ふぇすた座、こけら落とし!
リアクション公開中!
リアクション
【7:不気味な影】
ぼっち座との対決も決着を迎えようとしている頃合から、いくらか時間は遡る。
黄泉憑きの原因を探りに洞窟へ向かった生徒たちは、その最奥へと辿り着いていた。
後姿からして陰陽師だろう。何の儀式をしているのか、祈祷の声がぶつぶつと聞こえてくるのに、萌夏とひかりが目線を交し合い、リリィが足音を殺して物陰に隠れ終わるのを待ってから「おい」と輝海は声をかけた。
「ここで何してんの? アンタが噂の樹京の陰陽師?」
その言葉に振り返ることなく祈祷を続ける様子に、その背を妖眼幻視でじっと観察しながら反応を伺う様に、輝海は質問を続ける。
「桜稜郭にも陰陽師は居るぜ。樹京の奴が何の用だい。
今回の件や、墓場に札貼ったのもアンタの仕業?」
続けざまの問いにも応じる気配は無いが、もとより全て答えて貰えるとは輝海も思っていない。目的は質問への反応を妖眼幻視で探りを入れるのと、もう一つは相手の意識をこちらに向けさせておく事だ。
「目的は何だ? 誰かの差し金かい?」
「答える必要は無い」
次々に投げかけられる言葉に、男はようやく答えて、翁の面を首だけで振り返った。
「儀式の邪魔をするな」
輝海たちに何の関心もない、といった温度の無い声が応じたが、その儀式がこの場所に何かしらの影響を与えているのは、わざわざ確認するまでもなさそうな程、その足元からは禍々しい気配が立ち上っている。恐らくはそれが瘴気――黄泉憑きの原因だろうと思われた。
「必要なくても、答えてもらうよ!」
そんな男に対して、声を上げたのは延寿だ。
「動物を黄泉憑きにしたり、それでたくさんの人たちを困らせたり……どうしてそんな酷いことするの!」
「酷い?」
対して、男の声は哂うように響いた。
「我々『夜刀』の崇高なる目的の前には、多少の犠牲など些細な事だ」
「些細なこと、だって……っ!?」
さも当然であるかのように口にされた言葉に、延寿は憤りにぎゅっと拳を握り締めた。
「そんなことを言う人の、好きにさせるわけには行かない……っ!」
だが延寿と同じように敵意を露にする生徒たちを前に、陰陽師の男は鬱陶しがるように息を吐き出し「貴様らのごとき虫けらを相手にしている時間は無い」と、ようやく身体を振り返らせると、その翁の面の向こうで目を細めたようだった。
「これ以上、儀式の邪魔はさせん」
「邪魔はそっちだよ!」
陰陽師が殺気を膨れ上がらせたのと同時に、一声を上げた延寿はその勢いそのままに男の正面から飛び込んで行った。
「愚かな」
陰陽師の男は鼻で笑ったが、延寿もただ飛び込んだわけではなかった。男の放った雷を受けた瞬間に、延寿の体が木遁人形と入れ替わる。身代わりの術のごとく攻撃をかわしたことで、一瞬出来た隙を狙って、忍び二刀流による小刀二刀が陰陽師に肉薄した。
「……っ!」
陰陽師は瞬時に回避のために後ろへと下がろうとしたが、それを阻んだのは輝海の影縫いだ。不意討ちによって動きを刹那止められた陰陽師は、とっさに炎をごうっと噴き上げさせることでそれを結界の代わりとして延寿の飛び込んでくるのを阻む。
「く……っ」
燃える炎の熱さに焼かれかけ、今一歩のところで踏み込み損なった延寿に、陰陽師の指先が伸びる。危ない、とぶわりと警戒が延寿の肌を逆立てた中、今度は輝海が二人の間で桜花招来による花弁を舞わせることで僅かに目測を誤らせ、その隙で一同は陰陽師と一端の距離を取った。
「燃えろ!」
が、武器の間合いからは遠ざかっても、陰陽師にとっては術の範囲内だ。陰陽師の伸ばす指がそのまま延寿たちを狙って炎を放とうとしたが、それを防いだのは物陰に隠れていたリリィの一撃だ。姿を気取らせないように忍び足で位置を変えていたリリィの、延寿たちとは逆の位置からの攻撃だ。放とうとしていた炎を自らの傍ではじけさせる事で直撃は避けたものの、翁の面の下からは「ちっ」と舌打ちが聞こえてくる。
「虫どもが鬱陶しい……!」
そうして苛立ちを露にした陰陽師に向けて、続いて視線誘導を試みるのはひかりだ。舞台上のようにはその視線を読むことは叶わないまでも、僅かにでも視線が散漫になったことを見て取り「行くよ!」と仲間たちに警戒をこめた合図を送ると、それに陰陽師が反応をする前に、土蜘蛛の熊手で地面を引っかいて土煙を上げさせた。
「小癪な……この程度で、どうにかできると思っているのか?」
それを炎の嵐で巻き上げて無効化させた陰陽師だったが、狙いは毒を与えることではない。一瞬でもその視界を奪う事だ。ひかりは陰陽師に悟られないようにそっと視線を移すと、萌夏たちはその間で杜の中へと足を踏み入れるのに成功していた。
***
延寿たちが陰陽師の相手をする事で意識をひきつけている間、古びた社へと到着した水希たちは、早速調査を開始していた。
「う……ここ、なんだか気持ちが悪いですね……」
いつきは思わず顔を顰め、まずは社の主に挨拶を、と豆餅を備え、さてどうやって探そう、と視線を上げた時だ。
「多分、お札だ」
闇雲に探しては意味が無い、と、水希は社に入るなり言うと「前にお墓で見たようなやつかなー?」とエステルは首を傾げ、他の面々も恐らくはそうだろう、と頷く。
「黄泉憑きの直接の発生源なのか、それとも黄泉憑きを発生させるきっかけになっているのかは判らないけど……」
その何らかの原因を取り払ってしまえば、少なくともこれ以上の黄泉憑きを生み出さないで済むようになるはずだ。萌夏の言葉に「そうですね」と鈴も頷く。
「本当にお札かどうかは判りませんが、真新しいものや、物を動かした跡があれば、きっとそれが原因のはずです」
水が枯れ、人が訪れなくなってしまってから随分長いこと放置されていただめだろう。古い社は手入れもされておらず荒れ果てている。逆を言えば、これまで手が入っていなかったはずの場所に、最近になって何らかの人の手が触れたものがあれば、恐らくそれが陰陽師の仕業に違いない。
そう考え、皆が社の中に張り巡らされた古いお札や、傷んだ柱や法具などを慎重に調べていく間、ふと、鈴が口を開いた。
「そういえば、ここは水脈の神さまが祭られていたんですよね」
当時は恐らく水が豊かにあったのだろうし、感謝を捧げにお参りに来る人々のおかげで力もあったのだろうが、今こうして水が枯れ、誰からも忘れてしまったような有様だ。特に重要な場所とも思えないこの社を、陰陽師は何故わざわざ選んだのだろうか。
先程の祈祷は、黄泉憑きを生もうとしているものようには思えない以上、この場で儀式をする必要があるのだろうが、もっと適した場所なら沢山あるように思う。そんな一同の疑問に「もしかしたら」とエステルは口を開いた。
「この社が、結界っぽいのの『基点』ってやつだからかもなー」
そう言いながらエステルが眺めていたのは、この社に祭られていた神の姿を模したと思われる彫刻だ。美しいそれに刻まれた文字や、周囲に張られた古ぼけた符はどれも複雑なもので、ここが桜稜郭にとって重要な場所であることを示している。
「前に、桜稜郭の結界の基点がひとつ壊されてるからなー……」
もしかしたらこれもその一つなのではないだろうか。そんな疑念が過ぎる中、ふと、エステルのコアチェックにぴん、と引っかかるものがあった。
「お、おおー?」
その感覚に逆らわず、ご神体の裏にあった今にも破れてしまいそうな掛け軸を捲ると、そこには一枚の符が貼り付けられていた。よくよく周囲を確認してみると、同様の符がその一枚を中心に複数貼り付けられているようだ。
「とりあえず、剥がしてみようか」
萌夏が手を伸ばしたが、強い力が働いているのか、ぱちんとその指を弾いて簡単には剥がせそうに無い。どうやら、黄泉憑きの原因となっている瘴気が、その札から溢れているためのようだ。
「うーん、このままじゃ破れんかもなー」
そう言って、少しでも瘴気を軽く出来ないか、とエステルは神拍子を舞い始めた。厳かだが華のある、神へ奏上する為の祓いと清めの舞である。それにあわせて、天狗の狛笛を吹き始めたのは水希だ。
その音色と共に、炎天劫火の眩い光が社の中にはじけたかと思うと、続けて現れる炎は、鬼火のごとく笛の音に操られたかのように踊り、奔放な風に煽られて一瞬だがぼうっと燃え盛る。
(自分の社は自分で守りなよ神様?)
そう内心で呟いて、水希は他の符まで燃やしてしまいそうな熱量の炎を社の中に走らせた。空気そのものを浄化しようとするように、炎とそれを煽る風が社を廻ると、その炎に炙られた符が、一瞬で燃え尽きていくのが見えた。ぼろぼろと灰が崩れていくと、そんな光景に水希は目を細める。
「水脈や地脈に関与されてさ───桜が散ったら、お酒が不味くなるでしょ?」
そんなふざけた話を見過ごすわけにはいかなかっただけだ、と誰にともなく水希が言い訳をしていると、淀んだ空気の消えた社からは、消えそうなほど淡いものではあったが、水希たちを包み込むような静かな気配が満ちた。
そして――同時。
「な……っ!」
水希の炎天劫火が眩く光を放った瞬間、僅かではあったが、陰陽師がその意識を生徒たちから社のほうへと移した、その時だ。陰陽師の視線が外れたのを見て、不撓の心で攻撃を恐れずに、懐まで飛び込んでいったのは銀河だ。一直線に飛び込んでくるその動きに、陰陽師が気付いて術を放ってくるが、先程から何度も繰り返されたおかげもあって、単純な炎の攻撃を何とか回避し、続く攻撃へは輝海とリリィが援護する。
「散々虫けら扱いしてくれたけど、人間は嫌いかい?」
半ば挑発するように言って、輝海が影縫いと鉤付き鎖鎌の鎖で翻弄して術の発動の邪魔をすれば、忍び足で物陰から物陰へと移り渡るリリィは、陰陽師が銀河に攻撃をしかけようとするたびにその逆方向から武器を投擲して意識を反らさせた。
その間はほんの数秒のこと、仲間の援護を受けながら無理矢理に陰陽師の懐まで飛び込んだ銀河は、踏み込みと同時、天地双閃――刀に陽の気をはべらせた一撃の直後、陰の気をはべらせ、追撃を行って陰陽師の術結界を破って見せた。そのまま殺さないように峰打ちによる二撃目を決めようと振りかぶったが、さすがに相手もそう易々と倒れてはくれないようだ。
「この……!」
何とかその攻撃を耐え切った陰陽師が、大きな雷を銀河の上に降りかからせようとしたが、それを阻んだのは背後の位置へ移動していたリリィだ。投げた針が影を地面に縫いつけ、一瞬ではあったが陰陽師の術を止め、その隙に一気に片付けようと苦無を構えて飛び込んだ、その、次の瞬間。
「これで! 終わりだ!」
その僅かな隙を目掛けて、ジュレップが投擲術で火車剣をその足元に思い切り投擲していた。つま先すれすれ近くへと刺さったそれは、その瞬間に地面を抉るようにして小さい爆発を起こす。
「子供だましが効くものか」
と男はその爆発が自らに降りかかる前に、と炎の壁を出現させて結界代わりにそれを防いだ、がそれこそがジュレップの狙いだ。自分を狙った爆発なら、防御をせざるを得ない――そこへ爆炎が収まる間も待たず、誰何心眼によって爆風の中でも違わずに、ジュレップの刀は陰陽師を捕らえて振り下ろされた。その背後からは、リリィと輝海が既に回り込んでいる。
「やった……!」
誰もが勝利を確信した、その時だ。三人の武器がその身体に届くより早く、陰陽師の体が自ら燃え出したかと思うと、男の輪郭は消えて、残された符はその端から赤く炎が立ち上がった。
「な、何……!」
「あいつ自身も符だったってことか?」
そのまま灰になってはらはらと地面へと落ちていく、陰陽師に成り代わっていた符の様子を眺めてながら、一同は複雑な顔で残された符の残骸に眉を寄せた。
勝った、と言うには奇妙な幕切れは、この事件は完全には解決していないぞ、と一同に思わせるには十分だ。
「――消えた……か」
あの陰陽は結局目的については何も語らなかったが、『夜刀』という名前には不吉な響きがあり、陰陽師との戦いは、これで終わりというわけには行かなさそうだ、と輝海は内心で小さく息を吐き出したのだった。
ぼっち座との対決も決着を迎えようとしている頃合から、いくらか時間は遡る。
黄泉憑きの原因を探りに洞窟へ向かった生徒たちは、その最奥へと辿り着いていた。
後姿からして陰陽師だろう。何の儀式をしているのか、祈祷の声がぶつぶつと聞こえてくるのに、萌夏とひかりが目線を交し合い、リリィが足音を殺して物陰に隠れ終わるのを待ってから「おい」と輝海は声をかけた。
「ここで何してんの? アンタが噂の樹京の陰陽師?」
その言葉に振り返ることなく祈祷を続ける様子に、その背を妖眼幻視でじっと観察しながら反応を伺う様に、輝海は質問を続ける。
「桜稜郭にも陰陽師は居るぜ。樹京の奴が何の用だい。
今回の件や、墓場に札貼ったのもアンタの仕業?」
続けざまの問いにも応じる気配は無いが、もとより全て答えて貰えるとは輝海も思っていない。目的は質問への反応を妖眼幻視で探りを入れるのと、もう一つは相手の意識をこちらに向けさせておく事だ。
「目的は何だ? 誰かの差し金かい?」
「答える必要は無い」
次々に投げかけられる言葉に、男はようやく答えて、翁の面を首だけで振り返った。
「儀式の邪魔をするな」
輝海たちに何の関心もない、といった温度の無い声が応じたが、その儀式がこの場所に何かしらの影響を与えているのは、わざわざ確認するまでもなさそうな程、その足元からは禍々しい気配が立ち上っている。恐らくはそれが瘴気――黄泉憑きの原因だろうと思われた。
「必要なくても、答えてもらうよ!」
そんな男に対して、声を上げたのは延寿だ。
「動物を黄泉憑きにしたり、それでたくさんの人たちを困らせたり……どうしてそんな酷いことするの!」
「酷い?」
対して、男の声は哂うように響いた。
「我々『夜刀』の崇高なる目的の前には、多少の犠牲など些細な事だ」
「些細なこと、だって……っ!?」
さも当然であるかのように口にされた言葉に、延寿は憤りにぎゅっと拳を握り締めた。
「そんなことを言う人の、好きにさせるわけには行かない……っ!」
だが延寿と同じように敵意を露にする生徒たちを前に、陰陽師の男は鬱陶しがるように息を吐き出し「貴様らのごとき虫けらを相手にしている時間は無い」と、ようやく身体を振り返らせると、その翁の面の向こうで目を細めたようだった。
「これ以上、儀式の邪魔はさせん」
「邪魔はそっちだよ!」
陰陽師が殺気を膨れ上がらせたのと同時に、一声を上げた延寿はその勢いそのままに男の正面から飛び込んで行った。
「愚かな」
陰陽師の男は鼻で笑ったが、延寿もただ飛び込んだわけではなかった。男の放った雷を受けた瞬間に、延寿の体が木遁人形と入れ替わる。身代わりの術のごとく攻撃をかわしたことで、一瞬出来た隙を狙って、忍び二刀流による小刀二刀が陰陽師に肉薄した。
「……っ!」
陰陽師は瞬時に回避のために後ろへと下がろうとしたが、それを阻んだのは輝海の影縫いだ。不意討ちによって動きを刹那止められた陰陽師は、とっさに炎をごうっと噴き上げさせることでそれを結界の代わりとして延寿の飛び込んでくるのを阻む。
「く……っ」
燃える炎の熱さに焼かれかけ、今一歩のところで踏み込み損なった延寿に、陰陽師の指先が伸びる。危ない、とぶわりと警戒が延寿の肌を逆立てた中、今度は輝海が二人の間で桜花招来による花弁を舞わせることで僅かに目測を誤らせ、その隙で一同は陰陽師と一端の距離を取った。
「燃えろ!」
が、武器の間合いからは遠ざかっても、陰陽師にとっては術の範囲内だ。陰陽師の伸ばす指がそのまま延寿たちを狙って炎を放とうとしたが、それを防いだのは物陰に隠れていたリリィの一撃だ。姿を気取らせないように忍び足で位置を変えていたリリィの、延寿たちとは逆の位置からの攻撃だ。放とうとしていた炎を自らの傍ではじけさせる事で直撃は避けたものの、翁の面の下からは「ちっ」と舌打ちが聞こえてくる。
「虫どもが鬱陶しい……!」
そうして苛立ちを露にした陰陽師に向けて、続いて視線誘導を試みるのはひかりだ。舞台上のようにはその視線を読むことは叶わないまでも、僅かにでも視線が散漫になったことを見て取り「行くよ!」と仲間たちに警戒をこめた合図を送ると、それに陰陽師が反応をする前に、土蜘蛛の熊手で地面を引っかいて土煙を上げさせた。
「小癪な……この程度で、どうにかできると思っているのか?」
それを炎の嵐で巻き上げて無効化させた陰陽師だったが、狙いは毒を与えることではない。一瞬でもその視界を奪う事だ。ひかりは陰陽師に悟られないようにそっと視線を移すと、萌夏たちはその間で杜の中へと足を踏み入れるのに成功していた。
***
延寿たちが陰陽師の相手をする事で意識をひきつけている間、古びた社へと到着した水希たちは、早速調査を開始していた。
「う……ここ、なんだか気持ちが悪いですね……」
いつきは思わず顔を顰め、まずは社の主に挨拶を、と豆餅を備え、さてどうやって探そう、と視線を上げた時だ。
「多分、お札だ」
闇雲に探しては意味が無い、と、水希は社に入るなり言うと「前にお墓で見たようなやつかなー?」とエステルは首を傾げ、他の面々も恐らくはそうだろう、と頷く。
「黄泉憑きの直接の発生源なのか、それとも黄泉憑きを発生させるきっかけになっているのかは判らないけど……」
その何らかの原因を取り払ってしまえば、少なくともこれ以上の黄泉憑きを生み出さないで済むようになるはずだ。萌夏の言葉に「そうですね」と鈴も頷く。
「本当にお札かどうかは判りませんが、真新しいものや、物を動かした跡があれば、きっとそれが原因のはずです」
水が枯れ、人が訪れなくなってしまってから随分長いこと放置されていただめだろう。古い社は手入れもされておらず荒れ果てている。逆を言えば、これまで手が入っていなかったはずの場所に、最近になって何らかの人の手が触れたものがあれば、恐らくそれが陰陽師の仕業に違いない。
そう考え、皆が社の中に張り巡らされた古いお札や、傷んだ柱や法具などを慎重に調べていく間、ふと、鈴が口を開いた。
「そういえば、ここは水脈の神さまが祭られていたんですよね」
当時は恐らく水が豊かにあったのだろうし、感謝を捧げにお参りに来る人々のおかげで力もあったのだろうが、今こうして水が枯れ、誰からも忘れてしまったような有様だ。特に重要な場所とも思えないこの社を、陰陽師は何故わざわざ選んだのだろうか。
先程の祈祷は、黄泉憑きを生もうとしているものようには思えない以上、この場で儀式をする必要があるのだろうが、もっと適した場所なら沢山あるように思う。そんな一同の疑問に「もしかしたら」とエステルは口を開いた。
「この社が、結界っぽいのの『基点』ってやつだからかもなー」
そう言いながらエステルが眺めていたのは、この社に祭られていた神の姿を模したと思われる彫刻だ。美しいそれに刻まれた文字や、周囲に張られた古ぼけた符はどれも複雑なもので、ここが桜稜郭にとって重要な場所であることを示している。
「前に、桜稜郭の結界の基点がひとつ壊されてるからなー……」
もしかしたらこれもその一つなのではないだろうか。そんな疑念が過ぎる中、ふと、エステルのコアチェックにぴん、と引っかかるものがあった。
「お、おおー?」
その感覚に逆らわず、ご神体の裏にあった今にも破れてしまいそうな掛け軸を捲ると、そこには一枚の符が貼り付けられていた。よくよく周囲を確認してみると、同様の符がその一枚を中心に複数貼り付けられているようだ。
「とりあえず、剥がしてみようか」
萌夏が手を伸ばしたが、強い力が働いているのか、ぱちんとその指を弾いて簡単には剥がせそうに無い。どうやら、黄泉憑きの原因となっている瘴気が、その札から溢れているためのようだ。
「うーん、このままじゃ破れんかもなー」
そう言って、少しでも瘴気を軽く出来ないか、とエステルは神拍子を舞い始めた。厳かだが華のある、神へ奏上する為の祓いと清めの舞である。それにあわせて、天狗の狛笛を吹き始めたのは水希だ。
その音色と共に、炎天劫火の眩い光が社の中にはじけたかと思うと、続けて現れる炎は、鬼火のごとく笛の音に操られたかのように踊り、奔放な風に煽られて一瞬だがぼうっと燃え盛る。
(自分の社は自分で守りなよ神様?)
そう内心で呟いて、水希は他の符まで燃やしてしまいそうな熱量の炎を社の中に走らせた。空気そのものを浄化しようとするように、炎とそれを煽る風が社を廻ると、その炎に炙られた符が、一瞬で燃え尽きていくのが見えた。ぼろぼろと灰が崩れていくと、そんな光景に水希は目を細める。
「水脈や地脈に関与されてさ───桜が散ったら、お酒が不味くなるでしょ?」
そんなふざけた話を見過ごすわけにはいかなかっただけだ、と誰にともなく水希が言い訳をしていると、淀んだ空気の消えた社からは、消えそうなほど淡いものではあったが、水希たちを包み込むような静かな気配が満ちた。
そして――同時。
「な……っ!」
水希の炎天劫火が眩く光を放った瞬間、僅かではあったが、陰陽師がその意識を生徒たちから社のほうへと移した、その時だ。陰陽師の視線が外れたのを見て、不撓の心で攻撃を恐れずに、懐まで飛び込んでいったのは銀河だ。一直線に飛び込んでくるその動きに、陰陽師が気付いて術を放ってくるが、先程から何度も繰り返されたおかげもあって、単純な炎の攻撃を何とか回避し、続く攻撃へは輝海とリリィが援護する。
「散々虫けら扱いしてくれたけど、人間は嫌いかい?」
半ば挑発するように言って、輝海が影縫いと鉤付き鎖鎌の鎖で翻弄して術の発動の邪魔をすれば、忍び足で物陰から物陰へと移り渡るリリィは、陰陽師が銀河に攻撃をしかけようとするたびにその逆方向から武器を投擲して意識を反らさせた。
その間はほんの数秒のこと、仲間の援護を受けながら無理矢理に陰陽師の懐まで飛び込んだ銀河は、踏み込みと同時、天地双閃――刀に陽の気をはべらせた一撃の直後、陰の気をはべらせ、追撃を行って陰陽師の術結界を破って見せた。そのまま殺さないように峰打ちによる二撃目を決めようと振りかぶったが、さすがに相手もそう易々と倒れてはくれないようだ。
「この……!」
何とかその攻撃を耐え切った陰陽師が、大きな雷を銀河の上に降りかからせようとしたが、それを阻んだのは背後の位置へ移動していたリリィだ。投げた針が影を地面に縫いつけ、一瞬ではあったが陰陽師の術を止め、その隙に一気に片付けようと苦無を構えて飛び込んだ、その、次の瞬間。
「これで! 終わりだ!」
その僅かな隙を目掛けて、ジュレップが投擲術で火車剣をその足元に思い切り投擲していた。つま先すれすれ近くへと刺さったそれは、その瞬間に地面を抉るようにして小さい爆発を起こす。
「子供だましが効くものか」
と男はその爆発が自らに降りかかる前に、と炎の壁を出現させて結界代わりにそれを防いだ、がそれこそがジュレップの狙いだ。自分を狙った爆発なら、防御をせざるを得ない――そこへ爆炎が収まる間も待たず、誰何心眼によって爆風の中でも違わずに、ジュレップの刀は陰陽師を捕らえて振り下ろされた。その背後からは、リリィと輝海が既に回り込んでいる。
「やった……!」
誰もが勝利を確信した、その時だ。三人の武器がその身体に届くより早く、陰陽師の体が自ら燃え出したかと思うと、男の輪郭は消えて、残された符はその端から赤く炎が立ち上がった。
「な、何……!」
「あいつ自身も符だったってことか?」
そのまま灰になってはらはらと地面へと落ちていく、陰陽師に成り代わっていた符の様子を眺めてながら、一同は複雑な顔で残された符の残骸に眉を寄せた。
勝った、と言うには奇妙な幕切れは、この事件は完全には解決していないぞ、と一同に思わせるには十分だ。
「――消えた……か」
あの陰陽は結局目的については何も語らなかったが、『夜刀』という名前には不吉な響きがあり、陰陽師との戦いは、これで終わりというわけには行かなさそうだ、と輝海は内心で小さく息を吐き出したのだった。