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シナリオは、複数のユーザーが参加した結果を描写される小説形式のコンテンツです。
「ヒロイックソングス!」の世界で起こった事件やイベントに関わることができます。

海底二万ヘルツ

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海底二万ヘルツ

リアクション

■深海から浮上した先には、広い世界が待っている

 万全の態勢で迎え撃ったはずのシャンティ・ドールだが、既にライブの勢いには陰りが見え始めていた。
「どうした! 息が上がっているぞ!」
「す、すみません!」
「おいお前! ボーッとするな!」
「え? あぁいや、なんか久し振りに思い切り歌って、スッキリしたなーって」
 彼らのディスコードの元は、閉鎖空間に長くいたことで溜まったストレスであった。それがリベレーターに与するアイドルとの本気のライブ対決によって発散されてしまったため、彼のように明るい表情を見せる者もいた。
「ねぇ、地上はもう、ドミネーターの支配から解放されたのよね? ここに留まり続ける必要、ないのよね?」
 そして観客の中にも、彼女のような思いを抱き始める者が出てきた。ソウルドロップのモニタが示す二つのゲージも、黒いゲージは先程からほとんど伸びておらず、白いゲージが着々と伸びを見せるようになっていった。


 ステージにまるで太陽を思わせるモチーフや装飾が加えられた大型ステージが出現すると、それだけで一部の観客からどよめきのような声が漏れた。これほど巨大なブースは見たことがないだろうし、ここから放たれる爆音は聞いたことがないだろう。
「狙い通りね! それじゃ始めましょう!」
 ブースを操作する弥久 風花の声の後、ハルとアンバー、D.D.がステージに飛び出し演奏しながらパフォーマンスを魅せる。これまで相互に監視され、聞く音楽も制限されていたフランティアの住人にとって、伸び伸びと自由に、そして激しく生み出される音は衝撃そのものであった。
「はい、ここでリミックス!」
 目まぐるしく変わる曲調に観客は大いに揺さぶられ、引っ張られる。そうして徐々に、観客のテンションが高まっていく。
「まだまだ! もっともっと、アツくなれるはずよ!」
 ステージの三人が放つハルモニアを調整し、観客がより興奮を増すように仕向ける。普段座って見ることを強いられていた観客はここぞとばかりに立ち上がり、腕を振ってライブを応援するようになる。
「そうそういい感じ! はいみんなも一緒になって、盛り上がって!」
 ステージが最高潮を迎える頃、風花がステージを見ている観客全員が一体になって盛り上がれるように、空間の波長を合わせて一体感を高める。曲が終わる頃にはほぼ全員の観客が席を立ち、拍手や歓声を送るようになっていた。


「今日はバトルじゃなくてライブで対決! どっちがみんなに熱い気持ちを届けられるか、勝負だよ!」
「いいぜ、乗った! 勝つのはもちろん、オレだからな!」
 ハルとD.D.がステージから引き、入れ違いに世良 延寿がステージに登場し、アンバーに対決を挑む。延寿の狙い通り、ノリよく勝負に乗ってきたアンバーが早速、流れてきた音楽に自身の演奏を乗せ、パフォーマンスを魅せる。
「やるじゃない、アンバー! それでも……私の演奏の方が熱いよ!」
 大きく派手で力強い演奏に観客が興奮する中、延寿も負けじとギターソロで魅せる。こちらはテクニックを重視した、情熱的な演奏。二人の少女の異なる、けれどどちらも魅力的な演奏に観客は歓声を送り、身振り手振りで曲にノッていく。
「へっ、延寿もやるじゃねーか!」
 延寿とアンバー、それぞれがお互いの演奏を認め合いながらも高め合い、より最高のライブへと仕上げていく。何度か剣を交えたことがあっても、ひとつ共通の音楽があれば、それを一緒のものとして楽しむことができる。
「みんなも、もっともっと、盛り上がってこー!」
 延寿の背後で、炎が舞う。幻であると分かっていても迫力ある演出に観客は驚き、そして笑顔を見せた。
「すっごく楽しかったよアンバー! ありがとねっ」
「おう! オレも楽しかったぜ、またやろうな!」
 大歓声が響く中、延寿とアンバーの手が頭上でパチン、と打ち鳴らされた――。


「はーい注目ー! そこで耳を塞いでるシャンティ・ドールの人たちも、是非聴いていってね!」
 ステージに上がった渋谷 柚姫が機械パーツを打ち鳴らし、耳を塞いで必死の抵抗を見せるシャンティ・ドールの者たちを促した後、演奏に入る。柚姫の指先が鍵盤を軽快に踊り、観客が思わずノリたくなるようなポップな演奏を披露する。
「ほら、出ておいでー。出てきて一緒に歌おうよ」
『外は怖いのです。私は楽器ですから、ご自由にどうぞ』
 柚姫にユニゾンした羽鳥 唯の声だけが聞こえてくる。
「そんなことないよ。ほら、見て。外は楽しいこと、いっぱいだよ」
 ステージにハルモニアで描かれたオブジェクトやゆらゆらと揺れる残像が出現する。外の世界にはいっぱい、楽しいものがあるんだよと柚姫が言っても、唯は外に出ることを頑なに拒む。
「ここにないものだってあるよ。キミが好きになれるものが、いっぱいあるんだよ」
 演奏する曲が、テクノから和ポップへと変わる。月と桜の雅なプリントがされたギターがホログラムで出てきたかと思うと、次の瞬間そのギターを持った唯がユニゾンを解いて柚姫の前にパッ、と現れた。
「私、これ好きです!」
 柚姫に代わり、好きなものを見つけ、外に出ることを決めた唯の演奏がステージを沸かせる。もしかしたら自分も、フランティアを出て外の世界に触れれば、自分が好きだと思うものを見つけられるかもしれない――そんな期待感が観客の心に芽生える。
「私はこうして、外に出て自分が好きだと思うものを見つけることができました。だから……レジスタンスの方だけじゃなく、あなたたちも外に出ましょう。
 私たちが魅せたのは、外の世界のほんの一部だけです。他に何があるのかは冒険してみてのお楽しみですけど……きっと、皆さんの好きになれるものがあるはずですから」
 シャンティ・ドールの者たちにそう呼びかけて、ぺこり、と一礼した唯が柚姫の元に戻り、再びユニゾンする。
「ほら、唯もあんなに楽しそうだったでしょ? みんなもおいでよ、外に出て、私たちと一緒に歌おう!」
 観客に向けて呼びかければ、歓声が返ってくる。彼らは今でなくともいつか、この街を出て新しいもの、自分が好きになれるものを見つける旅に出ることだろう。その時に冒険を楽しんでくれたらいいなと、柚姫も唯も願っていた。


「閉ざされた海底都市……閉塞感に囚われたヒトのココロを解放し、『広い世界』を感じさせるには、ワタシたちも鮮烈な開放感を体現する必要があるわ」
「ふんふん、そうだね。フランティアの住人を打ち破るには、強い開放感が必要なんだね」
 ノエル・アドラスティアの方針に、加宮 深冬が理解を示す。

「だから、今回のライブのテーマは『野球拳』よ!」
「ふんふん、野球拳ね……え、えぇぇ~~~!!」

「ううぅ、どうしてこんなことに……」
 リズムを刻みながらのダンスを観客に魅せつつ、深冬はどうしてこんなことになったのかを嘆いていた。しかし現状ストップがかかっていない以上、ライブは進行しなくてはならない。
「深冬、感情が暗いわ! それじゃ観客にアピールできないわよ!」
 深冬を注意するノエルも、自分が脱ぐことになるのを想像しているのか、顔は赤く動きもどこかぎこちない。観客からは声援が聞こえてくるが、その声援は「おら早く脱げー」的なちょっと野次っぽいものだった。
「よよいのよい!」
 それでも懸命に、『閉塞感を破り、海底都市の外へ解き放たれる事こそ正しい』と表現するため、野球拳勝負を続ける。ノエルが勝った時は脱ぐことを躊躇わず豪快に脱ぎ捨て、深冬が勝った時は脱ぐのを恥ずかしがり、それが焦らすような感じになって実に扇情的であった。

「……さあ、次勝ったら下着姿ね。ワタシは怯まないわよ、今日の下着には少し自信があるし……!」
「む、無理無理、今日のは人様にお見せ出来るような下着じゃないしっ!」
 勝負が進み、服と呼べるものがなくなった両者がいよいよ次の勝負を行い、その勝者が決定する。
「いやーーー!」
 勝ってしまった深冬が頭を抱え、観客とノエルの脱げコールを浴びてうぅ、と涙を浮かべる。
「や、やるしかないのかな……」
 服の最後の一枚に手をかけたその時――。

「いけませーん! アイドルが自ら不幸になるのを見過ごすわけにはいきません!」

 不幸を察知したD.D.と、指示を受けたハルとアンバーがステージに乱入すると、D.D.がノエルと深冬の服をキレイに脱がせてしまう。ノエルは清楚な純白の生地に、精緻なヒイラギの刺繍が入ったもので、深冬は白地に紫のチェック柄のブラとショーツ。
「何をするのよD.D.! って、ワタシまで脱がされてる!?」
 抵抗する間もなく、ノエルがD.D.に抱き寄せられてしまう。なおノエルと深冬の姿は、ハルとアンバーのパフォーマンスによって観客からは絶妙に隠されていた。
「生まれたままの姿を晒すのは、私の前だけ……いいわね?」
「な、何を言って――うわあああぁぁぁ……」
「お父さん、お母さん……お二人の娘は、いまもう一度胎内に還りますぅ……」


「ちょーっと待ったぁ!!」
 ハルとD.D.を従えステージに立とうとした死 雲人の前に、アンバーが立ちはだかる。
「お前、なんでオレだけを省いた! お前の目指しているなんかよくわからんやつに入ってやるつもりはねーけど、気分わりーぞ!」
 どうやらアンバーは、自分だけが仲間外れにされたことを不満に思っているようだった。それに対して雲人は涼し気な表情を崩さないまま答える。
「もちろんアンバーも俺の世界の一員だ。俺に腕が三本あればアンバーもステージに上げたいと思っているよ」
「き、気持ちわりーな! クソっ、やっぱりお前は苦手だー!」
 言い残してアンバーが駆け去っていく。要は腕が二本なので、片手にひとりずつまでしか繋げないことを憂いているのだが、そこまでアンバーがしっかりと理解していたかどうかは怪しい。
「ふふふ。アンバーちゃんはホント、可愛いわねぇ」
 小さくなっていくアンバーの背中をうっとりと見つめるD.D.の横で、ハルは(きっとマザコンなんだろうけど言わないでおこう)と心に固く誓うのであった。
「さぁ行きましょうか~。あっ、ライブには協力しますけど、ハルちゃんとアンバーちゃんは渡しませんからね~」
「問題ない。既に俺の世界にはD.D.、あなたも入っているからな」
 前方で静かな火花を散らしている二人を見て、ハルはあはは、と苦笑を浮かべる。
(色んな人が居るなぁ)


「小十郎。もうフランティアの住人は、海底に閉じこもってばかりじゃいられないって気になってる。後は俺たちの演武で、奴らに外に跳び立つ勇気を与えてやろうぜ!」
 そう口にして、睡蓮寺 陽介が元はボール型のフレームにユニゾンすれば、陽介をそのまま小さくしたような姿へと変わる。さすがにこの姿では刀は振れないので、彼の持つ刀は堀田 小十郎に託される。
「では……武の煌めきを、どうかご覧あれ」
 自ら始まりを告げる言葉を口にし、鞘から刀を抜く。声は決して大きくなく、響く音もささやかであったはずなのに、客席からスッ、と話し声や物音が消えた。小十郎から立ち昇る神々しい雰囲気が、観客をステージに惹き付ける。
「ハッ!!」
 刀を構え、振り上げ、振り下ろす。……動作にすればたった三つなのだが、赤く照らされた刀が振るわれるたび散る燐光、動作の終わり際に残像を残すことで切れ目を作らず、それでいて溜めを十分作ってからの一閃は、観客の多くが「おぉ……」と口にしてしまうほどの感動を生み出す。
「すげーな、こう、シャッ、てな! ……お?」
 真似して腕を横に振った青年の手から、光の球が出現する。それに触れるとヒュン、と、まさに自分が刀を振ったらこんな音が出るだろう音が生まれた。面白がっていくつも光の球を生み出していくうち、周りに伝播し、やがて小十郎の放つ一撃に合わせて、観客が同じように腕を振り、斬撃の音を生み出して楽しむ。
「そうだ、皆の力で閉じた世界を切り拓き、新しい出会いを見つけよう」
 観客へ呼びかけた小十郎の背中に、輝く光の翼が現れる。溜めを作ってからの大きく飛び上がる動作を繰り出し、彼と同じように宙に浮き上がった観客は、頭上に広がる真っ青な空に光の刃が奔る光景を見たような気がした。
『もうその目に見えているはずだ! 地上の眩しい光が! さあ、その手で目の前の壁を斬れ! 壁の向こうには自由な世界があるぜ!』
 睡蓮寺 小夜と共に、ハルモニアの力で飛びながら陽介が観客へ訴える。自分の手を見つめていた観客が意思のこもった表情を作り、自らの手を刀として頭上へ掲げる。
「全霊の演武を成し、その心を拓こう」
 小十郎も同じく刀を頭上に掲げ、その赤く照らされた刀身を会場中に印象づけた後、一息に振り下ろす。

『――――!!』

 ステージに一音、『斬る』音。
 ――それは住人の抱えていた閉塞感が、真っ二つに斬られて分かれた瞬間でもあった。
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