【異世界カフェ】ようこそ! もふもふカフェ・ミルクホール
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◆張り切って料理!
朝早くから、もふもふカフェ・ミルクホールの厨房に集まったのは、
虎耳と尻尾の付いた弥久 風花、大きな尻尾が特徴のリス・緑青 木賊、白狼の睡蓮寺 小夜、可愛くて強いしろくまの大正水流 苑寿。
それに敢えてビーストラリアのスタイルにチェンジしていない行坂 貫と上月 馨。
カフェを企画した藍と茜を加えると全部で八人だ。
「藍さーん、茜さーん! 今日もお手伝いに来たわー!」
風花が元気に手を振った。
その横で木賊はにこにこしていて、お気に入りの大きな尻尾をゆらゆら揺すっている。
「お役に立てるよう、今日もがんばります……!」
控え目ながらも、やる気を見せているのは小夜。
「何だか文化祭みたいで凄く面白そう……」
びーすとにチェンジした影響か、小夜はいつもより元気が出る気がしている。
初めて異世界カフェの手伝いをする苑寿は、礼儀正しく挨拶をした。
「藍さん、茜さん、初めまして。俺は大正水流苑寿。よろしくね」
二十五歳なのに藍や茜と同級生だと言ってもおかしくないぐらい若く見えるが、身長はとても高いので、藍と茜は目を合わすためにうんと見上げなければならない。
「初めまして」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「さ、藍ちゃん。まずはクリームシチュー作ろか」
馨は大きなトートバッグを肩から下げて、藍の腕をさりげなく掴んで貫から遠ざける。
サプライズを企画している貫に協力して、それに気付かれないように藍の気を引きつけておこうとしているのだ。
むろん茜に気付かれないようにするのは貫の担当だ。
「馨さん、そのトートバッグ、葦原かふぇの時に使ってたものですね。
あの時は便利な調理器具をたくさん準備してくれて、そのバッグに入れて持ってきてくれましたね」
懐かしそうに当時の様子を思い出す藍。
「せやで。あの時は料理器具だけやったけど、今回は食材も入ってんねんで」
馨は、トートバッグの中から大きなカブと干し貝柱、それにバレーボール程の大きさのアイスボウルを次々と取り出して調理台に並べた。
アイスボウルを初めて見た藍は、不思議そうな顔をした。
「これは、遊び道具でしょうか?」
「ちゃうちゃう。アイスクリーム作るアイデア調理器具や。アイスも作れるけど、ミルクゼリーはゼラチンやろ?
寒天とちごて固まんのに時間かかるから、これで先によお冷やしといたら早う固まってええ思て」
「わあ、面白そう! 後でミルクゼリー作る時に、使わせてもらいますね」
「うん、便利につこて。ほんで、本題のシチューやけど、このカブ入れてアレンジしたいんよな。
おいらんトコだけかな? クリームシチューにカブ入れんのって」
「私が調べたレシピには載ってなかったですけど……」
「結構美味しいんやで。まあ騙された思て、いっぺん食べてみて」
「馨さんが美味しいと言うなら、絶対に美味しいと思います!」
「嬉しいこと言うてくれるわ。ほんなら、この干し貝柱も入れてみてええ?
ほんまは生のホタテ貝柱入れたいトコやけど、流石に生モンはな、異世界に持ってくるの厳しかったよって、干物で代用や」
「ふぉ~、こんなにカチコチの食材がどうなるのか、全く想像できないですけど、使い方、教えてもらってもいいですか?」
「もちろん。まず、ぬるま湯でふやかしとこか」
………
……
…
藍は、馨、小夜、木賊と共に、分担して野菜や肉を切っていく。
小夜は人参の皮を楽しそうに剥いている。
「母さんと料理をしてた時みたいに賑やかで楽しいです……手伝える事があればどんどん言ってくださいね……!」
「ありがとうございます。クリームシチューは初めて作るから、わからないことだらけなんです」
するとじゃがいもを剥いていた木賊が、実践的なアドバイスを与えた。
「煮込み料理は具材に火が通りきらぬ事がある故、慣れぬうちは、お野菜を先に加熱すると失敗も減るっす。
電子れんじ……は、無いっすよね……無ければ炒めてもいいっす」
「そうなんですね。……コツとか、知らないと難しいですね」
しょんぼりする藍を小夜が慰める。
「藍さんは器用だし、色んな世界でカフェをやった経験もあるから大丈夫」
「でも、たくさん作らなきゃいけないし……」
「皆でやればすぐできるよ……」
そこで木賊が究極の合言葉を伝授した。
「お料理の際は『結局美味しければ大丈夫!』。気楽に丁寧に行えばよきものっす」
料理上手な木賊ならではの境地だが、料理も味覚も修行中の藍には心強い言葉だ。
「あとは任せるっす」
と、木賊は剥いたジャガイモをいくつか持って、離れた調理台へ行った。
今回の木賊は、地球から小麦粉を持ち込んできていた。
これで様々なものを作り、クリームシチューと合わせるという方法でいくつかのアレンジを考案してきている。
(1)小麦粉とさっき剥いたジャガイモでニョッキを作り、シチューをかけて食べる。
(2)小麦粉でパン生地を作り、シチューを入れたカップにパン生地で蓋をしてつぼ焼きにする。
(3)小麦粉と塩と油でショートパスタを作り、シチューとパン粉をかけて焼けば、グラタンになる。
木賊は手際よくニョッキとパスタとパン生地を作り、シチューが出来るのを待つばかりになった。
シチューは馨と小夜の協力で、失敗もなく着々と進んでいく。
カブは厚めに皮を剥いてくし形に切り、煮崩れないように時間をずらして入れた。
カブの葉の部分は煮込むと色が悪くなるので、別茹でして後から加えることなど、細かく説明してもらって完成に近づいた。
最後に小夜がとろみ加減を見ながらルーを少しずつ割入れて、猫舌の藍に代わって味見をした。
カブと干し貝柱入りクリームシチューは彩りも良く、カブのやさしい甘味と貝柱のうま味が絶妙な、特別な一品に仕上がった。
――藍が貫のサプライズに気付いた気配は全くなかった。
出来上がったシチューを使って、木賊がアレンジ料理の仕上げをしている間、
「そうだ……藍さんみたいに猫舌の人も多いだろうから……」
小夜も藍のためのサプライズ――【きびだんご】の中に冷やしたシチューを入れて食べやすくしたのを作った。
「皆で美味しく食べられるといいなぁ」
火傷しないで美味しそうに食べる藍の顔を想像して、小夜は小さく微笑んだ。
シチューが出来上がったので、藍は苑寿と一緒にミルクゼリー作りに取り掛かった。
「藍さん、まず、牛乳を鍋に入れて温めるんだ。沸騰しないようにね」
苑寿と藍が鍋を神妙に見つめていると、後ろを通りかかった木賊がひょいとアドバイスを投げかける。
「みるくぜりーを作る際に警戒すべきは、牛乳を火に掛けた際、驚く程唐突にぶわーっ!と吹きこぼれそうになることっすね。
故に目を離さず、溶けきるを待つっす」
「お、そうなんだ。俺、それ知らなかった。木賊さん、ありがとう」
苑寿と藍がますます真剣に鍋を見つめていると、鍋の縁がふつふつしてきたので火を止めた。
「砂糖を入れるから、藍さんはかき混ぜてくれる?」
「はい、わかりました」
藍が木ベラでかき混ぜて砂糖が溶けた鍋に、苑寿はぷるんとふやかしたゼラチンも入れる。
「藍さん、ゼラチンは塊が残らないように、よーく溶かしてね」
藍が丁寧にゼラチンを溶かしている間に、苑寿はボウルに冷たい水を張っておく。
「ゼラチン溶けたみたい?
じゃあ次は、鍋底をボウルの水につけて、粗熱が取れるまでゆっくりかき混ぜながら冷やすんだけど、手、疲れるから混ぜるの代わるよ」
優しい苑寿に交代してもらった藍は、その間に馨が持ってきたアイスボウルと、ゼリー用の小さなガラスのカップをたくさん用意した。
鍋底を触ってみて、粗熱が取れたことを確認して、苑寿はゼリー液をアイスボウルに注ぎ入れた。
アイスボウルは、ゼリー液を内側、氷を外側に入れる構造で、藍と苑寿で転がすキャッチボールをしているとゼリー液はすぐに冷たくなった。
今度は藍がカップにゼリー液を注ぎ入れ、完全に固まるまで冷蔵庫に入れる。
「苑寿さんのおかげで、上手くできました。ありがとうございます」
藍が、にっこりすると、苑寿は「チッチッチ」と人差し指を横に振る。
「まだ続きがあるんだよ。今日は、固まるのを待っている間に、ミルクゼリー用のソースも作ろうと思うんだ」
「ソースですか!?」
「うん、ジャムを使って、簡単に作れるんだよ」
苑寿は小鍋に地球から持参したアプリコットジャムを入れ、様子を見ながら水を加えてのばした。
藍がワクワクと見守る中、小鍋を火にかけ、木べらで混ぜていると徐々に水分が飛んでとろみがついてきた。
「これで完成!」
尊敬の眼差しで見上げる藍に、少し照れ臭そうに微笑み返す苑寿だった。
風花は茜と一緒にカスタードプリンを作った。
小分けしたカップを冷蔵庫に入れた後、風花は
「ついでに私も作りたい料理があるの。さっきのアイスボウル使わせて」
と言って作業を始めた。
風花が作ったのは、ふわふわアイスクリーム。
風花独自の秘密の技術でなるべくミルクの匂いが強くなるように作る、ほにゅーるいなら絶対好きなアイスクリームだ。
アイスクリームなので、アイスボウルの外側には氷と一緒に塩も入れて、徹底的に冷やす。
出来たアイスクリームを薄く削って花びらのようにし、花を形作るようにふわっと盛り付けると美しく、凄く美味しそうに出来上がった。
完璧な出来栄えに満足げに頷く風花の周りに、みんなが吸い寄せられるように集まって来た。
知らず知らず、美味しそうなミルクの匂いに惹かれたに違いない。
「ちょっと味見させて!」
誰かが口火を切ると、他のメンバーも我れ先にスプーンをアイスクリームの花に突き刺す。
「ん~、美味しい~」
全員がその味を絶賛し、もうひと口、もうひと口、と手を出すうち、風花のアイスクリームは、ほとんど無くなってしまった!
「もう、お客さんに出すつもりだったのに~~」
風花は憤慨したが、今日やって来るお客さんもアイドルたちだし、この厨房にいるのもアイドル仲間。
みんな喜んで食べてくれたから、それはそれで「ま、いっか」と思う風花だった。
貫は茜と一緒にキッシュを作っている。
貫が彩りを考えて持参したほうれん草は、予めさっと茹でて3センチぐらいの長さに切っておいた。
あまり器用ではない茜がデタラメに切ったベーコンやきのこを、貫は【飾り包丁・天網斬】で大きさを整えてやる。
「じゃあ、ベーコンとキノコを炒めようか」
貫が茜にフライパンを手渡す。
茜がキッシュの具材を炒めている間に、貫はこっそりとカスタードクリームを作る。
勘の鋭い茜が「貫さん、なにやってるんですか?」と聞いても、白々しく「カスタードプリン作ってる」と言ってごまかした。
とりあえず材料はほぼ同じだ。
貫の目的は、カスタードパイ。
双子に分からないように作って、サプライズでプレゼントしようと計画している。
素早く仕上げたカスタードクリームは、火から降ろして茜に見えない所に遠ざけて置いた。
キッシュの具材に火が通ったらバットに広げ、茹でたほうれん草と合わせておく。
パイ皿にパイシートを敷き込んで、貫は茜に言った。
「このまま焼くとパイシートが膨らむから、このフォークで突いて穴を開けるんだ」
茜は言われた通り、丁寧に穴を開けていく。
貫も別のパイ皿で茜と同じ作業をしているが、当然キッシュを作っているのではない。
キッシュのパイ生地をカスタードパイに流用するのだ。
「それが終わったら、炒めた具材をパイシートの上に高さが均一になるように平たく入れてな」
ほぐした卵に生クリームと粉チーズを混ぜ合わせて、塩コショウで味を調えた卵液を貫が作って茜に渡す。
「具材の上から、この卵液を静かに流し込むんだ」
貫は茜にキッシュの手順を説明しながら、自分のパイ皿にはこっそりカスタードクリームを流し込む。
「じゃあ、後はオーブンで焼くだけだ」
気が利く馨が予め予熱で温めておいてくれたオーブンに、貫は茜の作ったキッシュと一緒に、素知らぬ顔でカスタードパイも入れた。
一緒にキッシュを作っているものだと思い込んでいる茜は、まさか違うものだとは疑いもしない。
茜の目を欺いて完全犯罪を成し遂げたような高揚した気分を悟られないよう、貫は意味もなく何度もオーブンを覗き込んだ。
焼き上がったパイに、より記念になるように【スターリーフライヤー】で輝きを宿して隠しておいた。
双子を含めたみんなが、風花のアイスクリームに夢中になっている間に、貫は持ち込んだチョコソースでパイの上面に絵を描く。
藍と茜のビーストラリアのスタイル、白うさぎと白ふくろうの絵だ。
メッセージを書いたチョコプレートもカスタードパイに刺し込んだ。
カフェに出す料理が一通り完成した後、木賊は砂糖を使って飴を作り始めた。
ポケットに入れて持ち込んだ赤と青の食紅を使い、赤い飴と青い飴を練り上げていく。
そして腰に下げている飴細工用の鋏を使い分け、熱くて柔らかい飴を自由自在に操って、見る見るうちに見事な藍の花と茜の花を形作った。
飴細工は熱い間しか造形できないので、時間との勝負。
また、注意深く取り扱わないと火傷してしまう危険もある。
そんなわけで飴に集中していた木賊は気付かなかったが、飴細工はプロ級のテクニックを持つ木賊の周りには、その見事な腕前に見とれるアイドルたちが集まっていた。
もちろん、藍と茜も。
「出来た……!」
ホッと一息つく木賊に、アイドルたちから歓声と拍手が送られた。
我に返って驚き、鼻の横を掻きながら照れていた木賊だったが、程よく冷めた飴の花を藍と茜に差し出す。
「異世界かへ、一段落お疲れ様っす。自分は一番得意なのは飴細工っすからね、記念にお二人にお贈りするっすよ」
「「わあ! ありがとうございます!」」
素敵な贈り物をもらって、感激する双子だったが、感激はそれだけでは済まなかった……。
「実は私も、もう一度作り直したのよ」
と風花が差し出したのは、花のアイスクリーム。
「藍さん、茜さんに花束の代わりよ」
「俺も、ミルクゼリーの皿にアプリコットソースで花模様を描いてみたんだよ」
「わたしは、猫舌さんでも食べやすい【シチュー入りきびだんご】を作りましたよ……」
藍と茜が何か言う間もない勢いで、苑寿と小夜からも心のこもったプレゼントが差し出された。
そして最後に貫が後ろ手にカスタードパイを持ち、双子の前に進み出た。
「藍、茜。今までよく頑張って来たな。二人のおかげで俺たちも楽しかったし、良い経験ができた。これは二人にプレゼントだ」
木賊から貰った飴細工の花を握りしめて、二人は差し出されたパイを見る。
『異世界カフェ成功おめでとう!!』の文字が目に入った。
感動と感激と感謝と、それからもう何かわからない温かい感情がいっぺんに押し寄せて来て、目から涙になって溢れ出した。
「貫さん……皆さん、こ、こんな、してもらう、なんて、もう何……て、言ったら……」
茜が途切れ途切れに言葉を紡ごうとする横で、藍はただ洟をすすっている。
「うぇ、ひっ、ぐすっ……」
馨が二人の肩を抱いて、春の日差しのような柔らかな声で囁く。
「藍ちゃんも茜ちゃんも、カフェの成功おめでとう。ほんでお疲れ様。これからも頑張りや。困ったことあったら、いつでも声かけてや」
馨の言葉が二人にとどめを刺した。
「「うわわわーーん」」
二人は声を上げて泣いた。
人の温かい気持ちに触れた時は、こんなにも泣けるものなのか。
人目も憚らず号泣する二人に、もらい泣きするアイドルもいた。
………
……
…
涙が収まってきて、双子は落ち着きを取り戻した。
藍が涙を拭き拭き、懸命に言葉を絞り出す。
「皆さん……本当に、本当に、ありがとうございます! いつも……カフェを出店する度に手伝っていただいて……
頼ってばかりだったのに、未熟な私たちのことをこんなに思っていてくださって……感謝しかありません」
茜は藍よりも息を整えて言った。
「……私たちフェスタに入学して、こんなに素敵な皆さんの後輩になれて良かったです!
もふもふカフェは今日限りですけど、他のカフェはこれからも続けます。
皆さんが支えてくださったおかげです。本当にありがとうございました!」
深く頭を下げる二人に温かい拍手が送られる。
その場にいた全員の心が温かいもので満たされていた。