邪神と妖狐と桜の城
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■桜稜郭での激戦 ――信じる、ということ――(4)
こうして魔剣ヒラサカは、アイドル達が奪還した。
しかしそこに歓喜の空気はなく、むしろ重く禍々しい空気に包まれている。
クロツミが、残った神剣イツノオハバリを両手で握る。
「イツノオハバリよ、我の禍々しさをすべて受け止め、邪剣となり荒ぶるのだ」
言霊をはらんだような本気の言葉に、イツノオハバリはますます禍々しい黒い剣気を放つ。
これから何が起きるか様子を見ていたアイドル達の中から、堀田 小十郎が前に出る。
「仲間達や無辜の民にその剣を向けると言うのなら……止めさせてもらおう」
小十郎の横には、親友の睡蓮寺 陽介。
そして2人の男子の後ろには、陽介の妹、華奢な少女の睡蓮寺 小夜が控えている。
3人の芸格と、隠し持って来た神通天幕は、クロツミとイツノオハバリを弱体化させている。
凛とした佇まいの小十郎の手には、神涙刀サワメ。
刃に宿る強力な水の加護で炎を抑え、雷を切り裂く刀だ。
「妹の力を取り戻す、母との約束を果たす……どちらも褒められるべき行いだ。
だが私は、事の善悪を問いたい訳ではない。
お前のその行いを、間違いだと言いたい訳でもない」
揺るぎない強い想い。
それが今、小十郎を突き動かしている。
「私の前で仲間を傷つかせたくはない。
この結界の向こうにいる民や、フェスタの皆もそうだが……輝夜も、今ではフェスタの一員だ。
妹だからと、強硬手段にでるのは止めていただこう」
麒麟から降り、地上に戻って来た輝夜は、辺りを飛翔している。
この緊迫した空気の中でも、アイドル達は輝夜を見れば、たいてい気軽に言葉をかけていく。
その姿を見止めたクロツミは、憎々し気に舌打ちした。
「人間は、殺す!」
クロツミが、敵意と邪気をむき出しにして、小十郎の喉元にイツノオハバリを突き付ける。
動じることなく、小十郎はクロツミを見上げた。
「さあ……シ合いといこうじゃないか」
(十くん……)
小夜は生きた心地がしない中、小十郎とクロツミのやりとりを見守っている。
しかし逃げたいと思ったり、目をそらしてしまうことはない。
小十郎が、まったく無駄の生じない無拍子の動きで、するりと神涙刀サワメを抜く。
(十くん、私も誰かが傷つくのはいやだから……)
「だから、怖くても頑張るんだ……!」
クシミタマの霊弓を手にした小夜は、天を仰ぎ、風をつかさどる神に働きかけて力を集める。
「神さま……光の雨になって、どうか皆に力を与えてください!」
その力は翠風の光雨となり、小夜自身と小十郎と陽太郎に降り注ぐ。
クシミタマの霊弓の作用で、光雨の力は通常よりも高まっていく。
こうして3人は、風の加護を受けて敏捷になった。
黒い剣気を放つイツノオハバリに対して、小十郎は、精神一到にて神経を集中させ、正確に狙いを定め切り込んでいく。
習得している無拍子の動きも、それを助ける。
魔剣ヒラサカが奪った今、襲ってくる炎も雷もない。
物理的な、力と力のぶつかりあいだった。
小夜の盾になりながら、陽介は小十郎を眺めている。
陽介の目は、勝利を確信していて明るい。
「負けんじゃねぇぞ……小十郎!」
陽介は急令結界の術を唱え、3人それぞれに対術結界を貼る。
さらに、高速移動をするクロツミの足を阻むために、魔神掌を作り出した。
その大きな手で、高速移動するクロツミの行き先を遮り、牽制を試みる。
「忌まわしい! またこの拳か!」
クロツミは苛立っている。
不滅不死とはいえ、全身全霊でかかってきたフェスタ生を何人も死闘を繰り広げてきたのだ。
疲労は蓄積している。
しかも魔剣ヒラサカは、手元から離れてしまった。
今やアイドル達は、全員がこの場に集結している。
その時があれば役目をみつけ果たそうとそこに待機しているが、今は、小十郎とクロツミの息を呑む刀と刀のぶつかり合いを見守っている。
「一つ問う……お前は何の為に剣を振るう」
小十郎の言葉に、クロツミはニヤリと笑うだけで特に答えない。
「誰が語るか。人間は、殺すのみ!」
クロツミが吠え、雷を纏った俊足で魔拳掌を逃れ、小十郎に接近する。
以前変わらぬスピードだったが、実は今のクロツミには、この高速移動を連続して繰り出すほどの力は残っていない。
―― 樹京の大樹「オンバシラ」様! どうか十くんをお守り下さい!
クシミタマの霊弓を手にしている小夜が、天津御柱の祈祷を捧げる。
「小娘! こざかしい!」
苛立っているクロツミが、小夜をにらんだ。
小夜の盾になっている陽介が、大きく両手を広げて立ちふさがる。
「おっと。俺の妹には、それ以上近づかないでもらおうか」
陽介は陰陽師の術を唱え、十天十刃の赤い矢を出現させ、クロツミを囲み刺そうと試みるが、
「これも二度目だ! 見切ったり!」
クロツミは、十天十矢を俊足でかわしてしまった。
その隙をつき、小十郎が斬りかかる。
「甘い!」
黒い剣気をまき散らしながら、小十郎のワカサメを斬り返す。
ただ獰猛に雄叫び暴れているだけのように見えたクロツミだが、こうしてみると剣の腕は確かだった。
刃と刃がぶつかりあう音が辺りに響く。
切りつけ、切り返し、また切りつけ。
殺陣でも行っているような見事な競り合いだった。
「おお、忘れてた。小十郎。ありがたくこれを、使わせてもらうぜ!」
陽介が神通天幕を開き掲げた。
小十郎は自分ではそれを持たず、親友の陽介にそれを託していたのだ。
周りにいたアイドルたちが、そうだそうだと、自分達の神通天幕を開き掲げ始めた。
持っていない者は、天津神々へ思いを馳せ、恭しく祈った。
辺り一帯の風景が、神々しい雲海と光芒が満たす空に変化して、空気がすぅっと清く澄み渡った。
「う……うぉおおお! やめろ!」
クロツミは、これまでで一番苦しそうだった。
(クロツミ。お前の剣は、決定的に『想い』が欠けている)
小十郎が高速で構えをとり、
「信念宿らぬ剣に、遅れをとる訳にはいかない!」
その速さを乗せて、大上段からクロツミを斬りつける。
仲間達の助けで動きを封じられたクロツミに向け、小十郎が無明絶刀を放った。
「な……んだと?」
クロツミは茫然と立ち尽くしている。
次の一振りを繰り出そうにも、神剣イツノオハバリは思うように動かない。
それどころか、腕そのものが動いていないようだ。
「どう? 兄上。あたしの言った通りになったっしょ」
輝夜がクロツミの肩に止まった。
そしてクロツミは、おのれの足元に、見覚えある剛腕が落ちていることに気づく。
落ちているその腕――クロツミの腕は――イツノオハバリを握っている。
「う、腕ごと奪うとは!!」
小十郎は礼儀正しく頭を下げ、始まった時と同じ静かな身のこなしで神涙刀ワカサメを鞘に戻す。
「みんな……みんなの機転と力……すごい……」
小夜は、ひらめく何枚もの神通天幕を見渡している。
「おっと、回収回収」
陽介は、小十郎から託された神通天幕を広げてイツノオハバリをくるみ、クロツミを見上げる。
「妹を傷つける兄なんざ兄じゃねぇ……痛いのくらって反省するしかねえよな!」
「おのれ――おのれ、こわっぱどもが賢しらに駆けずり回りよってッ!!」
依然として消えない不死不滅の力によって、腕は再生する。
だが、失ったものは戻らない――二つの剣は奪われ、もはやクロツミに残されたのは、その剛腕と、覆しがたい敗北感であった。
こうして魔剣ヒラサカは、アイドル達が奪還した。
しかしそこに歓喜の空気はなく、むしろ重く禍々しい空気に包まれている。
クロツミが、残った神剣イツノオハバリを両手で握る。
「イツノオハバリよ、我の禍々しさをすべて受け止め、邪剣となり荒ぶるのだ」
言霊をはらんだような本気の言葉に、イツノオハバリはますます禍々しい黒い剣気を放つ。
これから何が起きるか様子を見ていたアイドル達の中から、堀田 小十郎が前に出る。
「仲間達や無辜の民にその剣を向けると言うのなら……止めさせてもらおう」
小十郎の横には、親友の睡蓮寺 陽介。
そして2人の男子の後ろには、陽介の妹、華奢な少女の睡蓮寺 小夜が控えている。
3人の芸格と、隠し持って来た神通天幕は、クロツミとイツノオハバリを弱体化させている。
凛とした佇まいの小十郎の手には、神涙刀サワメ。
刃に宿る強力な水の加護で炎を抑え、雷を切り裂く刀だ。
「妹の力を取り戻す、母との約束を果たす……どちらも褒められるべき行いだ。
だが私は、事の善悪を問いたい訳ではない。
お前のその行いを、間違いだと言いたい訳でもない」
揺るぎない強い想い。
それが今、小十郎を突き動かしている。
「私の前で仲間を傷つかせたくはない。
この結界の向こうにいる民や、フェスタの皆もそうだが……輝夜も、今ではフェスタの一員だ。
妹だからと、強硬手段にでるのは止めていただこう」
麒麟から降り、地上に戻って来た輝夜は、辺りを飛翔している。
この緊迫した空気の中でも、アイドル達は輝夜を見れば、たいてい気軽に言葉をかけていく。
その姿を見止めたクロツミは、憎々し気に舌打ちした。
「人間は、殺す!」
クロツミが、敵意と邪気をむき出しにして、小十郎の喉元にイツノオハバリを突き付ける。
動じることなく、小十郎はクロツミを見上げた。
「さあ……シ合いといこうじゃないか」
(十くん……)
小夜は生きた心地がしない中、小十郎とクロツミのやりとりを見守っている。
しかし逃げたいと思ったり、目をそらしてしまうことはない。
小十郎が、まったく無駄の生じない無拍子の動きで、するりと神涙刀サワメを抜く。
(十くん、私も誰かが傷つくのはいやだから……)
「だから、怖くても頑張るんだ……!」
クシミタマの霊弓を手にした小夜は、天を仰ぎ、風をつかさどる神に働きかけて力を集める。
「神さま……光の雨になって、どうか皆に力を与えてください!」
その力は翠風の光雨となり、小夜自身と小十郎と陽太郎に降り注ぐ。
クシミタマの霊弓の作用で、光雨の力は通常よりも高まっていく。
こうして3人は、風の加護を受けて敏捷になった。
黒い剣気を放つイツノオハバリに対して、小十郎は、精神一到にて神経を集中させ、正確に狙いを定め切り込んでいく。
習得している無拍子の動きも、それを助ける。
魔剣ヒラサカが奪った今、襲ってくる炎も雷もない。
物理的な、力と力のぶつかりあいだった。
小夜の盾になりながら、陽介は小十郎を眺めている。
陽介の目は、勝利を確信していて明るい。
「負けんじゃねぇぞ……小十郎!」
陽介は急令結界の術を唱え、3人それぞれに対術結界を貼る。
さらに、高速移動をするクロツミの足を阻むために、魔神掌を作り出した。
その大きな手で、高速移動するクロツミの行き先を遮り、牽制を試みる。
「忌まわしい! またこの拳か!」
クロツミは苛立っている。
不滅不死とはいえ、全身全霊でかかってきたフェスタ生を何人も死闘を繰り広げてきたのだ。
疲労は蓄積している。
しかも魔剣ヒラサカは、手元から離れてしまった。
今やアイドル達は、全員がこの場に集結している。
その時があれば役目をみつけ果たそうとそこに待機しているが、今は、小十郎とクロツミの息を呑む刀と刀のぶつかり合いを見守っている。
「一つ問う……お前は何の為に剣を振るう」
小十郎の言葉に、クロツミはニヤリと笑うだけで特に答えない。
「誰が語るか。人間は、殺すのみ!」
クロツミが吠え、雷を纏った俊足で魔拳掌を逃れ、小十郎に接近する。
以前変わらぬスピードだったが、実は今のクロツミには、この高速移動を連続して繰り出すほどの力は残っていない。
―― 樹京の大樹「オンバシラ」様! どうか十くんをお守り下さい!
クシミタマの霊弓を手にしている小夜が、天津御柱の祈祷を捧げる。
「小娘! こざかしい!」
苛立っているクロツミが、小夜をにらんだ。
小夜の盾になっている陽介が、大きく両手を広げて立ちふさがる。
「おっと。俺の妹には、それ以上近づかないでもらおうか」
陽介は陰陽師の術を唱え、十天十刃の赤い矢を出現させ、クロツミを囲み刺そうと試みるが、
「これも二度目だ! 見切ったり!」
クロツミは、十天十矢を俊足でかわしてしまった。
その隙をつき、小十郎が斬りかかる。
「甘い!」
黒い剣気をまき散らしながら、小十郎のワカサメを斬り返す。
ただ獰猛に雄叫び暴れているだけのように見えたクロツミだが、こうしてみると剣の腕は確かだった。
刃と刃がぶつかりあう音が辺りに響く。
切りつけ、切り返し、また切りつけ。
殺陣でも行っているような見事な競り合いだった。
「おお、忘れてた。小十郎。ありがたくこれを、使わせてもらうぜ!」
陽介が神通天幕を開き掲げた。
小十郎は自分ではそれを持たず、親友の陽介にそれを託していたのだ。
周りにいたアイドルたちが、そうだそうだと、自分達の神通天幕を開き掲げ始めた。
持っていない者は、天津神々へ思いを馳せ、恭しく祈った。
辺り一帯の風景が、神々しい雲海と光芒が満たす空に変化して、空気がすぅっと清く澄み渡った。
「う……うぉおおお! やめろ!」
クロツミは、これまでで一番苦しそうだった。
(クロツミ。お前の剣は、決定的に『想い』が欠けている)
小十郎が高速で構えをとり、
「信念宿らぬ剣に、遅れをとる訳にはいかない!」
その速さを乗せて、大上段からクロツミを斬りつける。
仲間達の助けで動きを封じられたクロツミに向け、小十郎が無明絶刀を放った。
「な……んだと?」
クロツミは茫然と立ち尽くしている。
次の一振りを繰り出そうにも、神剣イツノオハバリは思うように動かない。
それどころか、腕そのものが動いていないようだ。
「どう? 兄上。あたしの言った通りになったっしょ」
輝夜がクロツミの肩に止まった。
そしてクロツミは、おのれの足元に、見覚えある剛腕が落ちていることに気づく。
落ちているその腕――クロツミの腕は――イツノオハバリを握っている。
「う、腕ごと奪うとは!!」
小十郎は礼儀正しく頭を下げ、始まった時と同じ静かな身のこなしで神涙刀ワカサメを鞘に戻す。
「みんな……みんなの機転と力……すごい……」
小夜は、ひらめく何枚もの神通天幕を見渡している。
「おっと、回収回収」
陽介は、小十郎から託された神通天幕を広げてイツノオハバリをくるみ、クロツミを見上げる。
「妹を傷つける兄なんざ兄じゃねぇ……痛いのくらって反省するしかねえよな!」
「おのれ――おのれ、こわっぱどもが賢しらに駆けずり回りよってッ!!」
依然として消えない不死不滅の力によって、腕は再生する。
だが、失ったものは戻らない――二つの剣は奪われ、もはやクロツミに残されたのは、その剛腕と、覆しがたい敗北感であった。