【伯爵令嬢アリスの憂鬱】逃避行(第3話/全4話)
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◆路上ライブ(1)
アイドルたちのおかげで、大コウモリから逃げ切ることができたアリスとラルフ。
ようやくピノキエの街に辿り着くことができた二人は、空腹を抱えて歩いていた。
「お腹空いたね……」
「僕の血を飲みなよ」
ん、と差し出されたラルフの腕をそっと押し戻して、アリスは無言で断った。
「ラルフはどうするの?」
ラルフはポケットからいくらかの硬貨を取り出した。
「これで何か食べ物が買えるといいんだけど……何か稼ぐ方法を探さなきゃ……」
ラルフに申し訳なくて、何の準備もせずに屋敷を飛び出してきたことを少し後悔しはじめたアリスだった。
が、ふと道端で芸を披露している大道芸人を見てひらめいた。
「そうだ、ライブだよ! ラルフ、私だって吸血鬼の端くれだもん、教養として身に付けさせられた歌を披露したら、お金を稼ぐことぐらいできるよ!」
安易に言ったアリスだったが、芸の世界はそんなに甘くはなく、アリスが一生懸命歌っても道行く人々は誰も足を止めて聞いてくれないのだった。
***
アリスとラルフが落胆していると、そこに芹沢 葉月が通りがかった。
葉月は二人のこれまでのいきさつを聞いて、俄然助けたくなった。
「こういうのは得意分野ですからね、任せてくださいっ!」
戦略を立てることに秀でている葉月は、アリスたちの目的が「路銀の確保」ということに着目した。
目的を叶えるために葉月が考えた演出は「あんまりお金持ってない感」を出すこと。
シンプルな弾き語りで憐れみを誘えば、おひねりだって集まりやすそうだ。
曲は、通りすがりの人に興味を持たれやすいよう既存の曲――ネヴァーランドで作られた超有名曲の【熾天使のゴスペル】がいいだろう。
葉月は早速二人の横に立って、ベースの【ワイルドグロール】を構えた。
演奏を始めると、そのパワフルな低音は人々を振り向かせた。
素早く【高揚する一番星】を使ってミラーボールの輝きによる演出を行えば、より多くの人の注目を集める。
葉月は満を持して【エモーショナルプレイ】でゴスペルの神聖な雰囲気を強調して演奏した。
アリスとラルフも、葉月に合わせて一緒に歌う。
誰もが知る有名曲で、楽器は低音のベースだけ。
そのため路上ライブ特有の「うるさくて迷惑」という非難も受けず、葉月の演奏を立ち止まって聞く人も次第に増えてきた。
そんなお客さんに、葉月は幼児体型を戦略的に活用して、無邪気そうに声を掛ける。
「一緒に歌いましょう!」
無垢な笑顔に引き込まれるように一人が歌い始めると、それに釣られた数人も一緒に歌ってくれた。
「ありがとうございました!」
演奏が終わって勢いよくお辞儀をした葉月だが、すぐに頭を上げてちゃっかり付け加える。
「あっ、投げ銭はよかったらこちらにお願いしますっ」
手にはしっかり集金用のカゴが握られていた。
***
そこへジュヌヴィエーヴ・イリア・スフォルツァがやってきた。
ジュヌヴィエーヴもアリスとラルフの二人を手伝おうと思っていたので、さっそく【セフィロティック・ハープ】を取り出して爪弾き始めた。
折角集まって聞いてくれているお客さんを逃してはもったいない。
ジュヌヴィエーヴはそう思って、挨拶もそこそこに演奏を始めたのだった。
楽器自体も美しい【セフィロティック・ハープ】を奏でながら、ジュヌヴィエーヴが作詞した【Re:quiem~祈り~】を【ピクシートーン】で歌う。
Cum Si autem abierunt.
(もしもあなたがいなくなってしまったら)
Et dilexit mundum dilexit me et vos.
(あなたが愛した世界を私も愛しましょう)
Fiat mihi carmen etiam cantare hummed tibi.
(あなたが口ずさんだ歌を私も歌いましょう)
【セフィロティック・ハープ】に合わせて、どこからか鳥の歌う声が聞こえてくる。
ジュヌヴィエーヴは祈りを込めて歌った。
心に迷いや願いを持つ人に響くこの曲は、アリスたちにもきっと勇気を与えるに違いない。
クライマックスでは【天子の羽ばたき】で六枚の羽根から光を振り撒き、【ピクシースピリット】の幻影が元気に歌い踊って、ジュヌヴィエーヴの演奏が終わった。
演奏後、改めてジュヌヴィエーヴはアリスに声を掛けた。
「部外者のわたくしが、こんなことを言うのは失礼かもしれませんが……大叔父様と、一度きちんとお話された方が良いのではないでしょうか」
「……それは……無理」
アリスが弱々しく首を振ると、ジュヌヴィエーヴは泣きそうな顔になった。
「このまま嘘をついて、逃げ続けて。……そんな恋は、悲しすぎますわ」
ジュヌヴィエーヴは独り言のように呟いていた。
***
「ああ、やっと追いついた~」
声の主は兎多園 詩籠だ。
彼は屋敷を抜け出したアリスを心配して追ってきたのだった。
現在の状況を聞いた詩籠は、快くライブの協力を申し出た。
おあつらえ向きにステージ衣装のスーツとキャスケットという【夜色ゴシック】姿なので、今すぐにでもライブが始められる。
集めたおひねりをアリスとラルフが気兼ねなく受け取れるようにという配慮から、詩籠は二人も一緒にライブをしようと誘った。
詩籠の演奏に合わせて二人がダンスをするという内容だ。
詩籠は【永氷のヴァイオリン】を取り出して、軽くチューニングする。
ダンスはテクニックの上手下手というよりも二人が楽しく踊れることが大切だからと、事前に少しワルツを踊る練習をしてもらった。
練習が終わっていよいよ本番。
道行く人々に三人でお辞儀をしてライブ開始だ。
詩籠が【目覚めのクロスコード】を纏って【オープニングナンバー】の陽気で軽快な曲を弾く。
【永氷のヴァイオリン】の繊細で涼やかな音色が、辺りに清浄な空間を作っていった。
詩籠はアリスたちが楽しそうに踊る様子を横目で見ながら、曲の調子を二人に合わせて演奏した。
二曲目はゆったり穏やかな曲調に変えて、メリハリを付けていく。
終盤、詩籠は踊る二人の周りを歩いて【粉雪のジュエル】の粒子を撒き散らした。
そして情熱的に演奏してフィナーレを盛り上げ、ライブは終了した。
三人でお辞儀をする間、かごにお金を入れてくれる人も何人かいた。
ライブが終わった後、詩籠はアリスとラルフにニコニコと歩み寄った。
「こんなこと言ったら怒られるかもしれないけど……僕は駆け落ちに憧れちゃうな。二人のこと、応援してるから、頑張ってね」
詩籠は二人の手を取り、思いを込めて握手したのだった。
アイドルたちのおかげで、大コウモリから逃げ切ることができたアリスとラルフ。
ようやくピノキエの街に辿り着くことができた二人は、空腹を抱えて歩いていた。
「お腹空いたね……」
「僕の血を飲みなよ」
ん、と差し出されたラルフの腕をそっと押し戻して、アリスは無言で断った。
「ラルフはどうするの?」
ラルフはポケットからいくらかの硬貨を取り出した。
「これで何か食べ物が買えるといいんだけど……何か稼ぐ方法を探さなきゃ……」
ラルフに申し訳なくて、何の準備もせずに屋敷を飛び出してきたことを少し後悔しはじめたアリスだった。
が、ふと道端で芸を披露している大道芸人を見てひらめいた。
「そうだ、ライブだよ! ラルフ、私だって吸血鬼の端くれだもん、教養として身に付けさせられた歌を披露したら、お金を稼ぐことぐらいできるよ!」
安易に言ったアリスだったが、芸の世界はそんなに甘くはなく、アリスが一生懸命歌っても道行く人々は誰も足を止めて聞いてくれないのだった。
***
アリスとラルフが落胆していると、そこに芹沢 葉月が通りがかった。
葉月は二人のこれまでのいきさつを聞いて、俄然助けたくなった。
「こういうのは得意分野ですからね、任せてくださいっ!」
戦略を立てることに秀でている葉月は、アリスたちの目的が「路銀の確保」ということに着目した。
目的を叶えるために葉月が考えた演出は「あんまりお金持ってない感」を出すこと。
シンプルな弾き語りで憐れみを誘えば、おひねりだって集まりやすそうだ。
曲は、通りすがりの人に興味を持たれやすいよう既存の曲――ネヴァーランドで作られた超有名曲の【熾天使のゴスペル】がいいだろう。
葉月は早速二人の横に立って、ベースの【ワイルドグロール】を構えた。
演奏を始めると、そのパワフルな低音は人々を振り向かせた。
素早く【高揚する一番星】を使ってミラーボールの輝きによる演出を行えば、より多くの人の注目を集める。
葉月は満を持して【エモーショナルプレイ】でゴスペルの神聖な雰囲気を強調して演奏した。
アリスとラルフも、葉月に合わせて一緒に歌う。
誰もが知る有名曲で、楽器は低音のベースだけ。
そのため路上ライブ特有の「うるさくて迷惑」という非難も受けず、葉月の演奏を立ち止まって聞く人も次第に増えてきた。
そんなお客さんに、葉月は幼児体型を戦略的に活用して、無邪気そうに声を掛ける。
「一緒に歌いましょう!」
無垢な笑顔に引き込まれるように一人が歌い始めると、それに釣られた数人も一緒に歌ってくれた。
「ありがとうございました!」
演奏が終わって勢いよくお辞儀をした葉月だが、すぐに頭を上げてちゃっかり付け加える。
「あっ、投げ銭はよかったらこちらにお願いしますっ」
手にはしっかり集金用のカゴが握られていた。
***
そこへジュヌヴィエーヴ・イリア・スフォルツァがやってきた。
ジュヌヴィエーヴもアリスとラルフの二人を手伝おうと思っていたので、さっそく【セフィロティック・ハープ】を取り出して爪弾き始めた。
折角集まって聞いてくれているお客さんを逃してはもったいない。
ジュヌヴィエーヴはそう思って、挨拶もそこそこに演奏を始めたのだった。
楽器自体も美しい【セフィロティック・ハープ】を奏でながら、ジュヌヴィエーヴが作詞した【Re:quiem~祈り~】を【ピクシートーン】で歌う。
Cum Si autem abierunt.
(もしもあなたがいなくなってしまったら)
Et dilexit mundum dilexit me et vos.
(あなたが愛した世界を私も愛しましょう)
Fiat mihi carmen etiam cantare hummed tibi.
(あなたが口ずさんだ歌を私も歌いましょう)
【セフィロティック・ハープ】に合わせて、どこからか鳥の歌う声が聞こえてくる。
ジュヌヴィエーヴは祈りを込めて歌った。
心に迷いや願いを持つ人に響くこの曲は、アリスたちにもきっと勇気を与えるに違いない。
クライマックスでは【天子の羽ばたき】で六枚の羽根から光を振り撒き、【ピクシースピリット】の幻影が元気に歌い踊って、ジュヌヴィエーヴの演奏が終わった。
演奏後、改めてジュヌヴィエーヴはアリスに声を掛けた。
「部外者のわたくしが、こんなことを言うのは失礼かもしれませんが……大叔父様と、一度きちんとお話された方が良いのではないでしょうか」
「……それは……無理」
アリスが弱々しく首を振ると、ジュヌヴィエーヴは泣きそうな顔になった。
「このまま嘘をついて、逃げ続けて。……そんな恋は、悲しすぎますわ」
ジュヌヴィエーヴは独り言のように呟いていた。
***
「ああ、やっと追いついた~」
声の主は兎多園 詩籠だ。
彼は屋敷を抜け出したアリスを心配して追ってきたのだった。
現在の状況を聞いた詩籠は、快くライブの協力を申し出た。
おあつらえ向きにステージ衣装のスーツとキャスケットという【夜色ゴシック】姿なので、今すぐにでもライブが始められる。
集めたおひねりをアリスとラルフが気兼ねなく受け取れるようにという配慮から、詩籠は二人も一緒にライブをしようと誘った。
詩籠の演奏に合わせて二人がダンスをするという内容だ。
詩籠は【永氷のヴァイオリン】を取り出して、軽くチューニングする。
ダンスはテクニックの上手下手というよりも二人が楽しく踊れることが大切だからと、事前に少しワルツを踊る練習をしてもらった。
練習が終わっていよいよ本番。
道行く人々に三人でお辞儀をしてライブ開始だ。
詩籠が【目覚めのクロスコード】を纏って【オープニングナンバー】の陽気で軽快な曲を弾く。
【永氷のヴァイオリン】の繊細で涼やかな音色が、辺りに清浄な空間を作っていった。
詩籠はアリスたちが楽しそうに踊る様子を横目で見ながら、曲の調子を二人に合わせて演奏した。
二曲目はゆったり穏やかな曲調に変えて、メリハリを付けていく。
終盤、詩籠は踊る二人の周りを歩いて【粉雪のジュエル】の粒子を撒き散らした。
そして情熱的に演奏してフィナーレを盛り上げ、ライブは終了した。
三人でお辞儀をする間、かごにお金を入れてくれる人も何人かいた。
ライブが終わった後、詩籠はアリスとラルフにニコニコと歩み寄った。
「こんなこと言ったら怒られるかもしれないけど……僕は駆け落ちに憧れちゃうな。二人のこと、応援してるから、頑張ってね」
詩籠は二人の手を取り、思いを込めて握手したのだった。