【異世界カフェ・番外編】夏祭り 出張かふぇ
リアクション公開中!
リアクション
◆出張かふぇ開店しました
「莉花さん、今日はどんなものを作るんですか?」
夏祭り会場で出張かふぇの開店準備中の藍と茜は梓弓 莉花の両横に立って、莉花の手元を覗き込んだ。
「今回は、ルージュのワッフルパフェを提供しようと思います」
「ルージュって口紅……?」
首を傾げる藍に莉花は笑って答えた。
「違います、『赤い』って意味ですよ。赤くて綺麗なお菓子は目を引きますもん。お洒落ですし、他のお客様に、あれはなんだ? なんて思っていただければ成功ですよ」
「わあ、そうなんですね!」
「それにね、昨日たくさん作ってもらったワッフルの器を使って、器も食べられるようにします」
「おいしい上に実用的っていう訳ですね!」
茜の声が弾んでいる。
「スプーンまで食べられるものは作れなくって、残念ですけど……とりあえず一つ作ってみましょうか」
そう言うと、莉花はワッフルの器を手に取った。
細長く巻いたコーン状のワッフルに、コーンフレーク、クランベリーのゼリー、豆乳クリームの順番に盛り付けていき、飾りにカットしたイチゴを立てた。
最後にチョコレートソースをかけて完成だ。
「このゼリーは地球からサンプルで持ち込んだから、足りなくなるかもしれません。少なくなったらここで一緒に作りましょう。この前のかふぇでゼリーは出来ていましたし、今までお二人が覚えたことを生かすチャンスですよ」
料理上手な莉花と一緒なら藍と茜も不安なく作れる。既に習得したゼリーを選んでくれた莉花の優しさに双子は感謝した。
「お客さんの注文を受けてからさっきみたいに盛り付けましょう。もちろん、あたしもいっぱい、かわいらしく飾りつけますからね」
莉花の笑顔を頼もしく思う藍と茜だ。
***
莉花と和気あいあいと作業している藍と茜に、開店の準備を終えた死 雲人が話しかけた。
「藍と茜は、スイーツが好きなのか? 俺もスイーツが好きだから話が合いそうだな」
「えっと、すみません、美しく盛り付けられたスイーツを見るのは好きですが、食べるのは好きかどうかまだ分からないんです」
藍が申し訳なさそうに眉尻を下げる。
人間の食べ物を食べることは出来ても、生きるために必要としていない妖の藍と茜は、異世界カフェを始めてから味覚を訓練している最中だ。
「そうか、そうだったな。気にしなくていい」
雲人はスイーツの話題を諦めて、双子の仕事ぶりを褒めることにした。
二人を口説いて、自らのハーレムに加えるためだ。
「二人共、なかなか手際がいいじゃないか」
雲人の言葉に微笑する双子だった。
***
そうこうしているうちに日が暮れかけてきた。
弥久 風花は、良からぬ輩の気を自らの方に引き付けて接客し、藍と茜から目を逸らさせようと【セクシーバニースーツ】を着て来ている。
風花は出張かふぇ用メニューを三種類用意してきていた。
三種類ともスプーンやフォークを使わず手に持って食べられるものばかりだ。
≪野菜スティック≫は容易に作れて、お腹に溜まり過ぎない物を食べたい人向け。
≪ビッグバーガー≫は、材料を全て地球から持ち込んだ数量限定品。
このビッグバーガーは四段重ねで、モナカで作った箱に入れて売る。
モナカは食べられるので、後でごみが出ないよう工夫されたエコな商品だ。
≪ライスバーガー≫は、華乱葦原に既にある焼きおにぎりの進化系といったメニュー。
馴染みのある材料を使い、形を変えて別物にする賢いアレンジだ。
【こまちステップ】で少し軽やかに給仕をする【セクシーバニースーツ】姿の風花が、珍しいメニューを売っていく。
「店員さん、これください」
お客が注文をしようと風花に呼びかける。
「はい、本日限定のビッグバーガーですね!」
【ウルトラスマイル】で応じる風花の笑顔はやや輝いて見えた。
***
緑青 木賊は出張かふぇの店先で、黙々と何かを作り続けている。
手に持っているのは、夜店の定番りんごあめだ。
ただのりんごあめと侮ることなかれ。
これまでの異世界カフェでは数々の素晴らしいメニューを考案作成し、その巧みな技とアイデアに追随するものは最早誰もいない高みにまで上り詰めた木賊は、「夜店のりんごあめ」といえどもありきたりのりんごあめを作ろうなどとは、これっぽっちも思っていないのだ。
まず、お洒落なメニューにしたいという藍と茜の要望に応えて、りんごに彫刻を施し、模様を付けてから飴を絡ませる。
果物に細かな彫刻をするフルーツカービングの技術をりんごあめに応用するという、画期的なアイデアだ。
カービングされたりんごのりんごあめは、切子のような表情を表わしている。
“カービングりんごあめ”の素晴らしいところは、模様が見た目に美しいことのみではない。
彫られた部分の飴は厚く固まるが、そうでない部分の飴は薄く付くので、食べた時にいろいろな食感が味わえて、美味しさ二倍、楽しさ四倍だ。
“カービングりんごあめ”を一通り作り終えた木賊は、次の作業に取り掛かった。
皮の色が薄い黄緑のりんごに透明な飴を絡ませて予め固めておいたものを取り出した。
つやつやと美味しそうに輝く淡色のりんごあめをキャンバスに見立て、その上に、緩く溶かした色とりどりの飴を垂らして模様を付けていく。
これは、べっこう飴を垂らして絵を描いて固める飴細工の技法の応用だ。
抽象的な模様の次は、夏らしく金魚や朝顔の花など涼しげな絵をささっと描いてゆく。
自由自在に飴で絵を描いている木賊だが、普段木賊が扱っているのは練り飴をハサミで切って形作る飴細工なので、この技法には慣れていない。
しかし、飴細工はプロ級の腕前を持つ木賊にかかれば、どんな飴細工の技法も思うがままである。
りんごの上に描くという難易度の高い技の鮮やかな手さばきを、木賊は【巧みな技術】で見物人に見せようとしている。
飴細工は出来上がりも美しく見栄えのするものだが、作っている様もまた、見るに値するものなのだ。
ほとんど芸術品のようなりんごあめの製作に没頭する木賊は、連れてきた【ガマ(の油)さん】に客引きを任せていた。
表情豊かに鳴く【ガマ(の油)さん】に引き寄せられた夏祭りの客たちは、木賊の見事なりんごあめに魅せられ、“創作りんごあめ”は飛ぶように売れたのだった。
後日この町に、創作飴ブームが起こったとか……。