【伯爵令嬢アリスの憂鬱】逃避行(第3話/全4話)
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◆路上ライブ(4)
合歓季 風華とアーヴェント・ゾネンウンターガングは、これまで色々と手伝ってきたアリスが、まさかこんなことになるとは思っていなかった。
アリスが大叔父様を説得して認めてもらうのがもちろん一番望ましい。
しかしそれが難しいならこのまま無事に逃げ切って、二人で幸せになって欲しいと願う。
だから、少なくとも自分たちはこの二人を祝福し、路銀稼ぎのライブを手伝って応援しようと思うのだ。
「こ、これはアリスさんとラルフさんの共同作業……お手伝い頑張りましょう、ヴェントさん!」
やや興奮気味に話す風華に、アーヴェントは柔らかく応える。
「そうだな、ふうか。主役はあの二人で、自分たちはあくまで手伝うだけだが、禁断の愛で終わらないように勇気と祝福を届けられるといいな」
風華とアーヴェントが考えた演出は、先日の仮面舞踏会を踏まえアリスとラルフにここで舞踏会の再現をしてもらうというもの。
仮面舞踏会の時には、深郷由希菜の計らいでアリスとラルフはダンスを一曲踊ったのだった。
ダンスはあまり上手く踊れない二人だが、風華とアーヴェントが「大船に乗ったつもりで」と請け合ってくれたので、万事任せて踊ることにした。
ライブが始まった。
風華は純白の法衣を着た清楚なたたずまいで、二人の頭上に【高揚する一番星】を出現させ光で注目を集める。
それを確認して、アーヴェントは未来への祝福を表すような【箱庭行進曲】を口ずさんだ。
そして白銀の指揮棒【ティーアの宴】を振る。
【ブレーメンの奇跡】で音楽隊が演奏しているように演出すれば、美しい舞踏会の曲にブラッシュアップされる。
【ティーアの宴】に釣られてきた小動物や、【おもちゃの舞踏会】で力を与えられた小物などが、アリスとラルフの周りで踊り出す。
すると、ダンスに慣れていない二人のぎこちなさも微笑ましく愛嬌あるものに変化するのだった。
クライマックスで風華が【あなたに贈る白昼夢】を使って、居合わせた観衆に同じ白昼夢を見せる。
それは、アリスとラルフが小動物や小物たちから祝福されるシーンだった。
アーヴェントの台詞が効果的に響く。
「二人は愛する者。どうか祝福を」
直後に風華が【≪慰霊≫鳥葬】の幻を空に放ち、自由と未来への可能性を表現した余韻を漂わせて締めくくった。
全員が同じ白昼夢から覚めて祝福の拍手を送る。
風華とアーヴェントは、この祝福がアリスとラルフの勇気に変わるように願って、お辞儀をした。
終了後、風華は二人に【ライト・メモリー】を見せた。
「お疲れさまでした。これは今日の記念です」
二人が組んでダンスをした記念に、こっそりライブの記録を撮っておいたのだ。
その絵は白黒だったけれど、二人の表情は明るく幸せそうに描かれていた。
「この先の困難があっても本当に困った時は頼っていただければと思います。私たちはあなた方を祝福し応援していますから」
言葉の後に(使徒としても、同じように恋心を抱く身としても)と心の中で付け加えて、そうですよね、というように風華は傍らのアーヴェントを見上げる。
慕わしい人の穏やかな眼差しが、確かに風華の気持ちを受け止めていた。
***
「ラルフくんは行動力もあって機転も利くみたいだし、あとは度胸だよね!」
スピネル・サウザントサマーは、ラルフがアリスをあの屋敷から連れ出して逃げた話を聞いて、ちょっと感心していた。
路上ライブに大切なことは他のフェスタ生が教えて十分に支えてくれるだろうから、スピネルはもっと別の方法で二人の力になってやりたかった。
路銀稼ぎのためにライブをしても、その場限りになりかねないなと想像した時、スピネルの頭に素晴らしいアイデアがひらめいた。
しかも、使い道があるんだろうかと疑問視していた【ルナティック・モジュール】を活用できる。
そのアイデアとは、スピネルと千夏 水希の二人がかりで狂気のライブ攻撃をし、ラルフとアリスが不協和音に苦しむ街の人々を救う、というものだ。
ラルフたちは自信がつくし、街の人たちからの信頼も得られて大金をGETでき、もしかしたら寝床も得られるかもしれない。
作戦の筋書きを喜々としてマスターの水希に伝えたところ、水希は二つ返事で乗った。
だが、水希はタダで協力するような安い女ではない。
(スピネルに逆襲するチャンスだ)と計算が働いての快諾だ。
前回の仮面舞踏会では、水希はスピネルにいいように振り回されてぐったぐたにされたのだった。
そのお礼をする機会を狙っていた水希に協力を求めるとは、スピネルもまだまだ甘い。飛んで火に入る夏の虫とはスピネルのことである。
さて、風華とアーヴェントと共にライブを終えたばかりのアリスたちを発見したスピネルと水希。
スピネルが【ルナティックモジュール】で耳障りな不協和音を立て、【サウンドヘイズ】を使って自らの姿を妖しく歪ませながら登場する。
アリスたちが驚いて音のする方を見ると、スピネルは後ろに水希を従え、腰に手を当て仁王立ちに立っていた。
ニヤリと片頬で笑い、悪党感を醸し出して挑発した。
「おっとー? ラルフくん、そんな力じゃ彼女を養っていけないよ!?」
一同は唖然として見ていたが、水希がスピネルを後ろから指さして『さ・く・せ・ん』と口パクで言っているのをラルフは見逃さなかった。
「さあ、あたしという壁を越えていくのよ!」
悪党になりきったスピネルは両腕を広げたポーズで決め台詞を言い放ち、“狂気の不協和音ライブ”を開始した。
【ルナティックモジュール】は再び奇怪なサウンドを響かせ、【U.チェイスブルーミング】で出現させた見るもおぞましい食虫植物の花が、不気味な様子でキーキー歌い踊る。
【喪装】を着た水希が【呻吟するヴィオローネ】を使ってスピネルの後ろで従者っぽく演奏する。
三人の赤いコーラス隊が現れ、ノリノリでハモってくれるが、【ルナティックモジュール】とでは不協和音にしかならない。
そこへもってきて【血沸く共鳴】のせいで興奮状態を錯覚してしまった人々は、不協和音をより強烈に感じてしまう。
耳を塞いでしゃがみこむ人々の苦痛を和らげようと、ラルフはアリスとアーヴェントと風華に呼びかけて、スピネルたちに対抗した美しいハーモニーで歌いはじめた。
フェスタ生とアリスたちが抵抗してきたのを見て、水希は演奏の手を少し緩めた。
なんとも頼りないラルフの様子であったが、立ち向かう意思が一番大事だから手加減してやったのだ。
不協和音の音圧に抗いながら、ラルフは一人で歩いてスピネルの元まで辿り着き、その手を押さえて物理的に演奏を止めさせた。
演奏が止まった瞬間、周りの不気味な演出も消え、不協和音に苦しんでいた人々は解放された。
『ありがとう』
小声で言ったラルフの言葉が、スピネルの耳に入ったかどうかはわからなかった。
怒った人たちが駆け寄ってスピネルたちを取り囲んだからだ。
水希はわざとらしくとぼけた演技をして「はっ。私は一体何を……?」などと言って【呻吟するヴィオローネ】を握りしめて立ち尽くす。
そして我に返った様子でスピネルを指さして叫んだ。
「この人です、この人に私も操られていたんです!」
人々の視線をスピネルに誘導して、自分は怒った人々の一員であるかのように体の向きを徐々に変えていく。
焦ったスピネルが「この楽器音がおかしいだけだから!」と言い訳しても群衆は聞く耳を持たない。
どんどん詰め寄られてスピネルは押し潰されそうになった。
「ギャーッ!?」
溺れた人がもがくような体勢になりながら必死に辺りを見回し、水希を探したが姿が見えない。
それもそのはず、水希はスピネルを生贄に差し出して【幽冥なる月影】で颯爽と消え、【呻吟するヴィオローネ】を軸に高跳びで屋根の上に避難していたのだ。
屋根の上では【喪装】で顔を隠し、スピネルの視界に入らないように気を付けて、袋叩きにされているスピネルを文字通り高みの見物で眺めている。
スピネルは群衆にもみくちゃにされながら喚いていた。
「あのドブス! どこいった! あいつが黒幕! く・ろ・ま・く!」
水希の目的は見事に達成できた。
そしてスピネルの目的も……。
合歓季 風華とアーヴェント・ゾネンウンターガングは、これまで色々と手伝ってきたアリスが、まさかこんなことになるとは思っていなかった。
アリスが大叔父様を説得して認めてもらうのがもちろん一番望ましい。
しかしそれが難しいならこのまま無事に逃げ切って、二人で幸せになって欲しいと願う。
だから、少なくとも自分たちはこの二人を祝福し、路銀稼ぎのライブを手伝って応援しようと思うのだ。
「こ、これはアリスさんとラルフさんの共同作業……お手伝い頑張りましょう、ヴェントさん!」
やや興奮気味に話す風華に、アーヴェントは柔らかく応える。
「そうだな、ふうか。主役はあの二人で、自分たちはあくまで手伝うだけだが、禁断の愛で終わらないように勇気と祝福を届けられるといいな」
風華とアーヴェントが考えた演出は、先日の仮面舞踏会を踏まえアリスとラルフにここで舞踏会の再現をしてもらうというもの。
仮面舞踏会の時には、深郷由希菜の計らいでアリスとラルフはダンスを一曲踊ったのだった。
ダンスはあまり上手く踊れない二人だが、風華とアーヴェントが「大船に乗ったつもりで」と請け合ってくれたので、万事任せて踊ることにした。
ライブが始まった。
風華は純白の法衣を着た清楚なたたずまいで、二人の頭上に【高揚する一番星】を出現させ光で注目を集める。
それを確認して、アーヴェントは未来への祝福を表すような【箱庭行進曲】を口ずさんだ。
そして白銀の指揮棒【ティーアの宴】を振る。
【ブレーメンの奇跡】で音楽隊が演奏しているように演出すれば、美しい舞踏会の曲にブラッシュアップされる。
【ティーアの宴】に釣られてきた小動物や、【おもちゃの舞踏会】で力を与えられた小物などが、アリスとラルフの周りで踊り出す。
すると、ダンスに慣れていない二人のぎこちなさも微笑ましく愛嬌あるものに変化するのだった。
クライマックスで風華が【あなたに贈る白昼夢】を使って、居合わせた観衆に同じ白昼夢を見せる。
それは、アリスとラルフが小動物や小物たちから祝福されるシーンだった。
アーヴェントの台詞が効果的に響く。
「二人は愛する者。どうか祝福を」
直後に風華が【≪慰霊≫鳥葬】の幻を空に放ち、自由と未来への可能性を表現した余韻を漂わせて締めくくった。
全員が同じ白昼夢から覚めて祝福の拍手を送る。
風華とアーヴェントは、この祝福がアリスとラルフの勇気に変わるように願って、お辞儀をした。
終了後、風華は二人に【ライト・メモリー】を見せた。
「お疲れさまでした。これは今日の記念です」
二人が組んでダンスをした記念に、こっそりライブの記録を撮っておいたのだ。
その絵は白黒だったけれど、二人の表情は明るく幸せそうに描かれていた。
「この先の困難があっても本当に困った時は頼っていただければと思います。私たちはあなた方を祝福し応援していますから」
言葉の後に(使徒としても、同じように恋心を抱く身としても)と心の中で付け加えて、そうですよね、というように風華は傍らのアーヴェントを見上げる。
慕わしい人の穏やかな眼差しが、確かに風華の気持ちを受け止めていた。
***
「ラルフくんは行動力もあって機転も利くみたいだし、あとは度胸だよね!」
スピネル・サウザントサマーは、ラルフがアリスをあの屋敷から連れ出して逃げた話を聞いて、ちょっと感心していた。
路上ライブに大切なことは他のフェスタ生が教えて十分に支えてくれるだろうから、スピネルはもっと別の方法で二人の力になってやりたかった。
路銀稼ぎのためにライブをしても、その場限りになりかねないなと想像した時、スピネルの頭に素晴らしいアイデアがひらめいた。
しかも、使い道があるんだろうかと疑問視していた【ルナティック・モジュール】を活用できる。
そのアイデアとは、スピネルと千夏 水希の二人がかりで狂気のライブ攻撃をし、ラルフとアリスが不協和音に苦しむ街の人々を救う、というものだ。
ラルフたちは自信がつくし、街の人たちからの信頼も得られて大金をGETでき、もしかしたら寝床も得られるかもしれない。
作戦の筋書きを喜々としてマスターの水希に伝えたところ、水希は二つ返事で乗った。
だが、水希はタダで協力するような安い女ではない。
(スピネルに逆襲するチャンスだ)と計算が働いての快諾だ。
前回の仮面舞踏会では、水希はスピネルにいいように振り回されてぐったぐたにされたのだった。
そのお礼をする機会を狙っていた水希に協力を求めるとは、スピネルもまだまだ甘い。飛んで火に入る夏の虫とはスピネルのことである。
さて、風華とアーヴェントと共にライブを終えたばかりのアリスたちを発見したスピネルと水希。
スピネルが【ルナティックモジュール】で耳障りな不協和音を立て、【サウンドヘイズ】を使って自らの姿を妖しく歪ませながら登場する。
アリスたちが驚いて音のする方を見ると、スピネルは後ろに水希を従え、腰に手を当て仁王立ちに立っていた。
ニヤリと片頬で笑い、悪党感を醸し出して挑発した。
「おっとー? ラルフくん、そんな力じゃ彼女を養っていけないよ!?」
一同は唖然として見ていたが、水希がスピネルを後ろから指さして『さ・く・せ・ん』と口パクで言っているのをラルフは見逃さなかった。
「さあ、あたしという壁を越えていくのよ!」
悪党になりきったスピネルは両腕を広げたポーズで決め台詞を言い放ち、“狂気の不協和音ライブ”を開始した。
【ルナティックモジュール】は再び奇怪なサウンドを響かせ、【U.チェイスブルーミング】で出現させた見るもおぞましい食虫植物の花が、不気味な様子でキーキー歌い踊る。
【喪装】を着た水希が【呻吟するヴィオローネ】を使ってスピネルの後ろで従者っぽく演奏する。
三人の赤いコーラス隊が現れ、ノリノリでハモってくれるが、【ルナティックモジュール】とでは不協和音にしかならない。
そこへもってきて【血沸く共鳴】のせいで興奮状態を錯覚してしまった人々は、不協和音をより強烈に感じてしまう。
耳を塞いでしゃがみこむ人々の苦痛を和らげようと、ラルフはアリスとアーヴェントと風華に呼びかけて、スピネルたちに対抗した美しいハーモニーで歌いはじめた。
フェスタ生とアリスたちが抵抗してきたのを見て、水希は演奏の手を少し緩めた。
なんとも頼りないラルフの様子であったが、立ち向かう意思が一番大事だから手加減してやったのだ。
不協和音の音圧に抗いながら、ラルフは一人で歩いてスピネルの元まで辿り着き、その手を押さえて物理的に演奏を止めさせた。
演奏が止まった瞬間、周りの不気味な演出も消え、不協和音に苦しんでいた人々は解放された。
『ありがとう』
小声で言ったラルフの言葉が、スピネルの耳に入ったかどうかはわからなかった。
怒った人たちが駆け寄ってスピネルたちを取り囲んだからだ。
水希はわざとらしくとぼけた演技をして「はっ。私は一体何を……?」などと言って【呻吟するヴィオローネ】を握りしめて立ち尽くす。
そして我に返った様子でスピネルを指さして叫んだ。
「この人です、この人に私も操られていたんです!」
人々の視線をスピネルに誘導して、自分は怒った人々の一員であるかのように体の向きを徐々に変えていく。
焦ったスピネルが「この楽器音がおかしいだけだから!」と言い訳しても群衆は聞く耳を持たない。
どんどん詰め寄られてスピネルは押し潰されそうになった。
「ギャーッ!?」
溺れた人がもがくような体勢になりながら必死に辺りを見回し、水希を探したが姿が見えない。
それもそのはず、水希はスピネルを生贄に差し出して【幽冥なる月影】で颯爽と消え、【呻吟するヴィオローネ】を軸に高跳びで屋根の上に避難していたのだ。
屋根の上では【喪装】で顔を隠し、スピネルの視界に入らないように気を付けて、袋叩きにされているスピネルを文字通り高みの見物で眺めている。
スピネルは群衆にもみくちゃにされながら喚いていた。
「あのドブス! どこいった! あいつが黒幕! く・ろ・ま・く!」
水希の目的は見事に達成できた。
そしてスピネルの目的も……。