【異世界カフェ】ようこそ! もふもふカフェ・ミルクホール
リアクション公開中!
リアクション
◆まったりのんびり楽しんで(2)
もふもふカフェ・ミルクホールの一角を陣取って話し込んでいるのは、「怪奇事研究倶楽部」に所属する橘 樹と宇津塚 夢佳。
今日は部活抜きでのんびりするつもりでやって来た。
夢佳はトラツグミ(鳥)のびーすと、樹はボールパイソン(蛇)のびーすとの姿になっている。
樹のヘビ尻尾には当然もふもふ要素は無いので、夢佳のもふもふ具合がめちゃくちゃ気になってしまう。
「夢佳さん、あの、その羽根、少しだけ触ってもいい?」
「ああ、羽根は自由にもふもふばさばさして頂いて構いませんよ」
「ほんと? ……では、遠慮なく……」
黄褐色に黒いウロコ模様のついた羽根を優しくそっと撫でると、すべすべと滑らかでふわふわ、それでいて弾力のある感触が伝わってくる。
あまりの心地よさに樹は夢中になり、つい尻尾の付け根に触れてしまった。
「ガッ!……」
思わず異様な声が出てしまった夢佳だ。
慌てて手を引っ込める樹。
「あ、ごめん! 痛かった?」
「いえ、痛いわけではありません。少々くすぐったかったものですから。
こちらこそトラツグミのような声を出して驚かせてしまい、申し訳ございません」
「トラツグミって、そんな声で鳴くの?」
「はい。今のは地鳴きの声で、さえずりの声はまた全く違った声でございます。トラツグミの声は妖怪『鵺(ぬえ)』の鳴き声とされているのです」
「鵺!」
妖怪の話題になってテンションが上がる樹を、夢佳は穏やかに抑える。
「鵺の話の前に、折角ですからまずは腹ごしらえしませんか?」
「そうだね。僕、料理を取ってくるから夢佳さんはここで待ってて」
「ありがとうございます」
タッと席を立って樹は、はちゅーるい向けの料理を取りに行く。
カットされたキッシュと、付け合わせにピックに刺さったプチトマトとうずらのゆで卵を、一人分ずつ皿に乗せ、フォークを添えて両手に皿を持って戻って来た。
「はい、どうぞ」
夢佳の前に皿を置き、樹は自分の分を一口頬張った。
「このキッシュおいしい! 夢佳さんも早く食べたら……?」
ふと見ると、夢佳は皿から遠ざかるように体を引いて、引きつった顔で目を閉じている。
「夢佳さん、どうしたの?」
「フォークやピック、爪楊枝などは避けて頂けませんか?」
硬質の声がやや震えている。
「えっ、フォークだめ?」
夢佳はますます顔を背けてコクコクと頷きながら、胸元を押さえて事情を説明した。
鵺は弓矢で射られて退治された伝説から、夢佳はびーすとスタイルになると先端恐怖症のケが出てしまうのだ、と。
「なるほど、そんな事情があったなんて知らなかったよ。ちょっと待ってて」
樹は夢佳のうずら玉子とプチトマトからピックを外して捨て、フォークを返却しに行った。
カトラリーを綺麗に並べ直していた蔵樹院蒼玉に事情を説明すると、
「尖っていないものでしたら、このスプーンしかありませんわぁ」
と言われ、フォークの代わりにシチュー用のスプーンを貰って来た。
「ちょっと食べにくいけど、スプーンなら大丈夫かな?」
薄く目を開けた夢佳は、ほっと息をついた。
「ありがとうございます。これならわたくしも食べられます」
「気が利かなくてごめんね」
「いえいえ、申し上げていませんでしたし、わたくしも鵺の影響がここまで出るとは、トラツグミになってみるまでは、わからなかったことなのでございますよ」
夢佳はスプーンを器用に使ってキッシュを口へ運んだ。
「そっか~。……そういえば、鵺の鳴き声ってどんなのか、気になるなあ」
尖ったものを除けてくれたことで人心地ついた夢佳は、樹の言外のリクエストに応えることにした。
「そうですね、その『鵺の鳴き声』と言われていますわたくし自慢の鳴き声で、軽くお歌など披露できますれば……」
「えっ! いいの? 実質僕だけに向けたゲリラライブだよねこれ!? すごく贅沢でテンション上がる……!」
「鵺ですからね、それだけで少々ホラーになってしまいますかもしれませんが、そこはご愛嬌、ということで、おひとつ」
すうーっと息を吸い込むと、夢佳は歌い始めた。
「ヒィーヒィー、ヒョー」
昼間の明るいカフェの中に、不気味な声が響き渡る。
にわかに漂うホラーな空気に、他の客たちが「何事?」という風に夢佳の方を見た。
注目を集めている夢佳はしかし、目をつぶって気持ちよさそうに歌い続けている。
焦った樹は【カナリアのハーモニカ】で伴奏を付けて、少しでもこのホラー感を中和しようと努めた。
けれどもせっかく綺麗なカナリアの音色も、樹の練習不足で著しい不協和音がいや増すばかり。
中和どころかホラー度が三割増しだ。
それでも樹は楽しかった。
部活じゃなく大好きな夢佳と一緒に楽しい時を過ごせたのだから。
***
夢佳と樹のホラーなセッションが終了した頃、白猫のびーすとの世良 延寿が、もふもふカフェ・ミルクホールのドアを開けて入って来た。
延寿はこれまで藍と茜が異世界カフェを出店する度、様々な形で手伝っていたが、今回は初めてお客の立場でカフェにやって来たのだった。
「あ、延寿ちゃん!」
「いらっしゃいませ!」
藍と茜が出迎える。
「今日はお客さんだから、ゆっくりさせてもらうね」
白くて長い尻尾が揺れる白猫の姿になっても、延寿のキラキラ笑顔は健在だ。
延寿は空いている席に座った。
「延寿ちゃん、お料理はサイドテーブルにあるから、好きなものを自由に取って食べてね」
「うん! ありがとう!」
双子に促されて延寿は、綺麗に盛り付けられた料理を全種類少しずつ取り、改めて店内を見回した。
(今までも素敵なお店だったけど、ここも居心地がよさそうだな……)
席に戻った延寿に、藍と茜が冷たいミルクセーキを持って行った。
「延寿ちゃん、今日は来てくれてどうもありがとう!」
「こちらこそ、呼んでくれてありがとう」
「ミルクセーキはね、ほにゅーるいのミルクとはちゅーるいのたまごを合わせた、もふもふカフェのスペシャルメニューなんだよ」
「わあ、それは面白いね」
白猫の延寿と白うさぎの藍、白ふくろうの茜。
三人が一緒にいると白いもふもふユニットのようだ。
「ねえ、延寿ちゃん、このお料理は、アイドルの皆さんに手伝ってもらって作ったんだよ。食べてみて」
茜に勧められて延寿は、ひと口大に切ったキッシュを大事そうに味わい、次につぼ焼きのシチューを慎重に口に運ぶ。
「うん、どっちも美味しい!」
延寿が食べている様子を見守っていた双子は、延寿の一言に安心して笑顔を綻ばせる。
延寿は、藍も茜も初めて「葦原かふぇ」を開いた頃より引き締まった顔つきになったなと感慨深く思う。
「二人とも、もう立派なカフェの経営者だね。これからも頑張ってね!」
延寿は心からのエールを送ったのだった。