海底二万ヘルツ
リアクション公開中!
リアクション
■そう君たちは、どこにだって行けるのだから
「えっぐ……ひっく……」
フランティア住人の心に巣食っていた閉塞感が斬られたことで、もはやシャンティ・ドールのライブはブーイングが飛ぶ始末となっていた。ソウルドロップのモニタが示すハルモニアゲージは、100%まであと少し。そのトリを飾る『リトルフルール』のライブが始まろうとしていたのだが……団長であるシャーロット・フルールは合歓季 風華に抱きついてぐずっていた。
「ふぇぇ~ん、潜水艇怖かったよぉぉ……」
「よしよし……怖かったですよね。今は大丈夫ですから安心してください」
優しく頭を撫でられ、一旦は泣き止んだものの、潜水艇での時間を思い出してしまったのか風華にぎゅう、と抱きつく。
「暗くて狭くて……もし壊れたりしたら……いやだぁぁ!!」
「大丈夫! ここに水が流れ込むことはないし、わたしたちがついてるから、怖くなんてないよ!」
虹村 歌音の励ましもあって、ようやくシャーロットがライブへの意欲を見せ始める。
「くくく……あっはっはっ。シャロの奴、メッチャビビってやがんの」
しかし、アレクス・エメロードがそんな雰囲気に水を差す。
「こんな大人しいシャロ、初めて見たぜ。やー楽しい楽しい、いつもこうしおらしければ可愛くて嬉しいんだがな」
「…………」
すたすた、と歌音がアレクスに近付き、無言のまま振りかぶった手でアレクスの頬をひっぱたく。
「ぶべぇ!?」
まさかの攻撃をアレクスがもろに食らってひっくり返り、目をパチパチとさせているところへ、ウィリアム・ヘルツハフトがやって来て手を差し出す。
「立てるか?」
「……ふ、ふん!」
手を払い除け、自力で立ち上がる。赤くなった頬に触れたいのを我慢している様子のアレクスへ、ウィリアムが諭すように声をかける。
「今のあいつを笑うのは、流石に少々酷だろう。後できちんと謝っておくことだ」
アレクスの返事を待たず、ウィリアムが立ち去った歌音を追いかける。
「…………べ、別に、謝るつもりなんてねーからな。ただ……その……言い過ぎたってんなら――ぐほぉっ!?」
シャーロットの方を振り返った瞬間、脇腹にシャーロットの足がめり込む。
「こんな恐ろしい所、長居は無用なんだよ! 全力全開のハルモニアライブで最後の抵抗してるシャンティ・ドール上層部にまいった、って言わせて、地上に帰るんだから!」
指先はなおも懸命にライブを続けるシャンティ・ドールメンバーを指しつつ、足は小刻みにアレクスの脇腹を抉っていた。
「おいこら暴力マスター! 的確に弱点突いてんじゃねぇ!」
乱暴に払い除けようとすれば、ひらり、と軽やかに舞ってかわし、にひひ、と笑ってみせる。
(……ま、それでこそ、か)
声に出さずに呟いたアレクスへ、シャーロットの手が差し出される。
「いくよアレクちゃん、海底都市に閉じこもった人たちに、海の底よりずっとずっと素敵な世界を見せてあげるんだ!」
「へいへい分かりましたよ。ここであいつらを負かさなきゃ俺らも地上に帰れねぇ。俺を使っておきながら負けたら許さねぇからな」
いささか乱暴にアレクスがシャーロットの手を取り、肩にかけられていたキーボードからハルモニアが生まれ、鍵盤ひとつひとつに宿ったかと思うと弾けるように飛び、左右対称の電子鍵盤として展開する。
「ちょっと待たせちゃったけど、『リトルフルール』ライブスタート! この歌を聞け~♪」
開始の合図とばかりにハルモニアを凝縮した光の弾を打ち上げ、上空で弾けさせる。一番に飛び出したシャーロットのダンスに伴奏を加えるべく、ウィリアムがユニゾンしたギターを鳴らして歌音がステージに飛び出し、風華と天草 燧が並んで続き、少し前、グランドマザーとのライブ対決でも披露した曲、『Leave The Nest』を歌い出す。
Fly to the Future
さあここから飛び立とう
The Sky’s to the new world
果てしなく続く空へ
今こそ巣立ちの時
最初の一歩 勇気出して踏み出そう
『歌音、手の方は違和感ないか?』
「大丈夫! 心配かけてごめんなさいウィルさん。つい黙っていられなくて」
演奏を気にかけるウィリアムの声に、歌音が申し訳なさそうに返す。
『気にするな、歌音がやらなければ俺がやっていたかもしれないからな』
「あはは……ウィルさんがひっぱたいたらアレク君、起き上がれなくなっちゃうかも」
『もちろん加減はする。それにあいつは弱くない……話が逸れたな』
ウィリアムが言葉を切り、歌音のギターソロに備える。ステージを楽しそうに踊るシャーロットと風華に彩りを添えるテクニカルな演奏を披露し、会場を熱く沸かせる。
「この都市も、外も、絶対の楽園なんかじゃないけれど。
見たい、探したい、そう思う心は誰にも縛られていいものじゃないから……!」
自分たちのライブを聞いて、前に歩き出したい、そう思ってくれた人たちの力になれればと願いながら、燧が風華のマイク前に立ち自らのソウルドロップに手をやってユニゾンを果たす。樹木が光を得て成長するのを、それまでの衣装の袖や裾にフリルが追加されたことで表現し、そのまま歌音、シャーロットとハルモニアの波長を揃えての三重奏へと進む。
We can do with freedom
心のまま 思うまま
ステージには色とりどりの花が咲き、機奏の、それも海底の世界では見ることのできない深緑の世界を作り上げる。
「はばたこー!」
そしてシャーロットの合図で、歌音と風華も空へと飛び上がり、世界を自由自在に舞う。見上げる観客は空への想いに憧れ、強く外の世界を意識する。
We can go anywhere
どこにだって行けるんだ
「見せてあげるね! ボクが旅してきた全ての世界を!」
シャーロットの手が左右の鍵盤に触れ、演奏することで生み出されたハルモニアがステージを超えて観客席に降り注ぐと、観客の視界が突然切り替わり、学生服を身に着けた男女が楽しく語らい、演奏し合う光景が広がった。やがて生徒はファンタジー風の衣装に装いを変え、ドラゴンの吐く炎を竜に乗ってかわしながらお宝の眠る場所へと翔ける。お宝を手にしたかと思えば桜舞う華やかな街並みを背景に、飲めや歌えの大騒ぎ。――そこには音楽があり、歌があり、そしてたくさんの笑顔があった。
届けたい想い抱いて 世界へ羽ばたこう
「見えたでしょ、広い世界が! 飛びたいと思った時、背中にはきっと飛べるだけの羽があるんだよ!」
歌音の演奏が観客に熱を、閉じた世界から飛び出す勇気を与える。
Leave the Nest!
最後、風華が頭に被っていた花冠をヴェールに包み、放り投げる。それ自体は合図であり、次の瞬間生まれた光の花が開き、弾けながらゆっくりと散っていく。観客に深々と礼をした風華が、全てを使い果たしてがっくりと膝をつくシャンティ・ドールメンバーへ優しく語りかける。
「見上げた空に手を伸ばす少女の夢。いかがでしたか? 飛び立つ者を祝い送り出せる……そんなヒトを、場所を、目指してみませんか?」
「…………本当に、地上は自由を取り戻したのか? もうドミネーターの支配に、怯えなくて済むのか?」
顔を上げたシャンティ・ドールメンバーの一人の問いに、D.D.が答える。
「人類が不幸を求めず、幸せを求めるのであれば、私はそれを見守りますわ。そして疲れた時はいつでも帰ってきなさい。旅立つ時まであやしてあげましょう。……もちろん、そのままずっと居てもらっても、いいですのよ?」
最後はやっぱりD.D.らしさを残しつつ、幸せを求めようとする人に幸せを強制することはないと宣言する。
「……分かった。その言葉、信じよう」
その言葉で、モニタに映し出されていた黒いゲージの残っていた部分がスッ、と消え、代わりに白いゲージが最大まで溜まりきった。――ここにシャンティ・ドールとのライブ対決は終了し、リベレーターは勝利を収めることができたのだった――。
「えっぐ……ひっく……」
フランティア住人の心に巣食っていた閉塞感が斬られたことで、もはやシャンティ・ドールのライブはブーイングが飛ぶ始末となっていた。ソウルドロップのモニタが示すハルモニアゲージは、100%まであと少し。そのトリを飾る『リトルフルール』のライブが始まろうとしていたのだが……団長であるシャーロット・フルールは合歓季 風華に抱きついてぐずっていた。
「ふぇぇ~ん、潜水艇怖かったよぉぉ……」
「よしよし……怖かったですよね。今は大丈夫ですから安心してください」
優しく頭を撫でられ、一旦は泣き止んだものの、潜水艇での時間を思い出してしまったのか風華にぎゅう、と抱きつく。
「暗くて狭くて……もし壊れたりしたら……いやだぁぁ!!」
「大丈夫! ここに水が流れ込むことはないし、わたしたちがついてるから、怖くなんてないよ!」
虹村 歌音の励ましもあって、ようやくシャーロットがライブへの意欲を見せ始める。
「くくく……あっはっはっ。シャロの奴、メッチャビビってやがんの」
しかし、アレクス・エメロードがそんな雰囲気に水を差す。
「こんな大人しいシャロ、初めて見たぜ。やー楽しい楽しい、いつもこうしおらしければ可愛くて嬉しいんだがな」
「…………」
すたすた、と歌音がアレクスに近付き、無言のまま振りかぶった手でアレクスの頬をひっぱたく。
「ぶべぇ!?」
まさかの攻撃をアレクスがもろに食らってひっくり返り、目をパチパチとさせているところへ、ウィリアム・ヘルツハフトがやって来て手を差し出す。
「立てるか?」
「……ふ、ふん!」
手を払い除け、自力で立ち上がる。赤くなった頬に触れたいのを我慢している様子のアレクスへ、ウィリアムが諭すように声をかける。
「今のあいつを笑うのは、流石に少々酷だろう。後できちんと謝っておくことだ」
アレクスの返事を待たず、ウィリアムが立ち去った歌音を追いかける。
「…………べ、別に、謝るつもりなんてねーからな。ただ……その……言い過ぎたってんなら――ぐほぉっ!?」
シャーロットの方を振り返った瞬間、脇腹にシャーロットの足がめり込む。
「こんな恐ろしい所、長居は無用なんだよ! 全力全開のハルモニアライブで最後の抵抗してるシャンティ・ドール上層部にまいった、って言わせて、地上に帰るんだから!」
指先はなおも懸命にライブを続けるシャンティ・ドールメンバーを指しつつ、足は小刻みにアレクスの脇腹を抉っていた。
「おいこら暴力マスター! 的確に弱点突いてんじゃねぇ!」
乱暴に払い除けようとすれば、ひらり、と軽やかに舞ってかわし、にひひ、と笑ってみせる。
(……ま、それでこそ、か)
声に出さずに呟いたアレクスへ、シャーロットの手が差し出される。
「いくよアレクちゃん、海底都市に閉じこもった人たちに、海の底よりずっとずっと素敵な世界を見せてあげるんだ!」
「へいへい分かりましたよ。ここであいつらを負かさなきゃ俺らも地上に帰れねぇ。俺を使っておきながら負けたら許さねぇからな」
いささか乱暴にアレクスがシャーロットの手を取り、肩にかけられていたキーボードからハルモニアが生まれ、鍵盤ひとつひとつに宿ったかと思うと弾けるように飛び、左右対称の電子鍵盤として展開する。
「ちょっと待たせちゃったけど、『リトルフルール』ライブスタート! この歌を聞け~♪」
開始の合図とばかりにハルモニアを凝縮した光の弾を打ち上げ、上空で弾けさせる。一番に飛び出したシャーロットのダンスに伴奏を加えるべく、ウィリアムがユニゾンしたギターを鳴らして歌音がステージに飛び出し、風華と天草 燧が並んで続き、少し前、グランドマザーとのライブ対決でも披露した曲、『Leave The Nest』を歌い出す。
Fly to the Future
さあここから飛び立とう
The Sky’s to the new world
果てしなく続く空へ
今こそ巣立ちの時
最初の一歩 勇気出して踏み出そう
『歌音、手の方は違和感ないか?』
「大丈夫! 心配かけてごめんなさいウィルさん。つい黙っていられなくて」
演奏を気にかけるウィリアムの声に、歌音が申し訳なさそうに返す。
『気にするな、歌音がやらなければ俺がやっていたかもしれないからな』
「あはは……ウィルさんがひっぱたいたらアレク君、起き上がれなくなっちゃうかも」
『もちろん加減はする。それにあいつは弱くない……話が逸れたな』
ウィリアムが言葉を切り、歌音のギターソロに備える。ステージを楽しそうに踊るシャーロットと風華に彩りを添えるテクニカルな演奏を披露し、会場を熱く沸かせる。
「この都市も、外も、絶対の楽園なんかじゃないけれど。
見たい、探したい、そう思う心は誰にも縛られていいものじゃないから……!」
自分たちのライブを聞いて、前に歩き出したい、そう思ってくれた人たちの力になれればと願いながら、燧が風華のマイク前に立ち自らのソウルドロップに手をやってユニゾンを果たす。樹木が光を得て成長するのを、それまでの衣装の袖や裾にフリルが追加されたことで表現し、そのまま歌音、シャーロットとハルモニアの波長を揃えての三重奏へと進む。
We can do with freedom
心のまま 思うまま
ステージには色とりどりの花が咲き、機奏の、それも海底の世界では見ることのできない深緑の世界を作り上げる。
「はばたこー!」
そしてシャーロットの合図で、歌音と風華も空へと飛び上がり、世界を自由自在に舞う。見上げる観客は空への想いに憧れ、強く外の世界を意識する。
We can go anywhere
どこにだって行けるんだ
「見せてあげるね! ボクが旅してきた全ての世界を!」
シャーロットの手が左右の鍵盤に触れ、演奏することで生み出されたハルモニアがステージを超えて観客席に降り注ぐと、観客の視界が突然切り替わり、学生服を身に着けた男女が楽しく語らい、演奏し合う光景が広がった。やがて生徒はファンタジー風の衣装に装いを変え、ドラゴンの吐く炎を竜に乗ってかわしながらお宝の眠る場所へと翔ける。お宝を手にしたかと思えば桜舞う華やかな街並みを背景に、飲めや歌えの大騒ぎ。――そこには音楽があり、歌があり、そしてたくさんの笑顔があった。
届けたい想い抱いて 世界へ羽ばたこう
「見えたでしょ、広い世界が! 飛びたいと思った時、背中にはきっと飛べるだけの羽があるんだよ!」
歌音の演奏が観客に熱を、閉じた世界から飛び出す勇気を与える。
Leave the Nest!
最後、風華が頭に被っていた花冠をヴェールに包み、放り投げる。それ自体は合図であり、次の瞬間生まれた光の花が開き、弾けながらゆっくりと散っていく。観客に深々と礼をした風華が、全てを使い果たしてがっくりと膝をつくシャンティ・ドールメンバーへ優しく語りかける。
「見上げた空に手を伸ばす少女の夢。いかがでしたか? 飛び立つ者を祝い送り出せる……そんなヒトを、場所を、目指してみませんか?」
「…………本当に、地上は自由を取り戻したのか? もうドミネーターの支配に、怯えなくて済むのか?」
顔を上げたシャンティ・ドールメンバーの一人の問いに、D.D.が答える。
「人類が不幸を求めず、幸せを求めるのであれば、私はそれを見守りますわ。そして疲れた時はいつでも帰ってきなさい。旅立つ時まであやしてあげましょう。……もちろん、そのままずっと居てもらっても、いいですのよ?」
最後はやっぱりD.D.らしさを残しつつ、幸せを求めようとする人に幸せを強制することはないと宣言する。
「……分かった。その言葉、信じよう」
その言葉で、モニタに映し出されていた黒いゲージの残っていた部分がスッ、と消え、代わりに白いゲージが最大まで溜まりきった。――ここにシャンティ・ドールとのライブ対決は終了し、リベレーターは勝利を収めることができたのだった――。