海底二万ヘルツ
リアクション公開中!
リアクション
■閉塞感に押し潰される前に、解放の歌を紡げ!
「ソウルドロップはこの先の中央区にあります。『シャンティ・ドール』のメインメンバーもディーヴァと共にそこにいるはずです」
「急ぎましょ! 強いディスコードを感じるわ、早く止めないと!」
現地のレジスタンスに先導され、ハル、アンバーとD.D.、そしてアイドルたちが海底都市『フランティア』の中心地を目指す。既に各地で戦闘が始まっており、ソウルドロップによって強化されたディーヴァによって苦戦が報じられている。港に停泊している脱出用の潜水艇を破壊されてしまえば、この街の住人だけでなくアイドルたちも地上への移動手段を失ってしまう。
「お、俺の歌が届かない――ぐわあぁぁ!!」
歪んだ音を浴びて、レジスタンスが芸器を失いステージから弾き出される。
「解放などと、ふざけた真似を……! フランティアはドミネーターの支配から逃れるために作られたのだ! 住人が勝手な真似をすればドミネーターに気付かれる、それが分からないのか!」
演奏を終え、ディーヴァとのユニゾンを解いた男が、先程吹き飛ばしたレジスタンスに険しい視線を向けながら叫ぶように言う。
「……だが、いくらなんでもやり過ぎだ……! それにもうドミネーターは来ない。リベレーターが俺たちの、自由を取り戻してくれたんだ! それはお前たちも知っていることだろう!」
「……認めん! フランティアこそが人類の理想郷、ユートピアなのだ!」
そう吐き捨て、男が再びディーヴァとユニゾンし、強力なディスコードで彼らを排除にかかる。
「……何がユートピアだ、ここはもうディストピアだよ……!」
迫る轟音の中、レジスタンスがそう口にして目を閉じる。しかし彼が予想したような、自分がバラバラになってしまうような感覚は訪れることがなかった。
「……?」
レジスタンスが恐る恐る目を開けると、複数の人の姿が映った。彼らが放ったハルモニアが、吹き荒ぶ轟音をかき消したのだ。
「間一髪、ってところね! ここは任せて、あなたは動けなくなってる人を助けてあげて!」
「分かりました! 助けてくださり、ありがとうございます!」
ハルに言われ、レジスタンスが感謝を述べ仲間の元へ駆ける。
「オレとママが来たんだ、これ以上好き勝手させねぇからな!」
アンバーが今日は武器ではなく芸器を携え、そしてハルとアンバーの間に位置したD.D.が母性を含んだ笑顔を見せればそれだけで、相対するシャンティ・ドール側に動揺が生まれる。
「本当に、ドミネーターの支配から人類は、解放されたのか……」
「私は諦めたわけでもないですし、支配したつもりもないですよ? だって人類は……いえ、この世界に生きとし生けるものは皆、『母』の愛を求めているのですから。ただ押し付け過ぎはよくありません。子が自然に母の愛を求めてくれるようでなければ意味がありません。……私が見るにこの街の住人は、水圧以上の押し付けで潰されそうになっています!」
ビシッ! とシャンティ・ドール側の者たちに指を差し、D.D.が宣言するように言う。
「人類が不幸になるのを見過ごすわけにはいきません! シャンティ・ドール、住人を解放するのです!」
アンバーが「ママかっけー!」と拍手を送り、ハルが小声で「なんかセリフ取られた気がするわ……」と呟く。
「ふざけるな! お前たちの支配から逃れるために、この街がどれだけの苦労を積み重ねたか! それを今になって放棄するなど、できるものか!」
言葉と同時、黒く濁った球体が複数、ハルとアンバー、D.D.目掛けて飛んでくる。散開した三人のもといた場所は、球体が沈み込むのに合わせて深く抉れていた。
「ダメだなありゃ、話を聞く状態にねぇぞ」
「それならライブで、聞かせてあげるわ!」
――こうして、リベレーターとシャンティ・ドールのライブ対決が幕を開けたのであった。
ステージに上がったライム リドレーが愛用するギターを鳴らせば、周囲にまるで炎が生まれたような熱が呼び起こされる。観客の視線は自然とステージに向き、さらにそこへハル、アンバー、D.D.の三名が加わったことで、より大きな興奮が引き起こされる。
「今日はここにいる三姉妹との共演ライブだ!」
「三、姉妹……? おいおい、オレとハルは分かるけどママはママだろ」
アンバーのツッコミに、リドレーがチッチッ、と指を振って返す。
「三人とも若くて綺麗で可愛いんだし。姉妹、って言っていいんじゃないか?」
「あらぁ~、若くて綺麗で可愛いなんて、嬉しいわぁ~」
「そ、そうね! いいんじゃないかしら!」
何やら強調された箇所を聞かなかったことにして、ハルがリドレーの演奏に合わせて音を生み出し、アンバーもそれに続く。
「カイも、よろしく頼むよ」
『もちろん当然っすよライムさん! キラッと華麗にエモいライブ、始めましょうよ!』
ユニゾンするカイ・ヴィオールチェ・サフィールの声が終わると同時、ステージに浮遊ドローンが展開されそれぞれが虹のように色とりどりのレーザー光で結ばれる。光に触れることで音が生まれ、ステージ全体の演奏に深みが増す。
『お三方も是非、踊ってってくださいっすよ! もっともっとキラキラさせときますんで!』
リドレーのギターにハルモニアが集まり、リドレーがギターをシェイクすることでそれが放たれ、空中で弾けて光の粒がステージに散る。
「アンバー、踊りましょ!」
「お、オレは別に……踊りなんてよくわかんねぇぞ」
「戦いの時はあれだけ動けてるんだから、それとだいたい一緒よ!」
「簡単に言うぜ、まったく!」
ハルに促され、アンバーが渋々といった体で踊りに参加する。
「D.D.ちゃん、一緒に歌ってもらっていいかな。この海の底の街に『《Dazzlin’Dawn》』を見せてあげたいんだが」
「ええ、いいですわ~」
二人のダンサーが生み出す煌めくハルモニアの中、リドレーとD.D.の紡ぐ歌が観客に遠い異国の地での夜明けを魅せる。
WakeUp, Harry!
you looking for your brighter future Daybreak, Running!
into the next dazzling sunlight
伸びをしてさ踏み出そう今日もまた
僕の夜明けはこんなに眩しいから
(どうだい、明るくて眩しくて、爽やかな夜明けだろう?
塞ぎ込んでたら世界は開かない、踏み出せば新しい景色が広がるんだ。さあ、今日を旅立ちの日にしよう!)
リドレーの想いが観客の心に届き、それまでシャンティ・ドールのライブを応援していた気持ちから、リベレーターのライブを応援する気持ちに変わる者が現れ始める。ソウルドロップと繋がるモニタに映し出される二つのゲージのうち、下の黒いゲージの上昇が鈍り、反対に上の白いゲージが上昇を始めた――。
「アンバー! ぎゅ~っ!」
「のわぁ! ライカてめぇ、ママの前でやめろって恥ずかしいだろぉ!」
突然抱きついてきたライカ・ペリドットをアンバーが引き剥がそうとするも叶わず、ライカはさらに過激な行動に出る。
「ふへへ……相変わらず可愛ええのぅ……スンスン……」
「匂いを嗅ぐなぁ!」
「ね、お姉ちゃんとチューってしよ! チュー」
「く、口を近付けるなぁ! お前なんか酒くせぇぞ!」
「……ホラ、いい加減に離れなさい。困っているだろう」
「あ゛痛ぁっ!?」
キング・デイヴィソンが仲裁に入り、頬をつねられたライカが涙目でキングを睨む。
「ちょっと! 乙女の顔を引っ張るなんて酷いわよ!」
「『乙女』はそういう振る舞いはしないものだよ。……すまない、彼女ここに来る途中で酒盛りして少し酔ってるみたいなんだ」
「うふふ~、アンバーちゃんの可愛い姿が見られて楽しかったですわ」
D.D.の言葉にハルもうんうん、と頷き、アンバーに睨まれて何事もなかったようにそっぽを向く。
「ライカ、ここに来た目的を忘れていないね?」
「もちろんよ! ねぇ、皆でライブしましょ! ハルもアンバーも、えーと、ママ? も一緒よ!」
「ライカちゃん、もっとちゃぁんと、ママ、って呼んでくれていいのよぉ」
「うきゃぁ! ……あぁ、ダメ、力が抜けるぅ……これがバブみ……」
D.D.の抱擁でへなへなとするライカを横目にキングがステージの準備を進め、ようやく解放されたライカがにやけた顔を振って気合を入れ直し、ユニゾンすることで準備を完了させる。
『それじゃあ行くわよ! ……え~となんだっけ?』
「『ハルモニ☆ガールズ』」
『そうそれ! 『ハルモニ☆ガールズ』のライブを、楽しんでいってね!』
キングがハルモニアを発するシンセサイザーを演奏し、ライカがハルとアンバー、D.D.に加わる形で歌う。
暗がりなんかにうずくまらないで
消極的過ぎじゃ楽しめないわ 毎日が世界の重大イベント
それぐらいでもいいじゃない!
キングが指を鳴らし、それを合図としてライカとハルたちがハルモニアを得て宙に浮き、自由に空を飛ぶパフォーマンスで観客に訴える。時折圧縮された空気が破裂し、それがパフォーマンスによりアクション性を付加し、演奏にも迫力が生まれる。
本当の自分を見つけて
翼は誰にでもあるから リミッターの針を振り切って
青色の彼方まで飛び立とうよ!
『青色の彼方まで』のフレーズと共に、観客には見えるはずのない青空が見える。海底都市に居るだけでは感じられない広い世界を観客は見、実際に見てみたいという欲求が生まれる。
「最後はみんなで……せーのっ!」
曲の終わり、ユニゾンを解除されたライカがハルモニアでハートの輪を描き、そこにハルたちを集めて自分も加わり、最後を華麗に決めることに成功する。観客から思わず拍手が生まれ、シャンティ・ドールのライブを一時的に圧倒する結果となった。
「D.D.さん! ライブ、見させてもらいました。やっぱり、そうやって活発に動いていたほうがD.D.さんらしいって思います」
「ありがとぉ。そう言ってもらえると嬉しいですね~。お礼にハグしてあげちゃう」
労いに来たアニー・ミルミーンをその胸に抱いたD.D.の視線が、愛宕 燐へと向けられる。
「D.D.さんのお話を聞きました。色々思うところはあると思いますが、私は諦めずに人類の母を目指そうとする姿勢は、輝いていると思います」
「うふふ~、それが私のレゾンデートル……はカッコつけすぎですね~。燐ちゃんもハグしてあげちゃう」
「いえ、私は……。それよりアニーちゃんを解放していただけると嬉しいのですが」
名残惜しそうにD.D.がアニーを解放すると、アニーは暫くの間きゅう、と目を回していたがやがて復活する。そしてD.D.に見送られる形で二人、ステージに立ち、居並ぶシャンティ・ドールの特権階級に属する者たちへ向けて言葉を送る。
「私達が何をしに来たか、この歌を聴けば分かると思います。
『ブルー・オーバード』、聞いてください!」
曲が流れ歌が始まると、二人の頭上に光をまとったヴェールが広がる。照明と、照明を提げるためのフレームが見える天井が、青空を見上げた時に見える眩しい光景へと変わり、そしてアニーの歌が、聞き手の心にどこまでも広がる空の情景を染み込ませていく。
ぼくは青い鳥 遥か空の向こうから来たんだ
この街の人に 夜明けが近いと告げに来たんだ
広い空を飛び 風を切ってシュプールを描いて
ひつじ雲の群れと コリーのように並んで飛んで
ぼくは青い鳥 きみに逢うために飛んできたんだ
曲調が変わり、ステージには大空へ羽ばたかんとする鳥がハルモニアによって映し出される。それまで主に演出を担っていた燐がダンスパフォーマンスに移行し、羽ばたく鳥の躍動感を身一つで表現する。締めくくりにハルモニアを噴出させながら空へと飛び上がり、纏っていた衣装を空模様のように青や赤、紫に色を変えて観客に強く『大空を羽ばたく鳥』を想起させる。
きみの背中にも 翼が生えているんだよ
さあ今羽ばたこう 虹の先を見に行こう
きみと一緒なら きっとどこまでも飛べるから
曲が終わっても、一部の観客は惚けたように空を見上げ、久しく見ていないであろう空への憧れを抱いているように見えた――。
「朱は、シャンティ・ドールの人達もこの鬱屈した閉鎖空間の被害者と考えているのね」
「そうだなー。それにこれだけ実力があるのに、なんだか勿体ないのぜ。
住人を解放するのはもちろんだけど、シャンティ・ドールの人達もディーヴァも、できるなら解放してあげたいのぜ」
天導寺 朱の回答を聞いて、天導寺 紅がふぅん、と頷いて言う。
「アタシは、シャンティ・ドールの人達がフランティアの住人をどう思っているかよく見えてないから……D.D.は朱たちやアタシたちのことを大事に思っている下地があったからライブで救えたけど、この人達もライブで救えるかは分からないけど」
けど? と視線を向けてくる朱に、紅が恥じる素振りを見せずに言う。
「アタシは、朱のやりたいことに手を貸す。それだけなのよ」
「おう! この狭くて暗い殻を、打ち破らせてやるのぜ!」
朱の笑顔に笑顔で応え、紅が朱の持つ弓弾き用のギターにユニゾンする。出だしはまず流体型の電子楽器を水面をイメージさせるように動かしておき、そこからハルモニアを集めた光を打ち上げ、ステージの上空で弾けさせ光を降らせる。水面と降り注ぐ光で『空』を想起させたところで、朱が水面を打ち破ってステージに飛び上がり、演奏を始める。
「やられっぱなしでいると思うな!」
先のライブではリベレーター側になすがままだったシャンティ・ドールも、負けじとディスコードを生み出して朱を撃ち落とさんと放つ。だがその演出も朱のアクロバティックなダンスを引き出す結果となり、観客に興奮を呼び起こさせてしまう。
「アンタ達には実力がある。だのにこんな狭い場所で歌う、それだけで満足なのか?」
「……黙れ! お前に俺たちの何が分かる!」
なおも追撃に放たれるディスコードを回避した朱が、言葉を発したシャンティ・ドールの者たちと観客にハルモニアを向け、宙に浮かせる。
「俺には分かる! アンタ達はもっと広い世界で歌いたがってる。観客だって青い空から目を離せなくなってる」
言葉を耳にした観客の一部は抵抗するように視線をそらすが、言われるまで青い空の風景を受け入れていたのもまた事実。
「暗い殻を打ち破ろうぜ! 新しい時代、明るい自由の空の下で一緒に歌って踊ろうぜ! そっちの方がきっと楽しいからな!」
さらに訴えかけるため、朱は動揺する彼らに『自由を取り戻したディスカディアの、人々が思い思いに歌い、踊る様子を俯瞰して見るような光景』を魅せる。その光景が徐々に地上へと近付いていき、一人の少年にフォーカスが当たり、そしてその少年はこちらに向けて手を伸ばしているように見えた。
曲が終わり、観客はいつの間にか自分が、伸ばされた手を握ろうと手を伸ばしていたことに気付く。
「……クッ!」
シャンティ・ドールの演奏者は慌てて手を引っ込めるものの、既にこの時点でリベレーター側に並ばれ、追い越されるのも時間の問題であることは、モニタが映す二つのゲージの具合以上に演奏者自身が感じていることだった――。
「ソウルドロップはこの先の中央区にあります。『シャンティ・ドール』のメインメンバーもディーヴァと共にそこにいるはずです」
「急ぎましょ! 強いディスコードを感じるわ、早く止めないと!」
現地のレジスタンスに先導され、ハル、アンバーとD.D.、そしてアイドルたちが海底都市『フランティア』の中心地を目指す。既に各地で戦闘が始まっており、ソウルドロップによって強化されたディーヴァによって苦戦が報じられている。港に停泊している脱出用の潜水艇を破壊されてしまえば、この街の住人だけでなくアイドルたちも地上への移動手段を失ってしまう。
「お、俺の歌が届かない――ぐわあぁぁ!!」
歪んだ音を浴びて、レジスタンスが芸器を失いステージから弾き出される。
「解放などと、ふざけた真似を……! フランティアはドミネーターの支配から逃れるために作られたのだ! 住人が勝手な真似をすればドミネーターに気付かれる、それが分からないのか!」
演奏を終え、ディーヴァとのユニゾンを解いた男が、先程吹き飛ばしたレジスタンスに険しい視線を向けながら叫ぶように言う。
「……だが、いくらなんでもやり過ぎだ……! それにもうドミネーターは来ない。リベレーターが俺たちの、自由を取り戻してくれたんだ! それはお前たちも知っていることだろう!」
「……認めん! フランティアこそが人類の理想郷、ユートピアなのだ!」
そう吐き捨て、男が再びディーヴァとユニゾンし、強力なディスコードで彼らを排除にかかる。
「……何がユートピアだ、ここはもうディストピアだよ……!」
迫る轟音の中、レジスタンスがそう口にして目を閉じる。しかし彼が予想したような、自分がバラバラになってしまうような感覚は訪れることがなかった。
「……?」
レジスタンスが恐る恐る目を開けると、複数の人の姿が映った。彼らが放ったハルモニアが、吹き荒ぶ轟音をかき消したのだ。
「間一髪、ってところね! ここは任せて、あなたは動けなくなってる人を助けてあげて!」
「分かりました! 助けてくださり、ありがとうございます!」
ハルに言われ、レジスタンスが感謝を述べ仲間の元へ駆ける。
「オレとママが来たんだ、これ以上好き勝手させねぇからな!」
アンバーが今日は武器ではなく芸器を携え、そしてハルとアンバーの間に位置したD.D.が母性を含んだ笑顔を見せればそれだけで、相対するシャンティ・ドール側に動揺が生まれる。
「本当に、ドミネーターの支配から人類は、解放されたのか……」
「私は諦めたわけでもないですし、支配したつもりもないですよ? だって人類は……いえ、この世界に生きとし生けるものは皆、『母』の愛を求めているのですから。ただ押し付け過ぎはよくありません。子が自然に母の愛を求めてくれるようでなければ意味がありません。……私が見るにこの街の住人は、水圧以上の押し付けで潰されそうになっています!」
ビシッ! とシャンティ・ドール側の者たちに指を差し、D.D.が宣言するように言う。
「人類が不幸になるのを見過ごすわけにはいきません! シャンティ・ドール、住人を解放するのです!」
アンバーが「ママかっけー!」と拍手を送り、ハルが小声で「なんかセリフ取られた気がするわ……」と呟く。
「ふざけるな! お前たちの支配から逃れるために、この街がどれだけの苦労を積み重ねたか! それを今になって放棄するなど、できるものか!」
言葉と同時、黒く濁った球体が複数、ハルとアンバー、D.D.目掛けて飛んでくる。散開した三人のもといた場所は、球体が沈み込むのに合わせて深く抉れていた。
「ダメだなありゃ、話を聞く状態にねぇぞ」
「それならライブで、聞かせてあげるわ!」
――こうして、リベレーターとシャンティ・ドールのライブ対決が幕を開けたのであった。
ステージに上がったライム リドレーが愛用するギターを鳴らせば、周囲にまるで炎が生まれたような熱が呼び起こされる。観客の視線は自然とステージに向き、さらにそこへハル、アンバー、D.D.の三名が加わったことで、より大きな興奮が引き起こされる。
「今日はここにいる三姉妹との共演ライブだ!」
「三、姉妹……? おいおい、オレとハルは分かるけどママはママだろ」
アンバーのツッコミに、リドレーがチッチッ、と指を振って返す。
「三人とも若くて綺麗で可愛いんだし。姉妹、って言っていいんじゃないか?」
「あらぁ~、若くて綺麗で可愛いなんて、嬉しいわぁ~」
「そ、そうね! いいんじゃないかしら!」
何やら強調された箇所を聞かなかったことにして、ハルがリドレーの演奏に合わせて音を生み出し、アンバーもそれに続く。
「カイも、よろしく頼むよ」
『もちろん当然っすよライムさん! キラッと華麗にエモいライブ、始めましょうよ!』
ユニゾンするカイ・ヴィオールチェ・サフィールの声が終わると同時、ステージに浮遊ドローンが展開されそれぞれが虹のように色とりどりのレーザー光で結ばれる。光に触れることで音が生まれ、ステージ全体の演奏に深みが増す。
『お三方も是非、踊ってってくださいっすよ! もっともっとキラキラさせときますんで!』
リドレーのギターにハルモニアが集まり、リドレーがギターをシェイクすることでそれが放たれ、空中で弾けて光の粒がステージに散る。
「アンバー、踊りましょ!」
「お、オレは別に……踊りなんてよくわかんねぇぞ」
「戦いの時はあれだけ動けてるんだから、それとだいたい一緒よ!」
「簡単に言うぜ、まったく!」
ハルに促され、アンバーが渋々といった体で踊りに参加する。
「D.D.ちゃん、一緒に歌ってもらっていいかな。この海の底の街に『《Dazzlin’Dawn》』を見せてあげたいんだが」
「ええ、いいですわ~」
二人のダンサーが生み出す煌めくハルモニアの中、リドレーとD.D.の紡ぐ歌が観客に遠い異国の地での夜明けを魅せる。
WakeUp, Harry!
you looking for your brighter future Daybreak, Running!
into the next dazzling sunlight
伸びをしてさ踏み出そう今日もまた
僕の夜明けはこんなに眩しいから
(どうだい、明るくて眩しくて、爽やかな夜明けだろう?
塞ぎ込んでたら世界は開かない、踏み出せば新しい景色が広がるんだ。さあ、今日を旅立ちの日にしよう!)
リドレーの想いが観客の心に届き、それまでシャンティ・ドールのライブを応援していた気持ちから、リベレーターのライブを応援する気持ちに変わる者が現れ始める。ソウルドロップと繋がるモニタに映し出される二つのゲージのうち、下の黒いゲージの上昇が鈍り、反対に上の白いゲージが上昇を始めた――。
「アンバー! ぎゅ~っ!」
「のわぁ! ライカてめぇ、ママの前でやめろって恥ずかしいだろぉ!」
突然抱きついてきたライカ・ペリドットをアンバーが引き剥がそうとするも叶わず、ライカはさらに過激な行動に出る。
「ふへへ……相変わらず可愛ええのぅ……スンスン……」
「匂いを嗅ぐなぁ!」
「ね、お姉ちゃんとチューってしよ! チュー」
「く、口を近付けるなぁ! お前なんか酒くせぇぞ!」
「……ホラ、いい加減に離れなさい。困っているだろう」
「あ゛痛ぁっ!?」
キング・デイヴィソンが仲裁に入り、頬をつねられたライカが涙目でキングを睨む。
「ちょっと! 乙女の顔を引っ張るなんて酷いわよ!」
「『乙女』はそういう振る舞いはしないものだよ。……すまない、彼女ここに来る途中で酒盛りして少し酔ってるみたいなんだ」
「うふふ~、アンバーちゃんの可愛い姿が見られて楽しかったですわ」
D.D.の言葉にハルもうんうん、と頷き、アンバーに睨まれて何事もなかったようにそっぽを向く。
「ライカ、ここに来た目的を忘れていないね?」
「もちろんよ! ねぇ、皆でライブしましょ! ハルもアンバーも、えーと、ママ? も一緒よ!」
「ライカちゃん、もっとちゃぁんと、ママ、って呼んでくれていいのよぉ」
「うきゃぁ! ……あぁ、ダメ、力が抜けるぅ……これがバブみ……」
D.D.の抱擁でへなへなとするライカを横目にキングがステージの準備を進め、ようやく解放されたライカがにやけた顔を振って気合を入れ直し、ユニゾンすることで準備を完了させる。
『それじゃあ行くわよ! ……え~となんだっけ?』
「『ハルモニ☆ガールズ』」
『そうそれ! 『ハルモニ☆ガールズ』のライブを、楽しんでいってね!』
キングがハルモニアを発するシンセサイザーを演奏し、ライカがハルとアンバー、D.D.に加わる形で歌う。
暗がりなんかにうずくまらないで
消極的過ぎじゃ楽しめないわ 毎日が世界の重大イベント
それぐらいでもいいじゃない!
キングが指を鳴らし、それを合図としてライカとハルたちがハルモニアを得て宙に浮き、自由に空を飛ぶパフォーマンスで観客に訴える。時折圧縮された空気が破裂し、それがパフォーマンスによりアクション性を付加し、演奏にも迫力が生まれる。
本当の自分を見つけて
翼は誰にでもあるから リミッターの針を振り切って
青色の彼方まで飛び立とうよ!
『青色の彼方まで』のフレーズと共に、観客には見えるはずのない青空が見える。海底都市に居るだけでは感じられない広い世界を観客は見、実際に見てみたいという欲求が生まれる。
「最後はみんなで……せーのっ!」
曲の終わり、ユニゾンを解除されたライカがハルモニアでハートの輪を描き、そこにハルたちを集めて自分も加わり、最後を華麗に決めることに成功する。観客から思わず拍手が生まれ、シャンティ・ドールのライブを一時的に圧倒する結果となった。
「D.D.さん! ライブ、見させてもらいました。やっぱり、そうやって活発に動いていたほうがD.D.さんらしいって思います」
「ありがとぉ。そう言ってもらえると嬉しいですね~。お礼にハグしてあげちゃう」
労いに来たアニー・ミルミーンをその胸に抱いたD.D.の視線が、愛宕 燐へと向けられる。
「D.D.さんのお話を聞きました。色々思うところはあると思いますが、私は諦めずに人類の母を目指そうとする姿勢は、輝いていると思います」
「うふふ~、それが私のレゾンデートル……はカッコつけすぎですね~。燐ちゃんもハグしてあげちゃう」
「いえ、私は……。それよりアニーちゃんを解放していただけると嬉しいのですが」
名残惜しそうにD.D.がアニーを解放すると、アニーは暫くの間きゅう、と目を回していたがやがて復活する。そしてD.D.に見送られる形で二人、ステージに立ち、居並ぶシャンティ・ドールの特権階級に属する者たちへ向けて言葉を送る。
「私達が何をしに来たか、この歌を聴けば分かると思います。
『ブルー・オーバード』、聞いてください!」
曲が流れ歌が始まると、二人の頭上に光をまとったヴェールが広がる。照明と、照明を提げるためのフレームが見える天井が、青空を見上げた時に見える眩しい光景へと変わり、そしてアニーの歌が、聞き手の心にどこまでも広がる空の情景を染み込ませていく。
ぼくは青い鳥 遥か空の向こうから来たんだ
この街の人に 夜明けが近いと告げに来たんだ
広い空を飛び 風を切ってシュプールを描いて
ひつじ雲の群れと コリーのように並んで飛んで
ぼくは青い鳥 きみに逢うために飛んできたんだ
曲調が変わり、ステージには大空へ羽ばたかんとする鳥がハルモニアによって映し出される。それまで主に演出を担っていた燐がダンスパフォーマンスに移行し、羽ばたく鳥の躍動感を身一つで表現する。締めくくりにハルモニアを噴出させながら空へと飛び上がり、纏っていた衣装を空模様のように青や赤、紫に色を変えて観客に強く『大空を羽ばたく鳥』を想起させる。
きみの背中にも 翼が生えているんだよ
さあ今羽ばたこう 虹の先を見に行こう
きみと一緒なら きっとどこまでも飛べるから
曲が終わっても、一部の観客は惚けたように空を見上げ、久しく見ていないであろう空への憧れを抱いているように見えた――。
「朱は、シャンティ・ドールの人達もこの鬱屈した閉鎖空間の被害者と考えているのね」
「そうだなー。それにこれだけ実力があるのに、なんだか勿体ないのぜ。
住人を解放するのはもちろんだけど、シャンティ・ドールの人達もディーヴァも、できるなら解放してあげたいのぜ」
天導寺 朱の回答を聞いて、天導寺 紅がふぅん、と頷いて言う。
「アタシは、シャンティ・ドールの人達がフランティアの住人をどう思っているかよく見えてないから……D.D.は朱たちやアタシたちのことを大事に思っている下地があったからライブで救えたけど、この人達もライブで救えるかは分からないけど」
けど? と視線を向けてくる朱に、紅が恥じる素振りを見せずに言う。
「アタシは、朱のやりたいことに手を貸す。それだけなのよ」
「おう! この狭くて暗い殻を、打ち破らせてやるのぜ!」
朱の笑顔に笑顔で応え、紅が朱の持つ弓弾き用のギターにユニゾンする。出だしはまず流体型の電子楽器を水面をイメージさせるように動かしておき、そこからハルモニアを集めた光を打ち上げ、ステージの上空で弾けさせ光を降らせる。水面と降り注ぐ光で『空』を想起させたところで、朱が水面を打ち破ってステージに飛び上がり、演奏を始める。
「やられっぱなしでいると思うな!」
先のライブではリベレーター側になすがままだったシャンティ・ドールも、負けじとディスコードを生み出して朱を撃ち落とさんと放つ。だがその演出も朱のアクロバティックなダンスを引き出す結果となり、観客に興奮を呼び起こさせてしまう。
「アンタ達には実力がある。だのにこんな狭い場所で歌う、それだけで満足なのか?」
「……黙れ! お前に俺たちの何が分かる!」
なおも追撃に放たれるディスコードを回避した朱が、言葉を発したシャンティ・ドールの者たちと観客にハルモニアを向け、宙に浮かせる。
「俺には分かる! アンタ達はもっと広い世界で歌いたがってる。観客だって青い空から目を離せなくなってる」
言葉を耳にした観客の一部は抵抗するように視線をそらすが、言われるまで青い空の風景を受け入れていたのもまた事実。
「暗い殻を打ち破ろうぜ! 新しい時代、明るい自由の空の下で一緒に歌って踊ろうぜ! そっちの方がきっと楽しいからな!」
さらに訴えかけるため、朱は動揺する彼らに『自由を取り戻したディスカディアの、人々が思い思いに歌い、踊る様子を俯瞰して見るような光景』を魅せる。その光景が徐々に地上へと近付いていき、一人の少年にフォーカスが当たり、そしてその少年はこちらに向けて手を伸ばしているように見えた。
曲が終わり、観客はいつの間にか自分が、伸ばされた手を握ろうと手を伸ばしていたことに気付く。
「……クッ!」
シャンティ・ドールの演奏者は慌てて手を引っ込めるものの、既にこの時点でリベレーター側に並ばれ、追い越されるのも時間の問題であることは、モニタが映す二つのゲージの具合以上に演奏者自身が感じていることだった――。