ふぇすた座、こけら落とし!
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【3:古井戸の暗き道にて】
「あの古井戸か……」
ぼっち座の舞芸者たちとふぇすた座の生徒たちが熱く対決を繰り広げているのと同じ頃。
橘 駿、桐嶋 泰河の二人は、観音和尚の案内で色町のはずれへ辿り着いていた。
道中もまばらに遭遇した黄泉憑きをやり過ごし、彼らの進行方向を逆送する形で辿り着いたのは、今は枯れてしまった古い井戸だった。
賑やかな場所から離れた静かな場所に、ぽつんと古井戸が佇んでいる光景はなんとも物寂しく、黄泉憑きを恐れて人々が近寄らないようにしているからだろう、人影のないその場所は、今は枯れてしまって洞窟となっているというその井戸の底から動物の唸り声のようなものが聞こえてくるのが、尚一層気味の悪さを強調している。恐らくその声は、黄泉憑きに変わってしまった動物たちの声だろう。
「このまま黄泉憑きを放っておいたら、たくさんの人たちが困るんだよね」
その声に痛ましい表情を浮べたのは世良 延寿だ。
「だったら、早く何とかしないと……」
一同がそれに頷き、井戸の前に決意を深めている中で、ひとり違う理由で眉を寄せていたのは奏瀧 鈴だ。
「うう……」
雨宮 いつきの前だから我慢しているが、怖いものは怖い。とはいえ、ここでじっとしていても何も変わらないのは事実である。
「い、いくのですよ……!」
「はい。奏瀧さんがご一緒なら、百人力ですっ!」
いつきに無邪気に言われてしまえば、頑張らないわけには行かない。鈴は勇気をふりしぼって、いつきや仲間たちと共に古井戸の入り口からその下に広がる洞窟へとそっと降りて行ったのだった。
***
口の広い古井戸の縁を越えて中へと降り、その底にある洞窟へ辿り着くと、そこは深い闇に満ちていた。
かつては水が溢れていたのだろうそこには流れるような音は一つもなく、匂いも土と獣の匂いばかりである。この奥に社があると言うが、とてもではないがそんな神聖な場所とは思えなかった。
「うう……暗い、ですね……」
鈴が不安そうな声を出すのも仕方がない。何処に黄泉憑きの獣がいるかもわからないというのにこの暗さ、そしてよどんだ空気に、不安を覚えない者もそうはいないだろう。しかし。
「どーくつ♪ たんさく♪」
エステル・エルウィングが好奇心に溢れた楽しげな調子で言えば、同行する鳴水立 輝海もこのままでは足元すら危ないと、化け提灯をかざして周囲を見回しながら、どこか楽しげな様子だ。
「井戸の底って隠しダンジョン感あるよな」
輝海にとってはどちらかといえば黄泉憑きの問題よりも洞窟探索の方に関心があるのだが、現実問題として黄泉憑きたちの存在が邪魔なのである。結局先に元凶をどうにかするほか無いのである。軽く溜息を吐き出したところで「しっ。静かに」と、まだ楽しげに鼻歌を歌っていたエステルを止めたのはリリィ・エーベルヴァインだ。
「まだ侵入には気付いていないけど、群がってきたら面倒」
「そうだな」
リリィの言葉に同意するのは泰河だ。
「目的は黄泉憑きを倒すことじゃない。できるだけ力は温存しておきたいからな」
そうして、八上 ひかりや川村 萌夏の飛炎を仄かな松明代わりにして薄明かりの中を進み始めたが、とうとう鈴が音を上げた。
「やっぱ駄目です……!」
ここまでは何とか勇気を振り絞ってざくざくと歩いてきたのだが、恐ろしさも限界を迎えたようだ。目を軽く潤ませながらいつきの背中に隠れるようにして回り「ごめんなさいですよ……」としぼんだ声で言う。情けないとは思いつつも、怖いものは怖いのだ。
勿論ほかの皆も不安や恐怖が無いわけではない。急ぐ心とは別に、ジュレップ・ガーリースカイたちも慎重に洞窟を進んでいく。
見慣れぬ光に引かれてだろうか。洞窟の僅かな隙間に潜んでいたらしい野犬の姿をした黄泉憑きが、唐突に横から飛び出して襲い掛かってくるのに、咄嗟に動いたのは界塚 ツカサだ。
「危ない!」
先行する萌夏の前に飛び出したツカサは仕込み甲冑の手甲で飛び出した獣の牙を受け止めると、喧嘩煙管でその頭を殴って気絶させると、続いてひかりが萌夏を庇うようにしながら雷丸招来で雷の玉をぶつけて二匹目を弾き飛ばした。
その間、いつの間にか忍び足で足音を殺して離れていたリリィは、洞窟の壁の別の隙間近くへと味噌玉を転がしていた。その匂いに負けて、黄泉憑きが這い出して食べ始めるのを見計らい、苦無を逆手に構えたリリィは忍び足で背後に移動し一匹づつ仕留めていった。勿論、命を奪うまではせず、あくまで気絶させただけだ。
「……んっ」
そうして無力化した獣の手足を縛って再び襲ってこないようにしながら、萌夏は観音和尚へと問いを向けた。
「どうにかして、元に戻す方法はありませんか?」
すると、答えの代わりに、和尚は黄泉憑きの前へしゃがむと何事かを唱えながらその身体に触れる。と同時、黄泉憑きの体から瘴気のようなものが溢れ出して行ったのが見える。お払いのようなものだろう、和尚はふうっと息を吐き出した。
「……この程度なら、私が何とか出来ます」
そうして二体を元に戻した後、群れて居たわけではないようで、とりあえずを凌いだ一同は小さく息をついたが、休憩をしている時間は無い。今の戦闘で敵の気配を察知した獣たちが集まってくるのも時間の問題だからだ。先程よりも速い足取りで洞窟の奥を進みながら、ふと口を開いたのはリリィだ。
「結局のところ、黄泉憑きの原因って何? この奥にあるの?」
その問いに、ひかりも質問を重ねる。
「もしかして、あたし達も、
長時間この場所に居続けると、黄泉憑きに陥る可能性があったりするの?」
「ええ。黄泉憑きになってしまう可能性は、全く無いとは言えません。今のところはまだ、原因もわかっていませんからね」
二人の問いに、和尚は難しい顔で首を振った。皆が不安そうに顔を見合わせる中、和尚は続ける。
「ただ……少なくともこの洞窟では、進むほどに瘴気が濃くなっているようですから、この洞窟の奥に原因があると考えて間違いは無いでしょうね」
その答えに「この奥、と言えば」と続けて質問を口にするのは雨宮 いつきだ。
「洞窟の奥深くにあるお社……古い神様が祀られているとの事ですが、もしかして黄泉憑きが沢山現れたのは、この神様が怒ってる……もしくは苦しんでいるのが原因、と言う可能性も?」
「可能性の一つではあります」
曖昧な回答は、和尚にもまだわからない、と言うことなのだろう。結局、実際に行ってみて確認するしか方法はなさそうだ、と一同が結論を得るのを諦める中で、別の事が気になったらしい鈴が口を開いた。
「いったいどんな神様なんでしょう……」
「今は忘れられかけてしまった、古い神です」
和尚は少し寂しげな調子で言った。社の主は桜稜郭の地下水脈を司っていた神であったらしい。かつてはこの洞窟も清らかな水で溢れており、多くの人々がその恩恵に預かっていたのだが、次第に社に参る人もいなくなり、社はすっかり古びてしまっていると言う。とは言え、それが原因であるとすれば、もっと早くに黄泉憑きの騒ぎが起きていてもおかしくは無い。やはり原因は別にあるのだろう、と千夏 水希は息を吐き出した。
「今まで何も無かったのなら、枯れた水源はその役目を終えて、静かに眠っていた。それでも野生動物の住処として安息を与える場所として働いていたのかもね」
だと言うのにこの騒ぎだ。眉を寄せる水希の傍ら、「先日、この先にあるという社を訪ねて樹京の陰陽師がやってきたという噂を聴きました」と口を開きながら、眉を寄せたのは目黒 銀河だ。
「どうにもキナ臭いですね。あまりにも出来すぎていると言いますか……」
無関係とは言えないでしょうね、と銀河は目を細めて続ける。
「その陰陽師は炎と雷の術を使い、身を守る結界を張れるようでございますね。もし、その陰陽師が居られるなら、洗いざらい吐いてもらわなければなりませんね」
「ああ」
その言葉に、水希は低く頷いた。闇は私の世界なんだから勝手なことをされては困る、とは内心に続けたが、その憤りは気配からにじみ出ている。
と、そんな殺気にも似た気配が呼び水となったのか、ざわりと不穏な空気が流れたと同時、洞窟の影から今度は猫のような黄泉憑きが動くのが見えた。それもどうやら集団であるらしく、一匹や二匹ではないようだ。
「数が多いですね」
警戒を深めながらツカサは続ける。
「洞窟という場所柄、ここに住んでいた動物たち相手なら、強い光で視界を攪乱できるかもしれない」
「夜目が利くそうですからね……やってみるしかありません!」
応じて、鬼火を光らせたのはつかさだ。炎を恐れる様子のない黄泉憑きではあるが、予想の通り強い光にはあまり耐性が無いらしく、飛びかかろうとした動きが一瞬鈍った。それをチャンスといつきは氷丸招来で追い払って
「よし、こ、これならなんとか……」
何とか上手くいったのに背中を仰ぐと、そこでは相変わらずいつきの背中に隠れた鈴がびくびくと震えていた。
「……あ、あれ? もしかして、奏瀧さんもあんまり戦うのは得意じゃないです……?」
「はうう…ごめんなさい、助けてくださいぃ……」
戸惑ったよういつきの声に、返答する鈴の声はへにゃりと弱気で強さが無い。
「わ、分かりました! なんとかしてみます!」
思わぬ鈴の有様につかさは焦ったが、困惑している余裕は無い。一度は追い払われた猫の黄泉憑きが、直ぐに体勢を整えて再度襲い掛かろうとしているのだ。
「……っ!」
思わずいつきは身構えたが、そこへ針が飛んできたかと思うと、黄泉憑きの動きが止まった。忍び足で足音を立てないように物陰へ移動していたリリィからの影縫いだ。そのまま動きを止めたところへ投擲術による攻撃が黄泉憑きを気絶させたが、その次の瞬間にはいつきの後ろからぐるる、と唸り声がした。暗闇に紛れて接近していた、別の黄泉憑きの気配だ。
「……っ!」
つかさに緊張が走ったが、動いたのは鈴だ。士道、その覚悟を思い出して勇気を振り絞った鈴の抜刀一閃が、今にも飛び掛ろうとしていた黄泉憑きを薙ぎ払って吹き飛ばす。
「せ、背中は任せてください!」
「はいっ」
まだいくらか頼りなさが声に残っているが、それとは裏腹に背中越しに伝わってくる勇気にいつきは思わず表情を緩める。
が、そうして戦闘が続いたせいで騒がしくなったからか、それとも奥に近付いたからなのか、気が付けば黄泉憑き達の群れが洞窟の奥から次々と姿を現した。
「行っくよー!」
獣たちは強い光に弱いかもしれない、というツカサの言葉を思い出したジュレップが極火二刀に一時的に火を走らせるとそのまま黄泉憑きの群れへ切り込んだ。一瞬の炎の強い光が目を晦ませたおかげで、動きの鈍った黄泉憑きはその峰打ちでの一撃で気を失ったが、相手は一匹ではない。すぐさま他の黄泉憑きが、ジュレップに向けて襲い掛かろうとしたが、そこへ援護をしたのは萌夏とひかりだ。誰何心眼によって火が消えても攻撃箇所を見誤らず投げつけられた萌夏の手裏剣が投擲されると、他の黄泉憑き相手へはひかりの雷丸招来や水丸招来による攻撃が吹き飛ばしていく。
そうして気を失わせた黄泉憑きたちは、和尚がお払いを施そうと忙しなくしていたが、何しろ数が多い。その上、動物としての本能が縄張りを侵されたと思ったのか、洞窟の奥から群れがいくつも湧き出すようにして現れた。
このままではキリがない。そう思った瞬間だ。
「みなさん、息を止めてください!」
加賀 ノイが叫んだと同時、皆が口を閉じて呼吸を止めると、ノイの手が土蜘蛛の熊手で地面を引っかいた。その途端、毒を孕んだ土煙が周囲に漂い、突撃してきた黄泉憑きたちはもろにその中へと突っ込むことになった。
「グルゥ……ッ」
途端に黄泉憑きたちが弱ってその足を緩めると、続けてツカサが声を上げる。
「ノイ!」
その声に応じて、ノイが鬼火で自らを照らすと、毒を免れた他の黄泉憑きたちがその明かりを目掛けて襲い掛かってきたが、それはツカサの狙いだ。素早く動く獣たちを、一体一体狙っているのでは埒が明かない、とその群れが自らに到着する前に、尖土遁術で足元の地面を隆起させてバランスを崩させる。洞窟に住み着いた獣は、飛行手段の無い者ばかりだ。ツカサの狙い通り足を掬われる形で倒れていく獣たちが、それでもまだ向かってこようとすれば、針を投げつけて影を縫った。
「ここはボク達に任せて先へ」
そうして群れの動きを制しながら、ツカサは他の仲間たちへと声をかけた。原因を突き止め対処出来れば、獣達を傷付ける事も少なくて済む筈だ。それまでここを抑えて置く事は出来る、とツカサの目は揺らがない。
「そっちは任せたよ」
その分、ボク達もここで頑張るから、お互いやれる事をやろう。そんなツカサの言葉に一同が一瞬の躊躇の後で頷くと、ノイのマナ・バレットが黄泉憑きを吹き飛ばして出来た道へと突っ込むようにして駆け出す。
「気をつけて……!」
走り様、その言葉に一瞬だけ振り向いたツカサとノイは、にこりと笑ってそれに応じたのだった。
***
そうしてツカサたちに背中を押され、洞窟を駆け抜けた一同が辿り着いたのは、いくらか開けた空洞だった。
通路のようだった洞窟の道とは違い、天井もいくらか高いその場所は、そこが何がしか特別なものであることを感じさせる。
だが、生徒たちの目に先ず入ったのは、中央にひっそりと佇む古く寂れた社と、翁の面を被って狩衣に身を包んでいる人物だった。
「……あれが、もしかして噂の陰陽師……か?」
駿の言葉に、一同は思わず言葉を飲み込んだ。
「あの古井戸か……」
ぼっち座の舞芸者たちとふぇすた座の生徒たちが熱く対決を繰り広げているのと同じ頃。
橘 駿、桐嶋 泰河の二人は、観音和尚の案内で色町のはずれへ辿り着いていた。
道中もまばらに遭遇した黄泉憑きをやり過ごし、彼らの進行方向を逆送する形で辿り着いたのは、今は枯れてしまった古い井戸だった。
賑やかな場所から離れた静かな場所に、ぽつんと古井戸が佇んでいる光景はなんとも物寂しく、黄泉憑きを恐れて人々が近寄らないようにしているからだろう、人影のないその場所は、今は枯れてしまって洞窟となっているというその井戸の底から動物の唸り声のようなものが聞こえてくるのが、尚一層気味の悪さを強調している。恐らくその声は、黄泉憑きに変わってしまった動物たちの声だろう。
「このまま黄泉憑きを放っておいたら、たくさんの人たちが困るんだよね」
その声に痛ましい表情を浮べたのは世良 延寿だ。
「だったら、早く何とかしないと……」
一同がそれに頷き、井戸の前に決意を深めている中で、ひとり違う理由で眉を寄せていたのは奏瀧 鈴だ。
「うう……」
雨宮 いつきの前だから我慢しているが、怖いものは怖い。とはいえ、ここでじっとしていても何も変わらないのは事実である。
「い、いくのですよ……!」
「はい。奏瀧さんがご一緒なら、百人力ですっ!」
いつきに無邪気に言われてしまえば、頑張らないわけには行かない。鈴は勇気をふりしぼって、いつきや仲間たちと共に古井戸の入り口からその下に広がる洞窟へとそっと降りて行ったのだった。
***
口の広い古井戸の縁を越えて中へと降り、その底にある洞窟へ辿り着くと、そこは深い闇に満ちていた。
かつては水が溢れていたのだろうそこには流れるような音は一つもなく、匂いも土と獣の匂いばかりである。この奥に社があると言うが、とてもではないがそんな神聖な場所とは思えなかった。
「うう……暗い、ですね……」
鈴が不安そうな声を出すのも仕方がない。何処に黄泉憑きの獣がいるかもわからないというのにこの暗さ、そしてよどんだ空気に、不安を覚えない者もそうはいないだろう。しかし。
「どーくつ♪ たんさく♪」
エステル・エルウィングが好奇心に溢れた楽しげな調子で言えば、同行する鳴水立 輝海もこのままでは足元すら危ないと、化け提灯をかざして周囲を見回しながら、どこか楽しげな様子だ。
「井戸の底って隠しダンジョン感あるよな」
輝海にとってはどちらかといえば黄泉憑きの問題よりも洞窟探索の方に関心があるのだが、現実問題として黄泉憑きたちの存在が邪魔なのである。結局先に元凶をどうにかするほか無いのである。軽く溜息を吐き出したところで「しっ。静かに」と、まだ楽しげに鼻歌を歌っていたエステルを止めたのはリリィ・エーベルヴァインだ。
「まだ侵入には気付いていないけど、群がってきたら面倒」
「そうだな」
リリィの言葉に同意するのは泰河だ。
「目的は黄泉憑きを倒すことじゃない。できるだけ力は温存しておきたいからな」
そうして、八上 ひかりや川村 萌夏の飛炎を仄かな松明代わりにして薄明かりの中を進み始めたが、とうとう鈴が音を上げた。
「やっぱ駄目です……!」
ここまでは何とか勇気を振り絞ってざくざくと歩いてきたのだが、恐ろしさも限界を迎えたようだ。目を軽く潤ませながらいつきの背中に隠れるようにして回り「ごめんなさいですよ……」としぼんだ声で言う。情けないとは思いつつも、怖いものは怖いのだ。
勿論ほかの皆も不安や恐怖が無いわけではない。急ぐ心とは別に、ジュレップ・ガーリースカイたちも慎重に洞窟を進んでいく。
見慣れぬ光に引かれてだろうか。洞窟の僅かな隙間に潜んでいたらしい野犬の姿をした黄泉憑きが、唐突に横から飛び出して襲い掛かってくるのに、咄嗟に動いたのは界塚 ツカサだ。
「危ない!」
先行する萌夏の前に飛び出したツカサは仕込み甲冑の手甲で飛び出した獣の牙を受け止めると、喧嘩煙管でその頭を殴って気絶させると、続いてひかりが萌夏を庇うようにしながら雷丸招来で雷の玉をぶつけて二匹目を弾き飛ばした。
その間、いつの間にか忍び足で足音を殺して離れていたリリィは、洞窟の壁の別の隙間近くへと味噌玉を転がしていた。その匂いに負けて、黄泉憑きが這い出して食べ始めるのを見計らい、苦無を逆手に構えたリリィは忍び足で背後に移動し一匹づつ仕留めていった。勿論、命を奪うまではせず、あくまで気絶させただけだ。
「……んっ」
そうして無力化した獣の手足を縛って再び襲ってこないようにしながら、萌夏は観音和尚へと問いを向けた。
「どうにかして、元に戻す方法はありませんか?」
すると、答えの代わりに、和尚は黄泉憑きの前へしゃがむと何事かを唱えながらその身体に触れる。と同時、黄泉憑きの体から瘴気のようなものが溢れ出して行ったのが見える。お払いのようなものだろう、和尚はふうっと息を吐き出した。
「……この程度なら、私が何とか出来ます」
そうして二体を元に戻した後、群れて居たわけではないようで、とりあえずを凌いだ一同は小さく息をついたが、休憩をしている時間は無い。今の戦闘で敵の気配を察知した獣たちが集まってくるのも時間の問題だからだ。先程よりも速い足取りで洞窟の奥を進みながら、ふと口を開いたのはリリィだ。
「結局のところ、黄泉憑きの原因って何? この奥にあるの?」
その問いに、ひかりも質問を重ねる。
「もしかして、あたし達も、
長時間この場所に居続けると、黄泉憑きに陥る可能性があったりするの?」
「ええ。黄泉憑きになってしまう可能性は、全く無いとは言えません。今のところはまだ、原因もわかっていませんからね」
二人の問いに、和尚は難しい顔で首を振った。皆が不安そうに顔を見合わせる中、和尚は続ける。
「ただ……少なくともこの洞窟では、進むほどに瘴気が濃くなっているようですから、この洞窟の奥に原因があると考えて間違いは無いでしょうね」
その答えに「この奥、と言えば」と続けて質問を口にするのは雨宮 いつきだ。
「洞窟の奥深くにあるお社……古い神様が祀られているとの事ですが、もしかして黄泉憑きが沢山現れたのは、この神様が怒ってる……もしくは苦しんでいるのが原因、と言う可能性も?」
「可能性の一つではあります」
曖昧な回答は、和尚にもまだわからない、と言うことなのだろう。結局、実際に行ってみて確認するしか方法はなさそうだ、と一同が結論を得るのを諦める中で、別の事が気になったらしい鈴が口を開いた。
「いったいどんな神様なんでしょう……」
「今は忘れられかけてしまった、古い神です」
和尚は少し寂しげな調子で言った。社の主は桜稜郭の地下水脈を司っていた神であったらしい。かつてはこの洞窟も清らかな水で溢れており、多くの人々がその恩恵に預かっていたのだが、次第に社に参る人もいなくなり、社はすっかり古びてしまっていると言う。とは言え、それが原因であるとすれば、もっと早くに黄泉憑きの騒ぎが起きていてもおかしくは無い。やはり原因は別にあるのだろう、と千夏 水希は息を吐き出した。
「今まで何も無かったのなら、枯れた水源はその役目を終えて、静かに眠っていた。それでも野生動物の住処として安息を与える場所として働いていたのかもね」
だと言うのにこの騒ぎだ。眉を寄せる水希の傍ら、「先日、この先にあるという社を訪ねて樹京の陰陽師がやってきたという噂を聴きました」と口を開きながら、眉を寄せたのは目黒 銀河だ。
「どうにもキナ臭いですね。あまりにも出来すぎていると言いますか……」
無関係とは言えないでしょうね、と銀河は目を細めて続ける。
「その陰陽師は炎と雷の術を使い、身を守る結界を張れるようでございますね。もし、その陰陽師が居られるなら、洗いざらい吐いてもらわなければなりませんね」
「ああ」
その言葉に、水希は低く頷いた。闇は私の世界なんだから勝手なことをされては困る、とは内心に続けたが、その憤りは気配からにじみ出ている。
と、そんな殺気にも似た気配が呼び水となったのか、ざわりと不穏な空気が流れたと同時、洞窟の影から今度は猫のような黄泉憑きが動くのが見えた。それもどうやら集団であるらしく、一匹や二匹ではないようだ。
「数が多いですね」
警戒を深めながらツカサは続ける。
「洞窟という場所柄、ここに住んでいた動物たち相手なら、強い光で視界を攪乱できるかもしれない」
「夜目が利くそうですからね……やってみるしかありません!」
応じて、鬼火を光らせたのはつかさだ。炎を恐れる様子のない黄泉憑きではあるが、予想の通り強い光にはあまり耐性が無いらしく、飛びかかろうとした動きが一瞬鈍った。それをチャンスといつきは氷丸招来で追い払って
「よし、こ、これならなんとか……」
何とか上手くいったのに背中を仰ぐと、そこでは相変わらずいつきの背中に隠れた鈴がびくびくと震えていた。
「……あ、あれ? もしかして、奏瀧さんもあんまり戦うのは得意じゃないです……?」
「はうう…ごめんなさい、助けてくださいぃ……」
戸惑ったよういつきの声に、返答する鈴の声はへにゃりと弱気で強さが無い。
「わ、分かりました! なんとかしてみます!」
思わぬ鈴の有様につかさは焦ったが、困惑している余裕は無い。一度は追い払われた猫の黄泉憑きが、直ぐに体勢を整えて再度襲い掛かろうとしているのだ。
「……っ!」
思わずいつきは身構えたが、そこへ針が飛んできたかと思うと、黄泉憑きの動きが止まった。忍び足で足音を立てないように物陰へ移動していたリリィからの影縫いだ。そのまま動きを止めたところへ投擲術による攻撃が黄泉憑きを気絶させたが、その次の瞬間にはいつきの後ろからぐるる、と唸り声がした。暗闇に紛れて接近していた、別の黄泉憑きの気配だ。
「……っ!」
つかさに緊張が走ったが、動いたのは鈴だ。士道、その覚悟を思い出して勇気を振り絞った鈴の抜刀一閃が、今にも飛び掛ろうとしていた黄泉憑きを薙ぎ払って吹き飛ばす。
「せ、背中は任せてください!」
「はいっ」
まだいくらか頼りなさが声に残っているが、それとは裏腹に背中越しに伝わってくる勇気にいつきは思わず表情を緩める。
が、そうして戦闘が続いたせいで騒がしくなったからか、それとも奥に近付いたからなのか、気が付けば黄泉憑き達の群れが洞窟の奥から次々と姿を現した。
「行っくよー!」
獣たちは強い光に弱いかもしれない、というツカサの言葉を思い出したジュレップが極火二刀に一時的に火を走らせるとそのまま黄泉憑きの群れへ切り込んだ。一瞬の炎の強い光が目を晦ませたおかげで、動きの鈍った黄泉憑きはその峰打ちでの一撃で気を失ったが、相手は一匹ではない。すぐさま他の黄泉憑きが、ジュレップに向けて襲い掛かろうとしたが、そこへ援護をしたのは萌夏とひかりだ。誰何心眼によって火が消えても攻撃箇所を見誤らず投げつけられた萌夏の手裏剣が投擲されると、他の黄泉憑き相手へはひかりの雷丸招来や水丸招来による攻撃が吹き飛ばしていく。
そうして気を失わせた黄泉憑きたちは、和尚がお払いを施そうと忙しなくしていたが、何しろ数が多い。その上、動物としての本能が縄張りを侵されたと思ったのか、洞窟の奥から群れがいくつも湧き出すようにして現れた。
このままではキリがない。そう思った瞬間だ。
「みなさん、息を止めてください!」
加賀 ノイが叫んだと同時、皆が口を閉じて呼吸を止めると、ノイの手が土蜘蛛の熊手で地面を引っかいた。その途端、毒を孕んだ土煙が周囲に漂い、突撃してきた黄泉憑きたちはもろにその中へと突っ込むことになった。
「グルゥ……ッ」
途端に黄泉憑きたちが弱ってその足を緩めると、続けてツカサが声を上げる。
「ノイ!」
その声に応じて、ノイが鬼火で自らを照らすと、毒を免れた他の黄泉憑きたちがその明かりを目掛けて襲い掛かってきたが、それはツカサの狙いだ。素早く動く獣たちを、一体一体狙っているのでは埒が明かない、とその群れが自らに到着する前に、尖土遁術で足元の地面を隆起させてバランスを崩させる。洞窟に住み着いた獣は、飛行手段の無い者ばかりだ。ツカサの狙い通り足を掬われる形で倒れていく獣たちが、それでもまだ向かってこようとすれば、針を投げつけて影を縫った。
「ここはボク達に任せて先へ」
そうして群れの動きを制しながら、ツカサは他の仲間たちへと声をかけた。原因を突き止め対処出来れば、獣達を傷付ける事も少なくて済む筈だ。それまでここを抑えて置く事は出来る、とツカサの目は揺らがない。
「そっちは任せたよ」
その分、ボク達もここで頑張るから、お互いやれる事をやろう。そんなツカサの言葉に一同が一瞬の躊躇の後で頷くと、ノイのマナ・バレットが黄泉憑きを吹き飛ばして出来た道へと突っ込むようにして駆け出す。
「気をつけて……!」
走り様、その言葉に一瞬だけ振り向いたツカサとノイは、にこりと笑ってそれに応じたのだった。
***
そうしてツカサたちに背中を押され、洞窟を駆け抜けた一同が辿り着いたのは、いくらか開けた空洞だった。
通路のようだった洞窟の道とは違い、天井もいくらか高いその場所は、そこが何がしか特別なものであることを感じさせる。
だが、生徒たちの目に先ず入ったのは、中央にひっそりと佇む古く寂れた社と、翁の面を被って狩衣に身を包んでいる人物だった。
「……あれが、もしかして噂の陰陽師……か?」
駿の言葉に、一同は思わず言葉を飲み込んだ。