ヒロイックソングス・レジェンド!
リアクション公開中!
リアクション
■3-3.ヒロイックソングス・レジェンド!
「バビロン芸能事務所の盛り上がりが……全て転化した!」
アンラは目を見開いた。彼女に手を差し伸べ続けたアイドルたちの歌によって世界中の観客たちがアンラ・マンユを敵であると認識しなくなったのだ。
「初めからこれを狙って……? いや、そんなものじゃない。打算ではない、これがアイドルということ……!?」
それはアイドルたちの持つ優しさだ。悪をも飲み込むほどの熱意と勢いは、彼女にどこか強い既視感を懐かせていた。
「違う……違うわ! 私は、世界に終末を……!」
動揺を隠しきれなくなった彼女の心に応じてイドラの炎も揺らめき不安定なものとなっていく。彼女の心からノイズが薄れた瞬間である。
「さ。でむ。自分とともに、あんらま……ええと」
そしてそのタイミングでDEMを促すようにして姿を見せたのは緑青 木賊。そして、
「マンユ、だよ」
「そう! あんら……まんゆに声を届けるっすよ」
苦笑しながら名前を訂正したのはキング・デイヴィソン。【ビスマス】の二人はDEMとアンラの二人を引き合わせ、結びつけるためにこれまで機会を窺っていた。
「……声、ですって? DEMの?」
「ああ。とはいっても私たちに出来ることは歌うこと、演奏すること。君がどう思うかは分からないが、できる限りのことをさせてもらうさ」
キングの言葉にアンラは嫌な予感を感じ取る。しかし彼女は真の意味でここから逃げ去ることなどできないし、そんなことができるような人物ではない。
演目名はスターライトメモリー。荘厳な音が響く中、包み込むような優しさが響き渡る。DEMとアンサンブルの聖歌隊たちがコーラスする中で、辺りは光に満ちた。
『君に出逢わなければ 苦しまずにいられたかな
うそだって この世界で 私だけは分かっている
諦めないことで ひびが割れた夢のかけら
雑音(ノイズ)を流すイヤホンで
耳をふさげば忘れられた 不意に届く
誰かの祈りの歌 大丈夫だよって 君に ただ伝えたくて……』
木賊たちの紡ぐその音は、アンラの記憶を深く揺さぶるものだった。忘れたはずの何かが胸に叩きつけられるようで。
「……その……曲をやめなさいッ!」
たまらずノイズを放ち直接的に妨害しようとするアンラであったが、その力もまた、アイドルの力に支えられたDEMの歌声の前では霧散する。押し返すようにDEMのコーラスに熱が籠もり、アンラの瞳を貫くようにして一層彼女たちのウタは加速する。
『眺めてた一等星に 輝きの記憶(メモリー)見たはず
声は心の中から あふれてくるものだから
きっと本当の自分が 教えてくれた歌がある
その手をとって もう一度 星に 夢に 歌おう
さあ 届けよう』
――ねぇ、あなたどうしていつも一人でいるの?
――私は、知ってるのになぁ。
――あなたって、本当は……
誰かの横顔がアンラの心を打ち付ける。途端、跪いて苦しそうに嗚咽を漏らす。降り注ぐ光から逃れるように燃え盛る最悪のイドラが、まるでアンラに纏わりつくように広がった。
荒れ狂う“最悪のイドラ”が撒き散らすノイズの炎。観客たちもどよめきの声を上げ、このままでは折角好転した空気が一転してしまいかねない。バビプロのアイドルたちもこの想定外の事態に動くことができず、足を止めている。
「……あの炎……ノイズを止めないと!」
ノイズに苦しむアンラを救うにはアイドルたちの歌とパフォーマンスしかありえない。飛び出すようにステージへ躍り出たのはノーラ・レツェルたち、【Is Dreame】のメンバーだった。
しかし、彼女たちだけであのノイズの勢いを止められるか。僅かな逡巡の後、ノーラは振り返り声を上げる。
「……茉莉花ちゃん! 私たちと一緒に……歌ってほしいの!」
グランスタの一期生でありかつては日本の頂点に立っていたトップアイドル――咲田 茉莉花。彼女と力を合わせれば、より確実にノイズを祓えるかもしれない。
「当然! 私に負けないよう張り切ってちょうだいね!」
ノーラの真剣な眼差しを見れば茉莉花も二つ返事で了承する。総勢10人という、この“ラスト・ヒロイックソングス!”でも最多の人数で、アンラを救うライブが開始された。
「アンラおねえさん、とってもくるしそうなの……だから、むくがすこしでも、らくにしてあげなくっちゃ!」
藍屋 むくは胸の前で手を握り、強く、強く意気込んだ。心の純粋さ、誰かを笑顔にしたいという気持ちが一際強い彼女の言葉は人々の胸を打つことだろう。
「そうですね。アンラさんの心を少しでも救えたら……」
姉である藍屋 あみかもその気持ちを受け取って、むくの肩に手を置いた。いずれにせよ、彼女の心を救うという気持ちは変わらない。演技の先駆けとなる天草 燧もその想いを新たにした。
――アンラさんにも、この先の未来を見てもらいたい。その心が、少しでも通じれば……。
序盤をリードするのは彼の持つ記憶だ。在りし日の思い出、知らない場所へと続く道。未知へ想いを馳せたあの頃の、未来への希望。燧がコーラスを始めれば、人々の眼前にも彼の記憶の中の景色が広がっていくことだろう。
それは決して色褪せることのない――むしろ、実在の風景よりも輝いて見えたかもしれない。燧の歌声にむくやあみかの声が重なり、一層景色は輝きを増していく。道を往き山を越えたその先では多くの出会いがあった。もちろん、彼の愛すべき仲間たちとの出会いでもある。
当然、出会いがあったのは彼だけではない。今回のメインボーカルを務めるアニー・ミルミーンもまた然り。
「私たちは【Is Dreame】……演目は『Re:CONNECTOR』。私たちの名前と歌を、心に留めて下さい! 願わくば、これがあなたがたにとって、素敵な出会いとなりますように!」
異世界化が始まってから、彼女は多くの人たちと出会ってきた。だからこそ彼女は最初の気持ちを思い出すため、あの時の歌を――素晴らしい仲間たちと歌いたかった。
数々の世界は誰かとの出会いを生んだ。悲しい出会いもあれば、大切な出会いもあった。神獣や星獣だけではない。今、懸命にコーラスを歌い上げているむくも、元々は地球ではない、セブンスフォールで出会った少女だった。
出番を待ちながら、舞台袖で少し気恥ずかしそうに頬をかくイシュタム・カウィルも同じセブンスフォールの出身である。
――揃いも揃ってみんなお人好しだな。
世界を滅ぼそうというアンラを助けようと懸命に歌う彼女たちを見てイシュタムは苦笑すると、同じく出番を待っていた水鏡 ルティアと目が合った。もしルティアと出会っていなかったら今頃どのように生きていたのだろうか。そんな益体もない想像を振り切って、彼女は気合を入れ直す。
むくとあみかのコーラスによってイドラの炎は少しずつ勢いを減らしている。アニーの歌もそろそろサビに入りゆく頃合い。となれば、そろそろ自分たちの出番である。
伴奏を務めていた合歓季 風華とそのアンサンブルたちもより一層歌を盛り上げていく。アンラもバビプロもフェスタも、誰も彼もが彼女たちにとって喜ばしい出会いであればいいと、風華はそう願いながら演奏を続ける。そして曲がサビに差し掛かろうとする頃合いで、彼女は小さな空飛ぶ船を呼び出しアニーとノーラ、茉莉花の三人を引き連れて晴れ渡る空へと飛び出すのだった。
大地には花畑の映像が広がり、それに喜ぶようにして風華の背から顔を覗かせた幼生神獣のオキエルが空へ向かって甲高く声を上げると辺りに晴雨と虹の幻を生み出した。
虹は愛宕 燐の操るドローンのライトによってより鮮やかに輝きを増していく。
――そうだ。世界を滅ぼすだなんて、アンラちゃんに限ったことじゃない。でもそれでも、私たちは生きている。希望を心に宿して!
燐はそう思うからこそ今この場に居る。ドローンを操り、ハルモニアの力によって空を舞うことで、雨の水粒や衣装に縫い止めた人工宝石が光を受けてキラキラと輝いた。
人の心の醜さを彼女は知っている。だが、同時に人の心の美しさもまたそこにある。人の心は複雑で、どちらも完全に無くなることなどそうあることではない。だからこそ彼女は仲間たちの美しい心を守り、より大きく育たせるため、今このパフォーマンスに全力を賭していた。
一方、地上ではイシュタムとルティアが、神獣や星獣たちと触れ合いながら歌や音楽を重ね、一層『Re:CONNECTOR』に力を与えている。空と大地。虹雨と花畑はまるでイドラの炎を抑え込むように降りしきり、広がり、人々の心に希望の萌芽を植え付けていく。
――アンラさんに心にも、希望が芽吹きますように……。
ルティアの祈りは共に歌う幼生神獣の心と共鳴し、ステージに広がっていく。バラバラの位置で奏でられる音の数々、それでも不協和音にならないのはこの歌が繋がりをテーマにしていること、そしてそれを念頭に燐が演奏を統括し、ドローンを介して調律しているからだ。
それぞれが仲間を信頼しあいのびのびと演奏することで、あたりには心地の良い暖かな空気が満ちていた。
『Re:CONNECTOR』はサビへと突入する。イドラの炎に動揺することないよう心を落ち着け、笑顔を浮かべ、観客たちやアンラに不安を与えないように心がけながら、彼女たちは声を揃えて10人でサビを口ずさむ。
『そして……私達は繋ぐ 人と世界と英雄達を』
茉莉花とノーラが手をつなぎ合い、アンラに向かいバード・ブーケを放り投げた。同時に、そのブーケから吹き出たかのように辺りへ桜吹雪が舞い散っていく。
桜の花言葉は“精神の美”だとノーラは語った。アンラの心が美しいものだと彼女は信じている。だからこそ分かり合いたい。だからこそ共に知らない未来へ行きたかった。
茉莉花はそんな風に確信できるノーラを羨ましく思った。自分はかつてトップアイドルであったが――それでも、まだまだ彼女たちに学ぶことが多い。これもまた新たな出会いであり、未知の楽しみだ。
これまでもこれからも、アイドルたちの“未知”は続いていくのだろう。
『空に浮かぶ悪夢の印 人々を覆う絶望
世界が滅ぶ運命でも 抗うよ私達』
『私達は紡ぐ 希望の糸をより合わせ
私達は歌う 奇跡のチカラ伝えるため』
あみかとむくは大それたことなど考えてはいない。大きくなった神獣とともに空を駆け、ただ今この場で仲間と過ごす喜びをアンラに届けたかった。それが少しでも、彼女の心を癒やすキッカケになればいいと思った。
虹の如く宙を横切る燐も、花畑の幻の中でそれを真に近づけようと神獣と戯れるルティアも、フルートバードと共に笛の音を響かせながら笑顔で踊るイシュタムも。みなアンラを救おうとアピールに力を込めていく。
観客たちも気づけば手に持っていた光の輪を握りしめ、『Is Dreame』を、そして苦しみに耐えるアンラを応援していた。
彼女たちの歌は人々の心を繋ぎ、希望を灯し、笑顔にするものであった。
『このステージがきっと 皆の心にも届くはず
だから私達は繋ぎ続ける この歌の届く限り
だから私達は繋ぎ続ける 数多の世界と人々を』
アニーの祈りは決して無駄ではなかった。アイドルとして最初に歌ったその祈りは、“ラスト・ヒロイックソングス!”において確実に実を結んでいた。
人々の声援が降り注ぐ中、『Re:CONNECTOR』は終わりを告げようとしていた。燧と、彼が呼び出したアンサンブルたちや彼の星獣アルナさん、そしてノーラや茉莉花が歌を引き継ぎ、ゆっくりと穏やかな終幕を演出する。
穏やかで揺蕩うような歌声の中、風華とルティアがゆっくりとアンラのもとへ歩みを進める。
「……アンラさん」
燻る炎に身体を焼かれへたり込むアンラに向かってルティアが一輪の花を差し出した。それをゆっくりと髪に差し込むことで、一陣の風と共に彼女を焦がしていた炎がかき消える。
「あなたの心に、希望は生まれましたか?」
「私の、希望……」
呆けたように【Is Dreame】の皆を見渡すアンラ。光と希望、そしてなにより笑顔に満ちた彼女たちの姿に、アンラは目を細めた。
「私達はきっと、まだ語り合えるはずです」
風華はそういって手を差し出した。人々の出会いは多くを変える。それはアンラ・マンユとて例外ではない。
「私は……そうだ。私は、世界に悪意をもたらすアンラ・マンユ……」
彼女の身体からは既にノイズはほぼ消え失せている。だが、それでも彼女はまだ風華の手を取ることはなかった。世界がアンラ・マンユを受け入れようと、彼女には“何か”が決定的に欠けていた。いや、欠けていたものを取り戻したのかもしれなかった。
「アンラさん……」
その姿は既に弱々しい。アンラは瞼を閉じると一滴の涙をこぼす。
「予定は大きく狂ったけれど、私はまだ屈していない。最悪のイドラ……そのの悪意が灯る限り、私は、“世界”の敵よ」
未だ諦めぬ彼女を見つめながら、鏡写しのDEMも涙をこぼしていた。
しかし。
「泣かないで。……大丈夫、あなたの涙も、アンラの涙も。私たちが拭うから」
アイドルたちは決して諦めない。
「笑顔のために、私たちが歌うから」
御空 藤が決意をこめて、ホロギターを爪弾いた。演奏するのは、“ヒロイックスソングス!”。人々の胸に刻まれた伝説の歌であり、そして、2015年から人々の心に希望を灯し続けた原初の歌だ。
最悪のイドラは最後の抵抗とばかりにノイズの炎を撒き散らし、藤の頭上から降りかかる。だが、それをかき消すかのようなタイミングで、大きくド派手な虹が空へと架かった。
「その絶望……拒絶させてもらいましょうか」
ギターの音色にピアノがハーモニーを与えると同時、突風が吹き抜け炎を吹き散らす。狛込 めじろはギターの演奏に追従するようピアノを弾き鳴らし、それによって生まれた護りはノイズから藤の身体を守っていた。
「そうとも。彼女たちが繋いでくれたこの機会、みすみす潰させたりはしないさ」
そしてアーヴェント・ゾネンウンターガングの背から放たれる光が二人を更に包み込み、二重の護りとなって最悪のイドラに立ちふさがった。
「アンラ。あなたの想いの底を私は知らない。けれど、あなたの過去は決して間違いなんかじゃない。でもこうして繋がったなら、私はその果てであなたの笑顔が見たいんだ!」
藤の演奏する“ヒロイックソングス!”はそれぞれの解釈により編曲されたものだ。前半は過去の道のりは決して間違っていないのだと、そんな願いが込められている。
「そう。だから私たちはあなたともっとお話をしたいのです。だって、あなたの心にだって希望は灯っているはずですから!」
めじろは独善の触手をアンラへと伸ばし、彼女を受け入れたいと願うその心を直接響かせる。明るい未来へ繋がる旋律をその指で紡ぎながら、めじろは笑みを贈った。
二人の演奏、そのバトンを受け取って、アーヴェントの編曲した“ヒロイックソングス!”へと繋がっていく。それはバビプロの得意とするロックを組み込み、共に歩んでいきたいという願いが込められていた。
「そして過去は君の背を押してくれるはずだ。……そして、未来の選択は、君の手を引いてくれるはずだ」
――アンラに対して向けられたただ一つのウタ。アーヴェントは忘れ去られた歌を使って、アンラに向けて直接その想いを乗せた歌を響かせていく。
それはアンラに対して向けられた歌だった。けれどここからは違う。一転、弾けるようにして藤がギターをかき鳴らした。
「さあ、みんな! 一緒に盛り上がろう! 今日という記憶を未来まで刻みこむために!」
アーヴェントは更にアンラたちの用いるフレーズを“ヒロイックスソングス!”に組み込んでより明るく、激しいものへと変えていく。
だが基本は人々の胸に残るあの歌だ。校長も、ユキも、このライブに参加したアイドルたちも、バビプロたちも。当然、これを見守る観客たちも。心を突き動かされたものたちは皆一丸となって心に灯る希望の歌を口ずさんでいた。
満ちる光の中で、藤がアンラへと再び手をのばす。いつの間にか最悪のイドラはどこかへと消え失せていて、何者もアンラを――少女の手を阻まない。
そして、逡巡する少女の背を、誰かが後ろから抱きしめた。それは少女に瓜二つの姿をしたもうひとり。会場に満ち溢れる歌声の中、少女たちの脳裏に“大切な人”の顔が過ぎる。少女は瞳から涙をこぼし、その手を――。
「バビロン芸能事務所の盛り上がりが……全て転化した!」
アンラは目を見開いた。彼女に手を差し伸べ続けたアイドルたちの歌によって世界中の観客たちがアンラ・マンユを敵であると認識しなくなったのだ。
「初めからこれを狙って……? いや、そんなものじゃない。打算ではない、これがアイドルということ……!?」
それはアイドルたちの持つ優しさだ。悪をも飲み込むほどの熱意と勢いは、彼女にどこか強い既視感を懐かせていた。
「違う……違うわ! 私は、世界に終末を……!」
動揺を隠しきれなくなった彼女の心に応じてイドラの炎も揺らめき不安定なものとなっていく。彼女の心からノイズが薄れた瞬間である。
「さ。でむ。自分とともに、あんらま……ええと」
そしてそのタイミングでDEMを促すようにして姿を見せたのは緑青 木賊。そして、
「マンユ、だよ」
「そう! あんら……まんゆに声を届けるっすよ」
苦笑しながら名前を訂正したのはキング・デイヴィソン。【ビスマス】の二人はDEMとアンラの二人を引き合わせ、結びつけるためにこれまで機会を窺っていた。
「……声、ですって? DEMの?」
「ああ。とはいっても私たちに出来ることは歌うこと、演奏すること。君がどう思うかは分からないが、できる限りのことをさせてもらうさ」
キングの言葉にアンラは嫌な予感を感じ取る。しかし彼女は真の意味でここから逃げ去ることなどできないし、そんなことができるような人物ではない。
演目名はスターライトメモリー。荘厳な音が響く中、包み込むような優しさが響き渡る。DEMとアンサンブルの聖歌隊たちがコーラスする中で、辺りは光に満ちた。
『君に出逢わなければ 苦しまずにいられたかな
うそだって この世界で 私だけは分かっている
諦めないことで ひびが割れた夢のかけら
雑音(ノイズ)を流すイヤホンで
耳をふさげば忘れられた 不意に届く
誰かの祈りの歌 大丈夫だよって 君に ただ伝えたくて……』
木賊たちの紡ぐその音は、アンラの記憶を深く揺さぶるものだった。忘れたはずの何かが胸に叩きつけられるようで。
「……その……曲をやめなさいッ!」
たまらずノイズを放ち直接的に妨害しようとするアンラであったが、その力もまた、アイドルの力に支えられたDEMの歌声の前では霧散する。押し返すようにDEMのコーラスに熱が籠もり、アンラの瞳を貫くようにして一層彼女たちのウタは加速する。
『眺めてた一等星に 輝きの記憶(メモリー)見たはず
声は心の中から あふれてくるものだから
きっと本当の自分が 教えてくれた歌がある
その手をとって もう一度 星に 夢に 歌おう
さあ 届けよう』
――ねぇ、あなたどうしていつも一人でいるの?
――私は、知ってるのになぁ。
――あなたって、本当は……
誰かの横顔がアンラの心を打ち付ける。途端、跪いて苦しそうに嗚咽を漏らす。降り注ぐ光から逃れるように燃え盛る最悪のイドラが、まるでアンラに纏わりつくように広がった。
荒れ狂う“最悪のイドラ”が撒き散らすノイズの炎。観客たちもどよめきの声を上げ、このままでは折角好転した空気が一転してしまいかねない。バビプロのアイドルたちもこの想定外の事態に動くことができず、足を止めている。
「……あの炎……ノイズを止めないと!」
ノイズに苦しむアンラを救うにはアイドルたちの歌とパフォーマンスしかありえない。飛び出すようにステージへ躍り出たのはノーラ・レツェルたち、【Is Dreame】のメンバーだった。
しかし、彼女たちだけであのノイズの勢いを止められるか。僅かな逡巡の後、ノーラは振り返り声を上げる。
「……茉莉花ちゃん! 私たちと一緒に……歌ってほしいの!」
グランスタの一期生でありかつては日本の頂点に立っていたトップアイドル――咲田 茉莉花。彼女と力を合わせれば、より確実にノイズを祓えるかもしれない。
「当然! 私に負けないよう張り切ってちょうだいね!」
ノーラの真剣な眼差しを見れば茉莉花も二つ返事で了承する。総勢10人という、この“ラスト・ヒロイックソングス!”でも最多の人数で、アンラを救うライブが開始された。
「アンラおねえさん、とってもくるしそうなの……だから、むくがすこしでも、らくにしてあげなくっちゃ!」
藍屋 むくは胸の前で手を握り、強く、強く意気込んだ。心の純粋さ、誰かを笑顔にしたいという気持ちが一際強い彼女の言葉は人々の胸を打つことだろう。
「そうですね。アンラさんの心を少しでも救えたら……」
姉である藍屋 あみかもその気持ちを受け取って、むくの肩に手を置いた。いずれにせよ、彼女の心を救うという気持ちは変わらない。演技の先駆けとなる天草 燧もその想いを新たにした。
――アンラさんにも、この先の未来を見てもらいたい。その心が、少しでも通じれば……。
序盤をリードするのは彼の持つ記憶だ。在りし日の思い出、知らない場所へと続く道。未知へ想いを馳せたあの頃の、未来への希望。燧がコーラスを始めれば、人々の眼前にも彼の記憶の中の景色が広がっていくことだろう。
それは決して色褪せることのない――むしろ、実在の風景よりも輝いて見えたかもしれない。燧の歌声にむくやあみかの声が重なり、一層景色は輝きを増していく。道を往き山を越えたその先では多くの出会いがあった。もちろん、彼の愛すべき仲間たちとの出会いでもある。
当然、出会いがあったのは彼だけではない。今回のメインボーカルを務めるアニー・ミルミーンもまた然り。
「私たちは【Is Dreame】……演目は『Re:CONNECTOR』。私たちの名前と歌を、心に留めて下さい! 願わくば、これがあなたがたにとって、素敵な出会いとなりますように!」
異世界化が始まってから、彼女は多くの人たちと出会ってきた。だからこそ彼女は最初の気持ちを思い出すため、あの時の歌を――素晴らしい仲間たちと歌いたかった。
数々の世界は誰かとの出会いを生んだ。悲しい出会いもあれば、大切な出会いもあった。神獣や星獣だけではない。今、懸命にコーラスを歌い上げているむくも、元々は地球ではない、セブンスフォールで出会った少女だった。
出番を待ちながら、舞台袖で少し気恥ずかしそうに頬をかくイシュタム・カウィルも同じセブンスフォールの出身である。
――揃いも揃ってみんなお人好しだな。
世界を滅ぼそうというアンラを助けようと懸命に歌う彼女たちを見てイシュタムは苦笑すると、同じく出番を待っていた水鏡 ルティアと目が合った。もしルティアと出会っていなかったら今頃どのように生きていたのだろうか。そんな益体もない想像を振り切って、彼女は気合を入れ直す。
むくとあみかのコーラスによってイドラの炎は少しずつ勢いを減らしている。アニーの歌もそろそろサビに入りゆく頃合い。となれば、そろそろ自分たちの出番である。
伴奏を務めていた合歓季 風華とそのアンサンブルたちもより一層歌を盛り上げていく。アンラもバビプロもフェスタも、誰も彼もが彼女たちにとって喜ばしい出会いであればいいと、風華はそう願いながら演奏を続ける。そして曲がサビに差し掛かろうとする頃合いで、彼女は小さな空飛ぶ船を呼び出しアニーとノーラ、茉莉花の三人を引き連れて晴れ渡る空へと飛び出すのだった。
大地には花畑の映像が広がり、それに喜ぶようにして風華の背から顔を覗かせた幼生神獣のオキエルが空へ向かって甲高く声を上げると辺りに晴雨と虹の幻を生み出した。
虹は愛宕 燐の操るドローンのライトによってより鮮やかに輝きを増していく。
――そうだ。世界を滅ぼすだなんて、アンラちゃんに限ったことじゃない。でもそれでも、私たちは生きている。希望を心に宿して!
燐はそう思うからこそ今この場に居る。ドローンを操り、ハルモニアの力によって空を舞うことで、雨の水粒や衣装に縫い止めた人工宝石が光を受けてキラキラと輝いた。
人の心の醜さを彼女は知っている。だが、同時に人の心の美しさもまたそこにある。人の心は複雑で、どちらも完全に無くなることなどそうあることではない。だからこそ彼女は仲間たちの美しい心を守り、より大きく育たせるため、今このパフォーマンスに全力を賭していた。
一方、地上ではイシュタムとルティアが、神獣や星獣たちと触れ合いながら歌や音楽を重ね、一層『Re:CONNECTOR』に力を与えている。空と大地。虹雨と花畑はまるでイドラの炎を抑え込むように降りしきり、広がり、人々の心に希望の萌芽を植え付けていく。
――アンラさんに心にも、希望が芽吹きますように……。
ルティアの祈りは共に歌う幼生神獣の心と共鳴し、ステージに広がっていく。バラバラの位置で奏でられる音の数々、それでも不協和音にならないのはこの歌が繋がりをテーマにしていること、そしてそれを念頭に燐が演奏を統括し、ドローンを介して調律しているからだ。
それぞれが仲間を信頼しあいのびのびと演奏することで、あたりには心地の良い暖かな空気が満ちていた。
『Re:CONNECTOR』はサビへと突入する。イドラの炎に動揺することないよう心を落ち着け、笑顔を浮かべ、観客たちやアンラに不安を与えないように心がけながら、彼女たちは声を揃えて10人でサビを口ずさむ。
『そして……私達は繋ぐ 人と世界と英雄達を』
茉莉花とノーラが手をつなぎ合い、アンラに向かいバード・ブーケを放り投げた。同時に、そのブーケから吹き出たかのように辺りへ桜吹雪が舞い散っていく。
桜の花言葉は“精神の美”だとノーラは語った。アンラの心が美しいものだと彼女は信じている。だからこそ分かり合いたい。だからこそ共に知らない未来へ行きたかった。
茉莉花はそんな風に確信できるノーラを羨ましく思った。自分はかつてトップアイドルであったが――それでも、まだまだ彼女たちに学ぶことが多い。これもまた新たな出会いであり、未知の楽しみだ。
これまでもこれからも、アイドルたちの“未知”は続いていくのだろう。
『空に浮かぶ悪夢の印 人々を覆う絶望
世界が滅ぶ運命でも 抗うよ私達』
『私達は紡ぐ 希望の糸をより合わせ
私達は歌う 奇跡のチカラ伝えるため』
あみかとむくは大それたことなど考えてはいない。大きくなった神獣とともに空を駆け、ただ今この場で仲間と過ごす喜びをアンラに届けたかった。それが少しでも、彼女の心を癒やすキッカケになればいいと思った。
虹の如く宙を横切る燐も、花畑の幻の中でそれを真に近づけようと神獣と戯れるルティアも、フルートバードと共に笛の音を響かせながら笑顔で踊るイシュタムも。みなアンラを救おうとアピールに力を込めていく。
観客たちも気づけば手に持っていた光の輪を握りしめ、『Is Dreame』を、そして苦しみに耐えるアンラを応援していた。
彼女たちの歌は人々の心を繋ぎ、希望を灯し、笑顔にするものであった。
『このステージがきっと 皆の心にも届くはず
だから私達は繋ぎ続ける この歌の届く限り
だから私達は繋ぎ続ける 数多の世界と人々を』
アニーの祈りは決して無駄ではなかった。アイドルとして最初に歌ったその祈りは、“ラスト・ヒロイックソングス!”において確実に実を結んでいた。
人々の声援が降り注ぐ中、『Re:CONNECTOR』は終わりを告げようとしていた。燧と、彼が呼び出したアンサンブルたちや彼の星獣アルナさん、そしてノーラや茉莉花が歌を引き継ぎ、ゆっくりと穏やかな終幕を演出する。
穏やかで揺蕩うような歌声の中、風華とルティアがゆっくりとアンラのもとへ歩みを進める。
「……アンラさん」
燻る炎に身体を焼かれへたり込むアンラに向かってルティアが一輪の花を差し出した。それをゆっくりと髪に差し込むことで、一陣の風と共に彼女を焦がしていた炎がかき消える。
「あなたの心に、希望は生まれましたか?」
「私の、希望……」
呆けたように【Is Dreame】の皆を見渡すアンラ。光と希望、そしてなにより笑顔に満ちた彼女たちの姿に、アンラは目を細めた。
「私達はきっと、まだ語り合えるはずです」
風華はそういって手を差し出した。人々の出会いは多くを変える。それはアンラ・マンユとて例外ではない。
「私は……そうだ。私は、世界に悪意をもたらすアンラ・マンユ……」
彼女の身体からは既にノイズはほぼ消え失せている。だが、それでも彼女はまだ風華の手を取ることはなかった。世界がアンラ・マンユを受け入れようと、彼女には“何か”が決定的に欠けていた。いや、欠けていたものを取り戻したのかもしれなかった。
「アンラさん……」
その姿は既に弱々しい。アンラは瞼を閉じると一滴の涙をこぼす。
「予定は大きく狂ったけれど、私はまだ屈していない。最悪のイドラ……そのの悪意が灯る限り、私は、“世界”の敵よ」
未だ諦めぬ彼女を見つめながら、鏡写しのDEMも涙をこぼしていた。
しかし。
「泣かないで。……大丈夫、あなたの涙も、アンラの涙も。私たちが拭うから」
アイドルたちは決して諦めない。
「笑顔のために、私たちが歌うから」
御空 藤が決意をこめて、ホロギターを爪弾いた。演奏するのは、“ヒロイックスソングス!”。人々の胸に刻まれた伝説の歌であり、そして、2015年から人々の心に希望を灯し続けた原初の歌だ。
最悪のイドラは最後の抵抗とばかりにノイズの炎を撒き散らし、藤の頭上から降りかかる。だが、それをかき消すかのようなタイミングで、大きくド派手な虹が空へと架かった。
「その絶望……拒絶させてもらいましょうか」
ギターの音色にピアノがハーモニーを与えると同時、突風が吹き抜け炎を吹き散らす。狛込 めじろはギターの演奏に追従するようピアノを弾き鳴らし、それによって生まれた護りはノイズから藤の身体を守っていた。
「そうとも。彼女たちが繋いでくれたこの機会、みすみす潰させたりはしないさ」
そしてアーヴェント・ゾネンウンターガングの背から放たれる光が二人を更に包み込み、二重の護りとなって最悪のイドラに立ちふさがった。
「アンラ。あなたの想いの底を私は知らない。けれど、あなたの過去は決して間違いなんかじゃない。でもこうして繋がったなら、私はその果てであなたの笑顔が見たいんだ!」
藤の演奏する“ヒロイックソングス!”はそれぞれの解釈により編曲されたものだ。前半は過去の道のりは決して間違っていないのだと、そんな願いが込められている。
「そう。だから私たちはあなたともっとお話をしたいのです。だって、あなたの心にだって希望は灯っているはずですから!」
めじろは独善の触手をアンラへと伸ばし、彼女を受け入れたいと願うその心を直接響かせる。明るい未来へ繋がる旋律をその指で紡ぎながら、めじろは笑みを贈った。
二人の演奏、そのバトンを受け取って、アーヴェントの編曲した“ヒロイックソングス!”へと繋がっていく。それはバビプロの得意とするロックを組み込み、共に歩んでいきたいという願いが込められていた。
「そして過去は君の背を押してくれるはずだ。……そして、未来の選択は、君の手を引いてくれるはずだ」
――アンラに対して向けられたただ一つのウタ。アーヴェントは忘れ去られた歌を使って、アンラに向けて直接その想いを乗せた歌を響かせていく。
それはアンラに対して向けられた歌だった。けれどここからは違う。一転、弾けるようにして藤がギターをかき鳴らした。
「さあ、みんな! 一緒に盛り上がろう! 今日という記憶を未来まで刻みこむために!」
アーヴェントは更にアンラたちの用いるフレーズを“ヒロイックスソングス!”に組み込んでより明るく、激しいものへと変えていく。
だが基本は人々の胸に残るあの歌だ。校長も、ユキも、このライブに参加したアイドルたちも、バビプロたちも。当然、これを見守る観客たちも。心を突き動かされたものたちは皆一丸となって心に灯る希望の歌を口ずさんでいた。
満ちる光の中で、藤がアンラへと再び手をのばす。いつの間にか最悪のイドラはどこかへと消え失せていて、何者もアンラを――少女の手を阻まない。
そして、逡巡する少女の背を、誰かが後ろから抱きしめた。それは少女に瓜二つの姿をしたもうひとり。会場に満ち溢れる歌声の中、少女たちの脳裏に“大切な人”の顔が過ぎる。少女は瞳から涙をこぼし、その手を――。