんスかした顔』とか言っちゃ駄目でしょ」
「それじゃあ……これならいいかな? つんつんスかした顔」
「後ろ言っても向いてもだめー!」
「つんつんスかした顔」
「目そらししてもだめ!」
笑い声で会場が湧く中、ひかりがひときわ大きな妖蝶の大扇で萌夏をツッこむ。
ひかりの手には、高座扇子と、妖蝶の大扇。
夢妖の宴技によって両手の芸器を持っている。
それらを駆使して、ひかりは観客達を『漫才・釣り狐』の世界に引きんでいく。
「よーし、母上を救うため、頑張って化けるぞ! えい!」
ひかりが神通天幕を開き、辺り一帯の風景を神々しい雲海と光芒が満たす空に変化させる。
さらに光のトリックによって、子狐の萌夏が瞬間移動したように見せる。
子狐が僧侶に変身した様を現すための演出だった。
……と同時に、神通天幕の放つ特別な雰囲気が、観客の心をつかむ。
無事僧侶に変身した子狐は、猟師の小屋に到着した。
「おんや? これはこれは、偉い僧侶の、伯父さんじゃねぇか!」
ツッコミ役のひかりが、猟師役になって芝居に入る。
「伯父さん、なんで耳が生えてるんです? どっかの仮装大会ですかい?」
「はっ! しまった!」
「え?」
「いや、扉が閉まった! と言ったのだ! みみ、耳などないわい、ほら!」
「おかしいなあ……」
こんなやりとりを重ねつつ。
僧侶に化けた子狐は狐の祟りの恐ろしさを説き、猟師に「母狐の解放」と「狐釣りをやめる事」を約束させる。
「これで母上に会えるし、もう罠にびくびくせず暮らせるぞ♪」
そして帰り道。
僧侶姿のまま歩いていた子狐は、猟師が捨てた狐釣りの罠を見つける。
罠には餌がついたままで、子狐は誘惑に負け、思わず狐の姿に戻ってしまう。
「ぐははは! ひっかかったな! やはりお前、人ではなかったか!
伯父さんよりもつんつんスかしてて、おかしいと思ったわい」
「えっ、そこなの!? なんか間違ってない?」
「黙れ黙れ! さっき釣った大狐と一緒に、毛皮にしてくれるわ」
「やめてよ! お母さんを毛皮になんてしないで!」
猟師はその言葉に驚いた。
「こんな小さな狐が、母を助けに山里まで降りて来たと?
狐にも……母を慕う気持ちがあるのか?」
「当たり前じゃないか。母は大切なものだ」
子狐の母を想う心や勇気を知った猟師は、おいおい泣き出した。
「そうともそうとも。母ちゃんは……大事なものだよなぁ」
結局猟師は、狐の母と子を野に放した。
「親子で達者に暮らすんだぞ」
しめの言葉と共に、二人は幕引きがわりの葦原・花の舞を踊り始める。
葦原・花の舞――それは、地球と華乱葦原の舞芸者たちが生み出した踊り。
この世界に、新しい風が吹き込んだことを感じさせる新しい踊り。
拍手の中、どこからともなく桜の花びらが舞い、観覧席と舞台を彩る。
妖怪と人間、そして半妖……皆が心を通じ合わせる世界を、観客の誰もが予感する。
舞台の右上の魔法陣は、花びらの合間できらきらと輝いている。
時を同じくして――
桜稜郭の中心に位置する天守、桜の丸では、大規模な舞芸大会が始まろうとしていた。
離れた場所では、仲間達がこの場を守るために死闘を繰り広げている。
だが、その事実をこの晴れ晴れしい舞台に持ち込むことは決してあってはいけない。
せっかくの『ハレの気』に、必ずや暗い影を落としてしまう。
舞芸大会に集ったアイドル達は、精一杯、己の舞芸を魅せることに専念する。
開演直前のざわつきの中、日下部 穂波はこっそりと微笑んでいる。
舞台袖に立っている、銀狐を見ているのだ。
(あぁ……耳がぴこぴこしてる。ああ見えて、興奮してるのか?)
「なんだ?」
かんの鋭い銀狐は穂波の視線を感じ、じろりと睨んできた。
「ボクはその……出番待ちだよ」
「そうだった。お前が一番を買って出てくれたんだっけ。ありがとう、よろしく頼む」
「うん。ちょうど今から、始めるつもりだよ」
「そうだ。お前なら、ちょうどいい。お願いがあるんだが……」
穂波はうなずき、銀狐の話に耳を傾ける。
そして傾けつつ……。
(あ……また耳がぴこぴこしてる……油断するとつい動いちゃうのかも)
「むふふ」
「なんだ? 何がおかしい」
「ううん? なんでも。じゃあ行ってくるね!」
これから彼に起こるハッピーな展開を想像すると、穂波はますます笑みはこぼれた。
そして穂波は、舞台に立った。
まず最初に朧芸者の符を用いて芸者達を呼び出し、演奏と共に歌を披露する。
堂々と演じられていくのは、天下御免の和風ラブソング。
♪ あなたと会えた時、ぼくの心は目覚めたんだ
♪ 君との出会いは、ぼくに色をくれたんだ
♪ あの桜の色を、今も覚えている。
♪ 夏の海は、いっしょに砂浜で遊んだね
♪ 秋の山は紅に染まり、冬の雪原でいっしょにはしゃいだ。
♪ 君は今も、覚えている?
明るく楽しい恋の曲を、観客達は楽し気に聞いている。
これから始まる舞芸大会への期待も、自然と高まっていく。
拍手が受けながら、穂波は舞台の右上を指さした。
「さてさて! こちらにご注目下さい」
舞台の袖にいた銀狐が、魔法陣の描かれた符を飛ばす。
符は光りながら空気に溶け、薄い光の魔法陣となってそこに留まった。
「皆さん。あちらは、ハレの気がどのくらい集まっているか一目で判る魔法陣。
そうですね……『計り』みたいなものです。
ハレの気が集まれば集まるほど、魔法陣はくっきりと光り輝いていきます。
これから行われる舞芸大会で、ハレの気はどんどんたまり、
この地を守るために眠ってくれている絢狐さんに、届いていくでしょう」
穂波は足元を見下ろした。
自分達の足の下……地下深くに、絢狐はいるのだ。
「……」
観覧席がほんの少しの間しんとなった。
この地のこれまでの歴史を思い起こし、観客である民は、それぞれの思いに浸った。
穂波の明るい声は、しんとなった雰囲気を一気に打破する。
「この場にハレの気が満ち満ちた時、魔法陣は強烈に輝きます。
そのときこそが、絢狐さんが本当に目覚める瞬間なのです」
「みんなで騒いで楽しんで、絢狐様をたたき起こそうぜ!」
観覧席から威勢のいい声が飛んでくる。
その観覧席は、その声に賛同する暖かく大きな拍手に包まれた。
「さぁ、次からは本命たちのご登場。みんな、いっぱい楽しんでね!」
舞台に飛び出してきたのは、明るく元気な世良 延寿。
にっこり笑った延寿は、開口一番、遊び人の前口上で観客席を盛り立てる。
「それじゃ、みんなで楽しく踊って、絢狐様をお迎えしよう!」
元気よく手を振りあげると、観客は手を振り返したり「おー!」と言って延寿と同じように手を振りあげた。
延寿が手に巻けたクラッピングベルは、しゃんしゃんしゃんと音を立て、キラキラと光っている。
「踊りはね? こんな感じだよっ」
花模様の華舞浴衣を現代的に大胆に着崩した延寿は、浴衣をひらめかせ、得意の宙がえりを披露。
「あっ……今のはみんなはやんなくてよくって……この踊りを、やるの!」
延寿は、鼻歌まじりに楽しそうに踊り出す。
「ふん♪ ふん♪ ふん♪ みんなの明るい笑顔でもって♪」
しゃん しゃん しゃん
踊れば踊るほど、着崩した浴衣の裾がひらひら舞って、かわいい足もちらちら見えて、それは可愛らしい。
「らん♪ らん♪ らん♪ 絢狐様を、お迎えしましょう♪」
しゃん しゃん しゃん
延寿の踊りは、大桜の舞。
桜稜郭の巷で編み出された踊りなので、観客達の多くにとってなじみ深いものだった。
ちなみに今日の延寿は思っていることがそのまま鼻歌になっており、素直な気持ちがまっすぐ観客に伝わっている。
「るん♪ らん♪ らん♪ みんなでこうして踊るのは♪」
しゃん しゃん しゃん
延寿につられて身体をゆすっていた観客達は、次々に立ち上がり、その場で踊り出す。
しゃん しゃん しゃん
「楽しいですよ、絢狐様♪」
一人で舞台にいるのがもどかしく、
「えいっ♪」
延寿は観覧席に飛び降りると、さらにその場は賑やかに湧いた。
「えっさ♪ えっさ♪ らん♪ らん♪」
しゃん しゃん しゃん しゃん
延寿は観覧客と手を取り合って踊った。
(絢狐様も、この踊りの輪に、入ろうよ! 楽しいよ?)
そう、心の中で語りかけながら。
皆が楽しい笑顔になって、大桜の舞は終演した。
「絢狐様が戻ってきたら、またみんなで一緒に踊ろうね!」
浴衣の裾をひらめかせ、延寿は観客達に笑顔で手を振った。
いきなり観覧席にARANAMI☆舵燻でダイブしたのは、天地 和だった。
型破りなアピールに観客達は度肝を抜かれたが、和が芸格を所持していたため、結果的にはなかなかの好感触となった。
和の手には、アイドル活動に欠かせないアイテム『高級麻雀セット』。
「この舶来モノの『麻雀』は、縁起がいいことでも知られているよ! 誰か、我こそはって者はいるかー!?」
彼女はそれを高く掲げ皆に見せる。
今日のハレの日に縁起のいいことをしたい観客は多く、あちこちで手が上がった。
「じゃあ皆さん、舞台へどうぞー!」
大勢希望した場合に備え舞台にはごくごく普通の麻雀セットがいくつか用意してあった。
さらに麻雀のルール説明冊子、和の著書「天地和のたのしい麻雀」まで支度してある準備の良さだ。
「ちなみにみんなは、見た目が綺麗ならそれでツモ(アガリ)ってことでもオッケー! 気楽にいこう♪」
始めて触れる麻雀牌の感触や、デザインの美しさに感心している者も多い。
中には和の説明をろくに聞かず、牌にも触れず、「天地和のたのしい麻雀」を読みふける者が複数存在していた。
未来の麻雀アイドルが独特の感性で書いたその著書は、溢れ過ぎるほどの麻雀愛に彩られており、購入を希望した者がいたとかいないとか……。
和の麻雀舞芸(ライブ)が始まった。
和は和が舞神召喚で呼び出した舞芸を愛する天津神々と共に、一卓一卓に顔を出していく。
「わたしの麻雀は点数や勝ち負けよりも、どれだけ魅せるかを重視するよ!
例えばツモ切り! わたしのツモ切りは……こう!」
手首のスナップを利かせた和が、大きくきびきびとした動作で牌を捨てれば、舞芸を愛する神々は、そのスナップをさらに素晴らしく見せるよう舞い踊る。
「みんなは見た目が綺麗ならオリジナル役とか作ってもオッケーだからね」
「うんうん、綺麗……ってゆかそれ、だ、大三元じゃん! え、ドラドラ……裏ドラまで!! すごい、大勝ちだよ!」
誰かが大当たりすれば天津神々はこぞって集まって祝福の舞いを踊り、勝った者を大いに称える。
「……朝を象徴する白(ハク)よ、その一端を卓上に示せ!」
「この、名のある陰陽師が書いた符のように美しい文字の並び! これこそが、字一色(ツーイーソー)」
「それは緑一色(リューイーソー)を狙えるよ! 雀卓に、吹け、草原の風!」
和は言葉や解説で麻雀を盛り立て、神々は舞で、麻雀中――特に対局中の人々を盛り立てた。
麻雀に参加した者達は、(ルールはさておいて)対局の楽しさや迫力、歓声した牌の美しさ、牌に触れる楽しさ等を知ることができたという。
あらあら泣いちゃって……
ちび狐のくせに、本当に負けず嫌いなんだから。
え? もう一回?
そうね、じゃあ次は、花札で勝負しましょうか。
勝負事が好きなんて、やっぱり男の子ね。
花札は初めてだったっけ?
それじゃあ、教えてあげましょうね。
「銀狐さん、私たちと一緒に舞台を作ってくれませんか?」
藍屋 あみかと、ノーラ・レツェルは銀狐にそう申し出た。
「判った。行こう」
銀狐がなかなか素直にうなずいた。
今日という日への覚悟もあるだろうが、舞芸者としての彼の成長ぶりもうかがい知れる。
「ふぇすた座の皆と舞芸をするのは久々だな」
「そういえば、ぼくとあみかちゃんが共演するのも、久しぶりだねぇ」
「ええ。久しぶりの共演で嬉しいですね」
そんな和気あいあいとした中、3人は舞台へ向かった。
炎と氷の協奏曲、相反するものが織り成すものを表現したい――ノーラとあみかは、その思いでこのライブを構成した。
まずはあみかが『神供の宵弧月琴』を奏でる。
芸格を所持しているあみかから箔を感じ、観客は自然と視線が熱くなっている。
♪~
ひとしきり奏でた後、あみかはアイススカルプチャーの魔法を使い、ステージに氷像を出現させた。
氷像といっても人や動物ではなく「門」の形状をしている。
つまり「氷の門」だ。
銀狐が氷の門の前に立ち、指先で宙に輪を描き陰陽の術を唱えると、門のまわりがぐるり一周、炎に囲われた。
次にノーラが『石楠花(しゃくなげ)と蝶の大扇』を開いた。
幻想的な柄の大扇は常に輝き、ふちから光の粒が散っている。
炎のそばを浮遊している光の粒は、まるで火の粉のように見える。
あみかは大火の舞を激しく踊り、全身に炎を纏う。
その姿にて、氷の門に近づいたり退いたりの動きを織り交ぜ舞い続ける。
炎と氷が近づき離れる様の表現だった。
「炎は熱く身を焦がし……
けれど(近づく距離によっては)ひとを暖めるものでもあるんです」
朧芸者の符を使い幻の舞芸者達を呼び出せば、現れた舞芸者達はあみかを盛り立てて舞う。
炎を纏ったあみかと対照的に、ノーラは妖術を使って自分の足元の周りに小さな氷の花を咲かせる。
手にしている提灯に灯りをともせば、蝶の羽ばたきの影が見え。
そしてノーラが語る。
「氷は冷たくて、硬質的。
そんなイメージだけど、光を当てると輝き出すんだ……!」
足回りの氷の花は提灯の優しい光を浴び、反射して幻想的にきらきら輝いた。
そしてあみかとノーラは炎の輪に踏み入り、氷の門に触れた。
アイススカルプチャーの魔法で作られたものは、触れると一瞬で砕けキラキラと光を放ちながら消える。
だから氷の門も一瞬で消え、それに合わせて銀狐が炎の輪を消去した。
~♪
あみかが弓を演奏しながら、心を込めて伸びやかに奉歌高唱を歌い始める。
歌声は光の粒のようになり、キラキラと辺りを漂いすうっと消えていく。
~♪
降り注ぐ光の粒の中。
ノーラが、楽しい雰囲気で大桜の舞を踊る。
それは桜稜郭の巷で編み出された踊り。
さきほど延寿と共にそれを踊った観客達は、なじみあるその踊りに再び触れて、頬がゆるむ。
「懐かしいな。俺も母上と、これを踊った気がする――」
銀狐はぽつりとつぶやき、懐から小さな折り紙をいくつも取り出した。
陰陽の術によって折り紙はひとりでに折れ鶴となり、今ひとときだけ、輝きを放ちながらその場を飛び周る。
~♪
水虎の衣をまとっていたノーラが踊り出せば、爽やかな水音が聞こえる。
水遊び、川遊び、船遊び……人々はおのおのの水場での出来事に思いを馳せる――
~♪
石楠花と蝶の大扇と、揚羽の導きの提灯。
ノーラは、夢妖の宴技によって、二つの芸器を手に舞っている。
どちらも思い出深い芸器だった。
もちろんノーラは芸器をただ手にしているだけではなく、それを駆使して、観客達を自分達の舞芸の世界へ引き込んでいる。
「お前達、箔がついたな」
踊りの合間に、銀狐が珍しくそんなことを言ってきた。
「それはあなたも同じです、銀狐さん」
「うん、ぼくもそう思うなぁ」
「俺はそんなに……変わってないと思うが?」
あみかとノーラは目を合わせ微笑んだ。
この1年。
たくさんのことがあったが、全てがいい思い出になって、ノーラの中にしっかり残っている。
(絢狐さんと銀弧くんも過ごしていく中で、悲しい事もあっただろうけれど、きっと楽しい事が多かったはず。
この舞を見て、その想いを思い出してくれたら……)
思いを胸に、ノーラは大桜の舞を踊る。
(真蛇さん、輝夜さん。どうか無事でいてください。この舞で、歌で届けられるものがありますように……)
歌いながら、あみかはせつに願った。
観客達は今にも踊り出しそうだ。
魔法陣も、どんどん輝きを増している。
お祭り、水遊び……楽しい思い出。
人ごみでは必ず迷子になるから、手をつなぐ。
かわいい、かわいい、小さい手。
じゃぶじゃぶ遊ぶ川岸は、いつもきらきら輝いてた。
きらきら、きらきら、輝いてた。
清楚な緋色の袴姿で空花 凛菜がやって来た。
「皆さん、こんにちは!」
凛菜は、清らかで安らかな天意の舞を、雅やかに舞い始める。
芸格を所持している凛菜から箔を感じ、観客は自然と視線が熱くなっている。
注目がぐっと集まる中、凛菜は華のかんばせを使ってにこりと微笑んだ。
「おぉぅ……」
観覧席が、骨抜きにされた者たちのため息で溢れる。
そんな中、凛菜がとうとうと語り出す。
「今日の舞芸大会は、偉大な陰陽師の絢狐様にお目覚めいただく為の、舞芸を捧げるお祭りです。
絢狐様は長きにわたって塞ノ門からの瘴気を封じてくださっていました。
此度、塞ノ門の問題が解決したことでお目覚めいただくことが可能となりました!
ご存知の方が多いかも知れませんが、絢狐様は陰陽師の銀狐様のお母様でもいらっしゃいます。
絢狐様に晴れやかにお目覚めいただいて、
お2人の再会が叶うよう私たちは精一杯の舞芸を捧げる心積もりです。
観客の皆さんにも応援いただけたらとても心強いです」
舞芸を開始した凛菜が神通天幕を広げると、辺り一帯の風景が、神々しい雲海と光芒が満たす空に変化した。
この神々しい光景を作った凛菜に、観客は特別な感銘を抱かずにいられない。
そして凛菜は舞神召喚を使い、舞芸を愛する天津神々を召喚した。
♪~
凛菜は友人からの贈り物、天之鳥笛を吹いた。
曲は持ち歌の『秋の調べ』。
華乱葦原の秋祭りをイメージして、伝統的な風情と賑やかさをMIXした良曲だ。
♪~
舞神召喚で現れた天津神々は、凛菜の芸を、息をぴったり合わせて盛り立てる。
神々しさと雅やかさ、そしてかわいさ満載の凛菜の舞芸は大喝采の中終了。
凛菜は優雅にお辞儀をして、舞台を降りて帰った。
川村 萌夏と八上 ひかりは事前に台本を作りネタ合わせも終え、準備万端の漫才を始める。
「今日の主役はなんといっても銀狐さんと絢狐さんでしょう。皆さん、本日は本当に、おめでたいことですね」
「そうそう。狐と言えば、ちょっといいお話がありますっけ」
演じるのは、狂言の『釣り狐』を題材にした漫才。
本来中世の日本が舞台だが、それを舞台を華乱葦原に変更し、登場人物も今日のこの日にふさわしいものにアレンジしている。
「昔々、ある所に腕の良い猟師がおりました。
彼の作った罠で、母狐を釣り取られた子狐は、
母親を取り戻そうとその猟師の伯父の僧侶に化けて、彼の小屋に行きました」
会話の主導を握るのは、ツッコミ役のひかり。
ひかりはそこまで語ると、萌夏をちらっと見た。
「あ、そうか。わたしが銀狐役だね?
ちょっと待って? いまつんつんスかしたした顔になるから、えーとえーと……こんな、感じ?」
ボケ役の萌夏は、ファストアクトと演技の知識で、絶妙のボケと確かな演技力を披露。
「違う違う。銀狐さんじゃなくって、子狐ちゃんだって」
すかさずひかりが、手にしていた高座扇子でぱしんと萌夏の肩を叩き、キレキレツッコミ。
「てゆか本人目の前にして『つんつんスかした顔』とか言っちゃ駄目でしょ」
「それじゃあ……これならいいかな? つんつんスかした顔」
「後ろ言っても向いてもだめー!」
「つんつんスかした顔」
「目そらししてもだめ!」
笑い声で会場が湧く中、ひかりがひときわ大きな妖蝶の大扇で萌夏をツッこむ。
ひかりの手には、高座扇子と、妖蝶の大扇。
夢妖の宴技によって両手の芸器を持っている。
それらを駆使して、ひかりは観客達を『漫才・釣り狐』の世界に引きんでいく。
「よーし、母上を救うため、頑張って化けるぞ! えい!」
ひかりが神通天幕を開き、辺り一帯の風景を神々しい雲海と光芒が満たす空に変化させる。
さらに光のトリックによって、子狐の萌夏が瞬間移動したように見せる。
子狐が僧侶に変身した様を現すための演出だった。
……と同時に、神通天幕の放つ特別な雰囲気が、観客の心をつかむ。
無事僧侶に変身した子狐は、猟師の小屋に到着した。
「おんや? これはこれは、偉い僧侶の、伯父さんじゃねぇか!」
ツッコミ役のひかりが、猟師役になって芝居に入る。
「伯父さん、なんで耳が生えてるんです? どっかの仮装大会ですかい?」
「はっ! しまった!」
「え?」
「いや、扉が閉まった! と言ったのだ! みみ、耳などないわい、ほら!」
「おかしいなあ……」
こんなやりとりを重ねつつ。
僧侶に化けた子狐は狐の祟りの恐ろしさを説き、猟師に「母狐の解放」と「狐釣りをやめる事」を約束させる。
「これで母上に会えるし、もう罠にびくびくせず暮らせるぞ♪」
そして帰り道。
僧侶姿のまま歩いていた子狐は、猟師が捨てた狐釣りの罠を見つける。
罠には餌がついたままで、子狐は誘惑に負け、思わず狐の姿に戻ってしまう。
「ぐははは! ひっかかったな! やはりお前、人ではなかったか!
伯父さんよりもつんつんスかしてて、おかしいと思ったわい」
「えっ、そこなの!? なんか間違ってない?」
「黙れ黙れ! さっき釣った大狐と一緒に、毛皮にしてくれるわ」
「やめてよ! お母さんを毛皮になんてしないで!」
猟師はその言葉に驚いた。
「こんな小さな狐が、母を助けに山里まで降りて来たと?
狐にも……母を慕う気持ちがあるのか?」
「当たり前じゃないか。母は大切なものだ」
子狐の母を想う心や勇気を知った猟師は、おいおい泣き出した。
「そうともそうとも。母ちゃんは……大事なものだよなぁ」
結局猟師は、狐の母と子を野に放した。
「親子で達者に暮らすんだぞ」
しめの言葉と共に、二人は幕引きがわりの葦原・花の舞を踊り始める。
葦原・花の舞――それは、地球と華乱葦原の舞芸者たちが生み出した踊り。
この世界に、新しい風が吹き込んだことを感じさせる新しい踊り。
拍手の中、どこからともなく桜の花びらが舞い、観覧席と舞台を彩る。
妖怪と人間、そして半妖……皆が心を通じ合わせる世界を、観客の誰もが予感する。
舞台の右上の魔法陣は、花びらの合間できらきらと輝いている。