紅葉が彩る新嘗祭
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◆第三章 お祭り満喫◆
――1――
八尋殿での舞芸披露、料理合戦に興味がありつつもゆっくり祭りを楽しみたいから、と最初から屋台を見て回っている者も少なくない。
八尋殿での催しが終わってから、祭りを楽しもうという者も多いが、あちこちから人が集まるので入れないだろう、と考えた者もいるのである。
それでもどうしても舞芸が気になる、という者は八尋殿のすぐ近くで漏れ聞こえる歌を聞いていたとか、いなかったとか。
なにはともあれ、祭りを楽しむ人々の姿も非常に多く、普段の何倍もの人出に屋台以外の店も大繁盛しているようだ。
そうして祭りで賑わう樹京の通りに、猫の耳と尻尾を持つ猫又少女の姿があった。
パートナーや友人達へ、1ヶ月ほど先のクリスマスプレゼントを買えれば、と屋台を回る川村 萌夏である。
まだ日があるので、日持ちを気にしなくても良いアクセサリーや雑貨、おもちゃなどを優先して見ていた。
屋台の売り子も稼ぎどころなので熱心に呼び込みをしている。
萌夏は、時にその呼び込みに応えて屋台を覗き、良さそうなものを探す。
「えーと、ひかりちゃんには、この狐のぬいぐるみが良いかしら?
瞳ちゃんには、こっちの瀬戸物の狸の置物? それとも、木彫りの熊にしようかな?」
屋台の売り子に促されて実際に手に取り、人形の背中までじっくり見て考える。
とりあえず、まだ決めてしまわずに次の屋台へ行く。
「あ、店先に吊るしてある干し柿、とっても美味しそう! 一か月ぐらい、日持ちするんだったら、買ってもいいかなぁ……」
別の屋台で売られていた美味しそうな干し柿に目をつけ、悩み始める。
そこで売り子に日持ちについて聞いてみると、さすがに1ヶ月も持たず、美味しく食べるなら1週間くらいだと言われ、干し柿は諦めた。
七味を目の前で口上と共に調合してくれる屋台もあり、そこも覗いてみたがやはり食べ物より雑貨やおもちゃが無難だろうか、と考えながらまた別の屋台を覗きに行くのだった。
今日の樹京には屋台だけでなく、旅芸人達が集まって舞芸披露する場所も設けられている。
野外に設けられたいくつもの小さめの舞台で同時に舞芸披露していて、観客は自分の好きなところへ好きなタイミングで移動できるようになっていた。
舞台とは言っても、即席で組み立てられたのがよく分かる作りで、高さもそれほどではない。
ただ、後方の人に見えづらいだろうから少し高くした、という程度の舞台である。
普段は公園として使われている場所で、端には屋台もあり舞芸を見ながら食も楽しめるようになっている。
観客にとっては自由に舞芸が見やすく気軽な場所だったが、旅芸人達にとって、ここは自分の舞芸の面白さだけで人を呼び込まなければならない厳しい場所である。
地球で言う大道芸の厳しさに似た部分があると言えるだろう。
旅芸人達には、それぞれ決まった時間が割り振られているようで、時間が来たのになかなか舞芸が終わらない旅芸人など、この場を管理している黒子に早く終わるよう急かされていた。
その舞台の1つに兎多園 詩籠の姿もあった。
詩籠は舞台に上がるとまず前に「振修多」と筆で書いた看板を立て、漆喰六絃琴の音で人々の注目を集める。
他の旅芸人の舞台を見ていた観客の一部が詩籠を見るが、すぐに集まってきたのは数人だ。
詩籠はリズミカルな演奏をオープニングナンバーで聞かせ、ベーシックリズムで単調に奏でながらラップを歌い始める。
「ねえねえ皆知ってる? 『振修多(ふりすた)』
こんな拍子に合わせて歌うんだ
良い事悪い事 気持ちふんだんに
聞かせておくれ そこの兄さん」
華乱葦原の人々にとっては、まだまだ聞き慣れないものであるラップに、さらに人が少し集まってくる。
「振修多」はつまりはフリースタイルのラップであり、詩籠が考えた言葉だった。
「韻踏まなくても気にすんな 拍子に乗っている事さえ出来りゃ
後は自己紹介 言いたい放題
ここでかましな あんたの振修多ぁいる」
詩籠は集まってきた人の中から適当に選び、名前を聞き出し、さらには日頃の鬱憤なども聞き出して歌わせていく。
最初は戸惑っていた人も、最後には色々と吐き出してすっきりして舞台を下りる。
この様子に少しずつ人は増え、割り振られた時間が終わる頃には、詩籠の舞台の前にはかなりの人数が集まっていた。
詩籠が舞台を下りると投げ銭してくれる人がほとんどで、短く一言だけだが感想を伝えてくれる人も少なくなかった。
公園横の通りをまったり歩いて行くのは、ノーラ・レツェルと示翠 風だ。
ノーラは普段お祭りを盛り上げる側としての参加が多く、お客としての参加は久しぶりでとても新鮮に感じているようだった。
「片っ端から店回っていろんなもの買って遊んで思い出作りが吉ってもんです。
ノーラさんは特に、そういう経験なさそうですしね」
風が屋台を見回しながら言うと、ノーラが何度か目を瞬かせる。
「片っ端から…! 確かに物珍しくはあるけど、経験ないわけじゃないよぉ…!」
そんな話をしていた2人の目の前で、通りを横切るように走って来た男の子が派手に転んだ。
地面に突っ伏すような姿勢から、何とか上体は起こしたがどこか怪我でもしたのか、大声で泣き始める。
突然のことに固まっていた2人だが、慌てて駆け寄った。
ノーラが助け起こし、風が怪我の有無や程度などを確かめる。
その間も、男の子はわんわん泣いていて、ノーラが必死になだめていた。
どうやら、男の子は膝や手を擦りむいてしまったらしい。
あれだけ勢い良く転べば、当然かもしれない。
「お祭りに悲しい涙は似合いませんよ、痛いのは消しちゃいましょう」
が、風が応急手当てすると男の子はピタッと泣き止む。
急に痛みが引いたことに驚いたのか、涙でぐしゃぐしゃになった顔のままぽかんとしていた。
ノーラがティッシュを取り出して顔を拭いてやり、風は他に怪我がないか確かめる。
「もう転ばないように気を付けるんですよ」
風がそう言うと、男の子は口を開けたまま無言でコクコクと頷き、何度も2人を振り返り2人に向かって手を振りながら歩いて去って行った。
「大したことなくて良かったけど、びっくりしたねぇ…」
そんなことを言いながらまた2人も歩き始め、色々話しているうちにアイドルの目指す先、なんていう話題になった。
「まぁもっとも、私はちょっとドロップアウト気味ですが」
風がそう言うのを聞いて、ノーラはわずかに首を傾げて返す。
「今からでも目指そうと思えば目指せるし、こんなに沢山のアイドルがいるんだから、個性を示すために違ったことをするのはとてもいい事だと思うけどねぇ。
それに、風ちゃんが居たから怪我してもすぐに忘れて、また遊びに行ける人がいる。
それってとても嬉しいと思わない?」
風は一瞬足を止め、ノーラの顔をじっと見ていたが、やがてまた歩き始めて困ったような、照れたような、何とも言えない笑みを浮かべてポツリと漏らした。
「ほーんとキラキラした事言う人ですよねぇ」
ノーラは風の様子に不思議そうにしていたが、すぐにまた2人賑やかに屋台のローラー作戦を再開するのだった。
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八尋殿での舞芸披露、料理合戦に興味がありつつもゆっくり祭りを楽しみたいから、と最初から屋台を見て回っている者も少なくない。
八尋殿での催しが終わってから、祭りを楽しもうという者も多いが、あちこちから人が集まるので入れないだろう、と考えた者もいるのである。
それでもどうしても舞芸が気になる、という者は八尋殿のすぐ近くで漏れ聞こえる歌を聞いていたとか、いなかったとか。
なにはともあれ、祭りを楽しむ人々の姿も非常に多く、普段の何倍もの人出に屋台以外の店も大繁盛しているようだ。
そうして祭りで賑わう樹京の通りに、猫の耳と尻尾を持つ猫又少女の姿があった。
パートナーや友人達へ、1ヶ月ほど先のクリスマスプレゼントを買えれば、と屋台を回る川村 萌夏である。
まだ日があるので、日持ちを気にしなくても良いアクセサリーや雑貨、おもちゃなどを優先して見ていた。
屋台の売り子も稼ぎどころなので熱心に呼び込みをしている。
萌夏は、時にその呼び込みに応えて屋台を覗き、良さそうなものを探す。
「えーと、ひかりちゃんには、この狐のぬいぐるみが良いかしら?
瞳ちゃんには、こっちの瀬戸物の狸の置物? それとも、木彫りの熊にしようかな?」
屋台の売り子に促されて実際に手に取り、人形の背中までじっくり見て考える。
とりあえず、まだ決めてしまわずに次の屋台へ行く。
「あ、店先に吊るしてある干し柿、とっても美味しそう! 一か月ぐらい、日持ちするんだったら、買ってもいいかなぁ……」
別の屋台で売られていた美味しそうな干し柿に目をつけ、悩み始める。
そこで売り子に日持ちについて聞いてみると、さすがに1ヶ月も持たず、美味しく食べるなら1週間くらいだと言われ、干し柿は諦めた。
七味を目の前で口上と共に調合してくれる屋台もあり、そこも覗いてみたがやはり食べ物より雑貨やおもちゃが無難だろうか、と考えながらまた別の屋台を覗きに行くのだった。
今日の樹京には屋台だけでなく、旅芸人達が集まって舞芸披露する場所も設けられている。
野外に設けられたいくつもの小さめの舞台で同時に舞芸披露していて、観客は自分の好きなところへ好きなタイミングで移動できるようになっていた。
舞台とは言っても、即席で組み立てられたのがよく分かる作りで、高さもそれほどではない。
ただ、後方の人に見えづらいだろうから少し高くした、という程度の舞台である。
普段は公園として使われている場所で、端には屋台もあり舞芸を見ながら食も楽しめるようになっている。
観客にとっては自由に舞芸が見やすく気軽な場所だったが、旅芸人達にとって、ここは自分の舞芸の面白さだけで人を呼び込まなければならない厳しい場所である。
地球で言う大道芸の厳しさに似た部分があると言えるだろう。
旅芸人達には、それぞれ決まった時間が割り振られているようで、時間が来たのになかなか舞芸が終わらない旅芸人など、この場を管理している黒子に早く終わるよう急かされていた。
その舞台の1つに兎多園 詩籠の姿もあった。
詩籠は舞台に上がるとまず前に「振修多」と筆で書いた看板を立て、漆喰六絃琴の音で人々の注目を集める。
他の旅芸人の舞台を見ていた観客の一部が詩籠を見るが、すぐに集まってきたのは数人だ。
詩籠はリズミカルな演奏をオープニングナンバーで聞かせ、ベーシックリズムで単調に奏でながらラップを歌い始める。
「ねえねえ皆知ってる? 『振修多(ふりすた)』
こんな拍子に合わせて歌うんだ
良い事悪い事 気持ちふんだんに
聞かせておくれ そこの兄さん」
華乱葦原の人々にとっては、まだまだ聞き慣れないものであるラップに、さらに人が少し集まってくる。
「振修多」はつまりはフリースタイルのラップであり、詩籠が考えた言葉だった。
「韻踏まなくても気にすんな 拍子に乗っている事さえ出来りゃ
後は自己紹介 言いたい放題
ここでかましな あんたの振修多ぁいる」
詩籠は集まってきた人の中から適当に選び、名前を聞き出し、さらには日頃の鬱憤なども聞き出して歌わせていく。
最初は戸惑っていた人も、最後には色々と吐き出してすっきりして舞台を下りる。
この様子に少しずつ人は増え、割り振られた時間が終わる頃には、詩籠の舞台の前にはかなりの人数が集まっていた。
詩籠が舞台を下りると投げ銭してくれる人がほとんどで、短く一言だけだが感想を伝えてくれる人も少なくなかった。
公園横の通りをまったり歩いて行くのは、ノーラ・レツェルと示翠 風だ。
ノーラは普段お祭りを盛り上げる側としての参加が多く、お客としての参加は久しぶりでとても新鮮に感じているようだった。
「片っ端から店回っていろんなもの買って遊んで思い出作りが吉ってもんです。
ノーラさんは特に、そういう経験なさそうですしね」
風が屋台を見回しながら言うと、ノーラが何度か目を瞬かせる。
「片っ端から…! 確かに物珍しくはあるけど、経験ないわけじゃないよぉ…!」
そんな話をしていた2人の目の前で、通りを横切るように走って来た男の子が派手に転んだ。
地面に突っ伏すような姿勢から、何とか上体は起こしたがどこか怪我でもしたのか、大声で泣き始める。
突然のことに固まっていた2人だが、慌てて駆け寄った。
ノーラが助け起こし、風が怪我の有無や程度などを確かめる。
その間も、男の子はわんわん泣いていて、ノーラが必死になだめていた。
どうやら、男の子は膝や手を擦りむいてしまったらしい。
あれだけ勢い良く転べば、当然かもしれない。
「お祭りに悲しい涙は似合いませんよ、痛いのは消しちゃいましょう」
が、風が応急手当てすると男の子はピタッと泣き止む。
急に痛みが引いたことに驚いたのか、涙でぐしゃぐしゃになった顔のままぽかんとしていた。
ノーラがティッシュを取り出して顔を拭いてやり、風は他に怪我がないか確かめる。
「もう転ばないように気を付けるんですよ」
風がそう言うと、男の子は口を開けたまま無言でコクコクと頷き、何度も2人を振り返り2人に向かって手を振りながら歩いて去って行った。
「大したことなくて良かったけど、びっくりしたねぇ…」
そんなことを言いながらまた2人も歩き始め、色々話しているうちにアイドルの目指す先、なんていう話題になった。
「まぁもっとも、私はちょっとドロップアウト気味ですが」
風がそう言うのを聞いて、ノーラはわずかに首を傾げて返す。
「今からでも目指そうと思えば目指せるし、こんなに沢山のアイドルがいるんだから、個性を示すために違ったことをするのはとてもいい事だと思うけどねぇ。
それに、風ちゃんが居たから怪我してもすぐに忘れて、また遊びに行ける人がいる。
それってとても嬉しいと思わない?」
風は一瞬足を止め、ノーラの顔をじっと見ていたが、やがてまた歩き始めて困ったような、照れたような、何とも言えない笑みを浮かべてポツリと漏らした。
「ほーんとキラキラした事言う人ですよねぇ」
ノーラは風の様子に不思議そうにしていたが、すぐにまた2人賑やかに屋台のローラー作戦を再開するのだった。